↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/22

第18話 また稼ぐために

 歩き始めてすぐ、ユアンが言った。


「キーラさん」


「何だ?」


「何で先にいたんですか」


「近道」


「俺、ずっと走ってましたよ」


「ああ」


「キーラさん、途中から走ったでしょう」


「ああ」


「おかしくないですか?」


「お前、あいつの後ろをそのまま走ったからな」


「追いかけてたんだから当たり前でしょう」


「別に同じ道を走らなくてもいいだろ」


 ユアンが黙った。


 少しして、俺の左肩を見る。


「肩、まだ痛いんですよね」


「痛いよ」


「じゃあ何で柵なんか越えるんですか」


「急いでたから」


「俺に小言言う資格あります?」


「ある。俺のほうが年上だからな」


「最悪だ」


 ひどい言われようだった。


「それより荷車」


「……あっ!」


 忘れていたらしい。


 今度は本気で走り出しかけて、三歩で止まった。


「いや、キーラさんがいる」


「俺は歩くよ」


「早くしてくださいよ!」


「勝手だなあ」


 鉄材屋へ戻ると、荷車は店の柱へ縄でつながれていた。


「若いの」


 店の男が顎をしゃくる。


「次は車止め置いてから走れ」


「すみません!」


「あと、機工師」


「俺?」


「お前も勝手に人の荷台踏むな」


「悪かったよ」


「二人とも同じじゃねえか」


 ユアンがこっちを見る。


「ほら」


「うるさい」


 少しだけ、店の男が笑った。


     ◇


 切ってもらった鉄板を受け取る前に、ユアンは荷運び組合へ行った。


 俺も市場の出口が同じなので、途中まで一緒に歩く。


 組合の受付は市場の南口に近い。


 ユアンは荷車を壁際へ寄せ、今度は車止めを噛ませた。


 革袋を上着の内側から出す。


「行ってきます」


「俺は外にいるよ」


「見ないんですか?」


「何を」


「受験料払うところ」


「見て面白いのか?」


「……別に」


「じゃあ行ってこい」


「はい」


 少し不満そうに中へ入った。


 十分もせず戻ってくる。


 手には細長い紙が一枚あった。


「払いました」


「そうか」


「受験票です」


「なくすなよ」


 ユアンは紙の折り目を親指で一度伸ばしてから、上着の内側へ入れた。さっき袋を盗られた場所より、さらに奥だ。


「今度は大丈夫です」


「さっきもそう思ってただろ」


「今度は本当に大丈夫です」


「そうか」


 言い切るところは変わらない。


「試験の日、決まったら言います」


「ああ」


「別に来てほしいとかじゃないですけど」


「行かないよ」


「はい」


 そこで少し笑った。


「落ちたら?」


 聞くと、一瞬だけ考える。


「また受けます」


「金かかるぞ」


「また稼ぎます」


 普通に言った。


 何日も荷車を引いて貯めた金なのは知っている。簡単な話ではないはずだが、こいつはもう次を決めている。


 俺はそれ以上言わなかった。


     ◇


 鉄材屋へ戻ると、切った平鉄ができていた。


 思っていたより重い。


 右手だけでも持てるが、細長い束は歩くと振れる。義手で挟めば肩へ返る。


 昨日までなら持って帰ったかもしれない。


 今は明日までに四つ作る仕事がある。


「ユアン」


「はい?」


「工房まで、これ運べる?」


 ユアンの返事が一拍遅れた。


 珍しい。


「……仕事で?」


「仕事で」


「銅貨一枚」


「取るんだな」


「取りますよ。受験料払ったからって、今日から無料で運ぶ人にはならないです」


「それはそうだ」


「助けてもらった分は別です」


「別なのか」


「別です」


 即答だった。


「頼む」


「はい!」


 平鉄が荷車へ載る。


 肩が楽だった。


 金を払って、人に物を運んでもらう。


 普通のことだ。


 ユアンは縄を二本掛け、束が横へ滑らない位置で止めた。


「低く積むんだな」


「前のやつ、怖かったので」


「ああ」


「別に、キーラさんに言われたからじゃないですよ」


「何も言ってないけど」


「言いそうだったんで」


「そうか」


 勝手に反発された。


 荷車が動き出す。


 俺は横を歩いた。


「キーラさん」


「何だ?」


「さっき、左手ほとんど使ってませんでしたよね」


「肩痛いからな」


「そういう話じゃなくて」


「じゃあ何だよ」


「……いや、いいです」


 しばらく黙って荷車を引く。


 道の角で、ユアンが低い石段を一つ避けた。


「俺、あれ真似したら速くなります?」


「何を」


「荷台乗って、柱使って、柵越えるやつ」


「荷車どうするんだよ」


「あ」


「お前は荷車と一緒に着くのが仕事だろ」


「……そうでした」


「走る仕事に転職するなら知らん」


「しませんよ。俺は運びます」


 返事は早かった。


 それでいい。


     ◇


 工房へ着くと、ユアンが平鉄を下ろした。


 入口の穿孔台を見て、少し覗き込む。


「あ。革帯ついてる」


「昨日つけた」


「足で回すやつは?」


「まだ」


「いつやるんです?」


「急ぎの仕事が来なければ」


「来そうですね」


「縁起悪いこと言うなよ」


 財布から銅貨を一枚出す。


「運び賃」


「ありがとうございます」


 ユアンは受け取ると、普通の財布へ入れた。


「そっちなんだな」


「受験料は払いましたから。これは昼飯です」


「じゃあ食ったほうがいい」


「はい」


 荷車の取っ手を持つ。


「じゃ、行きます。午後も一件あるんで」


「今度は間に合うのか」


「間に合います!」


「そうか」


「今度は本当です!」


 聞いてもいないのに念を押し、荷車を引いて出ていった。


 がらがらと車輪の音が遠ざかる。


 俺は工房へ戻った。


 鉄板がある。


 明日までの仕事がある。


 穿孔台も、昨日より少しだけ使える。


「さて」


 まずは四つだ。


     ◇


 買ってきた鉄板を切り、幅を合わせる。


 二つ分。


 昨日作ったものと並べると、四つになった。


 形は揃った。


 次は穴を開ける。


 穿孔台の下の輪を右手で回して勢いをつけ、そのまま上の送りを操作する。


 まだ使いにくい。


 手が足りない。


 治具で材料を固定しているので何とかなるが、足踏みにすればもっと楽だ。


 今はこれでいい。


 一つ目の穴が開く。


 二つ目。


 途中で回転が落ちたので、また輪を回して勢いをつける。


 三つ。


 四つ。


「……悪くない」


 穴の縁を削り、曲げて、爪を起こす。


 古い見本と合わせ、少しきついものだけ直した。


 全部並べる。


 四つ。


 期限は明日の昼。


 まだ夕方だ。


 珍しく早い。


 いや、普通か。


 仕事というのは、期限ぎりぎりに終わらせるものではない。


 昔の俺に聞かせてやりたい。


 聞いたところで、若い俺は別の面白そうなものを見つけていた気もする。


 俺は四つの留め具を作業台の端へ置き、紙で包んだ。


 出張所へ持っていくもの。


 これで明日の朝、慌てなくて済む。


 外から荷車の音がした。


 一瞬、ユアンかと思った。


 違った。


 知らない運搬人が通り過ぎていく。


 腹が減った。


 ユアンも昼飯くらいは食っているだろう。


 そこまで俺が気にすることでもない。


 明日は出張所へ納品に行く。


 帰りに塩漬け肉でも買おう。


 机の上には四つの留め具。


 足元には、まだ完成していない穿孔台。


 壁には修理待ちの道具がある。


 明日の仕事があり、その次の仕事もある。


 少し先には、あいつの試験もある。


 俺には関係のない予定が、最近は少しずつ増えている。


 別に悪くない。


 俺は穿孔台の革帯を指で押した。


 張りはまだいい。


「次は足踏みだな」


 急ぎの仕事が来なければ、今度こそ自分の道具を直す番だ。


 機工師の予定なんて、そんなものである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。