第19話 一年分の仕事
翌朝。
包みを開くと、留め具が四つ入っていた。
昨日の夕方に包んだものだ。数も合っているし、穴の位置も合っている。昨日ちゃんと確かめた。
それでも、納品前になるともう一度見たくなる。
「……四つ」
声に出して数える。
四つだった。
当たり前である。
夜のうちに一つ増えたり減ったりするようなら、機工師ではなく魔法使いの仕事だ。
俺には縁がない。
紙を戻して紐を結ぶ。
今日はこれを南部出張所へ持っていく。期限は昼までなので、朝のうちに行けばいい。
工房の入口には穿孔台がある。
革帯を入れたので、前よりは使えるようになった。昨日は留め具四つ分の穴も開けた。
まだ足踏みにはなっていないから、下の輪を手で回し、勢いがあるうちに刃を送る。一人で使うには忙しい。
便利になったのかと言われると、少し考える。
ただ、手錐で四つ開けるよりは早かった。
なら十分だ。
完成していない道具でも、仕事を一つ終わらせれば役には立っている。
俺自身も、まあ似たようなものかもしれない。
……いや。
朝から変なことを考えるのはやめよう。
腹が減った。
昨日買ったパンを半分食べ、残りは布に包んだ。昼用だ。
水瓶から一杯飲む。火は起こさない。
それで朝飯は終わりだった。
留め具の包みと財布、工具袋。それから中古の籠。
今日は荷物が少ない。
左腕の具合を確かめると、肩の重さもだいぶ抜けていた。
「よし」
扉を出た。
◇
南部出張所には、朝の二の鐘より少し前に着いた。
正面へは行かず、横へ回って荷受け口の鐘を鳴らす。
もう慣れたものだ。
というより、七年も魔力なしで暮らしていて、毎回使えない扉の前で困っていたら日が暮れる。
使えないものは使えない。
なら別の入口を探す。なければ作る。それも無理なら誰かを呼ぶ。
大体、その三つで何とかなる。
中から職員が出てきた。
「納品です」
「固定金具?」
「四つ」
「ああ、聞いてます」
包みを渡すと、その場で開けられた。
一つずつ検査台へ当てて、穴の位置と幅、爪の具合を見る。
問題ない。
「受領で」
「どうも」
納品が通り、会計窓口で代金を受け取った。
「昨日の保冷箱も問題ないですよ」
職員が言った。
「そう」
「同じ型も見直して、傷んだ金具は交換しました」
「よかった」
直した箱がまた冒険者の道具として使われているなら、それでいい。
「リリエラは?」
何となく聞いた。
「今日は本部です。午前だけ」
「ああ」
いないらしい。
それだけだ。
別に会いに来たわけではない。
納品に来た。
……本当に。
会計で金を受け取り、財布に入れる。
昨日材料を買った分を引いても、ちゃんと残る。
よし。
午前の仕事が一つ終わった。
◇
そのまま工房へ帰ってもよかった。
ただ、穿孔台の足踏みに使えそうな平鉄を見ておきたかった。戻しに使う細いばねも欲しい。
急ぎではない。
値段だけでも見ておけば、次に金が入った時に買える。
なので南市場へ回った。
正面の認証口は通れないので、いつもの荷受け口へ行く。
顔見知りの荷役が片手を上げ、俺も右手を上げて中へ入った。
数日前にも来たばかりだ。
市場というのは、用がなくても物がある。
金があると、もっと物があるように見える。
危険な場所だ。
財布は服の内側へ入れておいた。
平鉄を扱う店へ向かう途中、穀物倉庫の並ぶ一角で聞き慣れた低い声がした。
「そこ踏むな」
足を止めると、壁際に白い粉が撒かれていた。小さな足跡がいくつも横切っている。
「ああ。悪い」
「もう一歩だった」
ベルダはしゃがんだまま、細い棒で跡の幅を見ていた。腰には短弩、壁には短槍。仕事の最中らしい。
「今日も鼠?」
「今日で話を決める」
「一年のやつ?」
「うん」
倉庫の男が奥から呼んだ。
「ロウ、部屋も見てくれ」
「今行く」
ベルダは立ち上がり、俺へ顎をしゃくった。
「キーラ、少し待てる?」
「急いではない」
「じゃあ待ってて」
「用がある?」
「ある」
それだけ言って倉庫の奥へ消えた。
平鉄は逃げない。俺は壁際の空箱へ腰を下ろした。
十分も経たないうちに、ベルダが戻ってきた。折った紙を革袋へ押し込み、短槍を取る。
「取れた?」
「うん。一年」
「道具置く部屋も?」
「使える。乾いてた」
「よかったな」
ベルダは一度だけ紙の入った革袋を叩いた。
「これで雨の日に罠箱と寝なくて済む」
「同じ部屋だったのか」
「近かった」
「それは寝づらそうだな」
「慣れる」
「慣れる前に屋根直せよ」
「直す」
返事が早かった。
倉庫の男が、今度は鼠に齧られた袋を持ってくる。ベルダはそれを見ると、もう契約の紙には触れなかった。
「まだ仕事ある?」
「罠置いて、穴見る。今日はそれで終わり」
「じゃあ俺は――」
「待って」
腰の袋から、小さな鉄の軸を二本出した。片方は少し曲がっている。
「同じの四本。来週まで」
「作れるよ」
「前金」
銅貨を数枚、右手へ置かれる。
「できてからでいいって」
「材料いるだろ」
「あると思う」
「なら、余ったら返せ」
「客が強いな」
「安く言う機工師が悪い」
「逃げてないよ」
ベルダの口元が少しだけ上がった。
「昼、食う?」
「まだ早くない?」
「私は夜から食ってない」
「寝てないのか」
「少し寝た」
「それは寝てないって言うんじゃないか」
「腹は減った」
話が通じているようで通じていない。
「じゃあ食うか」




