モンキービジネス
だが、それ以上特別なことは起きなかった。
地上へ出た俺たちは、GPSの指示に従い、無人の公園へやってきた。ベンチにブリーフケースを置いて配達は完了。
あとはコンビニでおにぎりを買い、駐車場で食ってからフローターを走らせた。
帰路、明智さんから通信が来た。
『オーシャンの定義を考え直す必要があるな』
「文字通りの海ではなく、霧のことでしたね」
『そのようだな。だが、アメリカが海底の調査をしているのは事実だ。おそらく海底人に関係している』
「海底人……。ホントにいると思います?」
俺の問いに、明智さんはふんと鼻を鳴らした。
『少し前なら俺もあきれてたところだ。だが、謎の霧で人口を半分に減らされたんだ。あんなウソみたいなことが起きた以上、もうなにがあっても不思議じゃない。むしろ俺たちの科学力を超える存在がいるなら、そちらのほうが納得できる』
「確かに」
『もしかすると宇宙人も実在するかもな。ま、俺にはソースがないからなんとも言えんが……。ひとまずは続報を待て。別ルートでなにか入って来るかもしれない』
「了解」
フジコはラジオに合わせて熱唱している。
歌詞が飛びまくっているから、ほとんど奇声を発しているだけだが。
*
ポラリスの駐車場にフローターを停めると、フジコは降車してぐっと伸びをした。
一仕事終えたような態度だ。
もっとも、彼女がいなければ地下の霧をどうにもできなかったし、海底人のシールドも解除できなかったわけだから、仕事の役には立っていた。
彼女はこちらに背を向けたまま告げた。
「信じる気になった?」
「えっ?」
「私の親が海底人と宇宙人だってこと」
「まあ、状況を見ると、否定しがたいな」
するとフジコはこちらへ向き直った。
「否定しがたい? もっと肯定的なお返事が聞きたいわね」
「信じるよ」
「いいわ。あなたのことは責めないであげる。私も同じ気持ちだったもの。小学校に入るまで、私も自分の親を普通の人間だと思ってた。それが急によ? 海底人と宇宙人だって言われたの。六歳の子供でも、それがいかに異様なことか理解できたわ。ショックだった。自分の親が、つまらないジョークでダダ滑りするなんて……」
事実どうこうより、滑ってたほうがショックだったのか。
まあ常識で考えるとそうなるな。
俺だって、親がそんなことを言い出したら、なんらかの疾患を疑うところだ。
フジコはひとつ呼吸をして、冬の空を見あげた。
もう日が暮れかけている。
「そう。信じてなかった。でも、一回ね、行ったのよ。海底基地と宇宙船。でも一回きり。時間が経つにつれて、あれはどこかの遊園地だったんじゃないかって思うようになってきて……。私ってば、つまんない常識に屈して、記憶の方を変えちゃったのね」
「正常性バイアスってやつか」
「は? 正常位?」
「いいから続けてくれ」
話をディヴァイドするな。
彼女は不審そうながら、渋々といった様子で言葉を続けた。
「まーでも、途中からそれどころじゃなくなっちゃった。親が急に消えちゃったから」
「消えた?」
「そう。蒸発。普通なら、そこで親戚を頼るところだけど……。私、親戚っていなかったの。いたのかもしれないけれど、どこにいるのか分からなかった。バイトしながら大学は出たけど、そのあと、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……」
「それで一億を?」
「そう。私のプランでは、ピンチになったら海底人か宇宙人が助けてくれるはずだったんだけどね。そんな都合のいいことは起きなかったわ」
ヤケになっていたとはいえ、ムチャなことをしたものだ。
たまたま助かったからよかったようなものの、少しでも体質が違ったら、いまごろ霧の燃料にされていたかもしれない。
俺はフローターに寄りかかり、こう尋ねた。
「じつは、明智さんがあんたの過去を探ってたんだ。だが、なにもつかめなかった」
「ずっと偽名で活動してたから」
「いつから?」
「大学出てからよ。他人の戸籍を買って、他人に成りすましてた」
「よく一億もポンと借りられたな」
「偽装したおかげ」
戸籍を使われた人物にとってはいい迷惑だろう。
この世にいるかどうかも怪しいが。
「さっきの眼球に心当たりは?」
「あるわけないでしょ」
「フジコ自身は、なにかキーになる人物じゃないのか?」
「残念ながら違うわね。ルーツはどうあれ、特別なことはなにもなかった。この体質だって偶然だと思う。私はみんなと同じように、ただこの社会で暮らしてきた。結局のところ、ありふれた日本人なのよ。悪いけど、多くは期待しないで?」
「そうだな」
期待してないから安心してくれ。
などと言える雰囲気ではなかった。
しかし宇宙人とは……。
本当の本当に本当なのだろうか?
海底人がいるというのは、アメリカが言っているのだから本当かもしれないが。
もしかするとアメリカは、海底人のみならず、すでに宇宙人とも接触しているのかもしれない。それならば、あえてフジコを狙ってこないのも理解できる。
体質はオンリーワンかもしれないが、ルーツはそうでもない。
なんなら遺伝子情報だって出回っている。
本当に「ただの不死身の女」という位置づけでしかないのかもしれない。
もちろん十分突出した才能ではあるが。
今日みたいな仕事には向いている。
逆を言えば、そうでもなければ用はないのだろう。
*
数日後、俺は半年ぶりの雑居ビルを訪れた。
芝商店。
日当たりのよくない狭いオフィスだ。
相変わらず儲かっている気配がない。書類だけが山と積まれている。
古びた応接テーブルにオフィスチェアを寄せての打ち合わせもなつかしい。
「わざわざ来てもらって悪いな。本当は巻き込みたくなかったんだが」
「いえ」
ボスはやや気まずそうだ。
自分でクビにしておいて、こうして呼び出したのだから、少しは思うところもあるのだろう。とはいえ、俺たちを守るためにしてくれたことだ。
今日集まったのは、俺、フジコ、そして烏丸麗。
あとはボスと向井さんだ。
いつかのメンバーというわけだ。
烏丸麗が紙の資料をテーブルに広げた。
「ではまず私から。アメリカが、『クイーン』と呼ばれる生物の肉片を回収しました」
「クイーン?」
ボスの問いに、彼女はうなずいた。
「とあるコミュニティで神と崇められている巨大生物です。以前から存在は噂されていましたが、曖昧な情報ばかりで、実在するかはどうか確証がありませんでした。しかし先日、とある運び屋が肉片を回収したことで、研究機関に持ち込まれました。そこから情報がリークされ、存在が周知されました」
俺は久々に彼女と会えたことが嬉しくて、ほとんど話を聞いていなかった。
その運び屋とやらは、きっと優秀なヤツなんだろう。いますぐ高い給料で雇ったほうがいい。
彼女は一度不審そうにこちらを見てから、言葉を続けた。
「で、先ほど出てきた『とあるコミュニティ』ですが……アメリカの情報によれば『海底人』なのだそうです。ですがこの……海底人という存在については……いまはひとまず脇に置きましょう。目下の問題はクイーンです。リークされた情報によれば、クイーンの遺伝子は、私たち人間と大差ないらしいのです。いえ、大差ないどころか、人間としか言いようがないというか……」
急に海底人とか言われても受け入れられない。
そんな顔をしている。
まあ分かる。
俺も同感だ。
できればその件について、二人でゆっくり議論を深めたいところだ。
お茶を運んできた向井さんが、なんとも言えない顔で「難しいお話ですね」と言った。
大丈夫だ。
海底人の娘であるフジコも、きっとよく分かっていない。
俺はさっそく茶をすすった。
「人間? あれが? とんでもないデカさだったぜ?」
「アメリカも困惑しているようです。それで、なんらかのヒントを得ようとして、意図的に情報をバラ撒いたんだと思います」
「アメリカさんに分からないんじゃ、俺らにも分からないと思うが……」
これにはボスが応じた。
「俺たちには分からずとも、どこかの研究機関なら分かるかもしれない」
どこかの研究機関、ね。
烏丸麗はさめた目を見せた。
「ええ。心当たりがあります」
どうせカルトの研究施設だろう。
薬漬けの実験体を量産する地獄のような場所だ。
クソみたいな研究をしていた過去は消えないが、なにかデータを持っているならせめて社会に還元して欲しいところだ。
烏丸麗はすっと茶をすすり、こう続けた。
「報告書によれば、実験体たちは、『ママ』あるいは『マザー』なる幻覚を見るそうです。研究者たちは、それこそが『クイーン』ではないかと推定しました。巨大な女性であるという共通点しかないため、乱暴な推理ではありますが」
十分だ。
少年は「ママ」について言及していた。
「みんなが同じ幻覚を見るのか?」
「ええ。それも、霧の発生するタイミングで、一斉に」
一斉に?
明らかに霧の影響を受けている。
オーシャン、霧、実験体、クイーン、海底人――。
これらの要素は、あと一押しでつながりそうだ。
とはいえ、つながったところで……。おそらく「海底人が人類の半分を消し去った」という事実が判明するだけだが。
その後、海底人に反撃するのかというと、それも怪しい。戦って勝てるとは思えない。
なにも知らないほうが幸せだった、なんてオチになるかもしれない。
「了解。状況は理解した。それで? 俺たちを呼んだってことは、なにか仕事があるのでは?」
俺がそう尋ねると、烏丸麗は神妙な表情うなずいた。
「千里眼から荷物を調達してきて欲しいのです」
「調達?」
配達なら分かるが……。
調達?
「じつはこのところ、中国系の企業が、千里眼に出資を始めまして」
「中国が?」
「最終目標は、おそらくフジコさんでしょう。そのために、まずは日本への足がかりを作りたかったんだと思います。結社はアメリカの傘下ですから、その対抗馬として千里眼を選んだのかと」
だが残念だったな。
いまの千里眼は役に立たない。
どうせなら山崩に出資すべきだったろう。まあ山崩はクソ真面目だから、提携を断ったのかもしれないが。
「それで?」
「莫大な出資額でして、千里眼はすでに中国企業の傀儡と言っていい状態です」
「なにを調達して欲しいんだ?」
「スピーカーです。中国の研究機関が試作したもので、強制的に反応を起こさせるだけでなく、いちど反応の起きた霧を無害化できるのだとか。いえ、それだけでなく、もっと多様な反応も起こせるようです。これを使えば、霧への研究が進むかと」
「えーと」
それは凄い技術だ。
だが調達とは?
俺は茶を飲み干し、こう尋ねた。
「借りて来いと?」
「いえ、途中で奪い取って欲しいのです」
いつも通りのすまし顔。
このお嬢さまは、現実と夢物語の区別もつかないのだろうか。
「あー、いっぺん冷静になって思い出して欲しいんだが……。俺は運び屋なんだ。いや、いまは興信所の雇われで……副業も許可されてない。そういうハードなのは山崩にでも依頼したほうがいいんじゃないか?」
彼女は、するとニヤリと笑った。数秒前まですんとすました顔だったのに。
「山崩にも依頼しますよ」
「協力せよと?」
「裏ではそうです。いちど順を追って説明しましょう」
「お願いしますよ」
中国は、日本におけるスピーカーのテスト運用を希望しているらしい。それで近々、千里眼に貸与する予定なのだとか。
受け取った千里眼は、どこかでスピーカーを使用する。
霧のテストをするのだから、当然、「工場」のある場所か、霧の多発地点が現場となる。
ここまではソースのある情報。
だが、ここからはすべて烏丸麗の妄想が前提となっている。
ひとつでも予想が外れたら、話は成立しない。
彼女のプランはこうだ。
霧に絡んだ搬送の仕事だから、千里眼は、俺とフジコに輸送の依頼をしてくるはず。
その仕事を受けて、俺たちはスピーカーを運ぶ。
道中、突如として山崩が襲いかかってくる……というのは演技で、実際には戦闘しない。現場の混乱を演出し、ドサクサにまぎれて俺がスピーカーを持ち去る。
めでたし、めでたし。
「いやムリだね。どう考えてもバレる。そしてバレたら俺が殺される」
「うまくすればバレないのでは?」
「相手をバカだと仮定すればそうだ。だがそれは事実とは限らない。そもそも、そんなヤバいスピーカーを手に入れて、一体なにをするつもりなんだ?」
少し強く言い過ぎたせいか、彼女はやや身をちぢこめてしまった。
「母を殺し、結社を破壊するのです……」
「は……母親を……?」
母を殺す?
霧で?
烏丸麗は、重ねた手をそわそわと動かした。
「結社の地下にも工場があります。もとはバリアのための設備でしたが……。澁谷の一件からも明らかなように、反応を引き起こすことができます。スピーカーを使えば、結社を終わらせることができるのです」
溜め息が出た。
どうやら本気のようだな。
俺は、もう、うなずくしかなかった。
「条件次第では乗ってもいい。ただし、いくらかアレンジが必要だな」
金づるのカルトを潰せば、政府も少しは正気に戻るだろう。戻らないかもしれないが、それでもカルトがいたときほど派手には動けまい。
ただの運び屋にその手伝いをできるなら、なかなかたいしたものだろう。
日本人は、国内で互いに食い合っている場合ではないのだ。
(続く)




