❨ Act. ⅩⅢ
崩れた建物の残骸を避け、息を短く吐きながら進む。
ひりつく喉。ふらつく足。身体に鞭を入れ、前にある背中を一心に見つめ、腕を振った。
眼前と迫る偉大な建造物。白き大理石が神々しく感じさせた。半分以上も崩れ落ちてもなお、異質な存在感を放っている。
「あーあ、罰当たりなこっちゃなぁ。……主サンが知ったら泣くんやないの?」
礼拝堂の前に立ったホムラは、手をかざしながらボソッと言葉を漏らす。
「これ直すの、なんぼ掛かるんやろな」
荒い息遣いとともに、足音が止まった。
笑う膝を抑え、口端を手の甲で強引に拭う。
息も整わずにホムラに言葉を投げた。
「……はぁ、はぁ、待たせてすみません、」
「いや、かまへん。わざわざ入口から入らんでも良さそうや」
涼しい顔でウィルを一瞥すると、ホムラは大きく抉られ屋根を失った礼拝堂へと視線を移す。
「礼儀知らずと怒られたら、一緒に謝ろ、な」
肩越しでこちらを向いたホムラの視線を受け止め、ウィルはゆっくりと上体を起こした。
足が粘着いた血生臭い欲望の沼に沈む。
ウィルを見たあの瞳たちが蘇る。
細かく振動する指輪を優しく握った。
「ほな、行こか」
ホムラの声で、我に返った。
頭を縦に振り、重い足を抜き上げるように礼拝堂へと足を踏み入れた。
────ジャリっ。
堂内は見るも無惨な光景が広がっていた。瓦礫で潰れた長椅子。床に染み付いた赤黒い液体。そして、何かが這いずったような痕跡は外へ通ずる道となっていた。
「ありゃ、本当に泣いとるやんか」
ホムラの声が反響した。ウィルは声が示したモノを見上げる。奇跡的に倒壊を免れ、静かに見守り続ける白き石像。月神を模した聖像の片瞳から流れた紅いモノ。
「───血の、涙」
「主サンも胸が傷んでるってことや、な」
ホムラがウィルと肩を並べ、石像を仰ぐ。それを横目で見ながら、改めて像を見直す。
─────このお方が、
……僕を、求めている。
優しく微笑むような表情ではなく、憂いを帯びた顔に見えた。
────ピシャン。
涙が頬を伝い、聖像の足先に落ちた。落ちた雫が台座へと垂れていき、線を浮かび上がらせる。
「あれは…」
ウィルは飛ぶように走り出した。
聖像の足元へ立つ。
聖像の裏にくっきりと現れた四角の紅い線。
「いきなり走り出して、どうした……ん?隠し扉か」
遅れて来たホムラが背後に立ち、前屈みになり覗き込んだ。
「まさか、本当にここにあるとは思わんかったわ」
背筋を伸ばし、隣に立つ聖像を斜め見する。
「主サンの足下とは、
────何度、殺しても贖えない罪や」
空気が凍てついた。ホムラの瞳が細められる。
ウィルの息が止まり、零された言葉が心臓を突いたように感じた。
「……あ。すまん、すまん。ツイな?」
ウィルは胸を押さえ、大きく息を吐いた。ちょこんと横にしゃがんだホムラに目をやる。
「これ、どうやって開けるん?」
膝に両腕を掛け、何事も無かったように顔を寄越す。その変わり身の早さにウィルは驚いたが、気を取り直し周りを眉を寄せ、注意深く周りを見渡した。
ある場所で目が止まる。
「あっ、ホムラさん。あそこ」
ウィルは指を差した。指先が示したのは聖像だった。
「主サンの像がどうしたん」
「手がやけに黒ずんでいませんか?」
ホムラは立ち上がり、聖像の前へと足先を向けた。白い指先が確かに黒く変色していた。
「確かに、ウィルの言う通りや。これが鍵かいな?」
「そうかもしれません」
ウィルはホムラの隣を通り過ぎ、台座に手を掛けよじ登った。聖像が差し出している手を躊躇なく握る。冷たい聖像の指。少しベタついているように思えた。
「なんも、起きンけど?」
握った手を凝視した。
────あれ、手首が少し欠けてる?
握っている手に力を入れ、捻った。すると、聖像の手首が回った。
どこからか、重たい音が鳴り響いた。
「ウィル!扉開いたで!!」
ホムラが隠し扉の方を見て叫ぶ。顔を向け確認すると、ウィルは握っていた手離そうとした、その刹那。
─────ザクッ!
肉を裂く音を骨で感じた。
「うグッ」
手の平が熱を発し、ドクドクと脈を打つ。
奥歯を噛み締め、顔が歪む。
流れる血が指を伝う。
ウィルは流れる血を止めようと手首を押さえた。指先が白へと変わる。
「ウィルっ!?」
異変に気付いたホムラが駆け寄る。
ホムラへと顔を向けようとした瞬間、足がグラついた。
空が、見えた。
血の涙を流す、聖像の顔が視界に入り、その手には血がついていた。
───あの言葉が呼び覚まされる。
『痛みは──月神からの最高の贈り物、ですよ』
粘着くあの笑みとともに。
ウィルの肩に触れた。
「いギャあああああ─────」
目を見開き、大きく口を開け金切り声が反響した。
瞳孔が定まらない。
身体を大きく震わせる。
「ウィル!!しっかりしろ!ウィルっ!」
ホムラはウィルを抱え、何度も名前を呼ぶ。
「や、や、めろッ!は、はな、せ────!」
血が吹き出す手を構わずホムラへとぶつけた。純白の聖衣が紅に染まる。ホムラの腕から逃れたい一心で全力で抵抗する。
「やめろ、ウィル!暴れるなッ」
細い腕はホムラには敵わない。ウィルは首を上げ抑え付ける腕へと噛み付いた。
「ぐっ、ウィル……息、吐いてみ…ゆっくりと、な……もう、大丈夫やから」
死に物狂いで噛み付くウィルの歯が、肉へと突き刺さる。
深く刻み込まれた眉間。
瞼がひくつく。
そっと、黄金色の髪を撫でた。
「……ウィル、大丈夫やから」
ホムラは今にも降り出しそうな空を見上げた。
腕の圧迫感が失せ、吐く息が当たる。
「……僕が?」
小さく消え入りそうな声が出た。
「気にすんなや。それより、ウィルの手。見せてみ?」
有無を言わせず、ホムラはウィルの手を取ると自分の聖衣を噛むとそのまま引きちぎった。
「主サンの力が込められた、衣や。こうしておけば、大丈夫やろ」
ぐるぐると手に巻かれる。
触れた指先が心地よい。胸の奥に、じわりと胸に沁みた。
噛んだ痕を凝視するウィルに、ホムラは手をヒラヒラと泳がせ、軽い口調で答えた。
「言ったろ?この衣は主サンの力が込められてるって。────見てみ?」
差し出す腕が、みるみるうちに傷痕が癒えていく。
「これが月神、主サンの恩恵ってことや」
「でも……」
ウィルは顔を伏せた。
「気にすんな。オレらムーンライトは傷付かない。絶対の剣なんやから」
ホムラはウィルの肩に手を置き、目元を緩めた。
「……ホム
───────ドド────ンッ!!
轟音とともに…
─────土煙が舞った。




