❨ Act. ⅩⅥ
ジリ。ジリ。とウィルとの距離を詰める。
そんなゼフィールの呼吸は乱れ、足がフラついていた。
…………もう身体が、限界なんだ
何度も攻撃を喰らい、ゼフィールとて不死身ではない。
────終わりが近いはず、なのに……
眼前へと辿り着いた。
ギラついた隻眼は、ウィルをしっかりと捉えた。
息を呑んだ。
指先が小刻みに震え出す。
地天煌斧を持つ腕に筋が浮き上がる。
天へと見せつけるかのように掲げられた。
妖しく光る刃毀れした刃先。
耳へと抜けるホムラの声。
ゆっくりと、振り落ちる。
深紫の瞳に映ったその顔は、彼の面影が消え去っていた。歪んだ笑みをたたえ、戦闘に悦を感じる姿は、まさに─────
「───狂戦士、だな」
「……えっ、」
闇の衣が視界を覆った。
ガシッ────ンッッッ!
轟音とともに空が震動する。
突如として現れたフードを深く被った黒衣。
その者は音も無く登場し、ゼフィールの一撃を受け止めた。
ふたつの刃が蒼白い光を灯す。
「……大したことないじゃないか」
僅かに見える口端を上げ、軽々しくそう言い放った。
ゼフィールの腕が隆々と盛り上がる。
開いていた口が塞がり、奥歯をギリギリとすり減らす。
「馬鹿の、一つ覚えか」
凍てつく声音。
黒衣の片方の足先が地を離れると、再度踏み込む。
唇が微かに動く。
静かな囁き。
衣が風を受け、波立つ。
紡がれた言葉に誘われた風が黒衣の前に集まった。
「………Envole」
次の瞬間、
────ゼフィールの身体は宙を跳んでいた。
「な、なにが……」
ウィルの目が見開かれていく。
信じられるわけもなく、瞳孔が揺れた。
ガキィ────ンンッ。
手を離れた地天煌斧が地へと落下し、そこからすぐ傍にゼフィールは落ち葉のように背中に土をつけた。
あんなにもホムラが手こずったゼフィールが、いとも簡単に倒れた。
黒衣は双剣を手にしたまま、足を運ぶ。
荒い呼吸音。
何かを掴もうと彷徨う指先。
「呆気ない。月神に選ばれたのだろうが、もう少し気概を見せてくれ」
ここまでされても隻眼の瞳から闘気は消えず、燻り続けた。
ゼフィールの喉元が上下に揺れる。
細い冷え切った切先を容赦なく這わせた。
そこから滲む紅きもの。
「ムーンライトの血も、紅いのだな」
細剣へと力を込める。
「……待てやッ!」
ホムラが吠え上げた。
苦痛で眉間の皺が深い。
黒衣はゼフィールへと向けている手首を緩めた。
回復が遅れている身体を熾劫火刀で、支えながら躙り寄る。
「こっちにも、居たのか?────だが、」
鋭利につり上がる口角。
もう片方の細剣を肩に掛ける。
「────すでに、虫の息ではないか」
今にも高笑いしそうな声を噛み殺し、黒衣は告げた。
「そんなん、殺り合ってみな、……分からへんやろ?」
熾劫火刀の柄に絡めた指先に力を込める。
小刻みに振動する刃。
「ここで、会ったが百年目や、で」
立ち上がったホムラへと黒衣は身体を向けた。
「我が主サン。そして、ムーンライトの宿敵。
────新月さん、よ」
「ハッ、良く吠えるな」
「……それ、……褒め言葉、として、受け取ってやるわ」
ホムラは痛みなど忘れ、
殺気に満ちた鋭い瞳を黒衣へと注ぐ。
「あんな気持ち悪い、ネチョネチョビースト。……良く創るわ」
地に刺していた熾劫火刀を引き抜き、ホムラは黒衣へと差し向ける。
「……命日?ちゃうな。あぁ、処刑日や。覚悟しろや?」
「何を、戯けたことを」
──ガサッ。
「ゼ、ゼフィールさん?!」
ウィルはゼフィールのもとへ駆け寄り、膝を地に付けた。
身体全体を見渡し、最後に顔を覗き込む。
……良かった。これなら、大丈夫。
聖衣のお陰か、呼吸は落ち着きを取り戻していた。
無事を確かめたウィルは両手を広げ、細剣とゼフィールの間に立った。
「……剣を、納めて下さい」
小さきながらも、感情を抑え声を発した。ウィルの瞳は強く迷いなく黒衣を凝視する。
「月神に《《選ばれた》》ワケでもない者が、我に牙を剥く、か。……フッ、アハ、アハハハ」
「な、なにがそんなに……」
「───ゼフィール?!」
ホムラの声が爆ぜた。
ウィルはその声に勢い良く振り返る。
だが、ウィルはすぐに感じ取った。
彼が、まだ、
─────正気ではない、ことを。
眉が跳ね、声が引き攣る。
「……ゼ、ゼフィール、さん」
その呼び名に呼応するように、ゼフィールの口が大きく開いた。
声にもならない音が、耳にこびり付く。
もはや、それは───人が発するモノでは、なかった。




