28 対策
クリスたちがマルツェッラに向かうのは明日だという。だから急に呼ばれたのだと納得するシオンは再び馬車に揺られていた。
シオンの乗る馬車が向かっているのは母の待つ実家ではなくイェシオンのいるマルツェッラの親類の家。クリスたちより先にマルツェッラに行く為である。
さすがにアロルドは家や仕事のこともあり同行することはできずにシオンは一人で馬車に揺られながらぼんやりと考えを巡らせていた。
きっとクリスの思い出は恐ろしく美化されているに違いない。ならば会ってしまえば思い出とかけ離れた現実に気付き目を覚ますのではないだろうか。
いっそのこと覚えていない、忘れてしまったのだと言うのはどうだろう。実際王に会うまでは忘れていたのだし、多少ショックを受けるかもしれないがそのほうがすっぱりと諦められるのではないだろうか。
「よし、この手でいこう」
シオンはきりりと表情を引き締め前を向く。
『知らないと突き放していざとなったら病弱を理由に逃げる』
結局のところ逃げの一手であり対策とは到底言いがたいものだがシオンはそうとは気付かず満足そうに一人でうんうんと頷いていた。
夜の帳が下り星が瞬く。
本来であればマルツェッラに行くには馬車で半日以上の道のりである。シオンが街を出たのが昼過ぎであり、急いだとはいえ時刻はすでに九時を回っていた。
やっとマルツェッラの親類の家に到着したシオンを出迎えたのは満面の笑みを湛えた兄、リオルだった。
「お帰り、シオン」
「リオル兄様! えっと、ただいま?」
自宅ではないし、本当は住んでいないシオンがただいまと言うのはどうかとも思ったがリオルにならう形で返事を返す。
普段からリオルはシオンに優しい笑顔で接していたが、今の笑顔は明らかにそれとは違う笑顔。嫌な予感を感じつつも、シオンは久しぶりに会う兄にぎゅうと抱きついた。リオルも当たり前のようにぎゅっとシオンを抱きしめ返す。
「さぁ、色々と学園の話も聞きたいところだけど明日の準備をしなくてはね」
ぱっとシオンから体を離したリオルはそのまま後ろからシオンの肩を押して屋敷の中へといざなう。
屋敷には親類の姿はなく、二人を出迎えたのは実家にいたはずのティカだった。
「お待ちしておりました、シオン様」
「どうしてティカがいるの? フォートン卿は?」
「この家の主であるフォートン卿が奥方様と共に旅に出られ、メイドも同行して不在の為私がお二人のお世話をする為にまいりました」
「お世話って……ティカはメイドじゃないんだから」
綺麗に腰を折った姿勢で告げるティカ。シオンの言葉に顔を上げたティカは、やはりリオルと同じ様な笑顔で。確かにティカは優秀な執事でやれといわれれば鍛冶全般すらそつなくこなすことができるだろう。
「シオン様のお世話をできる事は私にとって至高の幸せですわ。ですのでシオン様、いえイェシオン様は気になさらず私にお任せくださいませ。ええ、すべてを」
「え、うん。頼りにしてる……よ?」
ただシオンが絡むと盲目的ではあるのだが。
満面の笑みを浮かべてシオンに詰め寄るティカに少々引き気味になりながらも答える。
ティカはうっとりとした表情を浮かべながら明後日の方向を見上げ、その赤く色づく頬に手を添えその反対の手で拳を握り締め呟く。
「イェシオン様に害なす王子たちなど一網打尽にしてみせましょう!」
「うん、相手は一応王族なんだからほどほどにね? まぁ止めはしないけど」
「ええリオル様、お任せくださいませ!」
そんなティカをリオルは諭すようにたきつける。
ティカの背にゆらゆらと揺らめく魔力を感じて、シオンの頬を冷たいものが伝う。それと同時に今まではきちんと感じることが出来なかった他人の魔力のゆらぎにすら気付けるようになっていることに驚いた。
「で、実際フォートン卿と婦人はどうなさったの?」
「本当に夫婦で隣国へ旅行に出られているんだよ。隠居して息子に後を継がせることは決めておられたしね」
場所を居間へと移し、遅い夕食を取りながらジト目で尋ねるシオンをリオルはにこにこと眺めながら平然と答える。
「本当に?」
「多少父上の口添えはあったけれど、実際コンフォート卿は最近体調が優れなかった。息子は留学先で生涯を共にする人を見つけ、来週にもこちらに戻る予定だそうだ。ちなみに旅行先は息子の留学先でもあるリヨン、息子のお嫁さんに会いに行かれたんだろうな」
「そっか……」
釈然としないながらもシオンは一応納得し、食事を続ける。
シオンはコンフォート卿とその息子の両者とに面識があり、彼が結婚するというのなら卿ならば会いに行ってもおかしくないとは思う。
ただタイミングが良すぎるのだが、そこはやはり父が絡んでいたのならばうなずける。だが会いに行きたいという卿の背中を後押ししただけかもしれないし、もしくは今回のクリスの件の両方の理由からかもしれない。
「さて、それじゃあ今日はもう休んで明日に備えるとしようか」
「え、もう?」
「明日は早い時間から準備するから今日はもう休んだほうがいい。それに長時間の移動で疲れているだろう?」
確かにリオルの言うとおり、長時間馬車に揺られ続けたシオンの疲労の色は濃い。
張り詰めていた気が少し揺るんだのか欠伸も漏れる。シオンは素直にリオルの言葉に従い休むことにした。
食事を終えたシオンはリオルとティカに促されお風呂に入っていた。
寮よりもずっと広いお風呂に手足を伸ばして浸かると疲れがお湯に溶け出していくかのようだ。久しぶりのお風呂をシオンが堪能していると、脱衣所からティカがシオンに声をかけた。
「失礼いたします、イェシオン様。こちらにお召し替えをこちらに置いておきますね」
「うん、ありがとー」
のんびりとお風呂を堪能したシオンが脱衣所で見たものは、ピラピラとした可愛らしいピンクの夜着だった。慌てて見渡してもシオンが着てきた服も他の着替えも無い。
お風呂に入る以前よりも疲れた気分になりつつもしかたなく用意された夜着を着る。
脱衣所に設けられた鏡に映る自分を見てシオンはなんとも言えない気分になった。
確かに夜着はほどよくフリルがあしらわれていて質素ながらも可愛らしい。ただし自分に似合っているかといえば微妙だった。着慣れていないので足元もスースーとして心許ない。
シオンが居間へと戻ると、シオンを見たリオルとティカが目の幅涙を流したので慌ててイェシオンのために用意されている部屋へと駆け込み見なかったことにして布団に潜りこんだ。
横になると驚くほどの睡魔に襲われ、シオンはあっという間に眠りに落ちた。




