❨ Act. ⅩⅣ
舞い上がった土煙。そこに朧げな人影。
ホムラは熾劫火刀に指先を掛けた。
眼光が鋭くなる。
その場で立ち上がり、ウィルを背にし、一歩前に出た。
土煙が風に流され、そこにいた影の姿が鮮明に見えるようになった。
「……ゼフィール、さん?」
ウィルは咄嗟に声が零れた。
柄に掛けたホムラの指先が緩む。
茶褐色に侵されたゼフィールの純白の聖衣がパタパタと音を放った。
何日ぶりに会う顔は俯いたままで見えない。
ジィィィ──と耳障りな音が鼓膜に反響する。
右手で地天煌斧を地面に擦り付け、ふらふらと前に進む。
「もう、終わったんか?」
ホムラの声が頭上から落ちた。
声はゼフィールの耳に届いていないのか、未だに顔を上げようとはしない。
足が止まった。
ゼフィールは地天煌斧を天高く振り上げた。腕に血管が浮き上がり、そのまま振り落とす。
何度も。
何度も何度も─────
微かな叫びが、空に散る。
飛び舞う茶褐色の“何か”。
「あれ、ビーストや……」
一点を見つめホムラは躊躇うように声を上げ、息を呑んだ。
「……なんで、
────嗤って、るんや?」
無意識にホムラは半歩、後ろへ下がった。
底知れぬ恐怖が足から這い上がる。
ゼフィールの横顔が切り刻む度に、口角が鋭角になる。八重歯を剥き出し、眼は益々ギラついていく。
ビーストの身体の破片は空に放たれ、端から煙のように消えて行った。
呼吸も忘れ、ウィルはその光景を眺めていた。
ガシィッ─────ンッ!!!
────音が、失われる。
地面に突き刺さった地天煌斧の刃から湧き上がる白き靄。
ゼフィールはまた俯き、動きを停めた。
地天煌斧の柄を握り込む手から力は抜けない。
……ジリっ。
ウィルは腰を上げ、ゼフィールのもとへ足先を向けた。
不意に出た指先。
「ゼフィールさ、ん?」
ピクッ。
ゼフィールの肩が揺れた。
更にウィルは腕を伸ばす。
いつものあのゼフィールだと確かめたい一心で。
地天煌斧がウィルへと向いた。
緊張で張り詰めた糸が緩み、安堵の息を吐く。
足取りが軽くなったように思えた。
思わず、顔も和らぐ。
「ゼフィ───」
背後で、地を蹴った音がした。
「────ッ、ウィル!しゃがめッ!!?」
ウィルの身体は即座に反応できなかった。
黄金の髪が宙にキラキラと煌めき、ウィルの耳の傍に風が掠める。
ウィルの純白が眼前に広がった。
ガッキ─────ンッ!!
地天煌斧を熾劫火刀が受け止める。
顔を上げるとホムラが立っていた。
小刻みに震えるホムラの腕。
「な、なにしとるんや!?ゼフィールッ!!」
ホムラの語気が荒らげた。
息苦しいような呼吸がウィルの耳に入る。
「ガァルルアアッ」
首を傾げ、人の目とは思えない瞳がホムラを睨めつけ、言葉ではない叫声を吐く。
「なんや、ねんッ!このバカ力がぁ!!」
腕を伸ばし、地天煌斧を弾き返す。
体勢を崩したゼフィールの足が数歩後ろへと下がる。
ホムラは熾劫火刀の切先を地へと向け、肩を回す。
「なんちゅう力やねん……巫山戯るのも大概にせいや」
細めた瞳がゼフィールを射抜く。伏せていた顔が勢い良く上がった。
「アぎァァァアハァ」
白目を向き、口から涎を垂らしながら野太い嗤い声を発した。
「───おい、どうしたっちゅうねん?!」
前傾姿勢を取り、ゼフィールがホムラ目掛けて突っ込んで来た。
咄嗟の行動に、ホムラの動きが遅れた。
「熾劫───くッ」
熾劫火刀の背に手を添え、力任せに振り落とされた地天煌斧の刃を受け止めた。
平の骨から肘へと重い振動がホムラを襲う。
目元が歪む。
眉根に力が籠る。
「なんも加護のない奴ならもう、とっくに死んどるでぇ」
軽口を叩くホムラだが、呼吸が荒い。
「ニヒァ……」
「何、笑おとるんや?ゼフィール、──うっ」
ホムラの腹にゼフィールの足が食い込み、そのまま壁へと吹き飛ばされた。
ガゴ────ンッ!
埃が立ち上がった。壁に身体を打ち付け、滑るように腰が地へと落ちた。
「ゴホッ、ゴホッ……、油断したわ」
壁から背を離すると、噎せたと同時に口端に血が流れた。無理矢理、その血を拭う。
「───ホント、冗談……キツイわ」
傍らにある熾劫火刀の柄を握る。その手は微かに震えた。前へと顔を上げた。
ゼフィールが一歩、一歩距離を詰めてくる。
「暴走とか……聞いておらんて」
向かってくるゼフィールと再び対峙すべく、ホムラは膝に手を付き立ち上がる。
聖衣に付いた埃を叩く。
「ホンマに、オレ。反省したって。だから……」
切先をゼフィールへと向ける。
「正気に戻れや。ゼフィール」
研ぎ澄まされた瞳から剣が削がれる。だが、その声はゼフィールの耳には届かない。
駆け出した。ホムラへと一直線に。
「まるで獣やないか」
息を細く吐き、空を吸う。
「神名か─────」
言葉を唱えようとしたその瞬刻。
「ゼフィールさんッ!!」
ウィルがゼフィールを止めようと身を乗り出した。その声にゼフィールは反応し、軽やかに行く先は変えウィルへと向かう。
地天煌斧が片腕一本で平行に持つと、ゼフィールはウィルへと狙いを定めた。
「あのバカっ」
ホムラはウィルを止めようと足を蹴った。
距離的に間に合わない。ホムラはそう判断し、落ちていた瓦礫を手に取った。
「お前の相手はオレだろうが!」
ゼフィール目掛け、振りかぶる。瓦礫は空を貫きながら進んでいった。
獣の勘なのか、ゼフィールは歩みを止め、ホムラが投げた瓦礫から身を守ろうとその場から飛び退いた。
その隙に、ウィルとゼフィールの間にホムラは立った。
「ウィル!なんて無茶するんや!危ないやろ!」
肩越しにそう言葉を投げ捨てる。ホムラの目が真っ直ぐウィルを見た。その瞳が語る威圧感に自分の行動がどれ程、無鉄砲だったか思い知らされる。
「ご、ごめんなさい……」
ウィルは目を背けた。
それ以上、ホムラも語らず前にいるゼフィールへと目を向けた。
余裕そうに首を鳴らし、地天煌斧を肩に掛けた。
「兄サン。エラい、余裕やないの?」
フッと吐息が漏れた。
「ウィル、オレが合図したら走れ」
静かに有無を言わせぬ声音。
「え、」
「分かった、な?」
ウィルは頷いた。ホムラはそれが見えていたかのように口にした。
「良い子や」
ジリ、と足を開き、ホムラは構えた。
声を上げる。
「神名解放、
────熾劫火刀ッ!」




