第一章 ある男の中学生時代-8
この物語は、
僕が「日本を変えたい」と思ったところから始まっています。
介護の現場で、うつと闘いながら、
何度も「もう無理だ」と思った日々。
でも、そこで諦めきれなかったのは、
僕と同じように苦しんでいる人が、
まだまだたくさんいると思ったから。
だからこそ、
僕はボランティアのつもりで筆を取っています。
広告も入れず、書籍化されるまでは、
すべて無料で公開します。
金銭的な見返りを求めているわけじゃない。
ただ、
この物語が、
誰かの心に小さな光を灯せたら。
「俺も、少しだけ頑張ってみよう」と思えるきっかけになれたら。
それが、
僕の「日本を変える」ための、
小さな一歩です。
無料で読める分、
どうか、
この言葉を、
心の奥で受け取ってほしい。
日比谷幸助
2026年1月某日
勉強はというと、順調そのものであった。周りの同級生は、勉強に、さほど重きを置かない生徒が多かったため、勉強をそれなりにやっていれば、成績は上位をキープ出来ており、全体で大体三位をキープしていた。ただ、自分以上に勉強している人もいるのだな、そう思った。それはそれとして、中学校には、大きな「行事」がいくつかある。それは「コーラス大会」、「体育祭」、そして「生徒会」である。
コーラス大会は、毎年、学年の中で一番を決めるもので、かなり白熱したのものとなる。一年生の貴也のクラスは、コーラス大会で、坂本九の「心の瞳」を歌うこととなった。貴也は、今までこの曲を知らなかったのだが、聞いた時、鳥肌が立つほど、心が震えたのを覚えている。この曲を真剣に歌えるのであれば、間違いなく優勝できるだろうと思った。
歌の練習は、部活前の放課後や早朝練習、そして、昼休みと、コーラス大会に近づくにつれて、練習の頻度は上がっていった。その度、「ケンカ」が勃発した。男女間で、コーラス大会に対する「思い」が異なっていたり、意見の食い違いなどで、何度も、時に激しく衝突が繰り返された。女の子が泣き出すのは日常茶飯事だった。それだけ、コーラス大会に対する「思い」が強かった。ただ、本番のコーラス大会が近づくにつれて、皆の意識は自然と高まってく。その頃には、「ケンカ」するよりも、皆で一生懸命に歌うことが、楽しいものとなっていて、いつまでも歌っていたい、この時間を共有したいという思いで、皆は歌っていたと思う。貴也もそうだった。歌う度、声量はもちろん、歌に「気持ち」が乗ってきていたのを実感していた。コーラス大会、最後の前日、普段から厳しい橋爪先生からは、皆の歌を腕組みをして黙って聞いて、一言、
「これなら、いけるぞ!」
そう太鼓判をもらったことを覚えている。
そして、コーラス大会当日。一致団結した貴也の一年4四組は、皆で心を一つに「心の瞳」を歌い切った。歌っている最中、心が感動していたし、もうこのクラスで歌うことがないのか、と寂しさを感じたことを覚えている。今、思い出しても、心が震えるほどの青春だった。ほかのクラスの歌も、とても良く、結果は分からなかったが、皆は信じていた。結果は、「金賞」。貴也の人生の一ページに、深く深く刻まれることとなった。きっと金賞でなくても、深く心に刻まれたことであろうことは疑いようもなかった。
そんな、充実した日常を送っていた最中、貴也は、「あること」に立候補することになる。それは何かと言うと、「生徒会」だ。ただ、貴也は、中学生ともなると、小学生の時よりも「内気」となっていて、人前に出たいとは思えなかった。ただ、「正義感」はあったのだと思う。どんな内容か、今では思い出せないのだが、ある日、担任の先生から、クラス全体で叱られる機会があった。その時、皆、黙ってしまい、発言する者はだれ一人いなかった。貴也は、なんとかこの場面を脱したいと思い、「勇気」をもって発言した。どのような発言をしたかは覚えていないし、しどろもどろの発言であったことは間違いない。それでも、その「行動」を見ていた学年主任でもあった橋爪先生は、ある日、貴也を生徒会に立候補するよう促した。正直なところ、全く気が向かなかった。
なんで俺がそんな面倒なことをやらなきゃいけないんだ。やりたくない、そう素直に思った。ただ、それを敢えて、みんなの前で橋爪先生は進言してきた。皆は黙って聞いていた。当初は、皆の前で言うことで、断りづらくしているのだろうと思っていた。しかし、よく考えてみると、俺は責任感がある「貴也」にお願いしたい。貴也の性格から、目立つことをしたくないということはあの先生なら十分理解していただろう。そして、「担任に勧められた」という事実があれば、貴也も仕方なくやってくれているんだと、クラスのみんなが応援してくれるはずだ。昔はそこまで気が回らなかったが、今になって、そんな気持ちで推薦してくれていたのだと思った。普段、学年主任の先生で、怖いイメージがあったが、意外にひょうきん者で、貴也は橋爪先生のことは好きだった。当時、そこまで深くは捉えず、素直に断れないのもあって、しぶしぶ、立候補することにした。そのことで、貴也は、かけがえのない経験をすることとなる。




