戦えなくても、役には立てる
翌朝。
ソーマが冒険者ギルドへ着くと、レオンとリナはすでに入口近くで待っていた。
「遅い」
リナが腕を組んで言う。
「集合時間5分前だけど」
「私は10分前に来てた」
「それはリナが早いだけだろ」
レオンが苦笑しながら間に入る。
ソーマは昨日ギルドから借りた大きめの革袋を肩へ掛け直した。
中には水と干し肉、それから素材回収用の袋がいくつか入っている。
昨日までの街中の仕事と違い、今日は森へ入る。
初日にゴブリン3匹へ囲まれた場所と同じ方向だ。
そう思うだけで、少しだけ緊張した。
「顔硬いぞ」
レオンに言われる。
「森、あんまりいい思い出ないんで」
「今日は1人じゃない」
「それは助かる」
「あと、無理に戦おうとするなよ」
念を押される。
「昨日も言われました」
「大事だから何回でも言う」
リナも頷いた。
「ソーマは後ろ見てて。何か変だと思ったらすぐ言って」
「わかった」
役割ははっきりしている。
レオンが前衛。
リナが後衛。
ソーマは荷物持ち兼、後方警戒。
派手ではない。
でも自分にできることがある。
それだけで、初日に1人で森へ入った時とは気持ちが違った。
◇
街を出てしばらく歩くと、石畳の街道が少しずつ細くなり、やがて土の道へ変わった。
森の入口へ近づくにつれて、木々が増えていく。
レオンは先頭を歩きながら、ときどき足跡や折れた枝を確認していた。
「この辺から気をつけろ」
「もう魔物出るの?」
ソーマが聞く。
「出る可能性はある。今日の目的地は森の外縁だから、深いところまでは行かないけどな」
リナは杖を持ったまま周囲を見回す。
「昨日、ここより少し北で魔物の死骸が何体か見つかったらしいわ」
「死骸?」
「魔物同士で争った跡みたい」
だから素材回収と調査なのか。
ソーマは後方を確認しながら歩く。
《警戒 Lv1》
意識すると、何か危険が近づいた時だけ、背筋の奥に薄い違和感が走る。
常に敵の位置がわかるような便利な能力ではない。
何もいない時には、本当に何も感じない。
だからこそ、感覚が来た時には注意する必要がある。
しばらく歩いたところで、ソーマが足を止めた。
「待って」
レオンもすぐ止まる。
「何かいたか?」
「いや……」
ソーマは後ろを振り返った。
木々。
茂み。
何も見えない。
ただ、ほんの少しだけ嫌な感じがする。
「後ろ、何かいるかも」
リナが杖を構えた。
レオンは前へ出ず、ソーマの横まで戻ってくる。
3人でしばらく待つ。
茂みが揺れた。
ソーマの身体が強張る。
しかし現れたのは、角の生えた小さな鹿のような魔物だった。
こちらを見るなり、すぐ森の奥へ逃げていく。
「……あれも魔物?」
「ホーンラビット」
リナが答える。
「草食だから基本的には襲ってこないわよ」
「ウサギなのに鹿みたいだったけど」
「角があるから」
説明になっているような、なっていないような気がする。
レオンが笑った。
「でも警戒が反応したんだろ?」
「少しだけ」
「敵意まではわからないってことか」
「たぶん」
また1つ、自分のスキルについてわかった。
《警戒》は危険だけではなく、近くにいる生物の動きにも多少反応するのかもしれない。
ただし、敵かどうかまでは教えてくれない。
「便利だけど、過信はできないな」
レオンが言う。
その通りだった。
◇
森へ入って1時間ほど。
レオンが前方で手を上げた。
「止まれ」
声が低い。
ソーマも足を止める。
リナが横から覗く。
少し先の木の根元に、大きな獣が倒れていた。
狼に似ている。
ただし身体は普通の狼より遥かに大きく、牙も異常に長い。
「フォレストウルフね」
リナが言った。
レオンが近づき、剣の先で身体を軽く触る。
反応はない。
「死んでる。時間もそんなに経ってないな」
ソーマも少し近づく。
正直、あまり見たくない。
魔物とはいえ、死体だ。
血も流れている。
初めてゴブリンの死体を見た時ほどではないが、まだ慣れない。
レオンが傷を確認する。
「牙じゃない。爪か?」
「もっと大きい魔物にやられた?」
リナが周囲を見る。
「可能性はあるわね」
依頼内容は、こうした魔物の死骸から使える素材を回収し、種類と数を報告することだった。
レオンが短剣を取り出す。
「牙と爪を取る。毛皮は傷みすぎてるな」
ソーマは少し離れて見ていた。
素材回収は、正直自分にはわからない。
どこを切ればいいのか。
何が価値になるのか。
何も知らない。
そこでふと思った。
《仕分け》。
試しに意識してみる。
だが、何もわからない。
牙。
爪。
毛皮。
どれが高いのかも、どこが使えるのかも見えない。
「やっぱりダメか」
「何が?」
リナが聞く。
「いや。知らないものは見分けられないんだなと思って」
ソーマはレオンの作業を見た。
「その牙と爪は使えるんですか?」
「ああ。欠けてないものだけな」
「欠けてないもの……」
基準を聞いた瞬間、感覚が少し変わった。
レオンが取り外した牙を何本か並べる。
ソーマには、その中の1本だけが妙に気になった。
「これ、先端欠けてない?」
レオンが確認する。
「ほんとだな」
「こっちは根元にヒビ入ってる」
「よく見えるな」
一度「何を基準に分けるのか」を教えられれば、《仕分け》が働く。
薬草の時と同じだった。
「使えるものと、使えないものを分けるくらいならできそう」
「それ助かるわ」
リナが言う。
「回収してからギルドで弾かれる素材、結構あるのよ」
ソーマは少しだけ嬉しくなった。
戦えなくても、やれることはある。
◇
その後も森を進み、魔物の死骸を3体見つけた。
小型の猪に似た魔物。
鳥型の魔物。
さらに別のフォレストウルフ。
レオンが素材を回収し、ソーマが状態を見ながら分ける。
使えるもの。
傷んでいるもの。
割れているもの。
腐敗が始まっているもの。
知らない素材の価値まではわからない。
でも基準を教えてもらえば、状態の違いはかなり見分けやすかった。
回収した素材は、次々とソーマの革袋へ入っていく。
「まだ持てる?」
リナが聞く。
「全然」
そう答えてから、ソーマは自分でも少し驚いた。
袋はすでにかなり重い。
現実世界なら、肩へ食い込んでいてもおかしくない。
だが《運搬》のおかげで重心を調整しやすく、《重量軽減》も効いている。
もちろん軽いわけではない。
それでも、想像していたほど辛くなかった。
「それ結構入ってるわよ?」
「重いけど、持てる」
レオンが革袋を持ってみる。
「……普通に重いぞ」
「やっぱり?」
「お前、本当に荷物持ち向いてるな」
褒められているのか微妙だった。
「冒険者としてそれでいいのかな」
「役に立ってるんだからいいだろ」
レオンはあっさり言った。
ソーマは少しだけ黙る。
その言葉は、思ったより嬉しかった。
◇
昼を少し過ぎた頃。
3人は森の中で簡単に休憩を取ることにした。
パンと干し肉。
水。
銀鹿亭の食事よりさらに質素だったが、森の中で食べると不思議と悪くない。
「ここまで順調ね」
リナがパンをちぎりながら言う。
「魔物にも会ってないし」
「それ言うと出そうだからやめて」
ソーマが言うと、レオンが笑った。
「縁起でもないな」
「初日3匹出たんだから慎重にもなるって」
「それはそうね」
休憩を終え、再び歩き始める。
しばらくして、森の奥から低い音が聞こえた。
何かが木へぶつかったような音。
レオンが即座に剣へ手を掛ける。
リナも杖を構えた。
ソーマの背筋に、はっきりとした嫌な感覚が走った。
さっきのホーンラビットとは違う。
強い。
明確に危ない。
「前!」
声が出た。
レオンが一歩横へ動く。
直後。
前方の茂みから巨大な影が飛び出してきた。
猪。
いや、猪に似ているが大きさがおかしい。
肩の高さがソーマの腰近くまである。
口元からは長い牙。
「アイアンボア!」
リナが叫ぶ。
魔物は勢いを落とさず、そのままレオンへ突っ込んでくる。
レオンは真正面から受けない。
横へ避けながら剣を振り、魔物の肩へ刃を当てた。
「浅い!」
血は出た。
だが止まらない。
アイアンボアは数m先で急停止し、こちらへ身体を向け直す。
「ソーマ、下がれ!」
言われるまでもない。
ソーマは素材袋を抱えたまま、木の後ろへ下がる。
リナが杖を前へ向ける。
「レオン、避けて!」
火球が飛ぶ。
アイアンボアの横腹へ直撃。
炎が弾ける。
「グオォッ!」
魔物が叫ぶ。
それでも倒れない。
「硬っ……」
思わず声が漏れる。
初日に見たゴブリンとはまったく違う。
レオンが剣を構える。
「正面は硬い! 横から狙う!」
アイアンボアが再び突進する。
今度はリナへ向かっている。
《警戒》が強く反応した。
「リナ!」
ソーマが叫ぶ。
リナも気づき、横へ飛ぶ。
しかし魔法を撃った直後で動きが遅い。
間に合わない。
そう思った瞬間、レオンが横から飛び込み、剣の腹で魔物の頭を叩いた。
軌道がわずかにずれる。
アイアンボアがリナのすぐ横を通り抜け、木へ激突した。
轟音。
木の幹が揺れる。
「今!」
レオンが叫ぶ。
リナがすぐに杖を向ける。
火球。
今度は無防備になった脇腹へ直撃した。
レオンも同時に踏み込む。
剣が首元へ入る。
アイアンボアの巨体が大きく揺れ、そのまま地面へ倒れた。
◇
しばらく誰も動かなかった。
ソーマは自分の心臓がうるさいくらい鳴っていることに気づく。
怖い。
直接戦っていないのに、手には汗をかいていた。
レオンが魔物の状態を確認する。
「……倒した」
リナが息を吐いた。
「ほんと、硬いわね」
ソーマもゆっくり近づく。
「これ、Eランクで出ていいやつ?」
「単体ならEくらい」
レオンが答える。
「でも突進食らったら普通に大怪我する」
やっぱり怖い。
「さっき助かったわ」
リナがソーマを見る。
「え?」
「声かけてくれたでしょ。私、魔法撃った直後だったから気づくの遅れた」
《警戒》。
自分では敵を倒せない。
それでも、仲間へ危険を伝えることはできる。
「役に立った?」
「立った」
リナは素直に頷いた。
レオンも笑う。
「だから言っただろ。戦うだけが役割じゃない」
ソーマは倒れたアイアンボアを見る。
初めて、自分がパーティの一員として冒険した気がした。
◇
アイアンボアから素材を回収すると、荷物は一気に増えた。
牙。
皮。
肉の一部。
特に皮が重い。
「これ全部持つの?」
ソーマが聞く。
「持てる分だけでいい」
レオンが言う。
ソーマは試しに袋を持ち上げた。
重い。
かなり重い。
それでも、《重量軽減》が働く。
身体への負担が少しだけ減る。
《運搬》で持つ位置を調整する。
「……いけそう」
「マジ?」
リナが驚く。
「無理なら置いていくわよ?」
「まだ大丈夫」
結局、かなりの量を持ち帰ることになった。
帰り道。
レオンとリナは前を歩き、ソーマは後ろからついていく。
肩は痛い。
腕も疲れている。
それでも歩ける。
ふと、初日に同じ森を1人で歩いたことを思い出した。
あの時は、何も知らなかった。
武器もない。
仲間もいない。
スキルについても理解していない。
今は違う。
自分が何をできるのか、少しずつわかってきている。
まだ戦えない。
それでも。
「……ちゃんと冒険者やってるな」
思わず呟いた。
前を歩くリナが振り返る。
「何か言った?」
「いや、なんでもない」
ソーマは重い革袋を背負い直した。
初めてのパーティ依頼。
少なくとも、荷物持ちとしては合格らしかった。
【登場人物紹介】
■ 相馬 悠真/ソーマ
本作の主人公。大学2年生。
学費や生活費を稼ぐため、授業の合間にさまざまな単発バイトをしている苦学生。
現実世界では「悠真」。
異世界では「ソーマ」と名乗っている。
黒髪で、身長は平均より少し高い程度。体格は細身だが、日頃の単発バイトのおかげで見た目以上に身体は動く。
異世界では、生成り色のシャツに濃い色のズボン、革靴という簡素な新人冒険者らしい格好。
腰にはガルドから譲られた、使い込まれた古いナイフを下げている。
現実世界で一定時間経験した仕事が、異世界ではスキルとして発現する特殊な力を持つ。
現在はFランク冒険者。
主なスキル
《運搬 Lv1》
《仕分け Lv1》
《警戒 Lv1》
《重量軽減 Lv1》
戦闘はまだほとんどできないが、荷物運びや素材の選別、周囲の警戒などで少しずつ冒険者らしくなってきている。
■ レオン
Dランク冒険者。
年齢は20歳前後。
金色に近い明るい茶髪で、少し無造作に短く切っている。
身長は高めで、細身ながらもしっかり鍛えられた体格。
動きやすさを重視した革鎧を身につけ、腰には片手剣。
戦闘では前衛を担当する。
ソーマが初めて森でゴブリンに襲われた際に助けてくれた冒険者。
明るく気さくで、細かいことはあまり気にしない性格だが、戦闘になると周囲をよく見ている。
ソーマの《警戒》や荷運び能力を評価しており、戦えないからといって役に立たないとは考えていない。
■ リナ
Eランク冒険者。
年齢は18〜19歳ほど。
赤みのある栗色の髪を肩口で切り揃えている。
瞳は淡い緑色。
小柄で華奢に見えるが、冒険者として森を歩き慣れているため足取りはしっかりしている。
深い緑色のローブに革製のブーツを合わせ、木製の杖を持つ。
戦闘では後衛から火属性を中心とした魔法を使用する。
ソーマが丸腰で森へ入ったことを知り、最初はかなり呆れていた。
少し口は厳しいが、危険なことをするソーマを放っておけない性格。
レオンと行動することが多い。
■ ガルド
街で武器屋を営む店主。
年齢は50歳前後。
元Cランク冒険者。
坊主頭に太い眉。
左頬には、昔の冒険者時代についた大きな傷跡が残っている。
背が高く、肩幅も広い。
現役を退いた今でも、腕や胸板にはかなりの厚みがある。
革製の前掛けを身につけ、店では武器の手入れをしていることが多い。
見た目も声も怖く、口調もかなりぶっきらぼう。
金がなく武器を買えなかったソーマに、昔自分が使っていたナイフを譲った。
本人は否定するだろうが、かなり世話焼き。
■ 冒険者ギルドの受付嬢
ソーマの冒険者登録を担当した女性。
年齢は20代前半。
栗色の長い髪を後ろでまとめている。
白いブラウスに紺色のベスト、長いスカートというギルド職員らしい落ち着いた服装。
派手さはないが、整った顔立ちと柔らかな笑顔が印象的。
普段は穏やかだが、新人冒険者が無茶をすると少し口調が強くなる。
Fランクのソーマに何度も安全第一で行動するよう忠告している。
依頼や街の情報など、ソーマが異世界で生活するうえで何かとお世話になっている人物。
名前はまだソーマが聞いていない。
■ 銀鹿亭の女将
ソーマが異世界で利用している安宿「銀鹿亭」の女将。
40代後半ほど。
茶色の髪を後ろで大雑把にまとめた、体格のいい女性。
袖をまくったシャツに厚手のエプロン姿が基本。
声も大きく、細かいことを気にしない豪快な性格。
銀鹿亭はかなり年季の入った宿で、床は軋み、壁は薄く、ベッドは藁を詰めただけ。
食事も豪華とは言えない。
それでも、新人冒険者や金のない旅人にとってはありがたい寝床になっている。
商売にはしっかりしており、安くはしてくれない。
■ 悠真の大学の友人
現実世界で悠真と同じ大学に通う友人。
年齢は悠真と同じ大学2年生。
短めの黒髪で、服装はパーカーやスニーカーなど、ごく普通の大学生らしい格好。
明るく話しやすい性格。
悠真が頻繁に単発バイトをしていることは知っており、カラオケへ誘ったり、働きすぎを心配したりしている。
当然ながら、悠真が週末に異世界へ行っていることは知らない。
悠真にとって、現実世界側の「普通の日常」を象徴する人物。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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