表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第一章 ある男の中学生時代-5

この物語は、

僕が「日本を変えたい」と思ったところから始まっています。

介護の現場で、うつと闘いながら、

何度も「もう無理だ」と思った日々。

でも、そこで諦めきれなかったのは、

僕と同じように苦しんでいる人が、

まだまだたくさんいると思ったから。

だからこそ、

僕はボランティアのつもりで筆を取っています。

広告も入れず、書籍化されるまでは、

すべて無料で公開します。

金銭的な見返りを求めているわけじゃない。

ただ、

この物語が、

誰かの心に小さな光を灯せたら。

「俺も、少しだけ頑張ってみよう」と思えるきっかけになれたら。

それが、

僕の「日本を変える」ための、

小さな一歩です。

無料で読める分、

どうか、

この言葉を、

心の奥で受け取ってほしい。

日比谷幸助

2026年1月某日



中学校は、もちろん部活動だけでなく、勉強もしっかり行う必要がある。いわゆる「文武両道」だ。貴也の通う中学校は、田舎の公立中学校で、私立中学校とは違い、いい意味で、自由であった。だから貴也は、クラスの中で、いつしか自然に「優等生」のポジションに収まった。なぜならば、中学校初めての中間テストで、予期せず全体で「三位」という好成績を収めたからだ。親もそれなりに厳しく、勉強をするように意識づけられていた。そこからは、学年で「一位」を狙おうと、虎視眈々と機会をうかがっていた記憶がある。


部活を初めてから一カ月もすると、すでに部活動は、「生きがい」になっていた。授業後に、部活をするのを心待ちにするようになり、授業が終わると、いの一番に食堂に向かった。卓球の練習場は、「食堂」であった。昔は「体育館」を使用していた時期もあったようだが、バレー部やバスケ部等との体育館の争奪戦に負け、やむなく、「食堂」を使わざるを得なくなったらしい。それでも、場所が確保されている方がましだった。練習前には、まずは食堂のテーブルを片付ける。そうすれば、体育館の半分の広さ程度は充分に確保できる。広さとしては充分だった。ただし、卓球台の数には限りがある。男子卓球部は約10確保していた。それでも、基本的には卓球は二人一組で一台を使用するため、部員が多いと必然的に卓球台の奪い合いが始まってまうのだ。貴也が入部した時には、一年生から三年生まで合計で三十人はいた。


だから、卓球台を十分に使えるようになるには、三年生が部活を引退した頃だ。それでも、少しずつではあるが、卓球台を皆で順番に使用できるようになっていた。ただ、自由にラリーをするには、まだまだ技術が足りないことは明白であった。壁打ちで、ボールコントロールはある程度はついていたのだが、実際に、卓球台を使用すると話が違ってくる。そして、基礎練習と呼ばれる、フォア、バックの打ち合いをひたすら繰り返すようになった。フォアと言うのは、右利きの選手の場合、自分の右手側、バックと言うのは左手側である。左利きの選手の場合は逆となる。


壁打ちや、基礎練習が、それなりに出来るようになってくると、自然にラリーが続くようになり、上達を感じられた。日々上達していくのが、この頃はただただ楽しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ