❨ Act. ⅩⅠ
人が消え去り、静観に包まれた教会の廊下を当てもなく駆ける。廊下に響く己の足音と息遣い。
あの男に穢された神聖な教会。静まり返った室内が、おぞましく思えた。
不意に訪れる轟音。
通り過ぎた窓から見えたのは煙が上がり、地響きと共に建物が崩れ落ちたさまだった。
「兄サン、暴れすぎやで」
フッと少し口角が上がる。あそこで暴れ回るゼフィールの姿が目に浮かんだ。
「さて、王子さまはどこや?」
幾度も扉の前を通過したが、その向こうには人の気配はなかった。闇雲に走る足は途方にくれ始めた。
進行方にある突き当たりを右に身体を向け角へと足先を出した。ドンっとホムラは何かと衝突した。身体に当たったものはひどく軽く感じた。視界の端に黄金色が掠めた。
─────バタンッ。
軽い音が空を舞う。ホムラの鼻に微かに香る血の香り。眼下に映ったのは廊下に腰ついた王子さまだった。
「えらい、ボロボロやないの……?」
眉がピクついた。息が止まる。
ホムラは手を差し出した。
数日ぶりに見たウィルの身体は痩せ細り、唇は皮が剥け、血が滲んでいた。
ウィルが手を掴もうと差し出した指先は爪が伸び、歪に欠け、血が付いた跡がある。
ゆっくりと、ウィルが顔を上げた。
光を失った深紫の瞳とかち合う。
心臓が大きく跳ね上がった。
ホムラは息を呑む。
「お前、その顔……」
あの日の純粋な面影は
すでに、
─────死んでいた。
ウィルの唇が微かに動いた。
「……ホ、ムラさん?」
枯れた声が異様に大きく聞こえた。ホムラは返事が遅れた。
「坊、いや。ウィルを助けに、来たで…」
ウィルの手を掴む。カサついた手は骨を直に感じさせた。
「そうでしたか。……ありがとうございます」
ウィルはホムラの腕を借り、立ち上がるとけたたましい轟音が響き渡った。
すぐ傍の窓ガラスが振動で音をかき鳴らす。
「ゼフィールさんですか?」
窓の傍まで足を運ぶと、ウィルは視線を外へと向けた。ホムラも顔をそちらへと向け口を開く。
「せやろうな。あの人、意外と派手好きやさかい」
「じゃあ、そちらに行きますか?」
色のない顔をホムラへと向けた。
「ああ、それとも───司祭の部屋に行きますか?」
ホムラの眉が大きく揺れた。
視線をウィルへと向け、眉を寄せる。
「ホムラさんの目的はマレット司祭を捕まえに来たのでは?」
「……なんで、それを」
「あ、やっぱりそんなんですね。よく見てるなと思っていたんですよ」
ウィルの頬が少し上がった。目元も緩む。
だが、瞳は濁ったまま。
「シャテリー村の件を報告を聞いて、事件と関わりのあったマレット司祭を弾劾しに来た。決定的な証拠を得るために僕を餌にした。
────違いますか?」
ウィルはホムラへと身体を向ける。
その声はいやに鋭かった。真っ直ぐとホムラへと注がれる目には感情はない。
利用されたことを淡々と話すウィルに、胸がザワつき始める。
一気に身体に張り付く汗が噴き、指先が激しく暴れた。
十とそこそこのガキがする顔やない。
まるで、あの時の……
────オレは、アイツと同じことを……
指を折り込み、揺れる拳に力を込めた。
眉を伏せ、ギリギリと強く奥歯を噛み締める。
ホムラは一歩前に足を出した。手を伸ばし、ウィルを胸に寄せキツく抱き締めた。
「悪かった。すぐ、助けに来んくて……ほんまに、すまんかったわ」
抱き締めていた腕が僅かに揺れ、ホムラの聖衣に雫が垂れる。
声も出さずに、ただそのまま。
ホムラの腕の中にいた。




