全員連れて帰る
翌朝。
ソーマが冒険者ギルドへ入ると、
中はいつも以上に慌ただしかった。
受付の前を職員が何度も行き来し、
冒険者たちも落ち着かない様子で
何かを話し合っている。
「また何かあったのか?」
昨日は旧鉱山。その前は護衛に捜索。
最近、普通に依頼を選んだ記憶が
ほとんどない気がする。
「ソーマ!」
聞き慣れた声に振り返ると、
エステルが受付の近くに立っていた。
「おはよう。何、この騒ぎ」
「近くの村から緊急依頼だって」
「緊急?」
ソーマが聞き返したところで、
いつもの受付嬢が2人へ近づいてきた。
「ちょうどよかったです。
お2人にお願いしたいことがあります」
嫌な予感がする。
最近、この言葉のあとに
楽な仕事が来たことがない。
受付嬢は地図を広げると、
街から少し離れた場所を指した。
「アルノ村という小さな村です。
ここから歩いて2時間ほどですね」
村の北側には森があり、
今朝、その森を巡回していた猟師が
魔物の群れを発見したらしい。
「Eランクのダークハウンドです。
確認されているだけで11体」
「11……」
単体ならEランク。
だがダークハウンドは、
群れで獲物を追い詰める魔物だという。
11体ともなれば、
村の自警団だけでは危険だった。
「すでにDランクパーティを
迎撃に向かわせています」
「じゃあ俺たちは?」
エステルが尋ねる。
受付嬢が村を指した。
「住民の避難をお願いします」
ソーマは少し意外だった。
討伐ではない。
村人を街へ連れてくる仕事だ。
「全員ですか?」
「現在確認できている住民は47人。
老人や子供も含まれています」
かなり多い。
しかも避難となれば、
ただ歩いて帰ればいい話でもない。
「迎撃隊が全部倒せれば、
避難する必要ないんじゃ?」
ソーマが聞くと、
受付嬢は首を横に振った。
「群れの正確な数が分かりません。
別方向から来る可能性もあります」
だから先に住民を逃がす。
魔物を倒すことより、
人命を優先した判断らしい。
受付嬢は少しだけ間を置いた。
「それと、この依頼は
Dランク昇級の評価対象になります」
ソーマとエステルが顔を見合わせる。
「これも?」
「はい。今回は現地での判断を
かなり任せることになります」
住民をどう移動させるのか。
誰を先に逃がすのか。
魔物が現れた場合、
戦うのか避けるのか。
その全てを、
現場で判断する必要がある。
「やります」
エステルが即答した。
ソーマも頷く。
「俺も」
受付嬢が依頼書を差し出す。
「お願いします。
何より全員を無事に帰してください」
その言葉を聞いた瞬間。
ソーマの頭に、
昨日ディーンから言われた言葉が浮かんだ。
――全員を生きて帰せる奴は少ない。
まさか翌日に、
そのまま試されるとは思わなかった。
◇
村までは急いだ。
途中からは軽く走りながら、
2人で森沿いの道を進んでいく。
「ソーマ」
「ん?」
「昨日の今日で元気ね」
「お前もだろ」
旧鉱山から戻ったばかりだ。
身体に疲れがないわけではない。
それでも緊急依頼となれば、
ゆっくり歩いている場合ではなかった。
村が見えたのは、
出発から1時間半ほど経った頃だった。
畑に囲まれた小さな集落。
木造の家が30軒ほど並び、
中央には少し広い場所がある。
そこにはすでに、
多くの村人が集まっていた。
「ギルドから来ました!」
ソーマが声を上げる。
人混みの中から、
白髪の老人が歩いてきた。
「村長のロイドだ。
来てくれて助かった」
「状況は?」
「森に入った者から連絡はない。
村の若い連中が見張っている」
まだ魔物は来ていない。
それだけでも救いだった。
だが周囲を見ると、
別の問題がすぐに分かった。
荷物が多い。
服。食料。農具。木箱。
中には大きな袋を、
何個も抱えている人までいる。
「……これ全部持っていくんですか?」
村長が困った顔をする。
「家を空けるんだ。
みんな不安なんだろう」
気持ちは分かる。
だが47人が大量の荷物を持てば、
移動速度は確実に落ちる。
ソーマは村人たちを見る。
老人。子供。足の悪そうな女性。
小さな赤子を抱えている母親。
健康な若者もいる。
荷車は3台。
全員を乗せることはできない。
ソーマは少し考えた。
「荷物、減らしましょう」
周囲の村人がざわつく。
「何を言ってるんだ!」
「食料も置いていけってのか?」
「大事な物だってある!」
予想通りの反応だった。
ソーマは少し声を大きくする。
「全部捨てろとは言ってません」
まず街まで逃げる。
そのために必要な物だけ持つ。
水。最低限の食料。薬。金。
貴重品。着替え。
それ以外は、
余裕があれば持っていく。
「今一番大事なのは、
荷物じゃなくて全員で街へ着くことです」
村長が村人たちを見る。
少しの沈黙のあと、
ゆっくりと頷いた。
「この冒険者の言う通りにしよう」
そこからは早かった。
ソーマは人を分けていく。
歩くのが難しい老人と子供は荷車。
怪我や体調に不安のある者も乗せる。
健康な大人は徒歩。
荷物を運べる若者には、
水や食料を優先して持ってもらう。
現代で物流やイベントの仕事を
何度も経験してきた。
人と物が同時に動く時、
順番を決めないと必ず詰まる。
スキルではない。
ただの経験。
それでも十分役に立った。
エステルが少し感心したように言う。
「こういうの慣れてるわね」
「47人の引っ越しだと思えばな」
「また引っ越しなの?」
「今回こそ本当に近いだろ」
冒険者になったはずなのに、
やっていることは相変わらずだった。
◇
30分ほどで、
避難の準備が整った。
ソーマは最後に配置を確認する。
先頭には村の道を知る若者。
中央に荷車3台。
老人や子供はその周辺。
エステルは後方。
ソーマは全体を見やすい位置で
動くことにした。
「出発します!」
村人たちが歩き始める。
街までは通常なら2時間。
この人数なら、
もっとかかるだろう。
ソーマは《索敵 Lv1》を広げた。
周囲に大きな反応はない。
ただ。
森の方向には、
いくつかの痕跡がある。
「やっぱり近くまでは来てるな」
エステルが声を落とす。
「分かる?」
「痕跡がある。
まだ直接は来てないと思う」
「なら急ぎましょう」
一行は街へ向かって進んだ。
◇
最初の1時間は順調だった。
問題が起きたのは、
街まで半分ほど来たところだった。
「少し休めないか……」
荷車の横を歩いていた老人が、
息を切らしながら立ち止まる。
周囲を見れば、
他にも疲れている者が多い。
子供も歩く速度が落ちていた。
無理をさせれば、
さらに遅くなる。
ソーマは周囲を見る。
街道脇に、
少し開けた場所がある。
「5分だけ休みましょう」
「大丈夫なの?」
エステルが聞く。
「確認する」
《索敵》。
周囲。
すぐ近くに魔物の反応はない。
次に《危機察知》。
強い警告もない。
「今なら大丈夫」
村人たちを休ませる。
ただしバラバラにはさせない。
ソーマは荷車3台を、
街道側へ少し寄せてもらった。
《設営 Lv2》。
荷車をただ並べるのではなく、
少し角度をつけて配置する。
もし森側から何か来ても、
すぐ村人に近づけない形にする。
「休憩なのに、
そこまでやるの?」
エステルが聞く。
「何も来なきゃそれでいい」
念のためだ。
ソーマは水を配るのを手伝いながら、
《索敵》を切らさないようにする。
そして。
数分後。
反応があった。
「……来る」
ソーマが立ち上がる。
エステルの表情が変わった。
「どっち?」
「森側。複数」
その直後。
《危機察知》も反応した。
このままここにいれば危険。
「全員立って!」
ソーマが声を上げる。
「休憩終わり! 出発します!」
村人たちが慌てて動き始める。
「魔物か!?」
「まだ見えてません!
でもここから離れます!」
荷車を動かす。
子供を乗せる。
その時。
森の奥から鳴き声が聞こえた。
低い。
獣の声。
エステルが剣を抜く。
「先に行って」
「エステル?」
「私が最後尾につく」
ソーマは一瞬だけ迷った。
だがすぐに頷く。
「無理に倒そうとするなよ」
「分かってる」
ソーマは村人たちへ向き直る。
「走らなくていい!
止まらず進んでください!」
パニックになれば危ない。
子供が転べば、
後ろの人間まで止まる。
速さより、
全員が動き続けること。
それを優先する。
◇
ダークハウンドが姿を見せた。
3体。
森から飛び出し、
街道へ向かってくる。
「エステル!」
「そのまま行って!」
エステルが1人で前に出る。
最初の1体が飛びかかる。
剣が閃いた。
魔物が横へ弾き飛ばされる。
残りの2体が左右へ分かれた。
1体をエステルが追う。
もう1体は。
「ソーマ!」
分かっている。
《索敵》で捉えていた。
街道の反対側を回り込み、
村人たちの前へ出ようとしている。
ソーマは短剣を抜いた。
だが。
足は魔物へ向かわなかった。
「荷車、止めないで!」
村人へ叫ぶ。
自分が戦えば、
避難の流れが止まる。
今の目的は討伐じゃない。
全員を街へ連れて帰ること。
ソーマは村人たちと魔物の間に入り、
進みながら短剣を構えた。
ダークハウンドが距離を詰める。
《危機察知》。
狙われているのは。
自分ではない。
荷車。
そこに乗っている子供だった。
「こっちだ!」
ソーマが地面の石を蹴る。
魔物の前へ飛ばす。
ダークハウンドの視線が、
一瞬だけソーマへ向いた。
それで十分だった。
「行け!」
荷車が進む。
ダークハウンドがソーマへ跳ぶ。
身体を横へずらす。
牙を避け、
短剣で肩口を浅く切る。
倒す必要はない。
近づけなければいい。
魔物が再び構える。
その時。
横からエステルが飛び込んだ。
一閃。
ダークハウンドが倒れる。
「遅い」
「2体いたのよ!」
「倒した?」
「当然」
後ろを見る。
村人たちは進んでいる。
「追うぞ」
「ええ」
2人もすぐに後を追った。
◇
さらに30分ほど進んだところで、
1人の老人が完全に足を止めた。
「すまん……もう歩けん」
荷車は満員。
乗せる余裕がない。
ソーマは少しだけ考えて、
老人の前へしゃがんだ。
「背負います」
「いや、若いの。
わしはここで少し休めば――」
「ダメです」
即答した。
ここに1人残す選択肢はない。
「全員で帰る依頼なんで」
老人の腕を肩へ回す。
《運搬》。
何度使っても、
人間は荷物とは少し違う。
それでも。
重心。
持ち方。
身体の使い方。
スキルが自然と補助してくれる。
「行きますよ」
老人を背負って立ち上がる。
「お、おい……」
「結構重いですね」
「年寄りに言う言葉か?」
「軽いって嘘つくよりいいでしょ」
老人が笑った。
周囲の緊張も少し和らぐ。
ソーマはそのまま歩き始めた。
◇
街の外壁が見えた時。
村人の誰かが声を上げた。
「あった!」
そこから一気に空気が変わった。
疲れていた子供たちまで、
少し歩く速度が上がる。
門の前には、
ギルドの職員と衛兵が待っていた。
全員が門をくぐる。
荷車。
老人。
子供。
最後にエステル。
ソーマは人数を確認する。
1人。
また1人。
村長にも確認してもらう。
「47人。全員いる」
その言葉を聞いて。
ソーマはようやく、
背負っていた老人を下ろした。
「……終わった」
一気に疲れが来た。
エステルも隣で息を吐く。
「今回は戦った時間より、
歩いてた時間の方が長かったわね」
「俺、老人まで運んだからな」
「便利屋らしくなってきたわね」
「もういいって、それ」
そう言いながらも、
ソーマは少し笑っていた。
全員いる。
誰も死んでいない。
それだけで十分だった。
◇
ギルドへ戻ると、
受付嬢がすぐに立ち上がった。
「おかえりなさい!」
「全員、街まで連れてきました」
「報告はすでに届いています」
村長が先に職員へ、
事情を話していたらしい。
受付嬢は書類を確認する。
「避難対象47名。
全員無事に街へ到着」
ソーマは改めて聞いて、
小さく息を吐いた。
「途中でダークハウンド3体。
エステルが2体倒して、
残り1体も最終的に撃退」
「はい」
「住民に負傷者なし」
「はい」
受付嬢は記録を書き終えると、
顔を上げた。
「特に評価されているのは、
魔物が現れても避難を止めず、
住民の移動を優先したことです」
ソーマが少し驚く。
「戦わなかった方が?」
「今回は避難依頼ですから」
受付嬢が笑う。
「魔物を倒すことが目的なら、
立ち止まって戦えばよかった。
でも今回の目的は、
47人を街まで連れて帰ることです」
その言葉に。
昨日のディーンが、
また頭に浮かんだ。
全員を生きて帰す。
今回は。
できた。
受付嬢が書類を1枚取り出す。
「今回の依頼も、
Dランク昇級評価に加算されます」
エステルが少し身を乗り出す。
「これで?」
受付嬢はすぐには答えなかった。
代わりに、
少し意味ありげに微笑む。
「お2人とも。
明日の朝、少し時間をください」
「え?」
「ギルドから、
正式にお話があります」
ソーマとエステルが顔を見合わせた。
何の話か。
聞かなくても、
何となく分かる。
ソーマは小さく笑った。
ようやく。
本当にあと少しまで来たらしい。




