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平日は単発バイト、週末は異世界冒険者 ~働いた経験が全部スキルになる苦学生の成り上がり~  作者: ばけつプリン


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現実世界でも働きます

異世界3日目の朝。


現実世界で言えば、今日は日曜日のはずだった。


大学の講義はない。


本来なら休める日だ。


もっとも、悠真にとって休日は、必ずしも休む日ではない。予定が空いていれば単発バイトを入れることも多く、土日だからといって何もせず過ごす方がむしろ珍しかった。


「……こっちに来ても同じか」


ソーマは銀鹿亭の硬いベッドから身体を起こした。


背中が痛い。


昨日は街中で木材を運び、そのあと市場の荷下ろしまでした。


初日のようにゴブリンに殺されかけることはなかったが、結局ほとんど1日働いていたせいで疲労は残っている。


それでも、昨日よりは少しだけマシだった。


机の上にはガルドからもらった古いナイフ。


財布代わりの革袋には銅貨2枚。


所持金0枚だった昨日の朝よりは進歩している。


ほんの少しだけだが。


「パンすら買えないけどな……」


市場で見た丸いパンは銅貨3枚。


今の所持金では、それすら買えない。


さらに大きな問題もある。


ソーマは、この世界からどうやって帰ればいいのか知らなかった。


最初に通った扉は、街へ来てしばらくすると消えていた。


昨日も最初に現れた場所を確認したが、そこにあったのは石造りの壁だけ。


いつ帰れるのか。


そもそも、本当に帰れるのか。


今のところ何もわからない。


ただ、帰れないからといって立ち止まっているわけにもいかない。


この世界で生きるなら食事がいる。


寝る場所もいる。


そのためには金がいる。


結論はいつも同じだった。


「……休みってなんだっけ」


小さく呟きながら、ソーマはナイフを腰へ差した。


結局、今日も働くしかなかった。


◇


朝の冒険者ギルドには、すでに何人もの冒険者が集まっていた。


ソーマはFランク用の依頼板へ向かい、仕事を上から順番に確認していく。


薬草採取。


街道清掃。


商店の品出し。


倉庫整理。


馬小屋の掃除。


ゴブリン討伐補助。


最後の1枚からは自然と視線を外した。


昨日は街中で働き、《運搬》と《仕分け》がかなり役に立つことがわかった。


わざわざ魔物のいる場所へ行かなくても稼げる。


今の自分には、その方がいい。


ソーマが選んだのは、


【商業倉庫の商品整理・搬出補助】


午前中のみ。


報酬、銅貨30枚。


仕事内容も現実世界の倉庫バイトに近い。


依頼書を持って受付へ向かうと、栗色の髪の受付嬢が笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます、ソーマ様」


「おはようございます」


「今日は倉庫のお仕事ですか?」


「昨日も街中で働いて、そっちの方が向いてる気がしたんで」


「とても良い判断だと思います」


迷いのない返事だった。


初日の自分は、それほど危なっかしく見えていたらしい。


受付嬢は依頼書へ印を押しながら続けた。


「街の近くでは、まだゴブリンの目撃が続いています。ギルドでも調査を進めていますので、Fランクのうちは街中のお仕事を中心にする方が安心ですよ」


「そうします」


今なら素直に頷ける。


仕事先の倉庫は、昨日荷下ろしをした市場より少し奥にある商業区だった。


◇


倉庫の中には、木箱や麻袋が所狭しと積み上げられていた。


当然、現実世界のようなベルトコンベアもハンディ端末もない。


代わりに木箱には色の違う札が括りつけられている。


赤。


青。


黄色。


さらに丸や三角の印。


「ギルドから来た奴か?」


倉庫を仕切っていた痩せた男が声をかけてきた。


「ソーマです」


「今日はこの荷物を店ごとに分けて荷車に積んでもらう。赤札は食品店、青は雑貨屋、黄色は薬屋。丸印が午前便、三角が午後便だ」


一気に説明される。


普通なら何度か聞き返していたかもしれない。


だが、基準を教えられた瞬間、《仕分け Lv1》の感覚が働いた。


赤。


青。


黄色。


丸。


三角。


さっきまで同じような荷物にしか見えなかった箱が、目的別に分かれて見える。


「わかりました」


ソーマは作業を始めた。


赤札の丸。


食品店の午前便。


青札の三角。


雑貨屋の午後便。


一度理解してしまえば、迷うことはほとんどない。


木箱を持ち上げれば、《運搬》も働く。


どこを持てば安定するか。


どの位置で身体へ寄せれば楽か。


どう積めば崩れにくいか。


筋力そのものが上がっているわけではない。


重いものは普通に重い。


それでも無駄な力を使わずに済む分、疲れ方が違った。


「お前、倉庫仕事やったことあるだろ?」


男に聞かれる。


「似たような仕事は結構やってます」


「Fランクの新人にしちゃ手際いいな」


ソーマは少しだけ笑った。


日本では生活費のために仕方なくやっていただけの仕事だ。


特別な経験だと思ったことはない。


けれど、この世界ではそれが確かに自分の力になっている。


作業の終盤。


積み上げられた木箱の1つに、違和感を覚えた。


「これ、底が割れかけてます」


「ん?」


男が箱を少し持ち上げる。


底板が外れかけていた。


中には細いガラス瓶が何本も入っている。


「危ねえ。落としたら弁償だったぞ」


「先に気づいてよかったです」


薬草の時と同じだった。


《仕分け》は箱の中身を教えてくれるわけではない。


知らないものを鑑定する能力でもない。


ただ、一度基準を知れば、そこから外れているものには妙に気づきやすい。


昼前には作業がすべて終わった。


「また人手が足りない時は来てくれ」


「報酬次第で」


「現金な奴だな」


男が笑いながら完了証明を渡してくれた。


◇


ギルドへ戻り、銅貨30枚を受け取る。


昨日から残していた2枚と合わせて32枚。


「これでようやく飯が食える……」


革袋を握り締めると、受付嬢が笑った。


「冒険者とは思えない感想ですね」


「食えない冒険者よりいいじゃないですか」


「それは確かにそうですね」


ギルドを出たソーマは市場へ向かった。


まず銅貨3枚のパン。


さらに銅貨5枚の串焼き。


残り24枚。


昨日までなら、ここから宿代30枚をどう稼ぐか考えなければならない。


今日もそのつもりだった。


帰れる方法はわからない。


なら今夜も銀鹿亭に泊まるしかない。


「午後も働くか……」


串焼きを食べながら、依頼板へ戻ることを考える。


その時だった。


市場の向こうに見える細い路地が目に入った。


どこか見覚えがある。


ソーマは食べ終えた串を捨て、路地の方へ歩いた。


石造りの壁。


少し欠けた角。


初日に通った道だ。


「この辺だったよな……」


最初に異世界へ来た場所。


昨日も見に来た。


その時には何もなかった。


今日も同じだと思っていた。


角を曲がる。


そこで足が止まった。


「……ある」


石壁の前に、古びた木製の扉が立っていた。


茶色い木目。


黒い鉄の取っ手。


間違いない。


自分の部屋に突然現れた扉だ。


ソーマはゆっくり近づいた。


「これ……帰れるのか?」


取っ手を握り、扉を開く。


向こうには、見慣れた6畳1間のワンルームがあった。


ベッド。


机。


クローゼット。


充電器につながったスマートフォン。


間違いなく自分の部屋だ。


しばらく言葉が出なかった。


帰れる。


本当に。


安心した途端、身体から力が抜けそうになる。


同時に疑問も浮かんだ。


なぜ今日なのか。


初日はあった。


その後消えた。


昨日はなかった。


そして今日また現れた。


何か条件があるのだろうか。


わからない。


考えていて扉がまた消えたら困る。


「帰れるうちに帰るか……」


ソーマは腰のナイフへ触れた。


ガルドからもらったものだ。


革袋には銅貨24枚も残っている。


これも持ち帰れるのだろうか。


試すしかない。


ナイフも革袋も身につけたまま、ソーマは扉をくぐった。


◇


石畳を踏んでいた足が、次の瞬間にはフローリングの上にあった。


「……戻った」


いつもの部屋。


見慣れた匂い。


静かな室内。


ほんの一歩で、すべてが切り替わった。


異世界ではソーマ。


こちらでは相馬悠真。


扉を越えただけなのに、自分自身まで元に戻ったような感覚がある。


悠真はほっと息を吐いた。


その瞬間。


腰が軽いことに気づいた。


「……あれ?」


腰へ手を伸ばす。


ガルドからもらったナイフがない。


「え?」


さっきまで確かに身につけていた。


足元にも落ちていない。


慌てて革袋を確認する。


こちらもない。


中に入っていた銅貨24枚ごと消えている。


「嘘だろ……」


扉を振り返る。


向こうには、まだ異世界の路地が見える。


ナイフを置いてきたわけではない。


銅貨も持っていた。


扉を通る瞬間までは。


「向こうの物だけ消えた……?」


現実世界へ持ち帰れない。


どうやら、そういうことらしい。


「ガルドに何て言えばいいんだよ……」


もらったばかりのナイフを失くした。


次に会えたとして、どう説明すればいい。


頭を抱えているうちに、扉の向こう側の景色が薄くなり始めた。


「ちょっ――」


慌てて近づく。


しかし扉そのものまで透けていき、数秒後には跡形もなく消えた。


残っているのは、いつもの壁だけ。


悠真はしばらく壁を見つめた。


「消えるんだな……」


スマートフォンを確認する。


日曜日。


23時38分。


「……日曜?」


金曜日の深夜に異世界へ入った。


向こうでは3日近く過ごした感覚がある。


現実世界でも、ほぼ週末分の時間が過ぎていた。


同じ時間が流れているのか。


たまたまなのか。


それすらまだわからない。


ただ1つだけ確かなことがある。


「明日、大学じゃん……」


しかも月曜日。


1限から講義。


金曜日は大学へ行ったあと倉庫バイト。


そこから異世界へ行き、薬草を採り、ゴブリンに殺されかけた。


2日目は木材運搬と市場の荷下ろし。


3日目も倉庫仕事。


ようやく帰ってきたと思ったら、もう日曜日の夜。


「週末どこいったんだよ……」


悠真はベッドへ倒れ込んだ。


身体が柔らかく沈む。


銀鹿亭の藁ベッドとは比べものにならない。


「最高……」


自宅の安いマットレスで感動する日が来るとは思わなかった。


寝てしまう前に、もう1つだけ試す。


机の上にある教科書を数冊まとめて持ち上げた。


《運搬》


意識してみる。


何も起きない。


普通に重い。


冷蔵庫を開け、残っていた卵を見ながら《仕分け》を意識する。


これも何も感じない。


《警戒》も同じだった。


「こっちじゃ使えないのか……」


スキルは異世界限定。


少なくとも今のところは、そう考えるしかない。


悠真はスマートフォンのメモを開いた。


・現実で経験した仕事が異世界でスキルになる


・異世界の物は現実へ戻ると消える


・スキルは現実では使えない


・扉はずっと出ているわけではない


そこまで書いて、指を止める。


次に扉が現れるのはいつなのか。


なぜ今日現れたのか。


また行けるのか。


わからない。


「……考えても仕方ないか」


明日は大学だ。


悠真は照明を消した。


◇


月曜日。


1限から3限まで講義を受けた。


時間は14時30分。


最後の講義が終わり、悠真がノートと教科書を鞄へしまっていると、隣の席に座っていた友人が声をかけてきた。


「悠真、このあとどうすんの?」


「ん?」


「カラオケでも行こうぜ。たまにはどうだ?」


悠真は一瞬迷った。


カラオケに行くくらいの余裕がないわけではない。


ただ、大学生にとって平日の空き時間や休日にバイトを入れるのは珍しいことではないし、悠真自身も休める日があれば働くようにしていた。


それでも、頭に浮かんだのは財布の中身だった。


「ごめん。今日もバイト入れようかなと思ってる」


「今日も?」


友人が少し驚いた顔をする。


「月曜からバイトって、悠真も大変だな」


「まあ、休みの日に働く人は多いし。俺だけってわけじゃないよ」


悠真は苦笑した。


カレンダー上では、確かに週末は休みだった。


もっとも、悠真にとって休日は必ずしも休む日ではない。予定が空いていれば単発バイトを入れることも多く、土日だからといって何もせず過ごす方がむしろ珍しかった。


ただ今回は、いつもの週末とは少し違う。


金曜日の倉庫バイトを終えたあと、そのまま異世界へ渡り、薬草採取に木材運搬、市場の荷下ろし、倉庫整理まで続けてきた。


働くこと自体には慣れている。


それでも、現実と異世界をまたいで動き続けたせいか、身体より先に頭の方が疲れている気がした。


「……休んだ記憶ないんだよな」


「何それ。怖いんだけど」


友人が笑う。


「最近バイト入れすぎじゃない?」


「まあ、ちょっとな」


「そんな金ないの?」


かなり直球だった。


悠真は苦笑しながら肩をすくめる。


「普通に生活費いるし。学費も奨学金だし、親に全部出してもらうわけにもいかないから」


「悠真ってそういうとこ真面目だよな」


「真面目っていうか、金ないだけ」


「それを真顔で言うなよ」


2人で少し笑う。


こういう会話をしていると、自分が本当に大学へ戻ってきたのだと実感できた。


つい昨日まで、剣を持った冒険者や魔法を使う人間を見ていた。


今は講義室で、友人とカラオケやバイトの話をしている。


その落差が、まだ少し不思議だった。


「じゃあ今日も単発?」


「うん。たぶん」


「よく毎回違う仕事できるよな。俺なら覚えるの面倒で無理だわ」


「慣れると結構どうにかなるよ」


「今まで何やったっけ?」


悠真は指を折りながら思い出す。


「倉庫、警備、居酒屋、スーパー、引越し、イベントスタッフ……その辺かな」


「普通に職歴多いな」


「全部短いけどな」


「逆にそれだけやってたら、何でもできそう」


その言葉に、悠真の手が一瞬止まった。


何でもできそう。


異世界では、それが本当に能力として現れた。


倉庫作業から《運搬》と《仕分け》。


警備から《警戒》。


なら、他の仕事も同じように何かへ変わるのかもしれない。


「どうした?」


「いや、なんでもない」


「またぼーっとしてるぞ。寝不足だろ」


「それは否定できない」


「今日はバイトやめて寝た方がいいんじゃない?」


正論だった。


悠真自身、身体が少し重い。


それでも、口座残高を考えると休む気にはなれなかった。


それに。


もし、もう1度異世界へ行けるなら。


今度は違う仕事を試してみたい。


その気持ちもあった。


「まあ、無理そうならやめとくよ」


「それ絶対やる奴の言い方じゃん」


「バレた?」


「バレるわ」


友人が呆れたように笑い、鞄を肩へ掛ける。


「じゃあ俺、先帰るわ。倒れるなよ」


「大丈夫」


「その台詞、信用ないからな」


そう言い残し、友人は講義室を出ていった。


悠真はその背中を見送り、スマートフォンを取り出した。


単発バイトアプリを開く。


次に異世界へ行ける保証はない。


それでも生活費は必要だ。


そして、もしもう1度あの世界へ行けるなら、今度は違う仕事も試してみたい。


倉庫では《運搬》と《仕分け》。


警備では《警戒》。


なら、他のバイトでは何が身につくのか。


清掃なら《清掃》や《浄化》。


飲食店なら《接客》や《配膳》。


引越しなら、倉庫で身についた《運搬》とは別のスキルが得られるかもしれない。


悠真はあえて、今までと違う仕事内容を探した。


◇


月曜日。


講義が終わったのは14時30分。


悠真が選んだのは、オフィスビルの清掃スタッフだった。


勤務は17時から22時までの5時間。


仕事場に着くと、最初に清掃用具の説明を受けた。


掃除機。


モップ。


ガラス用の洗剤。


机や手すりに使う洗剤。


同じ「掃除」でも、場所によって使うものが違う。


「床にこれ使うと跡残るから気をつけてね」


先輩スタッフに言われ、悠真はボトルを確認した。


普段なら、そんな細かいことまで気にしなかったかもしれない。


だが今は違う。


こういう経験まで、向こうでは何かになるのだろうか。


ゴミを回収し、床を拭き、洗面台を磨く。


目立つ汚れだけを落とせばいいわけではない。


一見綺麗に見えても、角には埃が残っている。


清掃が終わったあと、もう1度同じ場所を確認する。


「……浄化とか覚えたりして」


誰にも聞こえないように呟く。


毒まで消せるようになったら便利そうだ。


そんな都合のいい能力になるかはわからない。


それでも、仕事中に異世界のことばかり考えている自分がおかしかった。


勤務終了は22時。


帰宅してシャワーを浴びると、その日はすぐに眠った。


◇


火曜日。


2限から4限まで講義。


16時10分に大学を出て、そのまま飲食店へ向かった。


勤務時間は18時から23時。


ホールスタッフ。


料理を作るわけではない。


注文を取り、料理を運び、空いた皿を下げる。


「3番テーブル、ドリンクお願いします!」


「はい!」


客が多くなると、一度に複数の卓から声がかかる。


どのテーブルが何を頼んだのか。


どこへ料理を持っていくのか。


頭の中で整理しながら動かなければ、すぐにわからなくなる。


客の表情にも気を配る。


水がなくなっていないか。


空いた皿はないか。


呼ばれる前に気づければ、仕事は少し楽になる。


倉庫とはまったく違う。


それでも、使っている能力はどこか似ている気もした。


「これなら《接客》とか?」


配膳。


対人。


注文管理。


何がスキルになるのか想像するだけなら面白い。


仕事が終わったころには脚がかなり疲れていた。


帰宅したのは日付が変わる直前。


翌日は1限からだ。


「今週、入れすぎたかな……」


そう思いながら寝た。


◇


水曜日。


1限と2限だけ。


12時10分に大学を出る。


14時から19時まで、引越し補助。


倉庫作業とは違い、大きな家具を扱う。


冷蔵庫。


棚。


テーブル。


段ボール。


「腕だけで持つなよ。腰やるぞ」


先輩スタッフに教えられ、脚を使って持ち上げる。


冷蔵庫を階段から下ろす時は、ただ力任せに運べばいいわけではない。


壁との距離。


階段の角度。


2人の歩く速度。


「一旦止めます」


「了解。もう少し右寄せよう」


声を掛け合いながら、少しずつ運ぶ。


倉庫の荷物より遥かに大きく、扱いも難しい。


それでもソーマとして異世界で使っていた《運搬》を思い出すと、妙に意識することが増えた。


重心。


角度。


相手との呼吸。


「これなら何かありそうだな……」


仕事が終わるころには腕も脚も重かった。


◇


木曜日。


1限から3限。


14時30分に大学を出た。


17時から22時まではイベント会場の設営。


以前、警備スタッフとしてイベントへ入ったことはある。


今回は裏方だった。


大量の椅子を並べる。


机を配置する。


案内板を立てる。


柵を組む。


「この通路は1.5m空けてください!」


スタッフの指示を聞きながら会場を作っていく。


何となく置けばいいわけではない。


客がどこから入るのか。


どこを通るのか。


非常口までの導線を塞いでいないか。


完成した会場を見ると、最初は何もなかった空間が1つの形になっている。


「設営……建築とかになるのかな」


自分でも期待しすぎている気はした。


次に異世界へ行けるかどうかすらわからない。


それでも考えずにはいられなかった。


◇


金曜日。


1限と2限。


12時10分に講義が終わると、そのまま昼食を済ませ、14時から引越し補助へ向かった。


水曜日と同じ会社だった。


「お、前も来た学生だろ」


スタッフの1人が悠真を覚えていた。


「今日もお願いします」


「前よりは動けるようになったか?」


「たぶん」


仕事が始まる。


2回目というだけで、見えるものが少し違った。


家具をどこから持つか。


搬出する順番。


トラックのどこへ積むか。


前回は言われた通りに動くだけで精一杯だったが、今回は次に何をするのか少し予測できる。


大きな棚を2人で持ち上げる。


「いきます」


「せーの」


重い。


それでも前回より持ちやすい。


持つ位置がわかっているからだ。


19時。


勤務終了。


「さすがに疲れた……」


帰りの電車で座席へ沈み込む。


月曜から毎日働いた。


清掃。


飲食。


引越し。


イベント設営。


もう1度、引越し。


ここまで違う仕事をやったのだから、もしまた異世界へ行けたら何かしら増えているだろう。


そう考えると少し楽しみだった。


ただ。


扉が現れる保証はない。


そのことだけは忘れないようにしていた。


◇


帰宅したのは20時を少し過ぎたころ。


シャワーを浴び、適当に夕食を済ませる。


身体はかなり疲れている。


今日は早く寝よう。


そう思いながらベッドへ向かった。


その時だった。


カチリ。


部屋の奥から、聞き覚えのある音がした。


悠真の動きが止まる。


ゆっくり振り返る。


クローゼットの横。


先週と同じ場所に、古びた木製の扉が立っていた。


「……また出た」


心臓が少しだけ速くなる。


スマートフォンを見る。


金曜日の夜。


先週も、扉が現れたのは金曜日だった。


偶然なのか。


何か条件があるのか。


まだわからない。


悠真は扉の前まで歩き、取っ手を握った。


ゆっくり開く。


向こう側から差し込んできたのは、夜の闇ではなかった。


眩しい朝の光。


石造りの街はすでに目を覚ましていた。


露店を開く商人。


荷車を引く男。


遠くから聞こえる鐘の音。


現実世界では金曜日の夜。


それなのに、扉の向こうは朝だった。


「……時間、繋がってないのか?」


また1つ、わからないことが増えた。


それでも。


悠真の口元が少しだけ緩む。


この1週間。


わざわざ違う単発バイトを選んで働いた。


清掃。


飲食。


引越し。


イベント設営。


その経験がどうなっているのか。


確かめられる。


悠真は扉をくぐった。


現実世界の相馬悠真から。


再び、異世界の冒険者ソーマへ。


新しい週末が始まった。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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