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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十三話(第一部最終回) 「不幸万歳! あとに残るは希望だけ : vs. Cordelia」
109/112

chapter 4



 Bパート


   4


 観月は、自分の身になにが起こったのか理解できなかった。瓦礫のベッドに横になり、視界が真っ赤に変色する。汗を拭うように手を触れると、汗でないなにかが手のひらにべったりとくっついた。

 身の異変にはこれ以上考えないことにして、あらめて周囲を確認する。

 銀河舞踏会はかつてないほどの混乱を極めていた。

 灰色の蒸気とも粉塵ともわからない雲がかかって、有視界は五メートルもないだろう。

 だが幸運にも、天宮羽衣はすぐそばにいた。

 背を向けて立っている。

「天宮……」観月が声をかける。

 彼女はぴくりとも動かない。

 白く細い腕を掴んだ。

「羽衣」

「あと、任せて、いい」羽衣は背を向けたままだった。囁くような、消え入りそうなほど小さな声。

「お前、なにを言って……」

 顔を向けた羽衣の瞳に、ぼろ雑巾のような汚れた観月が写っている。

 彼女の瞳は、中島基地の天女と同じ白銀色だった。

「ジュリエットを、助けて、あげて……。あの子には、自分も恋人も、なんだって犠牲にしてでも救いたい人がいて、これはそのための舞踏会なのよ」

「羽衣、お前、髪が……」観月は、彼女が徐々に変化させる姿に、かける言葉を失った。

「あの子、言ったのよ。『なににかえても、ロザラインを助けなくちゃ』って」

 その瞬間、観月の脳裏でバラバラだったジュリエットへの疑念のピースが、一斉に一枚の絵の構築を目指して正しい配置に置き換わった。

 なぜ氷結の焔塊の破壊方法もわからずに、彼女はリスクだけの銀河舞踏会へ参加し続けるのだろうか。

 なぜヴェロナ事件以前のジュリエットと以後のジュリエットでは、別人のように人格が豹変しているのか。

 なぜロメオを恋人と偽り、かと思えば今夜にはまだロメオを愛していると告白するのか。

 ヒントはもう一つあった。白銀の龍によって見せられたヴェロナ事件の記憶。ジュリエットとロメオが魔法の応酬によって争う光景は、〝あれはジュリエットの記憶ではない〟。自分の記憶に、自分の姿が映らないのだから。

 あれは、ロザラインの記憶なのだ。

〝ロザラインがロメオに、光の翼で攻撃された場面の記憶〟である。

 だれとだれが味方で敵なのか――。

 ヴェロナ事件にかかる登場人物の相関図を正しく描くと、全貌の理解へ繋がる筋道をまっすぐな一本道でつくることができた。

「――そういうこと、なんだな。羽衣」

 羽衣は答えてくれなかった。

 癖が強く、跳ね返った黒い髪は白銀に染まっている。髪色と瞳を同じくし、喜怒哀楽をはっきりと顔に表す天宮羽衣がただ黙って目を閉じると、もはや見紛うことなく、彼女は中島基地の天女と瓜二つのクロンであった。

 天宮羽衣は立ったまま、観月を守り抜いて意識を失った。

 観月は強く抱きしめた。もしかしたら泣いていたかもしれない。

 けれど、

 後悔しても、

 自分の無力さを呪っても時間は遡れない。

 観月は守られたのだ。

 羽衣は盾となって、後方の彼らをあらゆる脅威から守り抜いた。

「博士……」無力なのは君だけじゃあない。そう言いたげに肩を叩いたのは、ジュリエットだった。

「羽衣を助けに来たはずの俺らが助けられた形になった。なんて道化だよ」

「いい。いまは喋らないで。いまのうちにゲートを開いて逃げよう」

「ごめん。きっと間に合わない」

「なにを――」

 腹に触れたジュリエットには気づかれただろう。

「腹をぱっくりやられたようだ。まあ、腹なのは不幸中の幸いだぜ。俺の皮下脂肪は伊達じゃない……」観月は気が遠くなるのを感じて、尻餅をつく。もはや立っていられなかった。自分の足が他人のように思うほど力が入らなかった。

「ああ、ヤバい。これなんか、やっぱヤバイかもしれないぜ、ジュリエット……」

「駄目だ。駄目だ駄目だ――。観月博士、眠ったら終わりだ」

 ジュリエットが取り乱している。はじめての光景だ。いつも振り回されるのは自分の役なのに、いまはジュリエットを振り回してやっている。それが愉快で、観月は笑いを堪えられなくなった。でも、腹に力が入らないから、変な呼吸をしただけだった。

「羽衣に託されたけど、俺ももう、リタイアっぽい」

「ぼくは、ぼくは……」ジュリエットがなにかを躊躇っている。この期に及んでまだ奥の手を隠しているらしいジュリエットは、本当に引き出しの深いやつだと感心した。ヴェロナ事件の深層まで見通した観月には、いまはその手の品を言い当てられそうだ。

「それは、使わなくて、いい」観月は最後の力を振り絞ってジュリエットの腕を掴んだ。「イノヴェーションズに、気づかれる。そう、なったら、いままで涙を飲んで演じてきた灰炎のジュリエットが台無しになってしまう」

 ジュリエットは青い瞳をまん丸にして、観月の頭の中まで覗き込もうとしているようだった。

「死に際に、こんなきれいな星を見られて、幸せ、かもな……」観月の目からハイライトが失われようとしていた。

 ジュリエットの叫び声も、もうほとんど彼には届いていなかった。

「君はこんなところで、まだ死んじゃあいけない人だ。きっと助けに来る。絶対に。今度こそ、二人を。だからいまは――、いまだけはこんな後悔を繰り返すだけのぼくを許してくれ」

「やめるんだ。ジュリエット……」観月が唇を動かす。もしかしたら、声になっていなかったかもしれないし、なっていてもジュリエットはきっと無視するだろう。

 これが本当の切り札。

 ジュリエットはこれまでの窮地ですら使わなかった最後のカードを切る。

 細い足を蹴り上げた。

 半テンポ遅れて、強烈な冷気が通り過ぎる。

「凍てつけ、氷結の焔〈アルテノラ〉」

 ジュリエットは、死に際の観月智一を、半永久的に時間が停止した、氷結の焔塊に閉じ込めた。

 それは手を触れると、表面は焔のように熱く、氷のように硬かった。

 思わず零れる涙と一緒に、ジュリエットは両膝から崩れ押した。

 ジュリエットは懺悔した。

「なんて馬鹿なやつだよ、ジュリエット。本当にお前ってやつは、戦えば戦うほど、人を不幸にする」

 重たい足音が鳴った。

 伝播した震動が身体を震わせる。もしかしたらそれは錯覚で、震えているのはジュリエット自身なのかもしれない。

「だけど、もしもあなたの愛を得られるのなら、ぼくはいっそ世界から命を狙われたってまだましだって思うんだ……」

 足音がさらにもう一つ。

 徐々に近づいてくる。

「恋はどんな危険も犯す。きっと、その愚かしさが人類を発展させたんだ」

 灰色の塵と雲の奥から、怪しげな赤い光が平行に一閃、輝いた。

「そこんところは同じなんだ。愚かだなんて、言ってくれないでよね」

 身を揺さぶるほどの咆哮が一瞬で霧を蹴散らした。

 破壊の限りを尽くされた銀河舞踏会の全貌が露わになり、ジュリエットの最後の相手も姿を現した。

 それは獣である。

 いや、獣と呼ぶには美しく、だれしもが女王の前にひれ伏す家臣のごとく支配を受け入れるだろう。

 暗色に近い緑の体毛に、研ぎ澄まされた大きな爪。

 ガントレットのような鱗に保護される前足からは、高温発光で赤い可視光を放つ前翼がある。しかし本当に恐ろしいのは、十メータ以上はある全長のほぼ半分を占める尻尾だろう。硬化させた体毛の棘の一本一本の長さはジュリエットの細い躰ほどもあり、あれで叩きつけられたら、と思うとぞっとする。

「前翼竜って言うからどんなのかと思えば、まあ大きなネコ科動物ってところかな」

 強がっては見せたものの、やはり勝機なんてこれっぽちも見当たらなかった。

 これに比べたら第二フェーズのドレス甲冑のほうがまだ楽だったかもしれない。

「死よ来たれ。ジュリエットの望みだ」ジュリエットは最後の戦いに相手を睨み付けた。眼光の鋭さなら負けないつもりだが、焔のレーピアを握りしめた手は震えてる。

 飛び込む勇気に一瞬の影を落としたとき、勝敗は決まった。

 アンドロメダと完全同化したコーディリアR3が、その大きな口を開いた。

 噛みつくわけではなく、地鳴りのような咆哮だった。

 それも、ただの咆哮ではない。

「指一本も動かせな――」

 ジュリエットが最後に見たのは、迫り来る、厚く、硬く、鋭いコーディリアR3の尾だった。

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