第5話 落下
第5話 落下
田所慎吾が消えてから、三分。
日本代表の四人は地下にいた。
東京駅から伸びる地下通路。
照明は点いている。
店もある。
広告もある。
自動販売機まで並んでいる。
だが、人間だけがいない。
「止まって」
先頭を歩いていた三枝ユウキが右手を上げた。
全員が止まる。
橘アヤが尋ねる。
「何?」
「音」
白石ナナが耳を澄ませる。
「何も聞こえないけど」
「だからです」
三枝は後ろを見る。
「さっきまで地上の銃声が微かに聞こえていました」
レンも気づいた。
静かすぎる。
「離れすぎた?」
「いえ」
三枝が首を振る。
「この距離なら聞こえるはずです」
レンが天井を見る。
「遮音?」
「そんなスキル、いた?」
ナナが聞く。
「まだ分かってないスキルが三つある」
アヤが銃を構えた。
デイビッド。
エミリー。
サラ。
三人とも固有スキルは未公開。
「《残響》は?」
レンが聞く。
「あと九秒」
「じゃあ待とう」
アヤが即答する。
「動かない」
四人が背中合わせになる。
レンは壁に掛けられた広告を見る。
旅行。
化粧品。
映画。
実在する東京を再現しているだけあって、細かい。
「これ、広告料とか取ってんのかな」
「今考えること?」
「だって世界中が見てるんだろ?」
ナナが広告を見る。
「めちゃくちゃ高そう」
アヤが二人を睨む。
「集中!」
「はい」
「はーい」
三枝の視界に表示が出た。
《ECHO:READY》
「戻りました」
三枝が目を閉じる。
「《残響》」
色が消える。
過去の移動痕跡。
青。
四人。
そして。
「……赤がない」
三枝が目を開けた。
「少なくとも、この周辺を敵は通っていません」
「なら移動する」
アヤが歩き出そうとした。
その瞬間。
レンが腕を掴んだ。
「待って」
「何?」
レンは床を見る。
水。
ほんの少し。
天井から落ちている。
一滴。
二滴。
地下だから珍しくない。
だが。
レンがしゃがんだ。
水面を見る。
波紋。
「どうしたの?」
ナナが聞く。
レンは答えない。
指を水へ。
振動。
微かに。
一定間隔。
「上にいる」
「え?」
「誰か走ってる」
アヤが天井を見る。
「地上?」
「たぶん」
レンが立つ。
「こっちを追ってるんじゃない」
三枝が気づいた。
「並走してる?」
「そう」
四人が地下を移動する。
その真上。
地上をアメリカ代表が同じ方向へ移動している。
「なんで?」
ナナが聞く。
レンは笑った。
「出口を待ってるんだろ」
地下通路は安全ではない。
出口は限られる。
出た瞬間。
狙撃。
「エミリーか」
アヤが呟く。
「たぶんね」
「どうする?」
レンは案内板を見る。
《丸の内北口》
《八重洲方面》
《地下鉄》
そして。
非常階段。
「上から出なきゃいい」
アヤが嫌な顔をする。
「また何か考えてる?」
「ちょっと」
*
世界中の視聴者には、両チームの位置が表示されていた。
東京の立体マップ。
地下。
日本代表四人。
地上。
アメリカ代表。
エミリー・カーター。
そして少し離れた場所にサラ・ミラー。
『完全に待ち伏せです!』
実況者が声を上げる。
『日本代表が地上へ出た瞬間、エミリーの射線に入ります!』
『神崎選手たちは気づいているでしょうか?』
『どうでしょう。観客には位置が見えていますが、当然ながら選手には敵位置は表示されません!』
画面の端。
オッズ。
《USA 1.88》
《JAPAN 3.34》
さらに別の数字。
《NEXT PLAYER DOWN》
《JAPAN 1.71》
《USA 2.08》
観客は勝敗だけではなく。
次にどちらの国から脱落者が出るかにも賭けている。
*
「ここ」
レンが止まった。
非常階段。
アヤが見る。
「結局上に行くじゃない」
「途中まで」
「途中?」
レンは扉を開けた。
階段。
上へ。
四人が登る。
一階。
二階。
三階。
建物内部へ。
オフィスビル。
「地下から隣のビルに入ったの?」
ナナが窓を見る。
「そういうこと」
レンは外を見る。
道路を挟んだ向こう。
高層ビル。
屋上付近。
「いる」
「見える?」
「見えない」
「じゃあなんで」
「俺ならあそこから見る」
アヤが呆れる。
「それ根拠?」
「けっこう当たるよ」
レンが窓際から離れる。
「三枝」
「はい」
「ここから地下に戻って、ナナと一緒に別出口へ」
「囮ですか?」
「そう」
ナナが嫌な顔をする。
「私たちが?」
「本物で出なくていい」
ナナが理解した。
「ああ」
笑う。
「それなら得意」
アヤが聞く。
「私は?」
「俺と来て」
「どこへ?」
レンは上を指差した。
「屋上」
アヤの顔が引きつる。
「嫌な予感しかしない」
*
数分後。
地下出口。
三人のナナが飛び出した。
それぞれ別方向。
エミリーの照準が動く。
一体。
撃つ。
消える。
『複製です!』
二体目。
撃つ。
また消える。
エミリーが僅かに眉を動かした。
三体目。
走る。
撃たない。
「……」
エミリーがスコープから目を離した。
罠。
気づいた。
その瞬間。
反対側。
ビル屋上。
レンが顔を出した。
「いた」
数百メートル先。
エミリー。
レンが銃を構える。
だが。
「届かない」
アヤが言う。
「分かってる」
「じゃあどうするの?」
レンは下を見る。
二つのビルの間。
道路。
かなりの高さ。
アヤも下を見る。
そして。
レンを見る。
「……まさか」
「向こうのビルに行きたい」
「階段使いなさいよ」
「間に合わない」
「だからって!」
レンが助走を取った。
「ちょっと待って!」
「先行く!」
走る。
屋上の縁。
蹴る。
「神崎!!」
レンの身体が宙へ飛び出した。
*
『飛んだぁぁぁぁぁぁ!!』
実況者が立ち上がった。
世界中。
一斉に歓声。
「うおおおお!」
「神崎!」
「マジかよ!」
「何してんだこいつ!」
レンは飛んだ。
だが。
当然。
飛行スキルなど持っていない。
重力はある。
身体が落ち始める。
目的のビルには届かない。
「知ってる!」
レンは空中で身体を捻った。
銃を構える。
エミリー。
向こうも気づいた。
スコープ。
照準。
レン。
発砲。
レンも撃つ。
空中。
互いの弾丸が交差する。
エミリーの弾丸。
レンの肩。
《DAMAGE:18%》
レンの弾丸。
外れる。
だが。
狙っていたのはエミリーではない。
窓。
割れる。
レンは落下しながらビルへ近づく。
腕を伸ばす。
窓枠。
掴む。
「ぐっ!」
身体が壁に激突。
《DAMAGE:7%》
手を離さない。
足を窓へ。
蹴る。
ガラスを割る。
室内へ転がり込む。
『入ったぁぁぁぁ!!』
実況席。
絶叫。
『神崎レン! 隣のビルへ移りました!』
『いや、これは……』
解説者が言葉を失っている。
『普通、やりません』
*
レンが起き上がる。
肩。
痛い。
体力表示。
《75%》
「思ったより減ったな」
通信。
アヤ。
『バカ!』
「聞こえてる」
『死んだらどうするの!』
「死んでない」
『結果論でしょ!』
レンは階段へ走る。
「エミリーが動く」
『え?』
「場所バレたから移動するはず」
レンは階段を上がる。
一階。
二階。
三階。
速い。
現実なら途中で息が切れる。
だが。
ここはネット。
肉体疲労はシステム上再現される。
しかし。
レンは自分の身体を必要以上に人間として扱わない。
手すりを掴む。
身体を持ち上げる。
階段を数段飛ばす。
壁を蹴る。
踊り場。
さらに上。
『……ほんと、気持ち悪い動き』
アヤが通信で言う。
「褒めてる?」
『褒めてない』
屋上。
扉。
レンが蹴り開ける。
エミリー。
いない。
「逃げたか」
足音。
下。
レンが振り返る。
階段。
追う。
*
一方。
地下。
三枝とナナ。
「上、すごいことになってるみたいですね」
ナナが言う。
「見えないので分かりません」
「実況聞きたい」
「敵に集中してください」
二人が歩く。
その時。
三枝が止まった。
「……ナナさん」
「何?」
「《複製》、今何体出してます?」
「ゼロ」
「ですよね」
三枝の前。
通路の奥。
白石ナナが立っていた。
ナナ本人が横にいる。
「……私?」
もう一人のナナが笑う。
三枝が銃を構える。
「マイケル!」
幻影。
銃声。
二人が伏せる。
壁の向こう。
マイケル・リード。
「見つかった!」
ナナが《複製》を発動。
四人のナナ。
だが。
通路の反対側。
足音。
サラ。
挟まれた。
「やば」
三枝が呟く。
*
地上。
レンは階段を駆け下りる。
エミリーの姿。
一瞬。
見えた。
「待て!」
エミリーが振り返る。
撃つ。
レンが壁へ身体を倒す。
弾丸。
避ける。
追う。
非常口。
エミリーが外へ。
レンも。
そこは。
高層ビルを繋ぐ連絡通路だった。
地上十数階。
エミリーが中央で止まる。
振り返る。
「……?」
レンも止まった。
エミリーが笑った。
初めて。
そして。
銃を捨てた。
「何?」
両手を広げる。
レンが警戒する。
エミリーの身体が揺らぐ。
一人。
二人。
「……は?」
三人。
四人。
五人。
同じエミリー。
レンの顔から笑みが消える。
「それ、お前のスキルか」
《MULTI LOCK》
複数照準。
五人全員が銃を持つ。
幻影ではない。
全員から殺気。
エミリーの固有スキル。
《PARALLEL》
――並列。
一定時間。
自分の操作情報を複数のアバターへ同時出力する。
五人のエミリー。
五つの銃口。
「ナナの上位版みたいなもんか?」
五人が同時に答える。
「違う」
日本語。
レンが笑った。
「喋れるんだ」
「あなたを研究した」
「光栄だね」
「《巻き戻し》」
エミリーが言う。
「三秒」
レンの目が細くなる。
「再使用六十秒」
「そこまで知ってる?」
「当然」
五人がレンを囲む。
「そして」
銃口。
「さっき使った」
レンの視界。
《REWIND》
再使用まで。
《00:14》
十四秒。
エミリーが言う。
「今は戻れない」
「……そうだな」
レンは後ろを見る。
連絡通路。
逃げ道。
前。
五人。
横。
ガラス。
その向こう。
地上。
はるか下。
エミリーが言う。
「終わり」
五つの銃口がレンへ向いた。
レンは――。
笑った。
「デイビッドから聞いてない?」
「何を?」
レンはガラスを見る。
「俺」
一歩。
「逃げ道がなくなると」
二歩。
エミリーが気づく。
「まさか」
レンが走った。
横へ。
ガラスへ。
「下に逃げるんだよ」
突っ込む。
ガラスが砕けた。
レンの身体が。
高層ビルから放り出された。
*
世界中。
一瞬。
静かになった。
そして。
『また飛び降りたぁぁぁぁぁ!!』
絶叫。
レンは落ちる。
二十階。
十九階。
十八階。
風。
地面。
近づく。
当然。
このまま落ちれば死亡判定。
《REWIND》
《00:09》
まだ使えない。
レンは落下しながら壁を見る。
窓。
看板。
非常階段。
距離。
速度。
全部を見る。
「まだ」
十五階。
「まだ」
十二階。
「まだ」
九階。
観客は悲鳴を上げている。
「死ぬ!」
「神崎!」
「何してんだ!」
六階。
レンが身体を反転。
足を壁へ。
蹴る。
軌道を変える。
非常階段。
手を伸ばす。
掴む。
だが。
速度が速すぎる。
「ぐっ!」
腕が弾かれる。
《DAMAGE:11%》
まだ落ちる。
四階。
《REWIND》
《READY》
レンが笑った。
「間に合った」
三階。
「《巻き戻し》」
世界が跳ねる。
三秒前。
レンは――。
九階付近。
落下中。
ただし。
傷が消えている。
そして。
三秒後に何が起こるか知っている。
非常階段。
今度は。
掴まない。
足。
着地。
膝を曲げる。
衝撃。
手すりを蹴る。
窓へ。
ガラス。
突入。
室内。
転がる。
停止。
《DAMAGE:9%》
レンは天井を見る。
息を吐く。
「……成功」
*
実況席。
沈黙。
アナウンサーが口を開けたまま固まっている。
解説者も。
数秒。
そして。
『生きてるぅぅぅぅ!!』
世界中。
爆発した。
歓声。
拍手。
悲鳴。
笑い。
《LIVE ODDS》
数字が動く。
《USA 1.91》
《JAPAN 3.29》
《USA 2.12》
《JAPAN 2.91》
《USA 2.24》
《JAPAN 2.72》
日本のオッズが一気に下がっていく。
*
レンは立ち上がった。
「さて」
上を見る。
エミリー。
当然。
追ってはこない。
普通なら。
「……?」
レンが止まる。
窓の外。
何かが落ちてくる。
一人。
金髪。
「嘘だろ」
デイビッド。
二十階近い高さから。
躊躇なく。
レンを追って飛び降りてきた。
「ははっ!」
レンが笑う。
「やっぱ来るよな!」
デイビッドは落下しながら銃を構えた。
レンも。
窓越し。
目が合う。
デイビッドが笑っている。
レンも笑う。
「お前なら!」
銃声。
ガラスが砕けた。
デイビッドが建物へ飛び込んでくる。
転がる。
立つ。
二人。
十メートル。
銃口。
「久しぶりだな」
デイビッドが言った。
「さっき会っただろ」
「二人では、だ」
「ああ」
レンは銃を構える。
デイビッドも。
「そうだな」
その頃。
地下では。
三枝とナナが。
マイケルとサラに挟まれていた。
アヤは一人。
そこへ向かっている。
日本。
四人。
アメリカ。
四人。
戦場は二つに割れた。
そして。
レンとデイビッド。
二年前に決着しなかった二人の戦いが。
ようやく。
始まろうとしていた。




