❨ Act. ⅩⅨ 【 業火の向こう側 】
地を駆ける馬の荒い呼吸と蹄の音。
身体で受ける風から物を焼き尽くす香が、益々濃くなっていく。
目先は天まで染め上げる雄々しい焔火。
「あの村になんかあったら、ウィルになんて申し開きしたら良いんや」
胸が急ぐ。手綱を強く強く握る。手の平に爪が食い込むほどに、ホムラは硬く握り締めた。
────ガサッ!!
「ヒヒィーン!?」
急に馬が足を止めた。
前足が宙に上がり、ホムラの背が仰け反る。
「───な、なんや?!」
立ち上がる炎を前に馬が前進するのを躊躇し、後ろへ後ろへと動かす。
「なっ、あと少しでええから!!」
そう語りかけるが、怯える馬の耳には届かない。
「お前さんも白銀騎士団の仲間やろが!」
首を引き、横に顔を振るかのような馬を目の当たりにしたホムラは、否応なしに馬から降りた。
乗り手を失った馬は勝手に走り去る。
「根性ナシが!クローゼンに言いつけたる」
それを横目にホムラは吐き捨てた。
ゴォオオオオ────と大きく唸る炎。
息を吸うだけで喉が熱い。
ここに立っているだけで、肌を焼くような熱。
黒い煙と紅き炎が延々と空に向かっていく。
ホムラは腕で鼻と口を覆った。
眼前に広がる村だったもの。
数日前にはこの家から無邪気な笑顔で飛び出して来たリファ。回復し歩けるようになった村人たち。
ここにあった暮らし共々、跡形もなく炎が全てを奪い尽くしていく。
ホムラの眉根がつり上がる。
「ムカつく炎や。全てを焼くつもりか」
ホムラは携えている熾劫火刀へと手を伸ばす。
指先が柄を掴み上げ、刀身が引き抜かれる。
ホムラは静かに言葉を紡ぐ。
「神名解放、
────熾劫火刀」
刀身に映る轟々たる炎。
ホムラの目が冷たく細められた。
舞うように切先が実態のない炎へと向かう。
「邪心な炎に喰らいつけ!熾劫喰斂」
燃え盛る業火が熾劫火刀に渦を巻きながら、刀身へと吸い込まれていく。
「ッチ、埒があかん!なんや、この火は!!」
消えたのはただの一角。
炎の勢いは止まらない。貪欲な火は、潰えた地をもまたもや呑み込もうと喰らいつく。
「───神炎使いの力、舐めんなや」
風もないのにホムラの髪が揺らいだ。
熾劫火刀を地へと下ろし、微かに唇が動く。
「劫火よ、宿れ……
劫火纏衣」
収まっていた炎が熾劫火刀に纏う。その炎はホムラの全身へと広がっていく。
「消せぬなら、このまま進むまでや」
瞳に焔が宿る。
ホムラは業火の中へと足を踏み入れた。
熱など、感じない。
ホムラは縋る思いで先に進む。
焦りの色と胸のざわめきが消えず、進む度に罪悪感に誘われる。
「誰かおらへんのか?!リファッ!ミランダ姐さん?!」
声は炎に溶けていく。
耳に入るのは炎に喰われ崩れていく音のみ。
人の声など聞こえもしない。
「っくそ!」
焦燥に駆られ、ホムラは原形を留めていない家の前に立つ。扉はもう役目を果たしていない。ホムラはその扉に足を突き立てた。
ガゴォーン!!
蹴り飛ばすと扉は奥へと飛んでいく。炎に呑まれたのを尻目に、既に誰の住処だったのか、最早分からない家へと足を運ぶ。
テーブルの上に食器が残され、ベッドは起きたままのシーツ。生活の痕跡を残されていた。人がいた証拠が燃えている。
「……逃げた、んか?」
次々と家を回るが、人がいた痕跡があるだけ。
ふと、視線を地へと落とす。
そこには無数の足跡が炎の外へと繋がっていた。
「皆、避難出来たちゅうわけ、か……」
胸のざわつきが落ちつこうとする。
やっと息を吸えたというところに、見たくもない物が視界を掠めた。
眉根に深い皺を刻む。
掴んでいた熾劫火刀が小刻みに振動する。
「なんでアイツらが、───この村におんねん!!」
言うが先か身が先か。
ホムラは炎の果てへと足を急かした。
「待てや!!」
黒衣の背へと荒らげた声を投げつけた。
その声に群れのひとりが立ち止まる。だが、振り返ろうとはしない。
「お前らがこの村に火を放ったんか?」
ホムラの声は闇夜に消えた。
片目が見開く。探していた宿敵を見つけたかのように。ホムラはゆっくりと切先を黒衣へと向ける。
熾劫火刀から爆炎が上がった。
「…………」
「おい!応えろや!!」
火の粉を纏う風が夜空にチラチラと光を放つ。
闇に塗れた黒衣が更に深みを増す。
少しだけ顔をホムラへと向ける。フードから覗いた横顔の口元が上がった。
「────そうだと、したら?」
乾いた笑いを含んだ声。
その声に聞き覚えがあった。
熾劫火刀に纏う炎が激しく音を立てる。
ホムラの顔に険しさが増していく。
「逃がさへんで……人ひとり殺した落とし前、ここで晴らさせてもらうで」
黒衣の肩が微かに揺れた。
「どう、しました?」
異変に気づいた黒衣の仲間が声を掛ける。
「何でもない」
そう呟くと、黒衣はホムラのことなど忘れたようにまた先を急ぐ。
「どこ行くんや!!話は終わってへん!」
「悪いな、先約があるんだ。大事なお客さんがな」
それだけ告げると、ホムラと黒衣の間の空間が歪む。
「また遊ぼう、───何も知らない神の玩具よ」
その声が聞こえ終わる頃には黒衣たちの姿が綺麗さっぱり消えていた。
「……クソッ!」
熾劫火刀の刀身はまだ炎に包まれたまま。
ホムラは黒衣が消えた先をしばらく睨みつけていた。
「よろしいのですか?」
「……ああ」
小さく吐いた声は風に攫われる。
「ここの想いは、ここに置いておく」
「___様、……」
肩が僅かに揺れた。
「やめろ」
低い声を吐き捨てる。
「その名は、もう棄てた」
沈黙が落ちる。
誰も声をあげることはない。
夜空が不気味に赤へと染め上げていた。
遠くで燃える炎を静かに眺める。
黒衣の瞳に炎が映った。
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