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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
29/36

思考停止

 埼玉北部ではほとんど車両を見かけなかったが、都心へ近づくにつれて交通量が増えてきた。このあと帰宅ラッシュになれば、さすがに混雑してくるだろう。

 日は傾きつつある。


 機械音声が通信を送ってきた。

『きっと今回の配達先に戸惑っていることと思います』

 まったくその通りだ。

 エスパーでなくとも、俺の気持ちは分かるだろう。というより、いきなりカルト本部にスピーカーを持ち込めと言われたら、誰だって同じ疑問を抱く。

「事情を説明してくれるのかな?」

『もろもろの事情が重なって、本部の警備が手薄になっています。今日やったほうが成功率が高い。そう判断しました』

「いいよ。あんたの鉄砲玉になる。もし死んだら花でも添えてくれよな」

 烏丸麗が墓参りに来てくれるなら、死ぬのも悪くない。

 いやそんなわけはないが。

 想像しうる他のケースと比較すれば、まあまあマシなような気がした。


 彼女は、しかしやや間をおいて、思いつめた様子でこう続けた。

『あなただけ死なせるようなマネはしません』

「は?」

『私も現場へ向かいます』

「いや、来なくていい。問題を増やさないでくれ」

 こっちはただでさえお荷物を抱えているのだ。

 そのお荷物は、俺が通信中だというのにクソデカい声で歌っている。


『もしこのまま本部へ行っても、荷物はゲートで弾かれるでしょう。ただし、私の荷物であるということにすれば、怪しまれずに内部まで搬入されるはず』

「だからってあんたが来る必要はない」

『母と話をする必要があります』

「霧を使うんだぞ?」

『そうです。誰かが霧の装置を作動させないといけません』

「それも俺がやる」

『不可能です。警備員がいますから』


 一理ある。

 個別の目標は、銃を使えば可能かもしれない。

 だが、派手に発砲しながら進んだら、教祖は危険を察知して逃げるだろう。

 教祖を安心させたまま、霧の発生装置を作動させ、なおかつスピーカーを運び込む。こんなことは、内通者がいなければムリだ。


「分かったが、そちらの安全は確保できるのか?」

『工場に防護服があります。それを着用すれば問題ありません』

「信じるぜ」


 信じるしかない。

 頼るしかない。

 このバカみたいな作戦を成功させるためには、誰かが危険をおかさなければならない。


 通信はそこで終わらなかった。

『この作戦を引き受けてくれたのがあなたでよかった』

「なんだよ急に……」

『あの日、公園であなたを見たときから確信していました。きっと結社を倒すのは、あなたみたいな人なんだろうって』

「公園? あの学生時代の恥ずかしい演説のことを言ってるのか?」

 できれば忘れて欲しいな。

 いますぐに。


 彼女は柄にもなくふふっと笑った。

『もっと恥ずかしいことを言っていたの、記憶にありませんか?』

「身におぼえがありすぎて、どれのことだか分からない」

『世界一の男になると言ったのです』

「……」

 言ったかもしれない。

 当時の記憶はほとんどない。

 だが、これは昔からずっと思っていることだから、きっとぽろっと喋ったんだろう。


『あなたは言ったのです。世界一の女と付き合いたい、と。そのためには、まず自分が世界一の男になるんだと』

「ま、志(こころざし)くらいは立派じゃないとな」

 恥ずかしすぎるので、いっそ開き直るしかない。


 いい女と付き合いたいなら、こちらも相応のいい男にならないといけない。

 それが俺のポリシーだ。

 だが当時の友人にはバカにされたおぼえがある。実際、世界一の男とは程遠い存在だから、人前では言わないようにしている。

 黒歴史を蒸し返さないで欲しい。


『あの言葉を聞いて、私も世界一の女になろうと決意しました。そして、もしそうなったとき、あなたも世界一の男になっていたなら……。などと、淡い夢を見ていた時代もありました』

「なんだかフラグが立っている気がするが」


 この作戦で死ぬつもりじゃないだろうな?

 そんな結末、俺は望んじゃいないのだが。


 彼女はもう笑いもせず、淡々と続けた。

『そうですね。話の続きは、お互い生きて帰ってからにしましょう』

「同意する。作戦については了承した。ミスがなければ成功するだろう。しばらく運転に集中する」

『はい』


 ようやく通信が切れた。

 これから命がけの大勝負だというのに、心臓に余計な負担がかかってしまった。


 いつのまにか歌をやめていたフジコが、後ろから身を乗り出してきた。

「なんなの? クソなの? 見せつけてくれるわね。私が彼氏を作る前に、あなたが彼女を作るなんて失礼よ」

 くだらないことで張り合ってくる。

 中高生かよ。

「そっちは相手を選ばなきゃいつでも付き合えるだろ。ツラだけはいいんだから」

「ところがツラ以外もいいのよね。けど、私も世界一の男と付き合う予定だから」

「そのためには世界一の女にならなきゃな」

「は? もうなってるんだけど? 侮辱する気かしら?」

 こいつは薬漬けにされたとき、チンパンジーの脳でも移植されたのか?

 あまりに自己肯定感が高すぎる。


 *


 攪乱が成功したのか、あるいは別の事情があるのかは分からないが、千里眼の追跡はなかった。

 千里眼とカルトは犬猿の仲だから、本部へは不用意に近づきたくなかったのかもしれない。


 ともあれ、カルトの根城についてしまった。


 街全体がカルトの支配下にあるような、異様な雰囲気だ。

 そこら中に結社のポスターが貼られているし、いたるところに黒服が立っている。少しでも不審な動きをすれば、即座に取り囲まれるだろう。


 烏丸麗によれば、荷物が来ることは通達済みだそうだ。

 俺はいかにも運び屋という帽子をかぶっているからか、誰にも止められずに済んだ。


 結社の本部は、ちょっとした庁舎のような外観だった。

 白い直方体の建物。

 中でなにをしているのかは知りたくもないが、ここに例の教祖がいる。名は斎部為陀命(いんべゐだのみこと)。アメリカのプロジェクト「インベーダー」からそのまま名前を採用したらしい。

 気の毒な話だが、もしこのままカルトが存続すれば、烏丸麗がその名を襲名することになる。心の底から同情する。


 ゲート前に黒服が立っていたので、俺は軽く頭をさげてこう告げた。

「運び屋です。烏丸麗さん宛てにお荷物です」

「左手に荷物の搬入口があるので、そちらへ」

 スライド式の鋼鉄の門扉が、ガラガラと音を立てて開いた。

 話が早くて助かる。


 俺はゆっくりとフローターを進めながら、周囲を警戒した。

 怪しまれてはいないが、ずっと監視されている。

 不審な行動はできない。

 フジコも「なんか不気味ね」と小言をもらした。


 機械音声の通信が来た。

『地下工場に入りました』

「展開が早いな。こいらはいまゲートを抜けたところだ。荷物はどうすれば?」

『搬入口の手前で停車して、しばらく待機してください。私からの指示だと言えば、まわりのものも納得するはずです』

「了解」


 言われた通り搬入口の前で停車した。

 正面玄関からは少し離れている。来客用ではなく、業者用の出入口というわけだ。


 警備員が近づいてきた。

「荷物の搬入ですか? お手伝いしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。烏丸麗さんから、少し待つよう言われてまして」

「なるほど。分かりました」

 そう言って彼は向こうへ戻っていった。

 普通のおじさんだ。

 カルトの施設で働いてはいるが、見た目だけではカルトかどうか分からないものだ。きっと信仰が絡まなければ、たいていはこうなのだろう。本人は、自分が悪に加担しているとは微塵も思っていない。むしろその逆だと自認しているし、そのように振る舞おうとしている。だからこそ厄介だ。


 フジコが溜め息をついた。

「ねえ、言っていい?」

「待てよ。不適切なジョークは、帰ってからにして欲しいんだが」

 カルトの本部でカルトを煽ってもいいことはなにもない。

 だが彼女の口調は、とてもつめたいものだった。

「違う。霧が出るって伝えたかったの」

「えっ……」


 いや、プラン通りだ。

 烏丸麗は地下工場に入った。操作をすれば霧は出る。当然の話だ。

 だが、稼働させる前に一言くらい連絡が欲しかったな。


 建物の裏側で、もわっと青黒い煙があがり始めた。

 警備員たちも、その煙を見上げ始めた。

 日は暮れかけている。

 オレンジ色の空に青色スモッグが混じり、どす黒いような、紫のような、不気味な色に見えた。


 俺はヘッドセットのマイクに語り掛けた。

「こちら向井。霧の発生を確認した」

 そして返事を待つ。

 一秒一秒がやけに長く感じた。

『霧が満ちたら、スピーカーを作動させてください』

「そちらは? 安全を確保できたのか?」

『心配しないでください』

「分かった。じゃあ仕掛けるぞ」

『ありがとう』

 通信が切断された。


 ありがとう?

 妙な返事だな。


 だが、俺も黙ってフローターにまたがっているわけにはいかない。

 人工の霧とはいえ、意識を飛ばされる可能性がある。大丈夫なときもあるのだが。ともかくスピーカーで反応させておけば、少なくともフジコの周囲だけは安全が確保される。


「フジコ、耳栓してくれ」

「もうしてる」

 スピーカーはとんでもない音を出す。

 至近距離でビープ音を聞くと耳がぶっ壊れそうになる。


 俺はトランクをあけ、操作を開始した。

 手順は分かっている。

 中国製だが、表示は英語だ。


 俺は手でサインを出して、フジコにスイッチを入れるぞと知らせた。

 彼女はうなずいた。


 やや緊張しながらも、指でトグルスイッチを弾く。

 巨大な音に備える。


 なにかが爆発的に広がって、空気が一変した。

 だが、音はない。

 いや、ある……?

 聞こえるかどうか分からないくらいの高音が、凄まじいエネルギーでピーンと空気を振動させている。体にすごくイヤな感じがある。


 十秒ほど続いただろうか。

 俺たちの周囲にうっすらかかっていた青色スモッグが、まるで吹き飛ばされたようにはけた。こいつらはフジコに触れたくないのだ。理由は不明。


 ともあれ、ひとまずすべきことをした。

「スイッチを入れた。そちらの状況は?」

 通信機に尋ねると、返事が来るまでやや時間がかかった。

『ごめんなさい。閉じ込められたみたいです』

「えっ?」

『防護服もありませんでした』

「どういうことだよ……」

『残念ですが、この事態は結社の想定内だったようです。私が地下工場に入った時点で、誰かが対応を始めたのでしょう。もしそうなら、母は防護服を着て施設から逃走するはず。絶対に追い詰めてください。もしここで終わらせられなければ、次のチャンスはありません』

「そんなことより、あんたはどうする? 生きて帰れるのか?」

 俺はつい声を荒げてしまった。

 勝手に悲劇を引き起こしやがって。


『気にしないでください。犠牲は覚悟の上です』

「こっちは覚悟してない。いまどこにいるんだ? 救助に行く」

『施錠されていますし、おそらく間に合わないでしょう。私のことより、母のことを頼みます』

「……」

 ぞわぞわする。

 烏丸麗は、もうすぐ霧につかまってこの世から消える。

 俺がスピーカーを操作したせいで。


『あなたと一緒に仕事ができてよかった』

「ふざけんなよ。そのセリフは、仕事が完了してから聞かせてくれ。ひとまず言われた通りにあんたの母親を始末する」

『……』

 返事はなくなった。


 心がグチャグチャになりそうだった。

 とにかく大きな声を出したかった。


 だが、ひとまず深呼吸した。

 いまは思考を停止して、なすべきことに集中したほうがいい。

 教祖を逃がせば、なにもかもが台無しになる。

 もしそうなれば、俺はただ後悔するだけじゃ済まなくなる。


 通信を切ってフローターにまたがった。

「フジコ、乗ってくれ。裏口へ回る」

「その必要はないわ」

「は?」

「正面玄関から来るみたい。霧がそう言ってる」

 濃霧で見えないが、玄関までは数十メートルといったところ。

 歩いてすぐだ。


「オーケー。なら正面玄関で出迎えるとしよう」

 俺はフローターからおりて、内ポケットから拳銃を抜いた。

 こっちはゴム弾じゃない。

 実弾が入ってる。


(続く)

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