初めてのパーティ依頼
金色のオブジェを荷車へ載せ終えたあとも、引越し作業はしばらく続いた。
とはいえ、あれ以上に重い物はなかった。
残っていたのは大きな机や本棚、衣装箱などが中心で、ソーマにとっては現実世界の引越しバイトで扱ったことのある物ばかりだった。
もちろん、こちらの家具は日本のものより遥かに重い。
木材そのものが厚く、金属の装飾までついている。
それでも《運搬》と《重量軽減》を意識すると、最初の頃より明らかに身体への負担が少なかった。
「ソーマ、そっち持てるか?」
「はい。もう少しこっち寄せてもらえます?」
「これくらい?」
「それで大丈夫です」
2人で大きな木箱を持ち上げる。
《運搬》で持ちやすい位置がわかり、《重量軽減》のおかげで実際の重さより少しだけ楽に感じる。
ほんのわずかな違い。
それでも長時間作業になると、その差はかなり大きかった。
作業が終わる頃には、他の冒険者たちは腰や肩を押さえている者が多かった。
ソーマにも疲労はある。
けれど、現実世界で引越しバイトを2回こなした時と比べれば、まだ余裕があった。
「兄ちゃん、意外とやるな」
最初に隣で金色のオブジェを持っていた大柄な冒険者が声をかけてきた。
「見た感じ細いのに、最後まで全然ペース落ちなかったじゃねえか」
「持ち方にコツがあるんです」
「コツだけであれは無理だろ」
笑われた。
ソーマ自身も、少しだけそう思う。
今までなら、仕事に慣れているからとしか言えなかった。
だが今回は違う。
はっきりとスキルが働いている実感があった。
◇
すべての荷物を運び終えると、依頼主側の責任者が冒険者たちを集めた。
「破損なし。紛失なし。予定より早く終わった」
そう言って、1人ずつ完了証明を渡していく。
ソーマが受け取ろうとしたところで、責任者の手が少し止まった。
「君はあの金細工を運んでいた者だな」
「はい」
「途中で随分うまく支えていた。経験があるのか?」
「現実……じゃなくて、似た仕事をしたことがあります」
危うく余計なことを言いそうになった。
責任者は特に気にした様子もなく頷く。
「そうか。あれは見た目以上に重い。落とされたらこちらも困るところだった」
「ですよね……」
値段を聞く勇気はなかった。
純金ではないにしても、相当な金額なのは間違いない。
「今後も同様の依頼があれば、ギルド経由で指名するかもしれない」
「指名ってあるんですか?」
「腕がわかっている者を使う方が安心だからな」
なるほど。
現実世界でも、同じ単発先で何度か働くと声をかけられることがある。
世界が違っても、その辺りは似ているらしい。
「ありがとうございます」
完了証明を受け取り、ソーマは屋敷をあとにした。
◇
冒険者ギルドへ戻り、受付へ完了証明を出す。
「お疲れ様でした、ソーマ様」
受付嬢が内容を確認すると、銅貨60枚の入った革袋を差し出した。
「こちらが報酬になります」
「60枚……」
受け取った瞬間、ずしりとした重さが手に伝わる。
前回の薬草採取より20枚も多い。
しかも今回は魔物に襲われていない。
「街中の仕事の方が稼げるんじゃないですか?」
思わず聞くと、受付嬢が笑った。
「今回は貴族家からの依頼でしたから、かなり条件が良かったんですよ。毎回この金額ではありません」
「ですよね」
そんなに都合のいい話はないらしい。
ソーマは革袋を見ながら、ふと疑問に思った。
銅貨10枚で銀貨1枚。
それなら、銀貨6枚で渡した方が軽いはずだ。
「これ、銀貨じゃないんですね」
「低ランク向けの依頼は、基本的に銅貨でお渡しすることが多いんです」
「そうなんですか?」
「はい。FランクやEランクの方は、宿代や食費、日用品などで細かく使うことが多いでしょう? そのたびに銀貨を崩すより、最初から銅貨で受け取った方が便利なんです」
「なるほど……」
確かにそうだった。
パンは銅貨3枚。
串焼きは5枚。
安宿でも30枚。
低ランク冒険者に必要なのは、大きな金額よりも日々の生活費だ。
「昔からそういう慣わしになっています」
受付嬢がそう付け加える。
ソーマは革袋を軽く持ち上げた。
「重いけど、使いやすい方がいいってことか」
「そういうことです」
世界が違っても、金の使いやすさまで考えられているらしい。
「これなら今日はちゃんと飯食えるな……」
「また食事の心配ですか?」
「大事ですよ」
「否定はしませんけど」
受付嬢が苦笑する。
ソーマが革袋をしまおうとすると、受付嬢が思い出したように言った。
「そういえば、レオンさんとリナさんが先ほどソーマ様を探していましたよ」
「俺を?」
「はい。戻ってきたら声をかけてほしいと」
「何だろ」
何か約束していた覚えはない。
ゴブリンの調査に進展でもあったのだろうか。
その答えはすぐにわかった。
「いた!」
後ろから声が飛んでくる。
振り返ると、リナがこちらへ歩いてきていた。
その後ろにはレオンもいる。
「何してたの?」
「仕事」
「見ればわかるわよ」
「貴族の引越し」
リナが少し意外そうな顔をした。
「また荷物運んでたの?」
「今のところ1番得意だから」
レオンが笑う。
「すっかり荷運び専門だな」
「冒険者って何でしたっけ」
「依頼受けて金もらう仕事だろ。別に魔物倒すだけが冒険者じゃない」
それを聞いて、ソーマは少し安心した。
戦闘ができなくても、冒険者としてできる仕事はある。
むしろ今の自分には、そちらの方が向いている気がする。
「で、俺探してたって聞いたけど」
「ちょうど良かった」
レオンが手に持っていた依頼書を見せた。
「明日、俺たちと依頼に行かないか?」
「……俺が?」
思わず聞き返す。
「そう」
リナが答える。
「ちょっと人手が欲しいの」
ソーマは依頼書を見る。
【森の外縁部における魔物素材回収】
Eランク推奨。
複数人推奨。
報酬は参加人数で分配。
森。
その文字を見た瞬間、初日にゴブリン3匹へ囲まれた記憶が蘇った。
「……森なんだ」
「その顔やめなさいよ」
「いや、いい思い出ないから」
「今回は私たちがいるでしょ」
それはそうだ。
レオンはDランク。
リナはEランク。
初日のゴブリン3匹など、2人にとってはほとんど敵になっていなかった。
「何する依頼なんです?」
ソーマが聞く。
レオンが依頼書を指で叩いた。
「最近、森の外縁で魔物同士の縄張り争いが増えてるらしい。倒された魔物の素材を回収して、数や種類を調べる依頼だ」
「討伐じゃない?」
「基本はな」
基本は。
嫌な言葉だった。
「魔物に遭遇したら?」
「俺とリナが戦う」
「俺は?」
「荷物」
即答だった。
リナも当然のように頷く。
「素材を持って帰る人が必要なの。私たち2人だけだと、倒した後に持てる量が限られるから」
「なるほど……」
それなら自分にも役割がある。
《運搬》
《重量軽減》
さらに《警戒》。
むしろ今のスキル構成なら、かなり相性のいい依頼かもしれない。
「ただ」
レオンの表情が少し真面目になる。
「昨日までよりは危険だ。森の浅い場所だけど、魔物が出る可能性は普通にある」
ソーマは黙った。
怖くないわけではない。
初日に感じた恐怖はまだ覚えている。
棍棒を脇腹へ食らった感触も。
短剣が身体のすぐ横を通ったことも。
あの時は本気で死ぬと思った。
「無理なら断っていいわよ」
リナが言った。
「荷物持ちなら他にもいるし」
挑発しているわけではなさそうだった。
本当に選ばせてくれている。
ソーマは少し考える。
街の仕事だけでも金は稼げる。
無理に危険な場所へ行く必要はない。
ただ。
自分は一応、冒険者になった。
それに、《警戒》がパーティの中でどこまで使えるのかも知りたい。
《重量軽減》も、貴族の引越し以外の場面で試してみたい。
何より。
レオンとリナがいる。
初日のように、1人ではない。
「行きます」
そう答えた。
レオンが笑う。
「決まりだな」
リナは少しだけ意外そうな顔をした。
「もっと嫌がると思った」
「嫌だけど」
「じゃあ何で行くのよ」
「俺にもできることありそうだから」
その言葉に、リナが少しだけ笑った。
「それならちゃんと働いてもらうからね」
「報酬分は」
「そこなの?」
「大事だろ」
レオンが声を上げて笑った。
◇
3人はギルドの食堂へ移動した。
明日の依頼について、簡単な打ち合わせをする。
集合は朝。
森へ入る前に水と食料を準備する。
素材を持ち帰るための袋はギルドから貸し出されるらしい。
移動中の隊列は、レオンが前。
リナが中央。
ソーマは後方。
「俺、後ろなんだ」
「荷物持つ奴が前にいたら邪魔だろ」
「確かに」
「それだけじゃないわよ」
リナが続ける。
「後ろから来るものも見てもらいたいの」
「俺が?」
「《警戒》があるんでしょ?」
ソーマは少し驚いた。
「知ってたの?」
「あの日、何回も攻撃される前に避けてたじゃない」
レオンも頷く。
「正確に何が来るかわからなくてもいい。危ないと思ったら声を出せ。俺が前を見る。リナは魔法を使う時に周り全部を見る余裕はない」
「なるほど……」
自分のスキルが、初めてパーティの役割になる。
今までは、自分1人が生き残るために使ってきた。
今度は誰かの役に立つかもしれない。
そのことが少し嬉しかった。
「あと荷物」
リナが付け加える。
「大量に持ってもらうから」
「そっちが本命か」
「もちろん」
やっぱり荷物持ちだった。
◇
打ち合わせが終わる頃には昼を過ぎていた。
ソーマはせっかく報酬も入ったので、市場へ向かった。
今日は少しくらいまともなものを食べたい。
肉の入ったシチュー。
銅貨18枚。
初日の自分なら、値段を見ただけで諦めていた。
今日は払える。
少しだけ迷ってから注文した。
出てきたのは、大きめに切られた野菜と肉が入った熱いシチュー。
パンも1切れついている。
「……ちゃんと飯だ」
初日に食べた薄い豆のスープとは全然違う。
肉を口へ入れる。
柔らかい。
塩気もある。
野菜にも味が染みている。
「うま……」
思わず笑ってしまった。
たった数日前。
銅貨12枚を全部使って、硬い黒パンと薄い豆のスープを食べていた。
今日は18枚の食事を、自分で選んで注文できる。
大した違いではない。
それでも、少しずつ生活が良くなっている実感があった。
食べ終えると、ソーマは革袋の中身を確認する。
貴族の引越し依頼で銅貨60枚。
シチューで18枚。
このあと銀鹿亭に泊まれば30枚。
残りは12枚。
前回のように完全に0にはならない。
「ちゃんと残るな」
少しだけ嬉しい。
初日に学んだ。
稼いだからといって全部使えば、翌朝また何も食べられなくなる。
現実世界では当たり前に知っていたはずのことを、異世界でもう1度学び直している気がした。
◇
その夜。
銀鹿亭の硬いベッドへ横になりながら、ソーマは明日のことを考えていた。
初めてのパーティ依頼。
森。
魔物。
少し怖い。
それでも初日とは違う。
ナイフがある。
《警戒》がある。
《運搬》がある。
《重量軽減》も増えた。
そして何より、1人ではない。
「ちゃんと役に立てればいいけどな……」
天井を見ながら呟く。
ふと、《重量軽減》が表示された時のことを思い出した。
清掃。
飲食。
イベント設営。
あれらは何もスキルにならなかった。
引越しだけ。
どうしてなのか。
まだわからない。
ただ、今回の依頼で《重量軽減》を使う機会は間違いなくありそうだった。
答えは出ないまま。
ソーマはゆっくり目を閉じた。
明日は初めて、冒険者の仲間と森へ入る。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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