第10話 穴ひとつ分の仕事
穿孔台を作業できる位置まで動かす。
重い。
昨日ほどではないが、肩に少し響く。
「待て」
グレンが反対側を持った。
「そっち持つ」
「いいのか?」
「俺の道具直してるんだろ」
「そうだった」
二人で穿孔台をずらす。片方が持ち、もう片方が重心を見て、半歩動かして置く。長く一緒に動いていた相手とは、このくらいなら細かく言わなくても合う。
「せーの、くらい言えよ」
置いてからグレンが言った。
「なくても合ってたじゃないか」
「そうだけどよ」
「じゃあいいだろ」
「相変わらずそういうところあるよな、お前」
「そうか?」
「ある」
言われてもよくわからないが、否定するほどでもない。
穿孔台の軸へ、朝買ってきた油を少し差す。
手回し輪を動かす。
ごり、ごり、とまだ重い。
もう少し回す。
油が回るにつれて、音が変わった。
「お」
グレンが言った。
「少し生き返ったな」
「まだ半分死んでるよ」
「お前、こういうの好きだな」
「金になるから」
「本当にそれだけか?」
「……まあ、動かなかったものが動くのは好きだよ」
「そうだろ」
何を勝ち誇っているのか。
「グレン。輪を回して」
「どっち向き?」
「右」
グレンが手回し輪を握る。
「ゆっくり」
「このくらい?」
「もう少し速く」
回転が上がる。
俺は右手で送りねじを操作し、左は材料を押さえる治具へ添える。
「そのまま」
「おう」
刃が鋼板へ当たり、きい、と薄い金属音がした。
「少し落として」
回転が下がる。
「そこ」
もう説明はいらない。
刃の食い込みに合わせて、グレンが速度を変える。
俺が送りを弱めれば回し、強めれば少し落とす。
昔、一緒に何かを持ち上げたり、罠を外したりした時と似ている。
何を見ているか、お互い大体わかる。
ただ。
今やっているのは、魔物相手でも遺跡の仕掛け相手でもない。
古い巻上げ器のばねに穴を開けているだけだ。
俺はそのほうがいい。
しばらくして、刃が抜けた。
「よし」
小さな穴が一つ開いた。
グレンが手を止める。
「使えるじゃねえか」
「穴一個で褒めるなよ」
「昨日買って、まだ完成してないんだろ?」
「ああ」
「十分だろ。俺の道具は直る」
「それはそうだな」
なら、今日のところは十分かもしれない。
◇
新しいばねを焼き、形を整える。
冷ます間に、爪の先も直した。
削りすぎない。
歯車側はまだ使える。
グレンは作業台の向こうで、買ってきた籠を見ていた。
「何だこれ」
「籠」
「それはわかる」
「今日買った」
「お前が?」
「俺が」
「何入れるんだ?」
「卵」
「…………」
「何だよ」
「いや」
「言えよ」
「随分平和になったなと思って」
「悪いか」
「いいんじゃねえか?」
グレンは笑った。
嫌な笑いではなかった。
「昔は背嚢に薬と刃物と毒消しばっかり入れてた男がなあ」
「食料も入れてたよ」
「干し肉だろ」
「食料じゃないか」
「卵なんか持たなかったろ」
「割れるからな」
「今は持つのか」
「籠があるから」
「そうか」
グレンはしばらく籠を見ていた。
それから。
「似合わんな」
「市場の人にも言われた」
「はっはっは!」
そんなにおかしいだろうか。
卵は誰でも食う。
◇
ばねを組み込み、爪を戻して側板を閉じる。
「試すぞ」
「どうする?」
「まず空で」
柄を回す。
かち。
かち。
かち。
前より音がはっきりしている。
逆へ力をかける。
止まる。
「次、荷重」
工房にある鉄材を束ね、鋼索へ結ぶ。
グレンが結び目を作った。俺は一度だけ見る。
「それでいい」
「俺を誰だと思ってる」
「七年前に一回、結び目間違えた奴」
「まだ覚えてるのかよ」
「あれ、俺の鍋落ちたからな」
「鍋だったか?」
「鍋だよ」
「じゃあいいだろ」
「よくないよ」
怒ってはいない。鍋ももうないが、妙な失敗ほどよく覚えている。
鉄材を巻き上げて止め、手を離す。動かない。
「もう一段」
「おう」
重さを足してもう一度試す。問題ない。
グレンが巻上げ器を持ち上げた。
「これなら使える?」
「使えると思う。ただ、最初の二日は止めるたび爪を見ろ」
「わかった」
「音が変わったら使うな」
「おう」
「濡らしたら乾かせ」
「はいはい」
返事は適当でも、こいつは聞いている。
「で、いくら?」
俺は材料と手間を考える。
「銅貨八枚」
「安すぎないか?」
「古い道具だし、材料も端材だよ」
「今日中だぞ」
「じゃあ十枚」
「上がったな」
「お前が言ったんだろ」
グレンが財布を出し、銀貨を一枚置いた。
「釣り」
「いらん」
「多いよ」
「急ぎ代」
「さっき安いって言ったのに」
「だから足した」
「商売向いてないな」
「お前に言われたくない」
それはそうかもしれない。
銀貨を受け取る。
今日、市場で軽くなった財布が少し戻る。
ありがたい。
「今後もこういうの、持ってきていいか?」
グレンが聞いた。
「壊れた道具?」
「機械側のやつ。今の連中、魔道具は詳しい奴がいるんだが、こういう古い装備になると弱くてな」
「金払うなら」
「払うよ」
「なら持ってきて」
「冒険者の仕事でも?」
「修理ならな」
「現地で見てくれって時は?」
「それは内容による。街の中なら行く。遠征について来いって話なら別」
グレンは少しだけ黙った。
「……北の水路、機械仕掛けの水門が残ってるらしいぞ」
「そうなのか」
「古い型。百年以上前の」
「見たいな」
「だろ?」
「見たいけど行かないよ」
「まだ何も言ってねえ」
「言う前からわかるよ」
「はっはっは!」
笑う。
だが、それ以上誘わなかった。
グレンは、俺が戦えないから引退したと思ってはいない。今の俺に何ができるかも、ここで機械を直して暮らしていることも知っている。
「報酬、結構いいぞ」
「粉挽き器待たせてるからな」
「それで断るのか?」
「今日返すって言ったんだよ」
「真面目になったなあ」
「前がひどかったみたいに言うな」
「ひどかったぞ」
「そうかもしれん」
否定しきれない。依頼帰りに別の仕事へ寄って、宿へ三日戻らなかったこともある。今やったら工房の前に修理品が積まれる。それは困る。
「まあ」
グレンが巻上げ器を革袋へ戻す。
「気が変わったら言え」
「ああ」
「戻れって意味じゃないぞ」
「わかってる」
「機械だけ見に来たい時もあるだろ」
「それはある」
「だろ?」
「でも行かない」
「頑固だな」
「粉挽き器があるから」
「はいはい」
今度はグレンが言った。




