第7話 ZERO
第7話 ZERO
新宿。
無人の高層ビル群。
神崎レンとデイビッド・ウォーカーは、互いに十数メートルの距離を保ったまま走っていた。
銃声。
一発。
レンが左へ。
デイビッドが右へ。
弾丸が道路を削る。
二発目。
レンが車のボンネットへ飛び乗る。
そのまま屋根。
蹴る。
道路標識。
さらに蹴る。
高架へ。
デイビッドも追う。
だが。
レンの視界には何もない。
体力表示。
弾数。
スキル。
通信。
すべて消えている。
《ZERO》。
一定範囲内のゲーム補助機能を停止させるデイビッドの固有スキル。
今のレンには、自分が何発撃たれれば死ぬのかさえ分からない。
「面白いじゃん!」
レンが叫ぶ。
デイビッドが撃つ。
レンは高架の手すりへ。
手をつく。
飛び越える。
そのまま下の道路へ落ちる。
高さ、およそ七メートル。
着地。
身体が軋む。
痛い。
だが。
ダメージ表示はない。
「何パー減った?」
自分に聞いても答えは出ない。
だから。
「まだ動けるなら問題なし!」
走る。
上。
デイビッドが高架から飛び降りてきた。
レンが見上げる。
「ほんとに来るよな!」
デイビッドは落下しながら撃つ。
レンが横へ。
弾丸。
アスファルト。
デイビッド着地。
そのまま転がる。
起き上がる。
二人の距離。
五メートル。
近い。
レンが撃つ。
デイビッドが銃身を腕で逸らす。
レンが銃を引く。
デイビッドの拳。
避ける。
レンの蹴り。
デイビッドが受ける。
二人が離れる。
「二年前より上手くなってる」
レンが言う。
「お前は少し落ちた」
「無職だったからな」
「言い訳か?」
「違うよ」
レンが笑う。
「久しぶりに楽しいって話」
デイビッドも笑った。
「俺もだ」
二人が同時に銃を上げる。
発砲。
弾丸。
レンの腕。
掠める。
デイビッドの肩。
当たる。
よろける。
レンが走る。
追撃。
だが。
デイビッドは笑っていた。
「レン」
「何?」
「あと何発だ?」
「知らない」
「弾だよ」
「だから知らないって!」
レンが引き金を引く。
カチッ。
「……あ」
弾切れ。
デイビッドが銃を構える。
「俺は数えてた」
「性格悪っ!」
発砲。
レンが横へ飛ぶ。
一発。
二発。
三発。
道路脇のコンビニへ飛び込む。
ガラス。
砕ける。
棚の裏。
レンが弾倉を探す。
ない。
当然。
ここは普通のコンビニを再現した建物。
武器庫ではない。
「詰んだかな」
外。
足音。
デイビッド。
ゆっくり近づいてくる。
レンは自分の拳銃を見る。
残弾。
分からない。
試す。
引き金。
一発。
「ある」
もう一発。
撃たない。
温存。
デイビッドの影。
入口。
レンは息を止める。
影が近づく。
レンが棚の横から飛び出す。
撃つ。
デイビッド。
避ける。
反射。
早い。
レンがさらに一発。
デイビッドの太腿。
命中。
「っ!」
デイビッドが膝をつく。
レンが距離を詰める。
拳銃。
頭。
引き金。
カチッ。
「……嘘だろ」
本当に弾切れ。
デイビッドが笑う。
「数えろよ」
レンの足を払う。
倒れる。
デイビッドが銃を向ける。
レンは腕を掴む。
撃つ。
天井。
レンが銃身を押し上げる。
デイビッドが膝。
レンの腹。
「ぐっ!」
手が離れる。
デイビッドが銃口を戻す。
レン。
顔。
距離。
一メートル。
発砲。
その瞬間。
レンは頭を横へ。
弾丸が耳元を抜ける。
レンがデイビッドの手首を掴む。
捻る。
銃が落ちる。
二人が同時に蹴る。
距離が開く。
デイビッドが笑う。
「これだよ」
「何?」
「お前とやりたかったのは」
レンも笑う。
「俺も」
*
その頃。
白石ナナは新宿へ向かって走っていた。
「遠い!」
誰もいない道路。
周囲の建物が。
後ろから。
白いノイズへ変わって消えていく。
《FIELD REDUCTION》
戦闘区域縮小。
ナナには表示が見えている。
レンとデイビッドの《ZERO》範囲外だからだ。
《JAPAN 2》
《USA 2》
味方。
神崎レン。
自分。
敵。
デイビッド。
エミリー。
「レンさん、どこ?」
通信。
「レンさん?」
返事なし。
「神崎レン?」
なし。
「……通信切られてる?」
ナナは走りながら地図を見る。
味方位置表示。
レンの場所だけ。
表示されていない。
「何それ」
その瞬間。
銃声。
ナナが横へ飛ぶ。
道路。
弾丸。
「エミリー!」
高層ビル。
窓。
光。
狙撃。
ナナが建物の陰へ。
「また遠い!」
二発目。
壁。
ナナが走る。
三発目。
足元。
「当てる気満々じゃん!」
ナナは笑った。
「じゃあ」
右手。
「《複製》!」
一人。
二人。
三人。
四人。
ナナが四方向へ走る。
エミリー。
撃つ。
一人。
消える。
二人目。
撃つ。
消える。
三人目。
撃つ。
消えない。
本物。
ナナが避ける。
「また当てられた!」
腕。
《DAMAGE:11%》
「なんで本物分かるの!?」
エミリーは遠く。
当然答えない。
ナナが考える。
複製。
見た目。
動き。
銃。
全部同じ。
なのに。
エミリーは二回連続で本物を見抜いた。
「……動き?」
違う。
ナナ自身も複製を同時操作している。
完全に同じ動きではない。
だが。
それなら普通のプレイヤーには判別できないはず。
「神崎さんなら分かるのかな」
ナナは走る。
「……あ」
気づく。
「私だ」
本物だけ。
怖がっている。
狙撃される。
撃たれる。
脱落する。
それを知っている本物のナナだけ。
ほんの僅かに。
遮蔽物へ近いルートを選んでいる。
複製は。
命を持っていない。
「そこ見てるんだ」
ナナが笑った。
「だったら」
四人が一斉に道路へ出た。
今度は。
本物のナナが。
一番危険な中央を走る。
エミリーの照準。
迷う。
一瞬。
「当たり」
ナナが撃つ。
距離が遠すぎる。
当たらない。
でも。
目的は違う。
エミリーが顔を引っ込める。
その隙に。
ナナ。
路地へ。
ビル。
階段。
上へ。
「近づけばいい!」
*
コンビニ。
レンとデイビッド。
二人とも銃を失っていた。
殴る。
蹴る。
避ける。
掴む。
倒れる。
棚。
崩れる。
レンが商品棚を蹴る。
デイビッドへ。
デイビッドが避ける。
その横。
レン。
拳。
顔。
命中。
デイビッドがよろける。
反撃。
レンの胸。
拳。
レンが後ろへ。
「痛っ」
表示がない。
あとどれくらい耐えられるか分からない。
デイビッドも同じ。
ただし。
《ZERO》を使っている本人には。
残り時間だけは分かっている。
デイビッドが時計を見るように手首へ目を落とした。
レン。
それを見る。
「終わる?」
デイビッドの目が変わった。
「何が?」
「《ZERO》」
「さあな」
「今、見た」
レンが笑う。
デイビッドが走る。
「なら、それまでに落とす!」
拳。
レンが避ける。
デイビッド。
さらに。
速い。
レンを壁へ。
背中。
激突。
デイビッドが首を掴む。
レンを持ち上げる。
「ぐっ!」
膝。
腹。
レンの身体が落ちる。
デイビッドが蹴る。
レンが床を転がる。
痛い。
「……これ」
レンが笑う。
「けっこうやばいかも」
デイビッドが落ちた銃へ走る。
拾う。
レンも走る。
間に合わない。
デイビッドが銃を向ける。
レン。
「終わりだ!」
引き金。
銃声。
レンの胸。
弾丸。
衝撃。
身体が後ろへ。
視界。
暗くなる。
その瞬間。
世界が戻った。
《ZERO:END》
レンの視界。
表示復活。
《HP:12%》
《REWIND:READY》
レンの目が見開かれる。
「ギリギリ!」
「《巻き戻し》!」
世界が跳ねる。
三秒前。
レンは。
デイビッドが銃を拾う直前に戻った。
傷。
消える。
体力。
《37%》
デイビッド。
まだ銃を拾っていない。
レンはもう知っている。
どこへ行くか。
何をするか。
レンが銃を蹴った。
床を滑る。
デイビッド。
目を見開く。
「なっ――」
レンが体当たり。
二人が倒れる。
デイビッド。
拳。
レン。
避ける。
膝。
命中。
デイビッドがよろける。
レンが笑う。
「これだよ」
「何が!」
「俺がこのスキル好きな理由!」
デイビッドも笑った。
「ほんと嫌いだ!」
二人。
同時に立つ。
だが。
通信が戻っている。
『レンさん!』
ナナ。
「生きてた?」
『こっちのセリフ!』
銃声。
ナナの通信の向こう。
「エミリー?」
『うん! 追われてる!』
レンがデイビッドを見る。
デイビッドも聞こえていた。
「二人とも残ってるみたいだな」
「みたいだね」
「どうする?」
レンは答える。
「そりゃ」
落ちた銃を拾う。
弾倉。
表示。
残り六発。
「合流でしょ」
デイビッドも自分の銃を拾う。
「同感だ」
二人が別方向へ走り出す。
敵同士。
だが。
目的地は同じ。
新宿中心部。
*
ナナはビルの階段を上がっていた。
屋上。
扉。
蹴り開ける。
外。
風。
向かい。
エミリー。
別のビルの屋上。
距離。
約百メートル。
ナナが笑う。
「やっと見える距離」
エミリーもナナを見る。
狙撃銃。
構える。
ナナ。
《複製》。
四人。
屋上を走る。
エミリー。
撃つ。
一人。
消える。
ナナは中央。
今度は。
怖がらない。
最も危険な場所。
エミリーの照準。
動く。
迷う。
ナナが撃つ。
一発。
エミリーの肩。
「当たった!」
エミリーが後退。
ナナ。
走る。
屋上の端。
二つのビルの間。
「……」
下を見る。
高い。
ものすごく。
ナナの足が止まる。
レンの姿が頭に浮かぶ。
飛び降りる。
笑っていた。
「いやいやいや」
ナナが首を振る。
「無理無理無理」
エミリー。
狙う。
ナナ。
逃げ道。
後ろ。
階段。
戻れば時間がかかる。
前。
隣のビル。
距離。
届かない。
下。
非常階段。
「神崎さんなら……」
ナナが呟く。
「飛ぶんだろうな」
銃声。
ナナが伏せる。
屋上の床が弾ける。
「……もう!」
立つ。
走る。
屋上の端。
「あとで絶対文句言うから!」
飛んだ。
「きゃあああああああ!!」
*
世界中。
実況。
『白石も飛んだぁぁぁぁ!!』
観客。
大歓声。
ナナ。
落下。
「無理無理無理無理!」
目を閉じそうになる。
「ダメ!」
開く。
非常階段。
下。
身体。
落ちる。
手。
伸ばす。
届かない。
「やばっ!」
その瞬間。
別のビル。
人影。
飛んでくる。
レン。
「ナナ!」
「え!?」
レンが非常階段を蹴る。
身体を横へ。
落下中のナナの腕を掴んだ。
「うそっ!」
「掴まれ!」
二人。
勢い。
壁へ。
レンが窓を蹴る。
ガラス。
割れる。
ナナを先に押し込む。
レンも。
室内へ。
転がる。
「痛って!」
ナナが床で息をする。
「……死ぬかと思った」
レンが笑う。
「ゲームだよ」
「怖いものは怖い!」
「でも飛べたじゃん」
「二度とやらない!」
レンが立つ。
その時。
別の窓。
破裂。
デイビッドが飛び込んできた。
「うわ!」
ナナが銃を構える。
レンも。
デイビッドも。
三人。
一瞬。
止まる。
そして。
遠く。
別の高層ビル。
エミリー。
まだいる。
デイビッドが窓を見る。
「エミリー!」
レンがナナを見る。
「二対二」
ナナが笑う。
「やっと合流できた」
デイビッドが銃を構える。
レンも。
その時。
戦場全体。
警告音。
《FINAL FIELD》
《残存プレイヤー:4》
《最終戦闘区域を設定》
東京の街。
外側から。
さらに消えていく。
白いノイズ。
指定された場所。
《東京都庁》
ナナが画面を見る。
「……あそこ?」
レンが窓の外を見る。
新宿。
都庁。
デイビッドも。
そして。
遠くのエミリーも。
同じ場所を見る。
《10:00》
新しいカウントダウン。
《09:59》
《09:58》
レンが言う。
「十分以内に入らないと?」
ナナが答える。
「区域外判定で脱落」
デイビッドが笑う。
「決勝戦にはちょうどいい」
レンが銃を肩へ。
「だな」
ナナが二人を見る。
「普通に会話するのやめてもらえる?」
「昔からこんな感じ」
「敵でしょ?」
「敵だよ」
デイビッドが窓へ向かう。
「都庁で会おう」
レンが言う。
「逃げるなよ」
デイビッドが振り返る。
「お前こそ」
飛び降りた。
ナナが目を丸くする。
「また飛んだ!」
レンも窓へ。
ナナが腕を掴む。
「階段!」
「間に合わない」
「飛ぶの禁止!」
「じゃあナナは階段」
「置いてくの!?」
レンが笑う。
「冗談」
二人は走り出した。
目的地。
東京都庁。
残り。
四人。
日本。
神崎レン。
白石ナナ。
アメリカ。
デイビッド・ウォーカー。
エミリー・カーター。
そして。
あと十分で。
東京そのものが。
最後の戦場だけを残して消える。




