機械少女クロニクル 9
「おそらく、鍵はずっと俺の部屋にあったんです」と俺は言った。
ハイエクさんは返事はしなかったが、目顔で続きを促していた。
「ただ、いつからそこにあったのか、なんでそこにあったのかはわかりません。あるいは昨日突然置かれたのかもしれません。俺にわかったことはその鍵が研究室の物であること、そしてそれは祖父がやったのだろうということです」
そこに複数本の鍵があったことはあえて話さなかった。研究所への道中で、マキナが俺にそのように助言してきたこともあるし、俺としても必要になれば後で話せばいいと考えたからだった。
ハイエクさんはしばらく手を組み合わせた姿勢のまま、目を閉じて何かを考えているようだったが、少ししてから俺の目をしっかりと見て言った。
「その鍵を見せてもらってもいいかな?」
分かりました、と俺は言ってポケットの財布から鍵を一本だけ取り出して机の上に置いた。大きくも小さくもない、どこにでもありそうな真鍮製の鍵だ。
いまは魔法式のロックもどんどん広まっているので、今後はこのような鍵は減っていくのかもしれない。しかしその鍵は、物理的なものに特有の安心感をまとっていた。
「手に取っても?」とハイエクさんは尋ねた。
俺は頷いた。
彼は一つの瑕疵も見逃さないというように、注意深く鍵を観察していた。そのあいだ、俺はハイエクさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ぼんやりとマキナのことを考えた。
彼女はいったい何者なんだろうか? 突然俺の前に現れ、助けを求めた。自身を古代文明の『機械人形』だと言って、あなたになら私を直せると。
マキナのほうに目をやると、彼女はつまらなさそうに黒い艶のある髪を白くてほっそりとした指で弄んでいる。その白い肌も黒い髪も、赤い宝石のような瞳も造り物なのだろうか? あるいはその意識すらも?
俺の視線に気が付いたのか、彼女は髪から手を放して俺の顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
俺は首を振って言った。
「いや、なんでもないよ。少し考え事をしてただけだ」
マキナは納得していなさそうだったが、それ以上食い下がることはしなかった。
しばらく慎重に鍵を見ていたハイエクさんだったが、やがて長く息をついた。そして鍵を俺の前に戻して、眼鏡を外して言った。
「特に魔法的な痕跡は見当たらない……たしかにこの施設の鍵みたいだね。もちろんこれでキーネスさんの研究室の扉が本当に開くかどうかはあてがってみるまではわからないけど」
彼はカップを手に取って、残っていた紅茶を一息で飲み干してから言葉をつづけた。
「研究室に行く前に、訊きたいことがある。アレン君は……キーネスさんの後を継ぐつもりなのかい?」
俺は首を振った。
「俺に祖父の後を継ぐことはできないだろうし、興味もありません。その役目はフェリスが担ってくれるでしょうし」
俺は幼いころから特別に『工学魔法』に興味をもっていたわけではなかった。両親に代わって面倒を見てくれているじいさんを喜ばせたかった。そして数少ない同年代の友人であったフェリスに失望されたくなかった。その思いだけで俺は勉強に取り組んでいは。
俺は二人とは違って『工学魔法』を愛してはいなかったのだ。
俺の興味はずっと、いわゆるもう少しふつうの魔法に向いていた。指先に火を灯したり、水を一瞬で凍らせたりといった超常的なものに。そして、その気持ちは成長するにつれて徐々に大きくなっていった。
「なるほど。ならば、君はどうして扉を開けたいんだい?」
だから俺には扉を開けるべき理由も、そして資格もないはずだった。本来ここにいるべきはフェリスであるはずだった。鍵も本来はフェリスが見つけるべきものだ。
「それは、言えません」
しかし俺の手には一人の少女の命が委ねられている。そして、
「しかし、鍵はこうして俺の手にある」
俺はハイエクさんの目をじっと見つめて言った。
「.......確信があるわけではありません。でも、じいさんが俺にやれと言っている気がするんです。そしてそれを措いたとしても、俺には扉を開ける必要があるんです」
ハイエクさんは黙って俺の顔を見つめていた。それから頭を掻きながら深くため息をついた。
「君には昔から一度決めたら頑として譲らないところがあるね。そしておそらく、君はいまのっぴきならない事情を抱え込んでいるのだろう」とハイエクさんは言って、ちらとマキナに視線を向けた。「君が悪いことをしないことは知っている。だから、僕も君を信じよう」
ハイエクさんは席を立って言った。
「では、さっそく行こうじゃないか。こういうことは早いに越したことはないからね」
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3/6 20:00 10話 投稿予定です
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