第5話 仕事じゃない来客
雨が降り始めた。
最初はぽつぽつだったのが、少しずつ強くなり、工房の屋根を叩く音が増えていく。
「さて」
入口に転がった穿孔台を見る。
中へ運んだはいいが、随分邪魔だ。
足踏みに改造するなら、下に軸を一本通す。朝にもらった鉄片は使えない。滑車は一つ生きているが、革帯は買う必要がある。
金がかかる。
机の上の硬貨を見る。
午前中の七枚から、ユアンに三枚渡した。
残り四枚。
「…………」
減った。
まあ、働いた人間に払ったのだから仕方がない。
もう一件くらい修理が来ないだろうか。
雨の日は客が減る。
都合よくはいかないものだ。
そんなことを考えていると、こんこん、と扉が鳴った。
「はい」
開ける。
「キーラさん!」
「おお」
リリエラだった。
肩までの金髪が少し濡れ、外套の肩には雨粒がついている。片手に検査鞄、もう片方には小さな紙袋を持っていた。
「降ってきました!」
「見ればわかるよ」
「あ、そうですね!」
相変わらずだ。
「入るか?」
「はい!」
扉を大きく開ける。
リリエラが中へ入り、雨の匂いも一緒に入ってくる。
「検査は?」
「全部終わりました!」
「調整器は?」
「交換で通りました!」
嬉しそうに言う。
「出張所で現物も見てもらいました。機械側の不具合で使用停止です。交換品は明日の午前中に来ます」
「そうか。よかったな」
「はい!」
きちんと終わらせてきたらしい。
「報告書も戻したのか?」
「戻しました。巡回終了も報告しました。なので」
リリエラは少し姿勢を正した。
「今は仕事じゃありません」
「そうか」
「はい」
何となく、俺も姿勢を正しそうになった。
やめた。
「それで、来ました。来てもいいって言いましたよね?」
「言ったよ」
「よかったです」
紙袋を持ち上げる。
「お茶菓子も買いました!」
「準備がいいな」
「仕事じゃないので!」
言い切って、紙袋をもう一度持ち上げる。
「じゃあ、茶にするか」
「はい!」
◇
「そこに鞄を――」
言いかけて止まる。
置く場所がない。
床には油染み。作業台は部品だらけで、椅子の上にはさっき外した穿孔台の革帯が載っている。
「……ちょっと待ってくれ」
「はい?」
俺は椅子の上を片づける。
革帯にねじ、古い歯車。
いつ置いたのかわからない釘まであった。
危ない。
「座っていいぞ」
「ありがとうございます」
リリエラが座る。
検査鞄を足元へ置こうとしたところで、止めた。
「あ」
「はい?」
「そこ、油がつく」
「えっ」
慌てて持ち上げ、今度は膝へ置く。
邪魔そうだ。
「……そのままでいいよ」
「大丈夫です」
「重いだろ」
「少し」
見るからに重そうだった。
魔道具検査の道具は細かいものが多い。認証針、測定具、記録紙、交換用の封印帯、それに書類。
俺の工具箱と大して変わらない。
「茶、淹れるよ」
「手伝います!」
「じゃあ、茶葉頼む」
「はい!」
炭は朝の残りがある。
火種を起こし、小さな炭を足す。やかんへ、今日直した共同ポンプの水を入れた。
今日はよく働いている。
「キーラさん」
「うん?」
「これ、何ですか?」
振り返ると、リリエラが穿孔台を見ていた。
「今日買った」
「魔道具ですか?」
「違う。機械」
「わあ」
検査鞄を抱えたまま近づいてくる。
「どうやって動くんです?」
「今は手で回す。足踏みに変える予定」
「足で、穴を開けるんですか?」
「そう」
「大変じゃないですか?」
「魔力式よりはな」
「じゃあ、どうしてこれを?」
「俺が使えるから」
「あ」
リリエラは少し黙った。
「……そうでした。すみません」
「何が?」
「また普通に、魔力式ならって考えてました」
「普通なんだからいいよ」
別に謝るようなことではない。
人間には魔力がある。
それを前提に道具を選ぶ。
この世界では、それが普通だ。
俺のほうが外れている。
「でも、これ直すんですよね?」
「直すよ」
「使えるように?」
「そのつもり」
「これが動いたら、仕事は少し楽になります?」
「穴を開けるのはな」
リリエラは穿孔台から、狭くなった入口へ目を移した。
「じゃあ、次に来た時は、今より歩きやすくなってるといいですね」
「そこを期待するのか」
「だって今、鞄を持って通るのが少し怖いです」
「……それは悪い」
「急かしてるわけじゃないですよ」
「そうか」
「はい。できたら、楽になったか教えてください」
「機械じゃなくて?」
「キーラさんのほうです」
そう言われると、少し返事に困る。
「……まあ、できたらな」
「はい!」
嬉しそうだ。
機械そのものより、俺がこれをどう使って暮らすのかを気にしているらしい。
それは、それで悪い気はしなかった。




