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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
28/36

カーチェイス

 結局、やることになった。

 俺の一存で決めたわけではない。ポラリスの承諾も得た。というより、現場はポラリスの主導で仕切られることになった。


 俺はいま、フローターを走らせている。

 後部座席にはフジコ。

 トランクにはスピーカー。重すぎるせいで、フローターの進みが遅い。前進するためには、前方へ傾斜しなければならないのに、バランスのせいで常に後ろへ傾斜しようとする。あきらかに構造上の欠陥だ。トランクは前につけたほうがいい。


 スピードが遅いせいで、すぐ後ろにつけた自動車に、クラクションをブーブー鳴らされてしまった。しかもかなり距離を詰めてくる。

 マナーの悪い煽り運転だ。こっちは法定速度で走ってるってのに。


 歌を熱唱していたフジコも、これには不満そうだ。

「うるっさいわね! 歌の邪魔よ!」

「そう怒るな。モメるだけ時間のムダだ」

「でもぶつかりそうよ? スピーカーが壊れたらどうするの?」

「弁償してもらう」

「もっと簡単な方法があるでしょ?」

 すると彼女は後ろから手を回し、俺の腰から拳銃を抜いた。

「おいおい、なにする気だ?」

「ビビらせるだけよ」

「それやるとドラレコに残るんだよな」

「ポラリスがもみ消してくれるでしょ。それに、通報して怒られるのはあっちのほうよ」


 フジコが銃を見せると、車両はいきなり猛スピードで加速し、フローターを追い越して逃げ去ってしまった。

 結局、良識よりも暴力なのだ。

 虚しくなってくる。


 フジコはじつに満足そうだ。

「ね? 静かになったでしょ?」

「このあとうるさく言われる可能性はあるけどな……」

「それは未来の私たちに託すわ。それよりドライブを続けましょ? 歌い足りないわ」

「……」


 距離をおいてバックアップしているはずの越水たちは、なにも言ってこなかった。

 頭を抱えているのだろう。


 *


 ドライブを始めたのは早朝だったが、指定のポイントについたころには、もう日は高くなっていた。

 冬まっさかりではあったが、日差しを浴びていると少しは寒さもまぎれる。


 場所は埼玉北部。

 ここも霧の多発地点だ。

 住宅街と商店街が入り乱れたような雑多な場所で、合間には畑もある。

 古びた街といった光景。

 計画的に整備されたわけではなく、人口の増加にともなって田畑を住宅に変えていったベッドタウン。

 だが、いまや誰も住んじゃいない。我が物顔で闊歩しているのはイヌかネコだけ。こいつらは消されないからズルい。宇宙人と海底人ではなく、イヌとネコが結託して人間を追い払ったと言われても信じたくなる。

 人がいないと、街は本当にスカスカに見える。


 現地には千里眼もいた。

 以前、こちらの料金を踏み倒そうとしたクソ野郎だ。結局、社長が「交渉」で払わせたらしいが。


「やっと来たか。モタモタしやがって」

 挨拶より先に苦情が来た。

「いや、ちょっと重くって。どこまで運びます?」

「ここでいい。予報では、あと一時間もしないうちに霧が出る。準備だけしておいてくれ」

 無害な人工の霧でテストするのではなく、危険なオリジナルの霧でテストするというのか。

 フジコがいるからってずいぶん強気だ。

 しかもその霧は、あくまで予報であって、必ず出るとは限らない。


「あーっ! この自販機、電気来てない!」

 フジコが勝手にうろうろし始めた。

 自販機はボコボコだった。きっと略奪の対象となったのだろう。中身も入っているかどうか。


 俺はフローターの後ろへ回り、トランクをあけてスピーカーを地面に設置した。

 クソ重くて腰がぶっ壊れそうだった。

 ちゃんと取っ手はあるし、せいぜい数十キロといったところだが、重いものは重い。しかも誰も手伝ってくれない。ひどい。


 すると男は平然と言い放った。

「俺たちは退避する。霧が出たら手順通りに操作しろ」

「え、行っちゃうんですか?」

「当然だろ。そのためにお前たちを雇ったんだ」

「はぁ……」

 俺が生返事すると、彼らはバイクにまたがってどこかへ行ってしまった。


 山崩の出番はまだなのだろうか?

 もう現地についてしまったし、言われた通りテストするしかない雰囲気なのだが。


 明智さんから通信が来た。

『いいニュースはないが、悪いニュースがあるぞ』

「なんです?」

 聞きたくない。

 どうせクソみたいな内容だろう。

『山崩が検問で足止めされてる』

「はい?」

『ずっとマークされてたみたいだからな。集団で動き出したせいで、動きを察知されたんだ。スピーカーは自力で回収してくれ』

「それ、あきらかに俺が持ち逃げしたことになりますよね?」

『まあな。配達先の座標を送る。あとは流れで頼む』

「……」

 今回ばかりは「了解」の二文字が口から出なかった。

 ムチャクチャだ。

 それでも通信は打ち切られた。

 やるしかない。

 やるしかないのだが……。


 俺は送られてきた座標を見て、溜め息をついた。

 なんなのだこの宛先は?

 ふざけてるのか?

 それとも俺に死んで欲しいと?


 なんでスピーカーを抱えてカルトの本部に行かねばならないのだ……。


「ねえ、のどかわかない?」

 フジコが棒切れを振り回しながら近づいてきた。

 小学生か?

「そうだな。アルコールが入ってるとなおいいな」

「仕事中でしょ?」

「その前に飲酒運転なんだよな」

「なに? ヤなことでもあった?」

「ヤなことだらけだ。スピーカーを積むから、手伝ってくれないか?」

「オーケー」

 あっけらかんとしている。

 状況は説明しないほうがよさそうだ。


 *


 おろしたばかりのスピーカーをトランクに入れ、俺はフローターのプロペラを回転させた。

 どこかで監視していたらしい千里眼から、すぐさま連絡が来た。

『どうした? トラブルか?』

「山崩が迫ってるらしいとの情報が」

『なんだって? こっちにはなにも来てないぞ』

「調べてみてくださいよ。警察の検問にかかったそうです。けど、別動隊がこっちに向かってるって」

 別動隊など来ていない。

 ただ、検問にかかってるのは事実だから、彼らがその情報を調べれば嘘でないことが分かるだろう。もし警察の情報にアクセスできれば、だが。

 ウソをつくときは事実を混ぜるといい。


『分かった。いったん安全な場所まで退避しろ。上と相談する』

「了解」


 さあ、持ち逃げだ。

 だがこのフローターでバイクを振り切るのは不可能。もし気づかれたら五分で追いつかれる。

 となると、あとは走りながらの銃撃戦だ。

 今日が俺の命日になるかもしれない。


 *


 そこらに信号機はあるが、電気が来ていない。

 気にせず交差点を突っ切って進む。


 フローターを走らせていると、千里眼から通信が来た。

『おい、どこまで退避するんだ? そこで止まれ』

「いや、山崩が……」

『検問にかかったのは分かった。だが、別動隊が動いている形跡はないぞ』

「でも情報が」

『いいからいったん止まれ!』

「いや、でも止まったら危ないですよ。これ足遅いんで」

『それでも止まれ!』

「あ、なんか電波の調子が……」

 俺は通信を切った。


 さて、まだ持ち逃げから三分も経っていないのに、もう怪しまれてしまった。

 きっとバイクをかっ飛ばしてここまで追ってくるだろう。

 このスピーカーにはGPSが仕込まれているから、居場所は丸分かりだ。


 また明智さんから通信が来た。

『GPSの件で困ってるよな?』

「よく分かりましたね。エスパーですか?」

『考えることは同じだ。ハッキングでなんとかしようと思ったんだが、俺の技術じゃムリだった』

「期待させないでくださいよ」

『だから代わりのヤツに依頼したよ。けど、そっちも期待するなよ。腕利きのハッカーってワケじゃない。あまり資金がないんでな』

「自力でなんとかしますよ」

 いざとなったら段差を使って逃げればいい。

 バイクでは越えられない場所も、フローターなら越えられる。ただし、トランクの荷物が重すぎない場合に限られるが……。


 運び屋といったって、カーチェイスの経験はほとんどない。

 あってもこんな重たい荷物を載せてはやらない。


「フジコ、俺の銃を使ってくれ」

「え、なに? 俺の銃? セクハラ?」

 いますぐ手を放して道路に転げ落ちてくれないだろうか。

 そしたらフローターも軽くなるのだが。

「待てよ。俺は今日死ぬかもしれないんだ。最後に聞いたジョークがそんなクソみたいな内容だったら、死んでも死にきれないぜ」

「は?」

「言うなら渾身のジョークにしてくれ。それか黙って俺の命令に従うか」

「なに命令って? お願いでしょ?」

「じゃあお願いす……」

 まだ話の途中だが、フジコは俺の腰に手を回してきた。

 もう場所は分かっているらしく、じつにスムーズだった。

「トリガーを引いたら出るのかしら?」

「絶対に覗き込むなよ? まずは安全装置セーフティを外してくれ」


 甲高いエンジン音が近づいてくる。

 音だけで怖い。


 フジコは大声でヘタクソな歌を歌い始めた。

「楽しいわね! 映画みたい!」

「そうだな……」

 その映画みたいな演出のせいで、俺は死ぬのだ。


 まだ音はそう近くないのに、パァンと発砲音がした。

 サイドミラーで確認すると、越水車がバイクと銃撃戦をしているようだった。こういうときにすっと助けてくれるのは、じつに頼りになる。


 その越水から通信が来た。

『ここは俺に任せて先に行け!』

「そうしたいのはヤマヤマなんですが、これ以上スピードが出ないんですよ」

『なんでフローターで来たんだ!』

「それしか免許ないんで……」

 いまする話か?


 三台のバイクがこちらへ迫ってきた。

 うち一台は、越水車からの銃撃を受けて転倒。地面を滑りながらガードレールに激突し、クラッシュした。

 だが二台は追ってくる。


「フジコ、頼んだぜ」

「え、ホントに撃つの? あとで怒られない?」

「いいから撃ってくれ! 死ぬよりマシだろ!」

 数秒前まで映画みたいだとはしゃいでたのに、いざとなると途端にビビりやがる。


 だがフジコが銃を向けると、それにビビったのか、避けようとしてバランスを崩したのか、一台のバイクが勝手に転倒した。

 残り一台。

 凄まじいスピードで猛追してくる。

「止まれオラァ!」


 なぜ彼らはいつもこうなのだろう?

 もっと優しく言ってくれないと、止まる気になれないだろう。


 肝心のフジコはまだモタついている。

「いいの? ねえ? いい? 撃つよ?」

「ああ、撃ってくれ。全責任は俺がとる」

「せ、責任ってなに?」

「ファミレスおごってやるから」

「わーっ!」

 パニックになりながら一発撃った。

 だが、それだけだ。


 千里眼は反撃してこなかった。

 俺のフローターがクラッシュしたらスピーカーまでオシャカになる。

「止まれっツってんだろがオラァ!」

「……」

 前方に回り込んで来た。


 いっそ正面から当てるか?

 それとも……。


 俺はフジコに告げた。

「銃」

「うん」

 自分には撃てないと理解したらしく、素直に渡してくれた。

 フジコはグリップを握ったままだったから、こっちはバレルをつかむハメになった。危ないから、次からはグリップのほうを渡して欲しい。


 俺は片手でハンドルを握ったまま、ろくに狙いもつけずにトリガーを引いた。

 バイクには命中しない。

 その代わり、彼らはいちどよろよろと蛇行してから、スピードをあげてずいぶん前へ行った。

 ゴム弾だが、当たれば骨くらいは折れる。頭部に当たれば致命傷。特に千里眼はノーヘル運転だから、狙い甲斐がある。


 バイクがずいぶん遠くへ行ったのは、音で分かった。

 いや、逃げたのか?

 生き延びて仲間たちに状況を報告するつもりかもしれない。


 明智さんから通信が来た。

『珍しいことが起きたぞ。いいニュースだ。GPSの位置情報を誤魔化せそうだ』

「本当に? 衛星をハッキングしたってことですか?」

『バカ言うな。スピーカーと同じ信号をコピーして、ドローンでバラまいたんだ。運がよければお前の居場所は特定されない』

 俺の位置情報が消えたわけではなく、同じ情報が複数出現したというわけか。千里眼は混乱するかもしれないな。

 だが、いま埼玉北部をうろついてるのは俺たちだけだ。

 攪乱できるのは都内に戻ってからになる。


 俺は「了解」と告げ、拳銃を腰ベルトに戻した。

 配達先はカルトの本部。

 つまり今日、あいつらは壊滅することになる。

 もしくは俺が死ぬ。


(続く)

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