第8話 最終戦闘区域
第8話 最終戦闘区域
《FINAL FIELD》
《東京都庁》
《07:42》
残り七分四十二秒。
神崎レンと白石ナナは、新宿の大通りを走っていた。
背後。
東京が消えていく。
建物が白い粒子へ変わる。
道路が消える。
信号が消える。
空間そのものが白い壁へ飲み込まれていく。
「速く!」
レンが叫ぶ。
「走ってる!」
ナナが答える。
「もっと!」
「レンさんと一緒にしないで!」
「ダイブなんだから疲れないだろ!」
「疲労設定あるから疲れる!」
「気のせい!」
「あるって!」
二人の前。
東京都庁。
巨大な二本の塔。
その周囲だけが、まだ完全な形を保っている。
レンが後ろを見る。
白い壁。
近い。
「間に合う」
「ほんと?」
「たぶん」
「たぶん禁止!」
その瞬間。
銃声。
レンがナナへ体当たりした。
二人が転がる。
直後。
アスファルトが弾けた。
「エミリー!」
ナナが叫ぶ。
レンが弾道を見る。
右。
高層ビル。
だが、そのビルもまもなく消える。
「移動しながら撃ってる」
「器用すぎ!」
二発目。
レンが車の陰へ。
ナナも。
「《複製》使える?」
「あと十秒!」
「温存しなくていい」
「分かってる!」
三発目。
車の窓。
砕ける。
レンが道路を見る。
都庁まで。
約四百メートル。
「走るぞ」
「狙撃される!」
「止まってても区域に食われる」
「どっちも嫌!」
レンが飛び出した。
ナナも続く。
銃声。
右。
左。
弾丸が道路を削る。
レンは走りながらエミリーの位置を見る。
「撃つ間隔、長くなってる」
「移動してるから?」
「たぶん」
ナナの視界。
《COPY:READY》
「戻った!」
「使え!」
「《複製》!」
一人。
二人。
三人。
四人。
ナナが増える。
「全員別方向!」
「分かってる!」
四人のナナが道路いっぱいに散った。
エミリー。
一瞬。
射撃が止まる。
「今!」
レンと四人のナナが一斉に走る。
残り三百メートル。
二百。
銃声。
ナナ一体。
消える。
二体目。
消える。
本物は――。
今度は一番危険な場所を走っている。
道路の中央。
エミリーの照準が迷う。
「学習したな」
レンが笑う。
「誰のせいだと思ってんの!」
残り百メートル。
白い壁。
迫る。
《05:11》
都庁前。
レンが境界線を越える。
ナナも。
直後。
背後の道路が消えた。
「はぁ……」
ナナが膝へ手をつく。
「間に合った」
レンが周囲を見る。
「まだ」
銃を構える。
「二人来る」
*
世界中の画面。
《JAPAN 2》
《USA 2》
《FINAL FIELD》
《TOKYO METROPOLITAN GOVERNMENT BUILDING》
実況者の声にも熱が入る。
『ついに最終戦闘区域です!』
『日本代表二名、すでに区域内!』
『アメリカ代表は!?』
別画面。
デイビッド。
走る。
そして。
エミリー。
高層ビルから地上へ降りようとしている。
『残り四分三十秒!』
『間に合うか!?』
世界中で金が動く。
《LIVE ODDS》
《JAPAN 2.14》
《USA 2.17》
ほぼ互角。
そして。
別の賭け。
《FINAL SURVIVOR》
《REN KANZAKI 2.8》
《DAVID WALKER 2.9》
《EMILY CARTER 4.6》
《NANA SHIRAISHI 5.2》
世界中の人間がスマートフォンを叩いている。
*
「レンさん」
「ん?」
ナナが画面を見ている。
「エミリーのスキル、まだ分かってないよね」
「分かってる」
「《並列》じゃなかった?」
「それは見た」
「じゃあ分かってるじゃん」
レンが首を振る。
「あれ、たぶん全部じゃない」
「え?」
「五人に増えた時」
レンは思い出す。
五人のエミリー。
同時に銃を構えた。
同時に撃った。
「ナナの《複製》とは違う」
「それは分かる」
「でも変なんだ」
「何が?」
「五人全員、本物みたいに動いてた」
ナナが少し考える。
「AI?」
「代理戦争で自律AIは禁止」
「じゃあ本人が五人同時操作?」
「普通なら無理」
「普通なら?」
レンが笑う。
「代表選手だからな」
ナナが嫌そうな顔をする。
「その言い方すると何でもありになるんだけど」
その時。
銃声。
レンがナナを押す。
弾丸。
都庁の柱。
「来た!」
エミリー。
道路の向こう。
区域内へ滑り込む。
《03:02》
そして。
別方向。
デイビッド。
歩いてくる。
「全員集合」
レンが呟く。
デイビッドがこちらを見る。
笑う。
「待たせた」
レンも笑う。
「遅い」
ナナが言う。
「なんで二人とも楽しそうなの?」
エミリーがデイビッドへ合流。
二対二。
日本。
レン。
ナナ。
アメリカ。
デイビッド。
エミリー。
都庁前。
広場。
遮蔽物。
階段。
柱。
そして巨大な庁舎。
《FINAL FIELD LOCK》
境界が閉じる。
もう外へは出られない。
《戦闘終了条件》
《敵国代表の全滅》
レンが銃を構えた。
「やるか」
デイビッドも。
「やろう」
ナナ。
「《複製》!」
四人。
エミリー。
「《並列》」
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
一瞬で。
広場に人間が増えた。
ナナが顔を引きつらせる。
「多っ!」
レンが叫ぶ。
「散れ!」
銃声。
一斉。
戦場が爆発した。
*
四人のナナ。
五人のエミリー。
レン。
デイビッド。
十一人。
弾丸が飛び交う。
ナナの複製が一体消える。
エミリーの一体へレンが撃つ。
命中。
だが。
消えない。
血。
《DAMAGE》
「やっぱり全部当たり判定ある!」
ナナが叫ぶ。
「ずるくない!?」
エミリーの五体。
すべてが撃つ。
レン。
柱。
隠れる。
ナナ。
階段。
複製。
散る。
デイビッドはレンだけを追っていた。
「俺しか見えてないのかよ!」
「お前もだろ!」
「まあな!」
二人。
柱を挟む。
レンが右。
デイビッド左。
互いに先回り。
銃声。
レン。
避ける。
デイビッド。
蹴る。
レンが受ける。
ナナが遠くから叫ぶ。
「ちょっとは手伝って!」
「忙しい!」
「私五人相手!」
「四人いるだろ!」
「三人になった!」
一体。
撃たれて消える。
「今二人!」
エミリーの五体がナナを追う。
レンがデイビッドへ撃ちながら叫ぶ。
「エミリー!」
返事なし。
「そのスキル何秒!」
当然答えない。
「教えるわけないだろ!」
デイビッドが笑う。
「聞くだけタダ!」
レンの視界。
《REWIND:READY》
使える。
デイビッド。
《ZERO》
まだ使ってこない。
レンは考える。
使わせたい。
先に。
《ZERO》を。
「デイビッド!」
レンが走る。
真正面。
「何だ!」
デイビッドが撃つ。
レン。
避けない。
肩。
《DAMAGE:19%》
もう一発。
腹。
《DAMAGE:27%》
「レンさん!」
ナナの声。
レンは止まらない。
デイビッドへ。
五メートル。
三。
二。
デイビッドの銃口。
胸。
レンが笑う。
「撃てよ」
デイビッドの表情が変わる。
撃つ。
《DAMAGE:CRITICAL》
「《巻き戻し》!」
世界。
三秒。
戻る。
レン。
五メートル前。
傷が消える。
デイビッドはすでに理解している。
「それを待ってた!」
「俺も!」
デイビッド。
「《ZERO》!」
表示。
消える。
通信。
消える。
スキル。
消える。
レンが笑った。
「使ったな」
デイビッドの表情が変わる。
「……何?」
レンはデイビッドを無視して走った。
「おい!」
目的。
エミリー。
《ZERO》の範囲が広がる。
エミリーが範囲へ入る。
その瞬間。
五人のエミリー。
四人が消えた。
「!」
本体。
一人だけ。
《並列》強制解除。
ナナの複製も消える。
本物だけ。
ナナが目を見開く。
「何!?」
通信はない。
レンが叫ぶ。
「ナナ! 本物一人だ!」
エミリー。
初めて焦る。
狙撃銃。
ナナへ。
近距離。
撃つ。
ナナが柱へ。
レンが走る。
エミリーがレンへ照準。
デイビッドが追う。
「レン!」
レンは止まらない。
エミリー。
発砲。
レン。
身体を捻る。
弾丸。
脇腹。
痛い。
表示なし。
まだ動ける。
「ナナ!」
ナナが理解する。
二人。
左右から。
エミリーを挟む。
エミリーはレンへ。
銃口。
ナナが撃つ。
エミリーの脚。
倒れる。
レンが距離を詰める。
デイビッド。
後ろ。
「エミリー!」
レンがエミリーの狙撃銃を蹴る。
ナナが銃口を向ける。
エミリーも拳銃を抜く。
互いに。
撃つ。
銃声。
ナナ。
胸。
エミリー。
胸。
二人が倒れた。
「ナナ!」
レンが振り返る。
ナナ。
床。
動かない。
エミリーも。
そして。
《ZERO》が切れた。
表示が戻る。
《PLAYER DOWN》
《JAPAN:NANA SHIRAISHI》
《UNITED STATES:EMILY CARTER》
レンが目を閉じた。
「……相打ちか」
《JAPAN 1》
《USA 1》
世界中。
爆発する。
*
現実。
ナナが目を開けた。
「っはぁ!」
身体を起こす。
胸を押さえる。
傷はない。
「痛ったぁ……」
「おかえり」
田所。
アヤ。
三枝。
三人が待っていた。
ナナが三人を見る。
「……落ちた」
田所が笑う。
「よくやった」
アヤも。
「エミリーを落としたなら十分」
三枝がモニターを見る。
「これで」
全員。
画面を見る。
《JAPAN 1》
《USA 1》
ナナが呟く。
「やっぱりこうなるんだ」
*
世界中。
テレビ。
スマートフォン。
巨大スクリーン。
誰もが同じ二人を見ていた。
《FINAL BATTLE》
《JAPAN》
《REN KANZAKI》
《UNITED STATES》
《DAVID WALKER》
オッズが消える。
新規の賭け受付も終了。
もう。
金を入れることはできない。
あとは。
見るだけ。
*
都庁。
広場。
レン。
デイビッド。
二人。
レンがナナの消えた場所を見る。
「……ありがとな」
そして。
デイビッドを見る。
デイビッドもエミリーが消えた場所を見ていた。
「エミリーもやったな」
「ああ」
二人。
少し黙る。
風。
無人の東京。
偽物の空。
レンが弾倉を確認する。
残り。
少ない。
デイビッドも。
「結局」
レンが言う。
「こうなったな」
デイビッドが笑う。
「二年前の続きだ」
「国家の権益がかかってるけど」
「世界中が見てる」
「何兆円賭けられてるんだろうな」
「知らない」
「俺、自分に十万円」
デイビッドが吹き出した。
「お前、代表だろ」
「代表になる前」
「馬鹿だな」
「知ってる」
レンが銃を構えた。
デイビッドも。
「今度は」
デイビッドが言う。
「途中で引退するなよ」
レンが笑う。
「最後までやるよ」
距離。
三十メートル。
遮蔽物。
ほとんどなし。
スキル。
レン。
《巻き戻し》。
デイビッド。
《ZERO》。
二年前には存在しなかった二つの力。
だが。
最後に勝敗を決めるのが。
スキルなのか。
銃なのか。
それとも。
ダイブする人間自身なのか。
まだ誰にも分からない。
世界中が見ている。
レンが一歩。
デイビッドも一歩。
そして。
二人は同時に走った。
日米代理戦争。
最後の一人を決める戦いが。
始まった。




