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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十三話(第一部最終回) 「不幸万歳! あとに残るは希望だけ : vs. Cordelia」
108/112

chapter 3


   3


 生存本能、というやつであろう。

 ジュリエットのなかの野性的な部分が、逃げろ、逃げろとアラートを鳴らしている。

 全神経が眼前の強大な敵に注力している。

 コーディリアをぐるりと囲うハロが、熱を帯びるように暗赤から輝赤へ、そして白熱色へと変化した。

「嫌な予感しかする気がない」

 その刹那である。

 コーディリアは重ねた両手から、光の柱とでもいうべき強力な光学誘導出力砲を放った。表面温度は摂氏一万度を超え、触れる物質すべてを蒸発させる破壊光線だ。

 ジュリエットはピンヒールブーストを点火。

 舞踏会場を大きく旋回して回避。

 コーディリアの光の柱は、舞踏会を溶かしながらジュリエットを追った。

 イノヴェーションズの被害も考えなし。

 それでもなりふり構っている余裕はなかった。

 熱線と爆音と轟音と、

 自慢の赤毛に埃がかかろうとも、いまは立ち止まることはできはしない。

 しかし、逃げるためだけに走っているわけじゃあない。

「そんな大技が長時間続くもんかっ」

 ジュリエットの読みどおり、コーディリアが放つ光の柱が急に細く、すぼまっていく。

「狙い目に祟り目」ジュリエットは華麗なステップで、勢いを最小限に殺さず方向転換。ヒールを甲高く鳴らしてジャンプ。狙ったのは、コーディリアの頭である。

 ジュリエットはコーディリアの頭部に取り付くと、得意の魔法をぶっつける。

「密集砲撃」作った拳を引いてから、いままでさんざんやられっぱなしの思いを込めて突き出した。「〈ファランクス〉」

 ゼロ距離砲撃がコーディリアの兜に炸裂。

 空気が一瞬で膨張・破裂した重たい振動数と、金属が高速でぶつかり合う甲高い音が混じり合って銀河舞踏会中を振るわせた。

 ジュリエットはコーディリアから距離をとって、着地。

「どうだっ。やったか――」

 コーディリアの顔面から灰色の煙が立ち上る――、がバイザの奥からコーディリアの閃光が平行に一閃輝くのみで、そのメットに凹みの一つない。

「嘘でしょ」

 どうやら、そうも言っている暇はないようだ。

 コーディリアの全身から白い蒸気が噴射する。火傷するほど熱い蒸気だ。すると白熱色にまで熱せられていたハロが、再び元の緑色へと短い波長の色に変化していた。

 冷却ののち、もう一度同じ技を使用するつもりであるらしい。

 そうそう何度も運良く逃げられる保証もない。

 あるはずのない策に頭をフル回転させていたジュリエットの頭の片隅で、自分を呼ぶ声を捕らえた。

「ジュリエット」観月が大声で叫んでいた。

「博士」

「俺に策がある。こっちへ」

 どうするつもりだ――、と問いかけている暇はなかった。

 コーディリアが二度目の放熱を行った。

 ハロの色を確認する限り、冷却は完了しているように思う。

 ジュリエットは床を滑るようにして観月の隣に並んだ。

 もちろん、コーディリアもその巨体の向きを変える。ジュリエットからロックオンは外さない。

「俺らの力を、お前に貸す」

「貸すって、なにを」

「あたしの作業領域と、トモは超通信の半分を負担してくれる」羽衣が苦しそうに、しかしせいいっぱいの元気で親指を立てた。

「うぃー……」

「そんな顔しないでよ。あたしの生まれのわけは、あんたのせいじゃあないでしょ」

「ぜんぶまるっと終わったら」ジュリエットは羽衣と観月の、二人の肩を抱き寄せた。「みんなで星を見に行こう」

「お前ってやつは」観月はこの状況で、はじめて本心で微笑んだ。「ああ、そうしよう」

「よっしゃ。やってやろうぜ」ジュリエットは胸を張って強大な敵に向き直る。「仲良し三人組の、合体技だー」

 ジュリエットは観月の手を握った。分厚い手のひらで、いまはびっしり汗を掻いている。たぶん、それは自分も同じだろうな、なんて危機的状況化あってどこか他人事な彼女の一部が笑っていた。それを認識する主たる人格もいて、案外、自分はまだまだ冷静なようだと安心する。

「わたしはあんたらの調整役に回るわ。別々の頭脳の伝送役をかってでるんだから、ありがたいと思いなさい」

「ミュセドーラス=アマダイン・モードのケーブルってこよだねっ」

「ジュリエット、言い方……」

「トモはあたしのリストからとっておきのスピルをクエリして。ジュリ恵にはレリースとエグゼ、つまりスーパ・アリステクノロジの担当。二人とも、オーケイ」

「ちょっと待って、それじゃ超通信の二工程が足りないよ」

「ジュリエット。お前には、俺らの世界が第二世界に昇格した技術がなにか、まだ伝えてなかったな」

「それじゃあ」ジュリエットは目を輝かせる。

「〈スーパシー〉より賜った称号は〈信仰の世界ヒダカミドウ〉。国家基幹技術はクエリとフェッチからなる〝弱値テレポート〟だ。俺の祈りが、不可能を可能にする。なにか不満でも」

「いいや、なんでもない」ジュリエットはにかっと笑った。

「それじゃあやりましょう。三人であのおしゃれ巨人を吹き飛ばしてやるわ」羽衣が二人の背を叩いた。

 ジュリエットは不思議な感覚を覚える。躰が膨張したような、広がりを感じたのだ。その広がりは、なにも触覚だけではない。不安や恐怖、ここ数時間、ずっと彼女の心を支配していた負の感情が消えていったのだ。ジュリエット個人の器から、もっと大きな水槽に移して薄めたように。

 たぶん、それは三人分の器である。

 負の感情は三分の一に薄まり、勇気は三乗で大きくなる。

 コーディリアR2は、ハロを白熱色になるまでエナジィをため込んでいる。あの強烈な光学誘導出力砲は自分たちに向けられ、いまにも解き放たれようとしているのに、目をそらさずに直視できる。

 四メートルを超える巨体も、そんなには大きくないかも、とさえ思った。

「いくよっ。わたしが選んだ魔法はこれ。戦略級魔法――」羽衣が魔法のリストからこれだと思うスピルを選択する。

 魔法――、つまり超通信現象とは、原因と結果からなる通常の現象の逆の順序を辿る技術と表現できる。まず、スーパアリス・テクノロジによって、超光速でミュセドーラス=アマダイン・モードを飛ばし、結果を未来に設置する。その未来に向かって、確率的にありえない経路を選択する技術が弱値テレポート。

 この組み合わせによって、魔法使いは確率論を支配する。

「いくぞっ」三人は声を合わせる。「舞台を揺るがせ。〈シェークシーン〉」

 謀られたかのように、コーディリアR2の光学誘導出力砲も放たれる。

 すべてを融解する太陽の砲撃が、しかし三人を避けるように直撃する寸前で二手に分かれたのだ。まるで彼女たちを守るように、不可視のレンズが光学誘導出力砲を屈折させているようだった。

 たしかに、目をこらせば空間が不自然にきらめていているのがわかる。

 それは分光によるプリズムではなく、空間そのものを歪曲させていた。

 戦略級魔法〈シェークシーン〉。

 開発コード名、リパルジョン・カノン――。

 たとえばゴム紐のように弾力のある平面を両端から引っ張ると、中央から遠い方がより広がりが大きい。これがゴム風船という三次元の場合なら、中央の平面がより薄く引き延ばされる。

 ジュリエットらが狙った〈シェークシーン〉の第一の効果は、まさにこの空間の希薄化だった。妙な言い方かもしれないが、〝空間そのものの体積〟を減らしてやれば、その場に占めるエナジィの密度も減少する。

 第二の効果は、空間の弾性力に蓄えられるエナジィだ。〈シェークシーン〉によって空間の任意の一点を限界まで引き合うと、この空間張力に同量で反対方向へ向かう力が発生する。

 簡単な話、ゴムを引っ張れば引っ張るほど、手を放したとき放たれる力は大きくなる、ということだ。

 これが防御と攻撃を兼ねたリパルジョン・カノン、〈シェークシーン〉の絶対無比の力。

 だが、ここで手を抜く生やさしい赤毛少女でない。

「集え、灼熱の焔――」呼ばれた光がジュリエットの拳に集中する。すると生まれる、彼女の新たな焔の矢。

「撃てぇ。ジュリエット――」

 二本指で銃を作ると、蓄えた大量の焔を解き放った。

「銀河の衝突。スター・ラヴバケーション」

 ジュリエット最大最強の大技、灼熱の石弩。

 コーディリアR2の光学誘導出力砲の閃光と合わさって、シャンデリアすら霞むほどの光がぶつかり合った。さらに、ジュリエットは引き絞った弓の弦を手放すように、〈シェークシーン〉による空間張力も同時に解き放つ。

 空間に蓄えられた弾性力によって、光学誘導出力砲もろとも空間が反動でマイナス方向へ力が働く。

 コーディリアR2は、空間ごと弾き返された太陽の砲撃と、ジュリエットの灼熱の弩弓を同時に受け止めた。

 圧縮した巨大な爆風そのものに襲われているようなものである。

 四メートルのドレス甲冑がじりじりと押され、彼女はR2を顕現してはじめて後退する。

 暴力的な熱風がジュリエットの赤い頭を撫でる。

 これが通じなかったらどうしようもない――。

 現状、考え得る最大最強の妙案。

 けれど……。

 一瞬の思考が永遠に引き延ばされる感覚のなか、ジュリエットは一つ――、たった一つだけの懸念があった。

 もし仮に、銀河舞踏会のスループットが改善されていたら……。

 彼女達を取り囲むのは、空気が焦げるほどの高温の空間。

 その外側は、ワルキューレの力を制御しきれない羽衣が生み出した白銀の龍。

 舞踏会を成す闘技場は半壊し、トルネードが過ぎ去った街のような光景。

 イノヴェーションズの面々は、それでも〈エレガントキメラ〉のR2の戦闘を観察するまたとない機会と思うのか、銀河舞踏会から撤退の意思を見せずとどまった。

 その彼らの、さらに外側は、息をのむほど美しい銀河色の天井――。

「……まずい」ジュリエットは、今度こそ背筋を凍らせて叫んだ。「こんなことしている場合じゃあない。一刻も早く逃げるん――」

 鬼に躰をわしづかみされたような、戦慄した恐怖。

 恐る恐る振り返ると、コーディリアR2は漆黒の渦に取り巻かれていた。

 ジュリエットのスター・ラヴバケーションと〈シェイクシーン〉によって弾き返した光学誘導出力砲は、その渦に進行を阻まれている。

「アップデートされていたんだ……。ぼくがどんなスピルを顕現しようと、それすら許容できるほど銀河舞踏会が完成されていたんだ……」

「なんだって」暴風のなか、観月が大声で聞き返す。

「つまり――」ジュリエットは言葉にしたくなかった。すればそれが現実になってしまうようで、しかしそんなものは浅はかな妄想でしかない。

 望もうが望むまいが、否応にも地上最強の生物は、数万年の時を超えて完全体を顕現するのだから。

「R3だ――」

 瞬間、三人は嵐の中の小枝のように吹き飛んだ。

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