chapter 6
6
ハムレットは舌打ちし、声を荒げる。
「ええい、いいかげん眠っていればよいものを――。灰炎のジュリエット」
「そう、我が名はジュリエット。七つの世界を敵に回し、それでも愛する人のために戦うけなげな乙女。灰炎のジュリエットだ」
ジュリエットが強く、一歩踏み出す。
空気を吸い込み、声を張る。
舞踏会の誰もが自分に注目されているのを確認してから、彼女はこの舞台のヒロインであることを自覚する。澄み切った声は、舞台の端まで優雅に届いた。
「コーディリア。裏切られたからなんだ。世界に憎まれたからなんだ。自分の心までは裏切れない。君は父に裏切られようとも、自分を裏切らなかったんじゃあないのか。それすらも手放してしまったら、本当に君の手にはなにも残らないぞ」
「でも、わたしにはもう……、戦う力もない……」
「ぼくが与えてみせる」ジュリエットは一人一人に目を合わす。「七つの剣よりも、飛翔する雷撃よりも、変幻自在の自動人形よりも――、なによりも勝る力を君に与えてみせる」
「裏切り続けてきた女がなにを言うか――」ハムレットが嘲笑う。
「そうだね。言葉だけじゃあものたりない、というのなら、この場を一つ、混乱に陥れてやろう。ぼくの得意技さ」ジュリエットは人差し指で胸を刺すと、その指を体内に沈み込ませた。
「それは、我が世界の身体代替化――」ハムレットが喉を鳴らす。「なんだ……、なにを隠している」
「これだよ」ジュリエットは妖艶に微笑むと、体内から赤い宝石を取りだした。「見せてあげよう、世界の真実の一部を――」
宝石が光ると、中に閉じ込めた真実が浮かび上がった。
空間投影された、銀河の星々の輝きのようなキューヴ状の一枚の絵。
回転しているように見えるが、それは四次元を三次元的に表現しているからだった。
擬似的にしか図示することはできない。
なぜなら、三次元生物には四次元を認識することはできないから。
「馬鹿な……、それは」
「世界地図さ」悪巧みいっぱいにジュリエットは笑う。
「そんな、世界地図はロメオが持っているのでは」
「何度我々の脚本を修正させれば気が済むのだ、灰炎のジュリエット」
フィディーリもプロスペロも、焦燥を隠しきれない。
「あーりゃりゃ」パックはいつもの調子で戯けているようで、しかし顔は笑っていなかった。
「どうだい、コーディリア。やっぱりぼくの言葉は信用ならないだろう。だったら、ぼくを利用しろ。この手を取れ。もう一度、裏切られる覚悟をもて」
コーディリアの指がぴくりと動く。
「ちょうどいいじゃあないか。運命の女神に見放され、この世の底辺に落ちたなら、あとは上がり調子のみ。不幸万歳だ」
「不屈の精神には感服する。なら這い上がってみろ。できるものなら」ハムレットは右手を刀剣化させ、一歩、前に踏み出る。
「言われなくとも」ジュリエットがヒールを叩きつけ、九十度捻る。そこに火花が散って彼女の長い赤毛に引火する。「レディブースト」
「不足分の熱量を補うつもりか――」
オフィーリアの行動が誰よりも速かった。
「赤の魔女さん。せっかくきれいな髪を」オフィーリアが素早く接近すると、鉄線のような鋭利な斬鉄桔梗の髪の毛で、燃えようとするジュリエットの毛先を切り落とそうとするが――、
「ごめん、オフィーリア。いまは君に構っている暇はないんだよ」
ぱちん、と指先を弾く。
それだけで、フロギストンがすさまじい爆発を起こす。
瞬間的に膨張した空気に、オフィーリアを飛ばす。
一時的しのぎではあるが、逃げるだけなら代表CEOの四人を敵に回しても耐えられる。
「いいや、耐えてみせる――」ジュリエットは拳を胸に強く打つ。「凍てつけ、氷結の焔」
すると奪われるエナジィに、拳に冷気が蓄えられる。
右手を平行に一線。
空間を切り裂いた隙間から、焔の冷気が噴射する。
「〈トロメリア〉」
瞬く間に白い冷気の焔がハムレット、フィディーリ、プロスペロ、そしてエドマンドを呑み込もうと、意思のある津波のように襲った。
「またか、氷結の焔――」ハムレットは危険を察知し、未知のスピルに触れる手前で後退する。ほか三人もコーディリアを放り、同様に回避の一手を選択する。この判断は正しかった。
通常の焔が連鎖爆発で爆炎と硝煙を発生するのに対し、氷結の焔は周囲のエナジィを奪い取って氷の花を生み出した。
一歩でも判断を誤れば、彼らは氷結に焼かれていたところだった。
床に伏せるコーディリアが氷結の焔に焼かれていないのは狙いどおりである。
「ピンヒールブースト、イグニッション」ジュリエットのヒールから、いつもより太いアフタバーナが燃え上がる。強烈な推進力に押されないように、彼女は膝を折り、手をついて堪え忍ぶ。さらに――、
「フルパワーだ」アフタバーナはさらにエナジィを注がれる。強力な火炎放射のような火柱に、耐火限界を超える熱量にヒールは融解。ジュリエット自身も、その熱に顔を顰めた。
最大出力以上の推力で、ジュリエットは手を放す。
とたん、放たれた弓矢のように発射。
空中の姿勢制御も難しいほどの速力。
目指すのは、コーディリア。
ジュリエットは手を伸ばした。
「コーディリア――」
コーディリアは悩んでいる。
手を取るべきか、すべてを諦めるべきか。
この一刹那で選択を迫られるのは酷な現実だ。
だが、はっきりと未来を別つ二つの道に、彼女は涙で歪みながらも、望む未来へ手を伸ばす。
「ジュリエット――」
二人の手ははじめて、そしてきつく握られた。
握り合う手のひらが打つ音が、あたらしい舞台のはじまりを告げたようである。
ピンヒールの推力に振り回されながらも速力はおとさず、ジュリエットはコーディリアを抱き上げて邁進する。フィギュアスケータのペアも羨むほど、二人は互いに離れぬよう抱き合って、銀河の舞踏会を舞い踊る。
ジュリエットが乙女も恥じらうほど顔を寄せると、思わずコーディリアは頬を赤らめて目を逸らす。そんな些細なやり取りで、ジュリエットは彼女に幼なじみのような絆を思う。
「オープンザゲイッ」ジュリエットは進路先に〈ヒダカミドウ〉へのゲートを開く。
それをすんなり通れるわけがない。
最後まで立ちふさがるのはハムレット。
「行かせるものかっ」
「そこをどけ。ハムレット」
ハムレットは右腕を身体代替化によって、彼だけの見えない刃を作り出す。
「ハムレットソード」
ジュリエットも右手に焔の剣を握る。
「ジュリエットレーピア」
二人が同時に自身を鼓舞するため叫び、刃は交わされる。
コーディリアは、いまは幼子のようにジュリエットに抱かれ、彼女が無力さに流した涙が地に落ちるまえに、決着はついたのだった――。
※
パックは次元の狭間――銀河舞踏会ですらないこの次元を3.5.5次元とでも呼ぼうか――で、観客をまえに頭を深々と下げた。
我々は彼らにとって影法師。
見えず、聞こえず、触れられず。
そこにあってない存在。
お気に召さねば夢と思ってよい存在。
できの悪い芝居なれど、
もしも皆様方が多めに目を瞑っていただけるのならば、
この戯曲は先も続けられると存じます。
パックは天性の正直者。
いかなる結末に向かうかは暗闇のなか、手探りで雲を掴むようなものと告白いたしましょう。
ゆえにお楽しみいただけるかと存じます。
続きの舞台は、満月が三つ回ってからにいたします。
それでは、おやすみなさいませ。
皆様、おやすみなさいませ。
最後にお手を頂戴。
パックがお礼申します。
なに、お時間は取らせませぬ。
このパックにかかれば、地球一回りも一足飛び――。
銀河舞踏会 γジュリエット 後半戦
第1話(第14話) 「二人で一人 ダブルキャスト・システム! : vs. Humlet」へ続く




