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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第 3 章 黒き檻

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❨ Act. ⅩⅦ 【 命の使い方 】







 人とは思えぬ、その叫び。

 口から滴る血の混じった液体。


 小刻みに震える足。

 それでも、前にある生命を狩ろうとする本能。


 愛刀である地天煌斧ジオリュクスを手放したまま、身体ひとつで欲望のままに突き進む。己の生命が尽き滅ぶまで、止まらぬ狂戦士。


「……もう、やめてください!ゼフィールさん!!」


 ウィルは、逃げなかった。

 背後から聞こえる自分を止める声。



 ゼフィールさん……

 こんな貴方の姿、


 ──────見たくないです!



 ウィルへと伸びた拳。

 くっきりと筋が、浮き上がる。



 正気が失せた血走る白眼。

 ウィルはその眼を真っ直ぐ見据える。



 空を切る拳。

 ウィルの頬に容赦なくめり込んだ。


 それでも、ウィルは目を逸らさない。



 骨が、軋む。

 衝撃が骨を越え、直に脳へと振動する。

 口内を犯す、錆びた味。


 気が付けば、一気に吹き飛ばされた。



 ドゴ────ンッッッ!!



 地面へと勢いよく叩き付けられた。


 うつ伏せに倒れた身体。


「ゴホッゴホッ!」


 地面に飛び散った紅い血。

 口端から一方的に垂れてくる。


 腕に力を入れ立ち上がろうとするが、身体が、動かない。かろうじて動いたのは、指先だけ。


 無理矢理、頭を持たげる。

 殴られたせいか視線が定まらない。


 対峙するゼフィールと黒衣。

 その傍らで、倒れ込むホムラ。



「あの瞬時に……何が、起きたん…だ」



 ウィルの髪が風にさらわれた。

 黒衣の前へと風が呼び寄せられ、渦を巻く。



「……さっきと、様子が…」



 一度見た光景とは違う雰囲気に、ウィルは胸がザワついた。言いようしがたい恐怖が、せり上がってくる。


 ゼフィールの体勢が崩れ、両膝が地に着いた。

 身動きが取れないゼフィール。黒衣のあの力で拘束されたように見えた。


 眉根に深い皺を寄せたゼフィール。

 自由を奪われ何も出来ない。

 諦めるという意志は存在しない彼は黒衣に喰らいつこうと牙を剥く。

 唸り声を上げながら、必死に首を前に出す。


「……別に、アンタのこと殺すつもりは無かった。……だが、こんなの、アンタもイヤだろう?」


 細剣が光を受ける。


「……今、ラクにしてやるよ」


 天へと上げられた切っ先。


 ─────チャリ。


 刃先がゼフィールへと向けられた。



 黒衣は再度、柄を両手で握り直すと腕を後ろへと引いた。

 その刃先は、迷いなく心の臓へと導かれた。




 鼓動が早鐘を打ち、急に体温が冷えつく。

 瞬きなど忘れて、ウィルは食い入るように見た。



 次の瞬間、ウィルは力ずくで腕を突き立て、地を蹴り上げた。



 無我夢中で走る。

 息を吐く音がやたらと鼓膜を叩いた。

 目の前で時がゆっくりと、過ぎ去っていく。


 手を伸ばす。指先まで神経を尖らせた。



 ─────グサッ。


 冷たい鋭い鋼が、皮膚を突き、肉を穿った。



 内臓から這い上がる何か。


「ウガッ、」


 ビチャビチャ、びちゃ───!


 大量に吐き出た夥しい紅い血。

 顎を伝い滴ってくる生暖かい血。

 切り口から流れていく赫い血。


 血、血、血─────



「……な、なんで」


 頭上から落ちてきた声は震えていた。



 顔を少しずつ少しずつ上へと持っていく。

 迫り上がる血で、噎せ返る。


「ゴホッゴホッ」


 フードから微かに見えた顔。

 信じられないと小さくなった瞳。


 声に出したくても、血が邪魔をする。

 ウィルは無意識に目元を緩めた。


「な、なんで、お前が……」


 黒衣は項垂れ、手にしたままの細剣の柄を手放した。




 痛みなど、もう感じ無かった。

 薄れ行く意識の中、ウィルは後ろへと振り返った。



「……ゴホッ、ゴホッ。ゼフィール、さん……」


 あんなに暴れていたゼフィールが静かにウィルだけを見つめていた。



「……ごめん、なさい。僕のこと、許さなくて…も、構い……ませ、ん。……僕も、あんな……状態、のゴホッゴホッ……許さ……な……」



 ウィルの瞳から光が、消えていく。



「…………ラ……ザ?」


 獣の口から声が、零れた。

 ゼフィールの瞳に色が浮き上がる。


 ゼフィールを拘束していた風が、跡形もなく掻き消えた。


「…………ウ、ウィル?」


 目の前で血塗れの姿にゼフィールは眉を歪ませ、何が起きたのか分からないような顔をして、狼狽えていた。



 黒衣はウィルへと突き刺さったままの細剣を引き抜いた。芯を失った身体は力なく、地面へと崩れ落ちる。その身体をゼフィールは腕を伸ばし、抱き留めた。


 腕に力なく横たわる身体は、まだ温もりがある。ゼフィールは藁にもすがる思いで、胸に耳を当てた。



 だが、

─────返ってくるモノは何もない。



ウィルを掴んている指先が、布のシワを深くする。


 顔へと目を向けた。

 その顔は赤みを失い蒼白い。けれども、穏やかに眠っているだけのようだった。



「嘘、やろ……?」



 足を引き摺りながら、ホムラが声を跳ね上げた。



「お前が、お前がヤったんか?!」


 眉に力を入れ、熾劫火刀イグニファラムを振り下ろし、宙を何度も斬り捨てた。


「ああ、……そうだな」


 感情も込めず、黒衣は淡々と述べた。

 それ以上は何も言わず、黒衣はウィルをしばらく見つめていた。



「……お、俺が、やったの…か?」


 両手を顔に押し当て、背を丸めるゼフィール。

 次第に呼吸が荒くなる。


「───?!……ゼフィール、お前……正気戻ったンか?」


 ホムラが勢い良く、ゼフィールへと向き直る。しかし、ゼフィールにはホムラの声は届かない。ウィルを見たまま、動こうとはしなかった。


「ゼフィール!気をしっかりせぇ!!戻ったんやら、ワイらの仕事せいや!それが、ウィルへの手向けになんや!!」



「……すまないが、もう時間だ」


 天空から同じ黒衣のマントを被った者達が、ふたり降り立った。手には得物を構え、ホムラたちへと身構える。


「よせ、今日はもう、やり合うつもりはない。帰るぞ」


 黒衣は身を翻した。靡いたマント。それに付き従うように、仲間たちが続いて歩く。

 最後についたひとりが地面へと何かを投げつけた。


 バンッ。という炸裂音と共に白煙が立ち昇った。瞬時に視界が奪われる。


「おい、待てや!!」


 一歩前に足を差し出す。

 ホムラの投げつけた声に反応する者はいない。

 白煙が落ち着くと、もうそこには人の気配も感じられなかった。


「……チッ、折角のチャンス。無駄にしたわ」


 クソが、とホムラは瓦礫に怒りの矛先を向けた。足先で小突いた瓦礫はメキメキメキと音を上げながら崩れた。


「……ウィル…、すまない」


 ゼフィールはウィルの手を握ると、重ねて胸の上に置いてやる。肩を落としたゼフィールは、その場から未だに動けずにいる。


「……ゼフィール。可哀想やけど……まずは、主サンに連絡せんと、な」


「…………」


「あと、お前に起きた事も報告する義務がある」


「………………」


「おい。ちゃんと聞いとるんか?」


 ゼフィールは、軽く視線を上げると、ああ、とだけ小さく返事をした。


「……ホンマ、勘弁して欲しいわ」


 ホムラは見上げた。

 そこにある月神の聖像を。


 ……主サン、どないなってますんや?

 死ぬような子じゃない、言いましたやん。


 心で唱えても、返事は来ない。

 聖像の顔は穏やかなまま。

 何も教えてはくれない。


「……とりあえず、オレが出来ることやらんとな」


 ウィルが見つけた隠路へと視線を投げた。


「よく考えたら、やることあり過ぎて、何から手を付けたらいいか、分からんなるでぇ」


 後頭部を書きながら、ゼフィールへと目をやる。今にも涙が落ちそうな顔をしながら、ひたすらウィルの傍らから離れない。そんな姿を見ていられなくなったホムラはゼフィールのもとへ向かう。


「ゼフィール!」


 胸倉を掴み上げた。


「この腑抜けが!ムーンライト 第三使徒が何、恥ずかしいことしてんねん!?」


 覇気のない瞳がホムラを映す。

 その顔にホムラは怒りが込み上げて来た。ホムラは親指を握り締めると、ゼフィールの頬を殴り付けた。そのまま、地面へと薙ぎ倒された。


「この腑抜けが!!お前より、ウィルの方が幾分も上や!」


 吐き捨てると、ホムラはゼフィールに背を向けた。そのまま歩き出した。





 厚い雲が晴れ、月が顔を出した。月光が煌々とと礼拝堂に差した。細く長く伸びて行く光が、ウィルの顔にかかった。




 ────ぴくん。

 微かに指先が跳ねた。













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