第13話 似合ってる仕事
壊れていたのは、本当に細い軸一本だった。
太さの合う端材を一本もらう。
古い軸へ重ねて必要な長さだけ取り、迷わず切った。留め具を義手で押さえ、右手で傷んだ軸を抜く。
肩は少し重い。それでも手元はぶれなかった。
新しい軸を入れる。
かち、と爪が噛んだ。
開ける。閉める。もう一度。
今度は毎回、同じところへ素直に収まった。
「俺はこれでいいと思う」
「では、ここから私が見ます」
リリエラが箱を受け取る。
起動板へ触れ、少し待つ。蓋を押し、左右の留め具を引く。
「冷却も大丈夫です。金具も外れません」
そこで初めて、女へ返した。
「よかった……ありがとうございます」
「走らないで持ってくださいね」
「はい!」
女は箱を抱え、俺にも頭を下げて出ていった。
リリエラはその背中を見送ると、棚へ目を向けた。
「同じ型も、あとで留め具だけ見ておきます」
「ああ」
「キーラさん。これと同じ金具、四つ作れますか?」
「作れるよ」
「明後日の昼までで大丈夫ですか?」
「それなら」
「お願いします」
「四つな」
「はい」
それで追加の仕事が決まった。
「あと、今の軸一本も修理代に入れますから」
「軸一本だよ」
「軸一本でも仕事です」
「端材もここのだし」
「作業したのはキーラさんです」
仕事の顔で言われた。
「……わかったよ」
「はい」
こういう時は譲らないらしい。
納品と修理の受け付けは、隣の職員がまとめてくれた。最後に魔力署名の板が出てきた時、右手がわずかに持ち上がった。触れる前に止める。
七年経っても、こういう手癖は残るらしい。
「悪い。紙で」
職員が紙を出し、俺が名前を書く。本人確認の印が一つ足された。
この程度なら慣れている。
「お待たせしました」
「いや。金が出るならいいよ」
「そこなんですね」
「大事だろ」
リリエラが少し笑った。
◇
昼が近づく頃には、朝の慌ただしさも少し落ち着いていた。
リリエラは棚から戻ってきた魔導具を二つ見て、一つをそのまま戻し、もう一つには修理の札をつけた。
俺は横から何も言わない。
必要なら聞くだろう。
それに、自分でちゃんと決めていた。
「……ふう」
珍しく息を吐いたので、声をかける。
「疲れた?」
「少しだけ」
「朝から立ちっぱなしだもんな」
「いつもこんな感じですよ」
「そうなのか」
「そうなんです」
少し得意そうだった。
俺は追加で頼まれた留め具の見本を工具袋へ入れる。帰ったら寸法を取って、明後日までに四つ作る。
「俺はそろそろ帰るよ」
「もうですか?」
「納品に来ただけだからな」
「あ……そうでした」
少し残念そうな顔をする。
その顔は、工房で見るリリエラに近かった。
「リリエラ」
「はい?」
「仕事してる時、結構違うな」
眉が寄る。
「……普段は仕事してないみたいに聞こえます」
「そういう意味じゃないよ」
「どういう意味ですか?」
「俺のところだと、もっと好きに喋ってるだろ」
「それは……仕事じゃない時もありますから」
「ああ」
雨宿りに来た時も、茶を飲んでいた時も、ただリリエラとして工房にいた。
「こっちのほうが、本当の私に見えました?」
「どっちも本当なんじゃないか?」
そう答えると、少し目を丸くする。
「……そうですけど」
「違うのか?」
「違いません」
「ならいいだろ」
「はい」
笑った。
素直で、知らない機械を見ればすぐ覗き込む。
それだけ見ていれば、年下らしい女だと思う。
でも今日は、冒険者に少し不満を言われても顔色を変えず、困っている女には安心させるように話していた。俺が横にいても、聞く必要のないことは聞かなかった。
工房で見る顔しか知らなかった俺が、仕事場のリリエラを今日初めてちゃんと見ただけだ。
「キーラさん?」
「うん?」
「何か笑ってません?」
「いや。似合ってるなと思って」
「何がですか?」
「仕事してるの」
リリエラが止まった。
「……え?」
「その格好も含めて」
「あ……」
頬が少し赤くなる。
俺も言ってから、少し言い方が直接すぎた気がした。
まあ、嘘ではない。
「ありがとうございます」
いつもより小さい声だった。
「午後も仕事?」
「はい。本部へ戻って、返ってきた魔道具を見ます」
「大変だな」
「普通です」
そう言って仕事鞄を肩へ掛けた。
「途中まで同じ道だな」
「一緒に行っていいですか?」
「道だぞ」
「道でもです」
「そうか」
それならいい。
◇
外へ出ると、昼の日差しが眩しかった。
二人で歩く。
出張所では髪を結んでいたリリエラが、まだ仕事の顔を少し残している。
「キーラさん。今日、ちょっと意外でした」
「何が?」
「保冷箱の時、もっと色々言われるかと思いました」
「金具以外?」
「はい」
「お前が決めてただろ」
リリエラが一度瞬きをした。
「……はい」
「じゃあ俺が口を出すことじゃないよ」
三歩くらい歩いてから、嬉しそうに笑う。
「そうですか」
「そうだよ」
「でも、修理は助かりました」
「俺はそこが仕事だからな」
「ちゃんと請求してくださいね」
「わかってるよ」
「本当に?」
「わかったって」
少し笑われた。
道が分かれるところで、二人とも足を止める。
「じゃあ、私は本部へ戻ります」
「ああ」
「留め具、明後日のお昼までにお願いします」
「四つな」
「はい」
リリエラが少しだけ迷ってから、また俺を見る。
「今日の私、変じゃなかったですか?」
「変?」
「その……仕事してるところ。キーラさんにあまり見られたことなかったので」
気にしていたらしい。
「さっき言っただろ」
「え?」
「似合ってたよ」
今度は、ちゃんと仕事のことだとわかるように言った。
リリエラの頬がまた少し赤くなる。
「ありがとうございます」
「俺は帰る」
「はい。また明後日」
「納品にな」
「はい。納品で」
少し強調された気がした。
リリエラは手を振り、本部のほうへ歩いていった。




