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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第 3 章 黒き檻

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❨ Act. ⅩⅡ





 凍てついた身体に温もりが帯びる。衣擦れの音が廊下に響く。腕が解け、ウィルは静かにホムラからそっと離れた。


 俯いたままのウィルを、ホムラは声を掛けようとはせずに、ただ黙って見つめていた。


 顔がゆっくりと上がる。ふたつの深紫の瞳は、まだ靄が掛かったままだった。


 艶のないカサついた唇が動く。


「すみ、ません、……時間を、取ってしまいました」

「……いや、気にせんで、ええから」


 ホムラの目が泳ぐ。こめかみを爪で掻いた。

 しばしの沈黙が流れた。


 幾度も轟音が壁を伝い、微細な振動を身体が感じ取る。


 ポツリと言葉を零す。


「まっこと、疲れ知らずやな」


 窓の外へと視線を送る。また建物が呆気なく崩れていく。


「凄い、力ですね」

カミサンに選ばれた戦士ムーンライトやから、な」

「……あれが、───本当の力」


 ゼフィールの姿が直接見えるわけではないが、ウィルは瞬きもせずにその光景を凝視した。


「じゃあ、オレは行くで?」


 刀の柄に腕を添え、軽く指先で握りウィルの隣へと足を動かした。ウィルはその声で身体の向きをホムラへと向けた。


 心臓を掴まれ、沈んでいくような感覚が襲う。

 足が笑い、汗が滲む。

 身体の芯が凍りついていく。


「お前は、ここにおってええから」


 そうホムラの声が胸で反響するが、ウィルは首を横に振った。

 無意識に指輪を掴んでいた。冷たい指輪が、徐々に熱を持ったように思えた。


「いえ、行きます。────それが、生き残った僕がすべきことですから」


 瞳の奥は怯えたまま。それでも、前を向く。

 震えが止まらない足で、一歩踏み出した。




 ホムラはウィルへと向き直り、その深紫の瞳を捉えた。恐怖が拭えていない。身体はとうに限界を超えいた。それでも、気力だけ動いている。




 ───ゼフィール兄サンが、

 あんなにも気に掛けるも、分かった気がするわ。



 口角が少し上がり、フッと息を漏らす。


「……それなら、止めはせいへん」


 ホムラはゆらっと身体をウィルが来た方角へと足先を向けた。


「なら、行こか?案内頼むわ」


 肩越しでウィルを見る。その顔はもう、いつもの飄々とした表情だった。


「そうしたいところは山々なんですが、」

「ん?なんかあるんか?」

「そこまでの道のりは、分からないんです。気絶していたもので……」


 ウィルは指を弄り回しながら、睫毛を伏せ瞳を横へとやる。


「そう、なんか……ああ、それじゃあ、しゃあないな」


 ホムラの眉尻が下がった。前へと出かけた手をそのまま、頭の後ろへと送り、軽く撫でる。


 思い出したようにウィルの目が見開かれた。


「そういえば……あの時」


 言葉が途絶え、表情が翳る。

 息が絶え絶えになりながら、やっとの思いで声にした。


「…地下の檻にいた、時…祈りの、言葉と、歌が、聞こえて、きました……」

「歌?……それって、讚美歌か」


 ホムラの眉が跳ね上がった。


「なら、向かうべき場所はあそこや」


 すっ─と、窓へと指先を差した。ホムラが指し示す場所は────


「礼拝堂……」

「しかないやろ?」


 ホムラは刀の柄に指を掛けると、素早く引き抜いた。抜かれた刀が神々しく煌めく。

 一歩前に出ると窓ガラスの前に立ち、刀を構える。


「な、何を……?」

「何って?近道や」


 そうあっさり答えると、ホムラの目が細く鋭く光る。

 はっと息を短く切ると、窓に向かい薙ぎ払う。ウィルにはホムラの太刀筋が見えなかった。


 ひと呼吸終えた頃には窓ガラスどころか、壁に穴が綺麗に切り取られていた。


 身を切るような冷たい風が髪を撫でる。風に運ばれてくる土の埃の香りが、なんだか懐かしい。


「ボケっと突っ立ってないで、行くで」


 そう言い終わらないうちに、ウィルの視線が高くなった。断りも無く、ホムラはウィルを荷物のように肩に担いだ。


「……あの、」

「何ぃ?」

「まさか、ここから?──三階です、よ」


 ウィルの問いにホムラは答えない。

 自分の意思とは関係なく動く視界。

 ホムラは迷いなく前へと進み、足先で廊下を蹴った。


 ─────次の瞬間、


 双方の身体は宙へと舞う。


 そして、地へと重力に引き寄せられた。



 空を割るように落下していく。

 ウィルはホムラの聖衣にしがみついた。


 地面が近い。

 このままいけば、ホムラの足は無事では済まされない。


 ウィルは見上げた。

 目に映った顔は、恐れなど微塵もなった。


 ホムラの瞳が大きく開き、唇が微かに動く。


 時が止まったように思えた。


「神名解放───熾劫火刀イグニファラム


 ホムラが握る刀に炎を纏った。まるで生き物のように炎がうねる。


 ホムラは地へと刀──熾劫火刀の切っ先を向けると、堂々と声を張り上げた。


「爆炎よ、舞い上がれ───熾天衝セラニションッ!!」


 かけ声とともに熾劫火刀を大きく左に振りかぶった。


 ────ドォオン!!


 爆炎が、巻き起きた。爆発により、飛散した小石がホムラの頬を掠めた。

 爆風がふたりの身体を吹き上げる。落下速度が和らいだ。


 ジャリ。


 地につま先が付き、ホムラは片膝を立てた。ウィルを下ろし、頬に流れた血を手の甲で拭う。


「どや?案外楽しかったやろ?」


 目を細め、口の片端が上がった。

 ホムラは立ち上がると、熾劫火刀を鞘へと納刀し、聖衣についた土煙を払う。


「さて、近道したとこやし、先を急ぐで」


 ウィルは頷いた。

 ここから見える礼拝堂は、今や半壊していた。その先にゼフィールがいる。

 また土煙が立ち上がった。どうやら、戦闘は続いている。


「さっさと行って、ゼフィール兄サンの加勢せんとな」


 ホムラはそう呟くと礼拝堂を目指し走り出した。その背中をウィルは追った。







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