chapter 1
Aパート
1
ジュリエットは悪化する状況の整理に迫られた。
問題の第一は、3.5次元の情報処理に頭脳がクラッシュ寸前の天宮羽衣。一刻も早く、彼女を通常空間に連れ戻したい。が、そうなるとつぎの問題が未解決のまま残される。
第二に、観月らの世界の安全保障である。〈スーパシー〉傘下の第二世界として、彼らの世界の位置情報はイノヴェーションズに公開されている。ならば、イノヴェーションズは自由に観月らの世界へ門を開き進軍することができるのだ。
最後に、コーディリアの問題。アンドロメダを目当てにイノヴェーションズに謀られていることに気づいていない。もしかしたら、彼女の性格上、気にもとめないかもしれない。最悪の場合、アンドロメダの力がイノヴェーションズに吸収されてしまう。
どうすべきか。
背後の羽衣は小さな躰を振るわせ、観月はそんな彼女を強く抱きしめている。
眼前のコーディリアは、R1状態。アンドロメダを身の丈もある分厚い大剣に状態化し、剣先を床に、独特の構えをとっている。
イノヴェーションズも、羽衣の記憶の並列化を強要する白銀の龍に混乱しているも、代表CEOは席を立つ気はないようだ。
となれば……。
「コーディリア。アンドロメダを銀河舞踏会にもってきちゃあだめだ。悪いことは言わない。いまは大人しく帰るんだ」
コーディリアの説得が、まず第一手。
「下手な命乞いね、灰炎のジュリエット」
「そうじゃない。イノヴェーションズが君のアンドロメダを狙っているんだ。おかしいだろう。あの慎重なハムレットがこんな状況でも撤退しない理由はなんだ。アンドロメダを奪うためだ」
「なら六世界技術連携協定を破棄して、イノヴェーションズを相手にするまでよ」
「こぉんの。分からず屋がッ」ジュリエットは強攻策に出た。「集え、灼熱の焔――」
「遅い」コーディリアが大剣を掲げると、大剣は見上げるほどに巨大化する。
「な――っ」
「ブっつぶれろー」
振り下ろされたコーディリアの大剣に、客席までもお構いなしに破壊する。
地響きにも似た轟音と、衝突の瞬間に飛び上がるほどの縦揺れが起こった。
驚異的な破壊力――、しかし文字通りの大ぶりだ。
ジュリエットがこれを避けきれないわけがなく、ピンヒールを点火させると飛び上がり、空中で再点火。急速滑空する形で、焔のレーピアをもってコーディリアに刺突をしかけた。
が、コーディリアは力任せに巨大なアンドロメダを横凪に払う。観客席も、照明も、大鷲のような屋根も、あらゆるものがアンドロメダに食い荒らされるように粉砕。回避不可能な空中で、ジュリエットは迫り来るアンドロメダの剣の腹を蹴って回避した。
「なんて破壊力だ……」ジュリエットは唖然とする。アンドロメダにかかれば、ものの二振りで闘技場が半壊だ。「ぼくですらここまではやらないよ」
「逃げてばかりでは勝機はなくってよ」コーディリアは再び、天を突くようにアンドロメダを掲げ、振り下ろそうとしている。
あのすべてを呑み込む破壊力の前には、いかなる盾も意味を成さない。だが、この銀河舞踏会で、ゆいつアンドロメダの大剣ですら破壊できない人工物がある。
「つぎはどうやって逃げる、灰炎のジュリエット」
「大振り王女様には氷の塊が目に入らないのかなっ」
そう、ジュリエットの氷結の焔塊を利用した。恋人なのかでないのか、いまも真実は不明であるが、ともかく傍若無人という意味ではジュリエットも大差ない彼女はロメオを盾に使ったのだ。
ジュリエットを追ってアンドロメダの剣先が動く。振り下ろされた刀剣は、氷結の焔塊に触れる瞬間、イノヴェーションズが設置した光学系シールド〈アマデウスの盾〉が衝撃を自動感知して展開する。
「耐えられるか――」ジュリエットは〈アマデウスの盾〉の下で豪雨を耐え凌ぐように身を縮めた。
光学系のシールドは衝撃力を光に相転移することで、対象物を保護する仕組みである。
視界いっぱいに広がる強烈な閃光に、だれもが一瞬、ホワイトアウトで視覚を奪われる。
ジュリエットは両手で目をかばう。
頼れるのは聴覚だけだった。その耳に、ガラスが割れるような高い周波数が届く。
「そんな――」
光学系シールドがガラスのように砕ける悲劇の音に目を開く。第二世界最高の技術で造られた〈アマデウスの盾〉は、単純な質量攻撃ならば破壊不可能なはずなのに。
そこでジュリエットが目にしたのは、いままさにアンドロメダで斬りかかろうとするコーディリアの姿だった。
「なっ――。〈ケロネー〉」ジュリエットのシールドの展開は間に合わなかった。水面の表層に張った薄い氷の膜のように突き破られ、ジュリエットは焔のレーピアでアンドロメダを受け止めた。
巨人が打ち下ろした巨大なハンマー。そんな圧迫感だった。
腰が砕けそうだ。
刹那でも力を抜けば、躰が二つ折りにされるすさまじいパワー。
コーディリアは物語に登場する王女様にあるまじき悪い顔で笑った。鍔迫り合いに彼女は顔を寄せ囁く。
「ずいぶんと余裕なさそうね。淑女は片時も微笑を絶やさずよ。灰炎のジュリエット」
「君の微笑はちょっと怖いけど」
「減らないのは憎まれ口だけのようね。なら、それすらもだせない、筆舌に尽くしがたい力をみせてさしあげてよ」
ジュリエットはアンドロメダから噴射する圧力に躰を押されるのを感じた。
コーディリアの躰が、漆黒の渦に包まれる。
これはアンドロメダのさらなる力の解放の前兆だ。
絶望に砕ける腰に必死に力を込め、震える足はレーピアを杖替わりに耐え、ジュリエットは奥歯をかみしめた。だが、矮小な人間の勇敢さなど小指ほどの力ですらない、と嘲笑うかのようにコーディリアはアンドロメダの第二フェーズを披露する。
エドマンドのR2と同様、その姿は全長四メートルを超える甲冑を着込む巨人。だが禍々しさはなく、むしろを若草のような鮮やかな緑を基調としたドレス甲冑は煌びやかでさえあった。
宝石で設えたような光沢のあるスカート状の長い腰当てに、
鳳仙花のようにトランペット型に花開くガントレット。
特徴的なのは、天使の輪のような後光のハロが、彼女を中心に半円を描いて輝いていることである。猛禽類が獲物を狙い羽ばたく瞬間、美しく大きな翼を広げた姿に似ている。だからジュリエットは、彼女を前に、自分が被捕食者であることを否応にも思いさらされるのである。
「コーディリアR2――」




