❨ Act. Ⅸ
────カッカッカッ。
勢い良く教会の門を潜り、馬の速度を保ったまま奥へと進む。ゼフィールたちは駆けた。暴挙に出たムーンライトたちを止めようと、教会から次々と下級聖者が働き蜂の如く出てきた。
「お止まりくださいませっ!」
「ムーンライト様とて、馬に乗ったまま────」
下級聖者たちがゼフィールたちの前に立ちはだかった。手網を引かれジェナが前脚を振り上げ、高らかに嘶いた。
足留めをくらったホムラは躊躇なく馬上で愛刀を鞘から引き抜いた。
切っ先を下級聖者へと向け、鬼気迫る重低音が響いた。
「邪魔せんといてな、アンタら?────コレがオレの仕事やからな」
にこやかに微笑んでいた目が一気に鋭くなる。ホムラを間近で見た者は腰が砕け、その場に尻餅をつきながら後退った。
ふたりに立ちはだかる盾は、一瞬で解けていく。
ホムラは静かに座り込んだ下級聖者のもとへ寄った。右手に愛刀を携えたまま、前に立つ。
────チャリ。
切っ先がその者の喉元へ向けられた。
少しでも、動いたら刃に触れてしまう。
下級聖者の顔から汗が染み出した。
ゴクリと喉仏が動く。
切っ先を見つめたままの下級聖者にホムラは言葉を投げた。
「なあ?司祭はどこや?」
視線が切っ先からホムラへと移った。怯えた顔は蒼白。震える唇は息をするので精一杯。
聞く相手を誤ったとホムラが視線を上げると、見覚えがある顔がこちらへと進み出た。
ホムラの片眉が動いた。
その者へと視線を送る。
長い髪を緩く結び、伽藍堂の瞳。この状況でも、眉ひとつ動かさない男。
気に食わないその顔をホムラは忘れてはいなかった。
「確か……アンタ、ヤコブ助祭やったな?」
足取りが止まる。ジッとホムラを伽藍堂の瞳が捉えた。
胸に右手を添え、指先をしっかりと伸ばし、丁寧に頭を垂れた。
「あの月神様の直属のムーンライト様に名前を覚えて頂けて、このヤコブ、恐悦至極でございます……」
顔を伏せ、礼を述べた。取ってつけた言葉には感情ひとつ入ってはいない。
────カサッ。
ゼフィールはジェナから降りると、遅れてホムラの後ろに着いた。
「助祭……?おい、ウィルは?!」
ゼフィールが声を張り上げた。身を乗り出し、今にもヤコブに体当たりしかねないゼフィールをホムラは片手で制した。
「ゼフィール兄サン?今は仕事を、優先させてや?」
ピシャリと凍てつく声がゼフィールの耳に刺さる。
目を向けず、ホムラは前にいるヤコブから視線を離さない。
「───クソッ」
ガシッーン。
斧の刃が共鳴する。
地面を両刀斧を叩き付けた。
ゼフィールは眉間を震わせ、ギリッと奥歯を噛んだ。
「助祭サン?同じ質問や。マレット司祭はどこや?」
凄みの効いた低い声。
ホムラはこの広場を威圧感で支配した。
切っ先をヤコブへの顔先へと差し向ける。
柄を掴む指が白へと変わった。
ヤコブはフッと鼻で笑った。
ホムラの眉が潜む。
「なんや?偉い余裕やな?」
「いえ」
顔を少し伏せ、ヤコブは咳払いをし、再度ホムラへと向き直る。
「……司祭様でしたから。このお時間は───お部屋です」
「部屋?」
「ええ、神聖なお部屋におられます。なので、ムーンライト様方、大変申し訳ございませんが……今しばらくお待ちください」
ヤコブは腰を深々と下げる。
陰が掛かった。大きい陰が。
ヤコブはゆっくりと顔を上げると隻眼の男が待ち構えていた。
「どうされましたか?」
表情も変えず、淡々とした声でヤコブは尋ねた。
「ウィルはどこだ?」
ゼフィールの声には怒気が込められた。その瞳はウィルを心底心配しているのが、ひしひしと伝わった。
ヤコブはそんなゼフィールの神経を逆撫でするかのように、真っ直ぐと伽藍堂の瞳をゼフィールへと向け、平然と言い放った。
「ああ。ウィル様……、ですか?
あの方は、
────もう、この現世にはおりますまい」
口を薄く歪ませた。
ゼフィールの目が大きく見開いた。
吐く息が浅くなる。
「アンタ、何言っとるのか、───分かっとる?」
「ええ。月神様のもとへ、魂となり還られたはずです」
ゼフィールの腕に筋が浮き上がった。
両刀斧が振動する。
「ですが、ご安心ください。あの瞳は、司祭様が回収しているはずですから」
ヤコブは目元を緩ませた。
これが正しい行いとでも言うかのように。
「なんや─────?!」
───ガゴッ!
「グふ……うグゥ……」
「何言ってるか、分かってるのか!!ウィルを殺し、瞳をだと?!教会の人間が!?お前の変な妄想で我が主を愚弄するなッ!!」
ゼフィールは勢いに任せ、ヤコブの胸ぐらを掴み上げた。ヤコブの足が浮く。掴んだ腕を払おうと、ヤコブは爪を立てるが、怒りで我を忘れたゼフィールには無駄な攻撃だった。鍛え上げられた腕は更に上がる。
苦悶に歪むヤコブの顔は、ゼフィールへと向けられた。そのまま、口を開く。
「何を、……仰い、ます?……月神様は、……深紫の色の瞳を、お探し、なので、……しょう?」
締め上げられながらも、ヤコブの瞳は伽藍堂のままだった。
「何言ってやがる!!」
ゼフィールの声が大きく荒らげた。
両刀斧を持つ手が天へと上がる。
その時、教会内が大きく揺れた。
ゼフィールは体勢を崩し、掴んでいたヤコブを離した。ヤコブは地面に受け身も取らず、落下した。
ゼフィールは両刀斧を地に突き刺し、膝まづいてやり過ごす。
状況を把握する前に、ゼフィールの前方から幾つもの悲鳴が共鳴した。
下級聖者たちが死に物狂いで、ゼフィールたちを置いて全速力で掛けて行く。
風が吹いた。身体で風を受ける。
その風に嗅ぎ慣れた、身に染み込んだ香りが鼻をついた。
「……こんな時に!」
ゼフィールの視線の先には……
いつもの倍以上の化け物。
─────ビーストが、姿を現した。
…………ヌチュ、
──────ぬちゃ、
________グチュ。
身体を保てない、湯気を上げたドロドロとした茶褐色の粘液体がこちらへと這ってくる。
ビーストが動き回る度に、建物が崩れていく。
「なんや、アレ?────ホンマにビーストかいな?」
ゼフィールの隣についたホムラが刀を肩に当て、ビーストと対峙する。
「ああ、この腐った臭いはビーストに間違いないだろう」
「匂いねぇ……。まあ、確かにクサイわ。にしても───デカイねぇ?ざっと見て、六メーターって、とこやろか?」
「いつもの三倍か」
地に突き刺した両刀斧の柄に指を掛けた。指を折り込み、力を入れ掴み上げる。
人を察知したビーストが這う速度を上げた。腰を強く打ち付けたヤコブは、迫り来るビーストを前に動けなくなっていた。
眼球を剥き出した。
顔が引きつり、口は横に小さく開いたまま。
身体を硬直させた。
足で地を蹴る。何度も蹴るが思うようにいかない。
立ち上がろうとするが、力が入らない。
「い、イヤだ、嫌だ、いやだ!!」
足が粘着体に触れた。触れたところから、煙が上がる。
「い、イぎゃあああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
足を取り戻そうと、指先に力を入れ掴み掛かる。足は全く動かない。その間にも、ヤコブの足は粘着体に呑まれて行く。
「なんで、───こんな死に方、イヤだ!!ムーンライト様っ!、月神様っ────!お、お助け……く……」
大声を出し、助けを求めた。
ヤコブは力の限り、ゼフィールたちへと腕を伸ばす。
だが、ゼフィールたちはヤコブを一瞥すると、何の反応も見せなかった。 ヤコブは両眼の端から涙を流しながら、ヤコブはビーストへと吸収されていく。
ゼフィールは、ただ黙ってその光景を眺めていた。




