機械少女クロニクル 10
ドアの前に着いて、俺は念のためノブをひねって押してみた。しかしドアはぴくりとも動かず、やはり鍵がかかっていた。明り取りの窓にも目隠しがかかっていて、中の様子をうかがい知ることはできない。
ハイエクさんとマキナは後ろから俺を見守っていた。あたりに人がいないことを確認してから鍵を取り出して、錠にゆっくりと差し込んむ。そのままひねると、ガチャリと音がなった。これまで数か月間誰もあけることができなかったとは思えないほど、あっさりと鍵は開かれたのだ。
俺は二人のほうを振り返り、彼らが頷いたのを確認してからそっとノブをひねって扉をわずかに開けた。内側から冷ややかで湿り気を含んだ空気が流れてくる。俺は息を吐いてから意を決して中に足を踏み入れた。
中は真っ暗闇だった。俺が感覚を頼りに明かりのスイッチを探しているあいだに、二人も俺と同じようにするりと部屋に入ってきた。背後でマキナがしっかりと鍵を閉めたのを確認して、俺はスイッチを入れた。
明るく照らしだされた部屋は、ほとんどもぬけの殻になっていた。
ハイエクさんは頭をかきながら「......なるほどね」と絞り出すように言った。
*
暮れなずむ街を俺とマキナは肩を並べて歩いていた。夕方に特有の空気を深く吸い込むと、今日という一日が終わりに向かっていることが実感できた。
研究室に足を踏み入れた後、俺たちは念のため部屋の中をしっかり見て回った。しかし『超魔法文明』に関する手掛かりはおろか、実験器具なども根こそぎなくなっていて、残されていたのは普遍的な学術書やそこらへんで手に入る実験の材料、そしてハイエクさんに宛てた謝罪の手紙だけだった。
ハイエクさんはかなり残念そうにしていて(自分の研究の成果もすっかり消えてしまったのだから当然だ)すっかり意気消沈していたが、「あの人はこういう人なんだよ」と言って笑っていた。それでもキーネスじいさんからの手紙と、久しぶりに俺と会えたことを喜んでくれていた。
そして俺たちは例の鍵をハイエクさんに預けて研究所を後にした。
淡く日に照らされている顔をこちらに向けてマキナは口を開いた。
「あまり残念そうじゃないわね」
俺は足元の小石を蹴った。石は音を立てながら少しだけ転がって側溝に落ちていった。
「まあな。ハイエクさんが止めていなかったら扉を蹴破られていたかもしれないような場所に、大事なものを置いていくはずはない。鍵の数だけ見て回るべきところがあるんだろう」
マキナは頷いた。
「そういうことなんでしょうね。それに、あの研究室はメインで使っていたものじゃないでしょう?」
「よく知っているな」と俺は素直に驚いた。
キーネスじいさんの研究室は王都のなかにいくつか点在している。今回訪れたのはそのうちの一つに過ぎず、また彼は多くの時間を他のラボラトリーで過ごしていた。しかしそれを知っている人物は限られている。先に言った通り、彼は自らの研究に手を出されることをひどく嫌っていたからだ。
俺が首を傾げていると、彼女は口を尖らせた。
「伊達に彼と旧交があるわけじゃないわ。それくらいは知っているわよ」
俺たちはしばらく黙ったまま家路を辿っていた。ふと足を止めて振り返ると、丘の上の王城が最後の光を浴びてその白い外壁を橙色に光らせていた。昼過ぎには風にはためいていた旗も下ろされていて、静かに日没を受け入れている。
その光景を見るともなくみていると、マキナは横から俺の目を覗き込んで言った。
「今日は楽しかったわ。二人で街を歩いて、屋台でご飯を食べて、秘密の部屋を開けて……なんだか冒険しているみたいだった。あなたが私についてそれなりに真剣に考えてくれていることも伝わったしね?」
彼女の赤い瞳は残照が照らす空に浮かぶように輝いていた。いたずらっぽく笑うマキナは夕日のように眩しくて、俺は思わず目を逸らしてしまった。
その瞬間、俺は猛烈な既視感に襲われた。彼女とは出会ったばかりで以前に同じ光景を見ているはずはない。しかし、彼女の笑顔は俺の心の奥底に眠る何かを強く揺さぶっているのだ。
「楽しかったならよかったよ。マキナの修理の手掛かりが見つからなかったことは残念だったけど」
「そうね、でもまだ時間はあるわ。少しずつ進んでいけばいいのよ。私がついていることだしね」
私がついている。そのフレーズが妙に魅力的に響いて俺の頭の中をぐるぐると回る。
彼女は俺の手を取った。白くてほっそりとした、冷ややかな手だった。
「せっかくだし、今日は私が夕飯を作ってあげるわ。帰りに市場に寄りましょう?」と彼女は言って笑った。
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3/7 20:00 11話 投稿予定です
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