第1部 最終話
最終話 次の戦争
翌朝。
東京は、いつも通りだった。
電車が走る。
人が駅へ流れる。
コンビニではコーヒーが売れ、交差点では信号が変わる。
昨日。
日本とアメリカは戦争をした。
だが。
街は一つも壊れていない。
死者もいない。
けれど。
世の中は、少しだけ騒がしかった。
「見た?」
「見た見た!」
「最後マジでやばかったよな!」
「神崎、残り一パーだろ?」
駅前。
高校生たちがスマートフォンを囲んでいる。
画面には、昨日の映像。
東京都庁。
神崎レン。
デイビッド・ウォーカー。
最後の殴り合い。
拳。
交差。
デイビッドの身体が光になる。
《WAR END》
《WINNER JAPAN》
何度も再生されている。
「俺、最後デイビッド勝つと思ったわ」
「日本に賭けてたから死ぬかと思った」
「お前いくら?」
「三千円」
「少なっ」
「学生だぞ!」
笑い声。
そのすぐ横。
巨大モニターにはニュース。
『政府は本日午前、北太平洋海底資源区域・第七鉱区について、代理戦争の結果に基づく新たな採掘比率が正式に発効したと発表しました』
数字。
《JAPAN 60%》
《USA 40%》
『これにより今後十年間、日本側の採掘権益は大幅に拡大することになります』
画面が切り替わる。
昨日の日本代表五人。
田所慎吾。
橘アヤ。
三枝ユウキ。
白石ナナ。
神崎レン。
『そして今回、最も注目を集めたのが神崎レン選手です』
駅前。
何人もの人間が足を止める。
*
その頃。
レンはホテルのベッドで寝ていた。
「…………」
スマートフォン。
振動。
無視。
また振動。
無視。
さらに。
振動。
レンが布団の中から手を伸ばす。
「……うるさい」
画面。
通知。
百件以上。
メッセージ。
ニュース。
SNS。
出演依頼。
取材依頼。
広告。
知らない番号。
「……電源切ろ」
長押し。
その瞬間。
着信。
《黒崎》
「…………」
レンは出た。
「はい」
『起きていましたか』
「今起こされた」
『午前十時から会見です』
「聞いてない」
『昨日伝えました』
「戦争のあとだったから覚えてない」
『あと一時間です』
レンは時計を見る。
九時二分。
「無理」
『可能です』
「まだシャワーも浴びてない」
『三十分で来てください』
「人使い荒いな」
『国家代表ですから』
切れた。
レンはスマートフォンを見る。
「昨日で終わったんじゃないの?」
*
午前十時。
日本代表五人が横一列に座っていた。
大量のカメラ。
記者。
照明。
田所が小声で言う。
「寝癖あるぞ」
レンが髪を触る。
「マジ?」
「嘘」
「お前」
ナナが笑う。
アヤが前を向いたまま言う。
「静かにして」
三枝は緊張している。
「戦場より緊張します」
「分かる」
ナナが答える。
司会者が言った。
「それでは、昨日の日米代理戦争について、日本代表選手への合同会見を始めます」
一斉にカメラ。
シャッター音。
質問。
「神崎選手!」
「はい」
「最後のデイビッド・ウォーカー選手との戦闘について!」
「楽しかったです」
記者が少し止まる。
「……楽しかった?」
「久しぶりだったんで」
別の記者。
「国家の権益を背負った戦争というプレッシャーは?」
レンが少し考える。
「戦ってる時は、あんまり」
アヤが横から小声。
「正直すぎ」
レンが続ける。
「勝ったあとに数字見て、ちょっと怖くなりましたけど」
「怖く?」
「俺たちが撃ち合っただけで、現実の権利がこんなに動くんだなって」
会場が少し静かになる。
レンは続けなかった。
別の記者が田所へ。
「田所選手、自ら味方へ射撃を命じた場面について――」
「死なない戦争ですから」
田所が答えた。
「だったら使えるものは、自分の命でも使いますよ」
記者席がざわつく。
田所は笑う。
「まあ、撃たれると普通に痛かったですけど」
ナナがすぐに言った。
「ごめんって言ったじゃん!」
会場に笑い。
緊張が少しほどける。
記者がナナを見る。
「白石選手は、今回初めて高所から飛び降りましたね?」
ナナの顔が引きつる。
「二度とやりません」
「神崎選手の影響ですか?」
「悪影響です」
また笑い。
レンが言う。
「飛べてたじゃん」
「黙って」
*
昼。
テレビでは特集番組が組まれていた。
《徹底解説 日米代理戦争》
巨大モニター。
昨日の映像。
神崎レンが高層ビルから飛び降りる。
スロー再生。
司会者が目を丸くする。
『改めて見ても、とんでもないですね』
解説者が頷く。
『ここですね。今回、最も話題になった場面の一つです』
映像。
レン。
二十階近い高さから。
迷いなく。
飛ぶ。
『これ、素人目にはですね』
司会者が言う。
『ゲームなんだから飛べるんじゃないの? と思ってしまうんですが』
『操作上は可能です』
『操作上は?』
解説者が笑う。
『普通は、できません』
画面。
一般プレイヤーの検証映像。
同じフィールド。
高層ビルの屋上。
一人の男が縁まで行く。
下を見る。
止まる。
後退。
笑いながら首を振る。
《無理》
テロップ。
スタジオに笑い。
解説者が言う。
『完全ダイブでは、視覚だけではなく平衡感覚や身体感覚までネット側のアバターと同期します』
『つまり?』
『二十階から下を見れば、脳は本当に二十階に立っていると判断します』
『ゲームだと分かっていても?』
『分かっていてもです』
別映像。
代表経験者。
屋上の縁。
足が止まる。
『訓練された選手でも、恐怖反応は出ます』
司会者がレンの映像を見る。
『でも神崎選手は……』
飛ぶ。
一切止まらない。
『躊躇がない』
『極端に少ないですね』
画面横。
《ダイブ適性》
『俗に《ダイブ適性》と呼ばれるものです』
『正式な数値があるわけではない?』
『ありません。ネット空間の身体を、どこまで自分自身として扱えるか。逆に言えば、どこまで現実の身体感覚を切り離せるか。それをまとめてそう呼んでいます』
映像。
レン。
落下中。
銃を撃つ。
壁。
非常階段。
窓。
『神崎選手の場合、単に怖がらないだけではありません』
『というと?』
『落下中に敵の位置を把握し、照準し、着地点を選び、その後の動きまで考えています』
司会者が苦笑する。
『それはもう……同じ人間なんですか?』
解説者も笑った。
『同じです』
少し間。
『ただし、デイビッド・ウォーカー選手も同じ領域にいる』
画面が変わる。
レンを追って。
デイビッドが躊躇なく飛ぶ。
『ここです』
『ああ!』
『神崎選手が飛んだ直後、ウォーカー選手も一切躊躇していない』
二人。
ビルの外。
落下しながら銃撃。
『昨日の試合が盛り上がった最大の理由は、固有スキルだけではありません』
スロー。
レン。
デイビッド。
『この二人が、ネット空間そのものを普通の選手とは違う感覚で扱っていたからです』
*
夕方。
繁華街。
「俺もやってみる」
「やめとけって」
ゲームセンター。
簡易ダイブ型FPS。
高校生が高層ビルの屋上に立っている。
「神崎みたいに!」
一歩。
縁。
下。
「…………」
友人が笑う。
「早く行けよ」
「…………無理」
「ゲームだぞ」
「お前やれよ!」
数分後。
友人も。
「…………無理」
二人。
大笑い。
*
夜。
日本代表五人は小さな居酒屋にいた。
政府主催の祝賀会。
スポンサーイベント。
会見。
全部終わった。
やっと。
普通の飯。
田所がジョッキを上げる。
「とりあえず」
全員を見る。
「勝利に」
「乾杯」
グラス。
鳴る。
レンがビールを飲む。
「うま」
アヤが言う。
「働いたあとの一杯みたいに言わないで」
「働いただろ」
「まあ……そうだけど」
ナナは料理を大量に注文している。
「七千万何に使おう」
三枝が驚く。
「もう入る前提?」
「勝ったし」
「税金ありますよ」
ナナが止まる。
「……え?」
田所が爆笑。
「考えてなかったのか!」
「七千万そのままじゃないの!?」
「当たり前だろ!」
「聞いてない!」
アヤが呆れる。
「普通考えるでしょ」
レンはスマートフォンを見る。
自分が賭けた十万円。
《払い戻し保留》
「俺のも止まってる」
アヤが見る。
「それは税金じゃない」
「やっぱダメかな」
「ダメに決まってる」
その時。
レンのスマートフォン。
通知。
メッセージ。
英語。
《DAVID WALKER》
レンが開く。
短い。
《Next time, I win.》
レンが笑う。
返信。
《Try it.》
ナナが覗く。
「何?」
「デイビッド」
「仲良いね」
「ライバルだから」
田所が聞く。
「次も代表やんの?」
レンが止まる。
「んー」
アヤもレンを見る。
三枝。
ナナ。
少しだけ。
考える。
二年前。
レンは競技ダイブから離れた。
もう十分だと思った。
昨日。
久しぶりに戻った。
楽しかった。
怖かった。
そして。
最後。
デイビッドと戦った。
「まあ」
レンがビールを飲む。
「呼ばれたら考える」
アヤが言う。
「絶対やる言い方」
「七千万だし」
ナナが即答。
「私はやる」
「税金あるぞ」
田所。
ナナが黙る。
「それでもやる」
全員が笑った。
店内テレビでは。
まだ昨日の試合を流している。
だが。
突然。
画面下に赤い速報。
《代理戦争委員会より発表》
レンが見る。
「ん?」
アナウンサーの声。
『ここで、新たな代理戦争について速報です』
店内。
何人かがテレビを見る。
『本日午後八時、両国政府が正式に合意しました』
画面。
二つの国旗。
《FRANCE》
《UNITED KINGDOM》
『フランス、イギリス両政府は、北海洋上発電区域の優先運用権を巡り、国際代理戦争協定に基づく開戦に合意』
「もう次?」
ナナが言う。
画面。
《FRANCE VS UNITED KINGDOM》
《開戦まで 120:00:00》
そして。
まだ代表選手すら発表されていないのに。
数字が出た。
《OPENING ODDS》
《FRANCE 2.08》
《UNITED KINGDOM 1.91》
店内。
すぐに声。
「あ、イギリス有利なんだ」
「フランス新しい選手いるらしいぞ」
「マジ?」
「今のうちフランス買っとく?」
レンたちの隣のテーブル。
男がスマートフォンを取り出す。
別の席でも。
一人。
二人。
三人。
画面を開く。
街。
駅。
家庭。
バー。
世界中。
同じ通知。
《NEXT WAR》
スマートフォンが光る。
そして。
金が動き始める。
ナナがそれを見ていた。
「昨日あんなに盛り上がってたのに」
田所が言う。
「もう次だな」
アヤはテレビを見る。
「そんなものでしょ」
三枝が呟く。
「戦争なのに」
誰も答えない。
レンはテレビを見る。
フランス。
イギリス。
新しい戦争。
新しい権益。
新しい選手。
新しいスキル。
そして。
新しいオッズ。
昨日。
日本は戦った。
今日は。
勝利を祝った。
明日になれば。
昨日の戦争は過去になる。
その次には。
また別の国が戦う。
レンはグラスを持った。
一口。
飲む。
店の外。
巨大モニター。
《FRANCE VS UNITED KINGDOM》
《あなたは、どちらに賭ける?》
人々が見上げる。
スマートフォンを取り出す。
笑う。
相談する。
賭ける。
その光景を。
レンは窓越しに見ていた。
誰も怯えていない。
誰も逃げない。
誰も死なない。
だから。
誰も。
戦争を止めようとは思わない。
カウントダウン。
《119:58:43》
《119:58:42》
《119:58:41》
また。
次の戦争が始まる。
そして。
世界は今日も――。
平和だった。




