27 恩義
「よく来てくれた。すでにメイドも護衛も下がらせてある。堅苦しい挨拶など気にせず座ってくれ」
挨拶をしようと口を開きかけたところにそんな言葉をかけられ、シオンは戸惑いながら父をみあげた。アロルドは小さく溜息をつきながらもシオンに頷き座るようにと促す。
「失礼します」
シオンがペコリと頭を下げアロルドに続いて席に着くとセルジオ王はおもむろに口を開いた。
「久しいな、シオン。あの夜会以来なのだから十三年ぶりか」
「はい。ご無沙汰しております」
「あの時は紹介できなかったのだが……今は学園で王子とペアを組んでいるそうだな」
「クリス……いえ、王子にはお世話になってばかりです」
「はは、いつも通りクリスと呼んでやってくれ。友なのだろう?」
「はい」
恐縮して顔を上げることができないままシオンは答え、セルジオが笑みをこぼす。そんな様子をアロルドは苛立たしそうに眺めていた。
「セルジオ、そんなことよりさっさと本題に入れ」
「そうだったな。シオン、妹のイェシオンはどこで療養していることになっている?」
「はい、マルツェッラにある親戚の家にお世話になっていることに……あっ!」
すぅっとシオンの顔から血の気が引いていく。
確かに夏季休暇の前にその地名を友人たちの口から聞いていた。しかしシオンはそれをただの偶然だと思って聞き流していたのだった。
その地名が王の口から出てきたということは……
「息子の話ではその町に住む元騎士団長に会いに行く友人に、後学の為に同行したいとのことだったが――実際の目的はシオン、お前の妹のイェシオンに会うことに間違いないだろう」
「……は?」
シオンは軽くパニックに陥った。
何故クリスたちはわざわざ妹に会いにいくのか。理由も無く、ただ面白がって会いに行くような友人たちでないことはシオンもよくわかっている。しかしシオンにはその理由に思い当たることが何もなかった。
考えれば考えるほど思考がまとまることはなく、疑問ばかりが次々と浮かんでくる。
「シオン、あの時の夜会で息子に会ったのではないか?当日はやつは夜会に参加するために会場近くまでは来ていたらしいが途中で体調が優れずに戻っている。恐らく戻る前に会っているのだと考えているのだが」
「うぅーん……」
シオンはあの夜会の終わりに熱を出してしまってスカートが怖かったという記憶以外はかなり曖昧となっていた。そのせいで余計にその思いが強調されてスカートに嫌悪感をもってしまったのかもしれないと今となって思う。
「その日をきっかけに息子の様子が変わってきてね、何かあったのは間違いないんだが……その変わるきっかけがシオン、君だと思っている」
「当時のクリス、ですか」
シオンは必死に当時の記憶を呼び起こす。
脳裏にカラフルな壁が浮かび、慌ててそれを振り払う。ふと脳裏に金髪の少年の姿が浮かぶがぼんやりとしてはっきりと思い出せない。
「当時の息子は周りの期待に答えようと必死でな、立派な王族であろうとしすぎて少々可愛げの無い子供だった。しかしあの夜会以来少しずつ変わってきたのだよ」
王の言葉でぼんやりとしていた少年の姿がはっきりと浮かび上がった。
あのすこし生意気そうな口調の、でも何かに一生懸命であったあの少年。
思い出してみれば確かにあの蜂蜜色の髪も、今と変わらぬ色を湛えるあの碧眼も。たしかにその顔にも間違いなくクリスの面影があった。
「確かに、父とはぐれた時に会ったかもしれません」
「そうか」
「でも何故……」
「変わるきっかけを与えてくれた少女にお礼が言いたいようだ」
「説教じみたことを言ってしまった記憶はありますが……感謝される事だとは思えません」
はっきりと思い出せども余計なお世話と言われてもしかたがないような説教をした記憶しかシオンにはなく、文句を言われるならともかく感謝される覚えなど一切なかった。
あの時シオンはクリスに自分への苛立ちをぶつけたようなものだったのだから。
「ともかく、間違いなく息子はイェシオンに会いに行くだろう。そこで目的の少女が見つからないからといって素直に帰ってくるとも思えないのだよ」
「しかしいないものを見つけようが無いのでは?」
「シオン、ずっと捜し求めていたものがそこに無いからといってすぐに諦められるかい?やっと見つけたと思ったものがそこには無かった。だからといってそのまま何もせずに諦められるか?」
それはずっとシオンとセルジオを傍観していた父、アロルドの発した言葉だった。
その言葉にシオンは首を左右に振る。きっと自分ならば大切なものならば諦めきれずに探し続けるだろう。
セルジオの考えるとおりならばクリスは十三年間ずっとイェシカを探していたことになる。そんな長い間探していた人をやっと見つけ、しかしそこにはいなかったからといってそれぐらいで諦められるだろうか。
もちろん答えは否。
「では人を探すならまずどうすると思う?」
「とりあえず……人に聞きますね」
シオンは答え、そしてはっと気づく。
クリスにユージンそしてランス。その三人の友人たちは世間からみれば美形の集まりであり尚且つその肩書きもそれぞれにすさまじい。肩書きを知らなくとも十分人目を惹きつけることに間違いは無く人々の興味を引くだろう。そしてその三人が探すイェシオンも同様に人々の興味を引くに違いない。
「つまり会っておいたほうが私とイェシオンにとって良いということですね」
「ああ、そう判断して先にリオルをマルツェッラに向かわせ準備させている。今頃狂喜乱舞しているだろう」
シオンは狂喜乱舞している兄を想像しようとしたが、どうしても想像することができなかった。そもそもあの兄が何に喜んでいるのかすらわからなかった。
一方その頃リオルは狂喜乱舞しながら妹の為のドレスを買い漁るという準備していたのだが、もちろんそのことをシオンは知る由も無い。




