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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第 3 章 黒き檻

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46/49

❨ Act. ⅩⅠ





 人が消え去り、静観に包まれた教会の廊下を当てもなく駆ける。廊下に響く己の足音と息遣い。

 あのマレットに穢された神聖な教会。静まり返った室内が、おぞましく思えた。


 不意に訪れる轟音。

 通り過ぎた窓から見えたのは煙が上がり、地響きと共に建物が崩れ落ちたさまだった。


「兄サン、暴れすぎやで」


 フッと少し口角が上がる。あそこで暴れ回るゼフィールの姿が目に浮かんだ。



「さて、王子さまはどこや?」



 幾度も扉の前を通過したが、その向こうには人の気配はなかった。闇雲に走る足は途方にくれ始めた。



 進行方にある突き当たりを右に身体を向け角へと足先を出した。ドンっとホムラは何かと衝突した。身体に当たったものはひどく軽く感じた。視界の端に黄金色が掠めた。



 ─────バタンッ。



 軽い音が空を舞う。ホムラの鼻に微かに香る血の香り。眼下に映ったのは廊下に腰ついた王子さまだった。


「えらい、ボロボロやないの……?」


 眉がピクついた。息が止まる。

 ホムラは手を差し出した。


 数日ぶりに見たウィルの身体は痩せ細り、唇は皮が剥け、血が滲んでいた。

 ウィルが手を掴もうと差し出した指先は爪が伸び、歪に欠け、血が付いた跡がある。


 ゆっくりと、ウィルが顔を上げた。

 光を失った深紫の瞳とかち合う。

 心臓が大きく跳ね上がった。



 ホムラは息を呑む。



「お前、その顔……」




 あの日の純粋な面影は




すでに、





 ─────死んでいた。




 ウィルの唇が微かに動いた。



「……ホ、ムラさん?」



 枯れた声が異様に大きく聞こえた。ホムラは返事が遅れた。


「坊、いや。ウィルを助けに、来たで…」


 ウィルの手を掴む。カサついた手は骨を直に感じさせた。


「そうでしたか。……ありがとうございます」



 ウィルはホムラの腕を借り、立ち上がるとけたたましい轟音が響き渡った。


 すぐ傍の窓ガラスが振動で音をかき鳴らす。



「ゼフィールさんですか?」


 窓の傍まで足を運ぶと、ウィルは視線を外へと向けた。ホムラも顔をそちらへと向け口を開く。


「せやろうな。あの人、意外と派手好きやさかい」

「じゃあ、そちらに行きますか?」


 色のない顔をホムラへと向けた。


「ああ、それとも───司祭の部屋に行きますか?」


 ホムラの眉が大きく揺れた。

 視線をウィルへと向け、眉を寄せる。


「ホムラさんの目的はマレット司祭を捕まえに来たのでは?」

「……なんで、それを」

「あ、やっぱりそんなんですね。よく見てるなと思っていたんですよ」


 ウィルの頬が少し上がった。目元も緩む。

 だが、瞳は濁ったまま。


「シャテリー村の件を報告を聞いて、事件と関わりのあったマレット司祭を弾劾しに来た。決定的な証拠を得るために僕を餌にした。


 ────違いますか?」



 ウィルはホムラへと身体を向ける。

 その声はいやに鋭かった。真っ直ぐとホムラへと注がれる目には感情はない。


 利用されたことを淡々と話すウィルに、胸がザワつき始める。

 一気に身体に張り付く汗が噴き、指先が激しく暴れた。


 十とそこそこのガキがする顔やない。

 まるで、あの時の……


 ────オレは、アイツと同じことを……



 指を折り込み、揺れる拳に力を込めた。

 眉を伏せ、ギリギリと強く奥歯を噛み締める。



 ホムラは一歩前に足を出した。手を伸ばし、ウィルを胸に寄せキツく抱き締めた。



「悪かった。すぐ、助けに来んくて……ほんまに、すまんかったわ」



 抱き締めていた腕が僅かに揺れ、ホムラの聖衣に雫が垂れる。



 声も出さずに、ただそのまま。

 ホムラの腕の中にいた。












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