↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

第11話 卵二つの昼飯

 昼を過ぎていた。


 グレンが腹を鳴らした。


 結構大きい。


「…………」


「聞いたか?」


「聞こえたよ」


「何か食うものある?」


「客が聞くことじゃないな」


「急ぎ代払っただろ」


「修理代だよ」


 籠からパンを二つ出す。


「一個なら」


「肉は?」


「ない」


「卵は?」


「ある」


「焼こうぜ」


「俺の卵だぞ」


「細かいなあ」


「朝の修理代なんだよ」


「じゃあ肉買ってくる」


「もう座ってろ」


「何だ、食わせてくれるのか」


「うるさい」


 炭を起こす。


 昨日の残りがまだ使える。


 小さな鍋を置き、卵を二つ出す。


 一つは俺。


 一つはグレン。


 これで残りはなくなった。


 ネサにまた何か直せと言われないだろうか。


 卵目当てで仕事を待つのもどうかと思う。


「お前、料理してる姿も変わらんな」


 グレンが言う。


「卵焼いてるだけだよ」


「野営でも煮込み作って、煮ただけだって言ってたな」


「煮込みは煮るものだろ」


「そういうところだよ」


 何が言いたいのかわからない。


 パンを半分に切り、卵を乗せて塩を少し振る。グレンへ渡す。


「肉なし」


「十分だ」


 二人で作業台の端に座って食べる。旅をしていた頃なら焚き火の前に剣や鎧が転がっていたが、今ここにあるのは工具と油瓶、それから修理途中の粉挽き器と未完成の穿孔台だ。


 グレンの腰には今も魔導剣がある。食事の邪魔にならないよう鞘を少し後ろへずらす手つきに、目が一拍だけ残った。


 俺の剣も捨ててはいない。冒険者時代に使っていた、魔力機構のない片手剣だ。棚の裏で油布に包み、錆びないよう時々油だけ引いている。七年前から腰へ戻したことはない。


 懐かしいだけだろう。歳を取れば、使わなくなった道具に目が止まることくらいある。


 今の俺の腰には、やすりとねじ回しがある。こっちは毎日使う。


「今の連中とはうまくやってる?」


「おう」


 グレンがパンを噛む。


「若いのが二人いる。無茶する」


「お前が言うのか」


「俺が言うから説得力あるんだよ」


「そうかな」


「ある。一人は荷を増やしすぎる。もう一人は食料減らしすぎる。毎回喧嘩だ」


「ちょうどいい間にすれば」


「俺がそうしてる」


「大変だな」


「楽しいぞ」


「そうか」


 普通に言ったので、本当に楽しいのだろう。


 明日の荷を受け取り、北へ出て、若い二人とくだらないことで揉める。その一連がもうグレンの生活になっている。


 俺はパンの端を指でちぎった。


 八日分の保存食。崩れた水路。古い水門。


 頼まれてもいないのに、頭の中で荷の順や道の具合を考えかける。


 やめたあとも、古い水門の形だけは少し残った。


「キーラ」


「何だ?」


「お前も楽しそうだな」


 パンを食べる手が止まる。


「そう見える?」


「見える」


「そうか」


 工房を見る。狭くて油臭く、修理待ちの道具がある。足元の穿孔台はまだ完成していないし、肩も少し痛い。朝から市場を歩き、財布の中身を気にして、今は卵を一つ旧友に食わせた。


「まあ」


 パンを一口食べる。


「暇ではないよ」


「それを楽しいって言うんだよ」


「勝手に決めるなよ」


「違うのか?」


 すぐには答えなかった。


 グレンも追わず、残ったパンを食った。


     ◇


「じゃあ行くわ」


 食べ終わると、グレンはすぐ立った。


「もう?」


「西門の商会で保存食受け取る。次にギルド。夕方は今の連中と荷の確認」


「忙しいな」


「現役だからな」


「そうだった」


「お前も来る?」


「行かないよ」


「食料受け取りだぞ」


「そっちか」


「何だと思った」


「北」


「はっはっは!」


 革袋を背負う。


 中には修理した巻上げ器。


 扉の前で、グレンが一度振り返る。


「ありがとな」


「仕事だから」


「次も持ってくる」


「壊さないほうがいいよ」


「壊れるんだから仕方ねえだろ」


「昨日まで動いてたものが、今日も動くとは限らないからな」


「機工師みたいなこと言うな」


「機工師だよ」


「そうだったな」


 グレンは扉を開けた。


「帰ったら顔出す」


「ああ」


「十二日越えたら心配しろ」


「十五日くらいからにする」


「薄情だな!」


「予定は長くて十二日だろ」


「そうだけどよ!」


 笑いながら出ていった。


 扉が閉まる。


 工房が静かになった。


「……さて」


 粉挽き器が残っている。


 こっちは今日返す。


 作業台へ戻り、真鍮の受けを合わせる。


 あと少し削ればいい。


 その前に。


 俺は穿孔台を見る。


 まだ未完成だ。


 足踏みもついていない。


 革帯は籠の中で、軸の調整も必要になる。


 だが、鋼板に開いた小さな穴が一つ残っている。


 買ってきた翌日に、もう金を稼いだ。


「……悪くないな」


 俺は少しだけ油を足した。


 それから粉挽き器を引き寄せる。


 グレンは明日また遠くへ行く。


 俺は今日、粉挽き器を返す。次にあいつが帰ってきて、また何か壊れたものを持ってきたら、その時は直す。


 冒険には行かない。修理代はもらう。


 今の俺たちは、それくらいでちょうどよかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。