25 向上
「ふっ……どうだ!」
「ぎりぎり及第点といったところだな」
それはシオンとクリスが手を繋ぐという子供であれば微笑ましい訓練をしだして一週間ほど経過した頃。(傍から見れば)見詰め合い手を取り合って大騒ぎするという二人にクラスメイトたちが生暖かい視線を送るのが日常となりつつあった時だった。
「とうとう魔力の制御に成功したっ!!」
「制御というか魔力感知の練習だがな」
「やったな、シオン!」
拳を突き上げて歓喜するシオンに淡々と告げるのはユージン。ランスは自分の事のように喜んでいた。ちなみにクリスは空を仰いで目頭を押さえている。そんなクリスに気づいたユージンがぽんとクリスの肩を叩いた。
「お疲れ」
「ああ、本当に疲れた」
突然のシオンの魔力の放出、すでに攻撃といっても過言ではないそれにすっかり慣れてしまったクリスは瞬時に最小限の魔力で相手の魔力を打ち消すという技術に磨きがかかっていた。それどころか無意識にでも、つまりは自分に対する魔力の攻撃を反射的に相殺させているような状態だった。
「もう魔術による攻撃で暗殺されるようなことはほぼなさそうだな」
「そういったことを学びにきたわけではないんだがな」
まじまじとクリスを眺めて言うユージンに、クリスは大きく息をつきながら答える。平和とはいえ王子であるクリスには暗殺が全くの無縁であるとはいえないのだ。そんなクリスにユージンはふっと笑みをこぼす。
「うっわ、ユージンがそんな風に笑うの初めてみた」
それまでシオンと大喜びしていたランスが、ぴたりと動きを止め驚いた様子でユージンを見る。存外に失礼なセリフなのだがシオンもその言葉に激しく首を上下に振っていた。
「確かに。昔から笑うといえば苦笑や悪そうな笑みばかりだったな」
「クリス、お前が一番失礼だな」
昔から? とシオンが首を傾げると、ランスがこの二人は幼馴染なんだと教えてくれた。ユージンの父親が城に仕える騎士だからだそうだ。シオンは幼馴染だというからユージンの父親はそうとう偉い立場なんだろうと思っていたのだが、騎士団長なのだと言われてさらに驚いたのだった。
「ということは、ユージンの父親と俺の父親は……」
「知り合いだぞ」
「知らなかった」
「……そうか」
シオンの父アロルドは宮廷魔術師で主に王宮に勤めている。しかしアロルドは仕事の事を家では話さないタイプの人間で、王族や貴族に興味の無いシオンはわざわざ聞こうとも思わなかったのだ。
「シオンの家は貴族の中の貴族の公爵家なんだから、この先知らないでは済まない事もあるぞ?ちゃんと覚えていたほうがいい。情報は大切だからな」
「そうだね……表に一切出ていない妹にも縁談話がすごいみたいだし」
ランスの真剣な様子に、気乗りはしないがシオンも同意する。
地位や権力は時に厄介だ。そもそもファシール公爵家はさかのぼれば王家の血が混じってはいるが、領地を持たない名誉爵位に過ぎないが魔術の名門家であるためにその力は強い。
病気療養していることになっているシオンの双子の妹『イェシオン』にも見合いの話が後を絶たないのはシオンも知っていた。
公爵家との繋がりを持ちたいだけの見合いであることは目に見えていて、病弱で大人しい娘を嫁にすれば都合がよいのだろう。もし娘が死んでしまったとしても繋がりが完全に消える事は無く、うまく魔力の強い子供ができれば家の爵位をあげることも夢ではない。
しかしそんな話はアロルドが全て丁重にお断りしており、断れるだけの家力もあった。
余談だが『イェシオン』とはイェシカとシオンの名を足しただけのやっつけな名前である。
「縁談……」
シオンの呟きに動きを止めた人物がいた。その手はぷるぷると震えている。
「あー、そういえばクリスに最近きてた縁談……相手がすごいらしい」
「へぇ、どうすごいの?」
「全身ピンクなんだそうだ」
「あー、それはきついだろうね。いろいろと」
ランスの話では相手の女性は小国のお姫様らしい。シオンは全身ピンクの――ピンクの髪を縦ロールにしてフリフリのピンクのドレスを着た女性を想像し、引いた。
「えっと、クリスがんばれ?」
「無理だ。そもそも俺には心に決めた女性がいる」
「ふうん、そうなんだ」
王子の思い人がどんな女性なのか興味がないといえば嘘になる。むしろ気になってしかたなかったのだが、だからといって人の恋愛で騒ぐ趣味もなかったのでシオンはそれ以上聞かなかった。シオンは大切な場面以外ではちゃんと空気が読める子なのだ。しかし常時空気の読めない子がすぐ隣にいた。
「街では王子は男色じゃないかと噂されてたんだが、やっぱりデマか。ちなみに噂の相手は騎士団長の息子」
爽やかな笑顔でそう言ったランスに、王子と 騎士団長の息子の二人が無言で鳩尾に一発づつ入れられランスはげほげほと咳き込む。
「女の人って噂話すきだからしかたないって。ランスが悪いわけじゃないよ」
シオンはランスの背中をさすりながらフォローしようとしたが、その肩はぷるぷると震えて笑いを堪えているのは明らかだった。
その日の夕食時、いつも一緒に食事を取っていたクリスとエミリオが不在だった。
「クリスは何か大切な用事があるとかで慌てて城に戻っていったな。明日の朝には戻るそうだ。エミリオは騎士クラスの二次入学の雑務の手伝いだそうだ」
「そういえばピンク姫がまた来るとかどうとかいう噂があったからクリスはその関係かも」
「ふーん、王子様って大変だね」
シオンの脳裏に再びピンク縦ロールのお姫様のイメージが蘇る。お姫様に憧れた事もある。しかしそれはお姫様になりたいというのではなく、お姫様を守る騎士になりたいというものだった。幼い頃絵本で呼んだ物語の騎士は皆とても格好よく、そんな風に人を守れる人間になりたいと思ったのだ。
「そういえば皆は夏季休暇はどうするんだ?」
「一応実家に戻る予定」
ランスが思い出したようにフォークで皆を指し示すようなポーズで尋ねる。
学園に残っても自主鍛錬しか出来ないので、シオンは実家に戻り家族に教えを請うつもりだ。そんなシオンの答えにランスはがっくりと肩を落とす。
「やっぱりか。俺の家族はどっかの国で調査があるとかで家に戻っても誰もいないから帰ってくるななんて言われてさ、他に行くとこもないしずっと寮だよ」
「そうなんだ」
「クリスは聞くまでもなとして、ユージンは?」
「俺は顔を出しには戻るがその後はずっとこちらで過ごすつもりだ。もちろんエミリオは騎士クラスの合宿に参加する」
「じゃあほぼユージンと二人きりか」
がっくりとうなだれるランス。そんなランスをユージンは気にすることなく食事を続け、シオンは笑顔で二人を眺める。
夏季休暇とは魔術師クラスにとっての休暇であり、騎士クラスにとってはその間合宿がある。合宿で実地訓練などを行い魔術師クラスの教員も同伴する。その為魔術師クラスを担当することができる教師がほぼいなくなる為休暇となるのだ。
ちなみに休講でなく休暇なのはこの学園に入学した時点で国の為に働く人間として位置づけられ、学園の学費などその一切が免除される代わりに学習が義務となることなどから休暇という表現をされている。
「夏季休暇、か」
シオンは天井を仰ぎ、ぽつりと呟きを漏らす。
夏季休暇は目前に迫っていた。




