第一章 ある男の中学生時代-2
この物語は、
僕が「日本を変えたい」と思ったところから始まっています。
介護の現場で、うつと闘いながら、
何度も「もう無理だ」と思った日々。
でも、そこで諦めきれなかったのは、
僕と同じように苦しんでいる人が、
まだまだたくさんいると思ったから。
だからこそ、
僕はボランティアのつもりで筆を取っています。
広告も入れず、書籍化されるまでは、
すべて無料で公開します。
金銭的な見返りを求めているわけじゃない。
ただ、
この物語が、
誰かの心に小さな光を灯せたら。
「俺も、少しだけ頑張ってみよう」と思えるきっかけになれたら。
それが、
僕の「日本を変える」ための、
小さな一歩です。
無料で読める分、
どうか、
この言葉を、
心の奥で受け取ってほしい。
日比谷幸助
2026年1月某日
時は遡る。桐生貴也は地元の中学校に入学していた。小学生の頃、サッカーに情熱を燃やし、中学学では、サッカー部に入部しようと息巻いていた。貴也の入学した中学校は、子持中学校といい、山の上にある、自然豊かな中学校だ。その中学学には、地元三校の小学生たちが集う。長尾、中郷、上白井小学校だ。貴也が在籍していた小学校は長尾小学校だった。ごくありふれた、田舎の小学校だ。規模的には、中郷小学校と肩を並べる人数で、一学年約60人の二クラス。中学校ともなると、倍の4クラスの人数となり、120名。上白井小学校は、過疎化が進み、一学年数人程度であった。街中の中学校は、さらに人が多いかもしれないのだが、それでも、当時は緊張もしたし、不安で一杯だった。中学校に入ったからには、「部活動」や「勉強」に力を入れなければいけないから大変だぞ、そう両親からは事前に教えられていた。入学した当初は、人数に圧倒されていたのだが、しばらくして、まさしくその通りだと思った。
貴也は、中学校に入学して、しばらく経っても、なかなか緊張が解けなかった。小学生の頃は、自由気まま、他人にあまり気を遣う方ではなかったが、「人」が増えたことで、恐縮するようになり、次第に「人の目」を気にするようになっていた。そして、小学生まで仲が良かった友達と、離れ離れのクラスとなり、少し気落ちしていたのもある。他校の生徒は、とても元気よく見えた。そして、色々と、貴也に話しかけてきてくれた。なんとか、会話を繋ぐよう、努力した。小学校の時は、休み時間になると、仲間と一斉に、外に飛び出し、サッカーなどをして、ただただ楽しかった。その頃は、「言葉」を交わさずとも、友達と理解し合えた。
中学校は、授業が終わると当たり前のように、「部活動」が始まる。これはもう、周知の事実だと思う。貴也が入学した中学では、入学後、約一カ月の間に、どの部活に入るかを決める必要があった。振り返ってみれば、「人生」を変えかねない、とても大切な期間・選択であったと思う。貴也は、当時、当然のようにして、サッカー部に入部しようと思っていた。しかし、躊躇していた。そして、サッカー部に、なかなか行けなかった。なんとなく、厳しそうな感じがし、上手い子は、そもそも小学生の頃からクラブに入って練習していた。自分は小学生の時、休み時間にサッカーを熱中してやるサッカー少年ではあったものの、サッカークラブに所属してはいなかったため、自信がなかったのも事実だった。そして先入観で、サッカー部には、厳しいイメージが付きまとった。そして、一番大きかったのは、親から、
「なるべく大変でない部活に入らないと、勉強がおろそかになるよ」
と聞かされていた。全ては子を思う親心のため。なかなか、「親」の考えに背いてまで行動できる「子供」はいない。結局は、サッカー部の見学には一度も行かなかった。ただ、不思議なことに、自分が入るべき部活は、別にある気がしていたのも、疑いようのない事実であった。




