第6話 2つの戦場
第6話 二つの戦場
十メートル。
神崎レン。
デイビッド・ウォーカー。
互いの銃口が、互いの胸を向いている。
先に撃ったのは――。
二人同時だった。
銃声。
レンが右へ。
デイビッドが左へ。
弾丸が交差する。
二発目。
レンは机を蹴った。
オフィスチェアが床を滑る。
デイビッドの射線へ。
銃声。
椅子が弾ける。
その陰からレン。
三発。
デイビッドは走る。
壁。
蹴る。
身体を横へ。
レンの弾丸が壁を削った。
「相変わらずだな!」
デイビッドが笑う。
「そっちも!」
レンが机を飛び越える。
着地する前に撃つ。
デイビッドは床へ身体を倒した。
滑る。
そのままレンの足元へ。
「近っ!」
レンが後ろへ跳ぶ。
デイビッドの足払い。
空振り。
レンが着地。
銃口を下へ。
撃つ。
デイビッドが転がる。
床に穴。
起き上がる。
撃つ。
レンの頬。
弾丸が掠める。
《DAMAGE:3%》
「ちっ!」
レンが壁の陰へ。
デイビッドも反対側へ。
静寂。
二人とも姿が見えなくなった。
レンは弾倉を見る。
残り。
少ない。
交換。
カチッ。
小さな音。
「レン」
壁の向こうからデイビッド。
「何?」
「二年で鈍ったか?」
「お前よりはマシ」
「昔なら、さっきの弾は避けてた」
レンが頬の傷を触る。
「昔のお前なら当ててたよ」
数秒。
デイビッドが笑った。
「違いない」
レンも笑う。
その直後。
二人同時に壁から飛び出した。
*
『凄まじい!』
実況席。
『神崎レンとデイビッド・ウォーカー! まったく止まりません!』
画面には二人の戦闘。
しかし解説者は別の場所も見ていた。
『ただし日本代表、非常に危険です』
画面が分割される。
地下。
白石ナナ。
三枝ユウキ。
前方。
マイケル・リード。
後方。
サラ・ミラー。
『完全に挟まれています!』
*
「最悪」
ナナが呟いた。
前。
マイケル。
後ろ。
サラ。
地下通路。
左右には店舗。
逃げ道は少ない。
三枝が小声で言う。
「ナナさん」
「何?」
「僕がマイケルを見ます」
「じゃあ私が後ろ?」
「お願いします」
「サラ、強そうなんだけど」
「マイケルも強いです」
「交換しない?」
「嫌です」
「即答?」
サラが銃を上げた。
ナナも。
「《複製》!」
ナナが四人になる。
四人が一斉に散った。
サラが撃つ。
一人。
消える。
二人目。
撃つ。
消えない。
「うわっ!」
本物。
ナナの腕。
《DAMAGE:9%》
「なんで分かった!?」
サラは答えない。
もう一発。
ナナが柱へ飛び込む。
三人のナナが別方向へ。
その頃。
三枝はマイケルを見ていた。
マイケルが一歩進む。
二人になる。
三人。
「……幻影」
三枝が呟く。
どれが本物か分からない。
「《残響》!」
世界から色が消える。
過去の痕跡。
赤。
三つ?
「違う」
三枝が目を細める。
残響まで三つある。
「視覚情報だけじゃない?」
マイケルが笑った。
「やっと気づいたか」
三人のマイケルが別方向へ走る。
三枝は撃たない。
見る。
足。
床。
影。
全部同じ。
「なら……」
目を閉じた。
「見なきゃいい」
マイケルの表情が変わった。
三枝は耳を澄ませる。
足音。
三方向。
それも偽物。
呼吸。
ない。
「……」
三枝がしゃがむ。
床へ手を置いた。
振動。
一つ。
右。
三枝が目を開ける。
撃つ。
三人のうち。
右。
弾丸が肩へ。
「ぐっ!」
本物。
幻影が消える。
「当たった!」
だが。
倒れない。
マイケルも撃った。
三枝の脇腹。
《DAMAGE:24%》
「三枝!」
ナナの声。
「大丈夫!」
「大丈夫じゃないでしょ!」
「そっち見て!」
ナナが振り返る。
サラ。
いない。
「え?」
どこ?
一体の複製が突然消えた。
撃たれた。
横。
ナナが振り向く。
サラ。
近い。
「いつの間に――」
銃口。
ナナの胸。
発砲。
その瞬間。
何かが横から突っ込んできた。
サラが吹き飛ぶ。
「間に合った!」
橘アヤ。
「アヤ!」
「遅くなった!」
サラが転がりながら撃つ。
アヤが走る。
「《加速》!」
消える。
サラの弾丸。
すべて外れる。
一瞬で背後。
アヤが銃を向ける。
だが。
サラが笑った。
「やっと使った」
「何?」
サラの目が光った。
《SKILL》
《PREDICT》
――予測。
アヤが引き金を引くより先に。
サラはもう動いていた。
弾丸。
外れる。
アヤの表情が変わる。
サラが撃つ。
アヤが避ける。
しかし。
避けた先へ。
次の弾丸。
「っ!」
太腿。
《DAMAGE:17%》
「動きが……」
サラが撃つ。
アヤが《加速》で動く。
速い。
圧倒的に。
だが。
サラはアヤが現れる場所へ先に銃口を向けている。
発砲。
アヤが身体を捻る。
肩。
《DAMAGE:8%》
ナナが叫ぶ。
「なんで当たるの!?」
三枝が気づく。
「未来を見てる!」
サラが三枝を見る。
ほんの一瞬。
それで十分だった。
アヤが笑った。
「見えるなら――」
突っ込む。
サラの視線が戻る。
未来。
アヤは右へ避ける。
サラが右へ照準。
だが。
アヤは避けなかった。
「え?」
そのまま真正面。
弾丸。
腹。
《DAMAGE:31%》
アヤは止まらない。
「未来と違ったでしょ!」
銃を捨てる。
サラへ体当たり。
二人が倒れる。
アヤがサラの腕を掴む。
「ナナ!」
「また!?」
「今度は私!」
「このチームこればっかり!」
「撃って!」
ナナが銃を構える。
サラが暴れる。
アヤを振りほどこうとする。
未来を見る。
数秒先。
ナナが撃つ。
なら。
身体を左へ――。
サラが動こうとした。
だが。
アヤが離さない。
「未来が見えても」
アヤが笑った。
「動けなきゃ意味ないでしょ!」
「アヤ、ごめん!」
ナナが撃つ。
連射。
アヤの身体。
サラの身体。
弾丸。
《DAMAGE》
《DAMAGE》
《DAMAGE》
アヤが倒れる。
サラも。
《FATAL DAMAGE》
「……またやっちゃった」
ナナが呟く。
アヤが床に座り込む。
身体が光り始める。
「田所の気持ち、分かった」
「何?」
「味方に撃たれるの、けっこう痛い」
「ごめんって!」
アヤが笑う。
「でも」
サラを見る。
同じように光へ包まれている。
「一人持っていった」
《PLAYER DOWN》
《JAPAN:AYA TACHIBANA》
《UNITED STATES:SARAH MILLER》
二人が消えた。
《JAPAN 3》
《USA 3》
ナナは黙って、その場所を見る。
「……これ」
三枝がマイケルへ銃を向けたまま言う。
「何です?」
「もしかして私、味方を撃つ役?」
「考えない方がいいです」
「二人目なんだけど」
「前!」
マイケルが撃つ。
三枝。
ナナ。
二人が散る。
戦いは終わっていない。
*
現実。
ダイブルーム。
橘アヤが目を開けた。
「っ……!」
身体を起こす。
現実の身体。
腹を見る。
傷はない。
肩。
脚。
何もない。
それでも撃たれた感覚だけが頭に残っている。
隣。
田所が寝たまま天井を見ていた。
「おかえり」
「……最悪」
「俺もそうだった」
「ナナに撃たれた」
「俺も」
二人。
数秒。
そして笑った。
「サラは?」
田所が聞く。
アヤは正面モニターを見る。
《JAPAN 3》
《USA 3》
「落とした」
田所が拳を上げる。
「よし」
アヤも拳を合わせた。
そして二人はモニターを見る。
もう自分たちには何もできない。
戦争の続きを。
観客として見るしかない。
*
オフィスビル。
レンとデイビッド。
銃弾。
机。
壁。
ガラス。
二人の周囲だけが破壊されていく。
レンが弾倉を捨てる。
デイビッドも。
同時。
最後の弾倉。
「お前のスキル」
レンが言う。
「まだ使わないの?」
デイビッドが笑う。
「お前も使ってない」
「さっき使ったよ」
「俺には使ってない」
レンが笑った。
「覚えてたか」
「忘れるわけない」
二年前。
競技ダイブ。
デイビッドは何度も《巻き戻し》にやられた。
撃った。
当てた。
勝ったと思った。
その三秒後。
レンが別の場所から現れる。
「嫌いだったよ、そのスキル」
「俺は好き」
「知ってる」
デイビッドが走る。
レンも。
柱。
左右。
二人が同時に飛び出す。
発砲。
レン。
肩。
デイビッド。
脇腹。
互いに命中。
《REN:54%》
《DAVID:68%》
レンが言う。
「お前のスキル何?」
「当ててみろ」
「飛行」
「違う」
「透明」
「違う」
「美味しい牛丼屋が分かる」
「それは欲しい」
「だろ?」
デイビッドが笑った。
そして。
突然。
後ろへ走り出した。
「逃げる?」
レンが追う。
デイビッドが窓へ。
レンの顔が変わる。
「おい」
デイビッドが窓を蹴破った。
外へ。
飛ぶ。
「またかよ!」
レンも追う。
窓。
下。
デイビッドは隣の建物の屋上へ落ちた。
高さが違う。
こちらより五階ほど低い。
転がる。
起きる。
走る。
「待て!」
レンも飛ぶ。
落下。
着地。
《DAMAGE:6%》
追う。
屋上。
デイビッドが端へ。
また飛ぶ。
「お前、俺より頭おかしいだろ!」
レンも飛ぶ。
ビル。
ビル。
高低差。
道路。
二人は東京の上を移動する。
飛んでいるわけではない。
落ちている。
跳んでいる。
掴んでいる。
蹴っている。
それなのに。
地上から見れば。
まるで。
二人だけ重力の使い方が違う。
*
『何なんですか、この二人は!?』
実況者が叫ぶ。
『神崎選手もウォーカー選手も飛行スキルではありません!』
『すべて通常動作です!』
『通常!?』
『システム上は、ですが!』
レンがビルの看板へ着地。
デイビッドが非常階段を蹴る。
レンが追う。
世界中。
誰も瞬きをしない。
オッズ。
《USA 2.03》
《JAPAN 2.61》
ほとんど差がなくなっている。
*
地下。
三枝が息を吐いた。
「ナナさん」
「何?」
「僕が前に出ます」
「ダメ」
「マイケルの《幻影》は僕の《残響》ならある程度見破れます」
「でも怪我してる」
三枝。
残存耐久値。
《48%》
ナナ。
《91%》
「だからです」
「?」
「僕よりあなたが残った方がいい」
「そういうのやめようよ」
「国家戦です」
「そうじゃなくて!」
ナナが三枝を見る。
「田所さんもアヤもそれやって消えた!」
「死んでません」
「分かってる!」
マイケルの声。
「相談は終わったか?」
二人が構える。
前方。
マイケル。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
地下通路がマイケルで埋まる。
ナナが顔をしかめる。
「多すぎ」
三枝が目を閉じる。
「《残響》」
痕跡。
五人。
全部赤。
「やっぱり残響まで騙される」
「どうする?」
「さっきと同じ」
三枝がしゃがむ。
床。
手。
振動。
「……?」
ない。
足音がない。
「本物が動いてない」
三枝が顔を上げる。
五人のマイケル。
全員こちらへ歩いてくる。
でも。
本物は。
「後ろ!」
三枝が振り返る。
マイケル。
いつの間にか背後。
ナナへ銃。
三枝が飛び込む。
発砲。
三枝の背中。
《DAMAGE:CRITICAL》
「三枝!」
倒れる。
マイケルがもう一発。
ナナが三枝を引っ張る。
柱の陰。
「何してんの!」
「残してください」
「は?」
「複製を」
三枝が苦しそうに言う。
「できるだけ多く」
ナナが理解できない。
「何するの?」
「僕の《残響》は……」
息を吐く。
「敵だけを見るスキルじゃない」
ナナの目が見開かれる。
「味方の残響も見えます」
三枝が笑った。
「増やしてください」
ナナも笑った。
「なるほど」
立つ。
「《複製》!」
一人。
二人。
三人。
ナナが増える。
走る。
三方向。
マイケルが幻影を作る。
地下通路。
ナナ。
マイケル。
偽物だらけ。
三枝が目を閉じた。
「《残響》」
世界が変わる。
青。
青。
青。
青。
ナナの複製が通った場所。
赤。
大量。
マイケルの幻影。
だが。
「見つけた」
一つだけ。
青でも赤でもない。
何の残響も残していない場所。
マイケルは自分の幻影には偽の残響を付ける。
だが。
そのせいで。
本物だけが何も残していない。
「右の店舗!」
ナナが振り向く。
マイケル。
「なっ――」
ナナが撃つ。
マイケルも撃つ。
三枝が立ち上がる。
前へ。
ナナの射線から外すため。
マイケルの銃口が三枝へ。
発砲。
胸。
《FATAL DAMAGE》
同時。
ナナの弾丸がマイケルへ。
一発。
二発。
三発。
マイケルが倒れる。
《FATAL DAMAGE》
三枝も。
「三枝!」
「やりました?」
「やった!」
三枝が笑う。
「なら……よかった」
光。
《PLAYER DOWN》
《JAPAN:YUKI SAEGUSA》
《UNITED STATES:MICHAEL REED》
消える。
ナナだけが残った。
《JAPAN 2》
《USA 2》
「……また二対二」
ナナが呟いた。
残る日本代表。
神崎レン。
白石ナナ。
残るアメリカ代表。
デイビッド・ウォーカー。
エミリー・カーター。
そして。
東京の戦場が。
突然赤く染まった。
《FIELD REDUCTION》
警告音。
《戦闘区域を縮小します》
巨大な東京二十三区。
その外側から。
街が消え始める。
建物。
道路。
地下。
すべてが白いノイズへ変わっていく。
ナナが顔を上げる。
「嘘」
指定された最終戦闘区域。
《SHINJUKU》
新宿。
ナナが走り出す。
*
レンの視界にも表示された。
《JAPAN 2》
《USA 2》
走りながら。
レンがそれを見る。
「二人……」
田所。
アヤ。
三枝。
三人とも落ちた。
残っているのは。
「ナナか」
前方。
デイビッドも表示を見ている。
二人の足が止まった。
距離。
約二十メートル。
デイビッドが言う。
「二対二だ」
「みたいだな」
「エミリーは強い」
「ナナも強いよ」
「知ってる」
「じゃあ問題ない」
警告。
《FIELD REDUCTION》
レンが周囲を見る。
新宿方面。
ここから近い。
デイビッドが銃を構えた。
「行かせない」
レンも構える。
「そっちこそ」
そして。
デイビッドが初めて言った。
「なら」
右手を上げる。
レンの顔から笑みが消えた。
来る。
デイビッドの固有スキル。
二年前には存在しなかった力。
「見せてやるよ、レン」
《SKILL》
レンの視界に警告。
デイビッドが笑う。
「《ZERO》」
その瞬間。
レンの視界から。
《REWIND》
の表示が消えた。
「……は?」
スキルだけではない。
体力表示。
弾数。
味方表示。
通信。
すべて。
消えた。
完全な無表示。
レンが耳に手を当てる。
「ナナ?」
返事がない。
デイビッドが銃を向ける。
「俺のスキルは《ZERO》」
レンも銃を構える。
デイビッドが言った。
「一定範囲内のゲーム補助機能を、全部消す」
「全部?」
「スキルも」
レンが笑った。
「なるほど」
「怖いか?」
「いや」
レンは銃を握り直した。
画面表示なし。
残り弾数も分からない。
ダメージ量も分からない。
通信もない。
そして。
《巻き戻し》も使えない。
ただの銃。
ただの身体。
レンは笑った。
「むしろ懐かしい」
デイビッドも笑った。
二人が同時に走り出す。
スキルなし。
補助なし。
巻き戻しなし。
ここから先は。
純粋に。
どちらがネットの身体を上手く扱えるか。
それだけ。
新宿へ向かって。
二人の化け物が。
再び銃を撃った。




