旧鉱山の、その先
負傷者を入口へ送り返したあと、
調査隊は改めて隊列を組み直した。
人数が減ったことで、
少し動きやすくはなった。
それでも旧鉱山の奥は狭い。
場所によっては1人ずつしか進めず、
長い武器を持つ冒険者たちは、
壁にぶつけないよう歩いていた。
先頭を進むディーンも、
槍を普段より短く持っている。
ソーマは周囲を見ながら、
少しずつ違和感を覚えていた。
「この辺、本当に鉱山なのか?」
最初に入った場所には、
確かに人の手で掘られた跡があった。
壁には採掘の痕跡が残り、
古い支柱もいくつも立っていた。
だが奥へ進むほど、
岩肌は荒くなっていく。
道の高さも幅も一定ではなく、
自然にできた洞窟にも見えた。
「昔の鉱夫が途中で、
天然の洞窟にぶつかったのかもな」
近くを歩いていた、
Bランク冒険者が答えた。
「そのまま奥まで
使ってたってことですか?」
「珍しい話じゃない。
ただ、ここまで広いのは気になるな」
ソーマは頷きながら、
《索敵 Lv1》へ意識を向けた。
前方には複数の痕跡がある。
古いものと新しいものが混ざり、
途中で別方向へ分かれていた。
生き物の反応もある。
ただし、どれも少し遠い。
「前に何かいます。
でも、すぐ近くじゃないです」
ディーンが振り返る。
「数は?」
「はっきりとは分かりません。
何個か反応があるくらいです」
「分かった」
ディーンはそれだけ答えると、
再び前へ向き直った。
ソーマもその後を追う。
融合した《索敵》は、
思っていた以上に使いやすかった。
以前の《警戒》なら、
周囲に何かいることが分かった。
《追跡》なら、
見つけた痕跡を辿ることができた。
今は、その2つが同時に使える。
だからこそ、
新しく分かることもあった。
「……多いな」
「何が?」
隣を歩くエステルが聞く。
「道」
ソーマは前方を見ながら、
《索敵》の感覚を広げていく。
今歩いている坑道だけではない。
左右の岩壁の向こうにも、
何かが何度も通った痕跡がある。
「たぶん、この先かなり分かれてる」
その予想は、
すぐに当たることになった。
◇
しばらく進むと、
調査隊は大きな空間へ出た。
天井は高く、
今までの坑道よりかなり広い。
冒険者の1人が灯りを掲げる。
その光が届いた範囲だけでも、
そこから4本の道が伸びていた。
「……4つ?」
ソーマが呟く。
Cランクの斥候たちが、
それぞれの入口を確認し始める。
右奥。
左奥。
そして中央に2本。
どの道にも、
魔物の足跡が残っていた。
魔法使いも目を閉じて、
周囲の魔力を探り始める。
「奥へ行くほど強くなっています。
ただ……少しおかしいですね」
「何がだ?」
ディーンが聞く。
「1方向じゃありません。
どの道からも魔力を感じます」
その場の空気が少し重くなる。
異変の原因が、
どれか1本の奥にあるとは限らない。
ソーマも《索敵》を広げる。
右側は痕跡が多い。
左側には、
生き物らしい反応がある。
中央の1本は比較的静かだが、
その奥には複数の移動痕があった。
もう1本にも、
別の痕跡が続いている。
「……これ、
全部調べるんですか?」
思わず口に出た。
誰もすぐには答えなかった。
調査隊の人数は、
最初より減っている。
ここまで来る途中で、
すでに1度崩落も起きていた。
奥へ進めば進むほど、
帰り道も長くなる。
Cランク冒険者の1人が、
4本の道を見ながら口を開く。
「手分けすれば、
ある程度は見られるんじゃないか?」
ディーンはすぐ首を横へ振った。
「分けない」
「ですが、このままだと
かなり時間がかかります」
「だから分けない」
ディーンは4本の道を見渡す。
「何がいるか分からない場所で、
戦力を分散させる理由がない」
反論する者はいなかった。
ソーマも同じ意見だった。
AランクやBランクがいるから、
ここまで進めているだけだ。
この場所そのものが、
安全になったわけではない。
「1本ずつ見る」
ディーンが言った。
「深入りはしない。
構造と痕跡を確認して戻る」
調査隊はまず、
右側の坑道へ入った。
◇
右側の道は、
しばらく進むと急激に狭くなった。
肩幅より少し広い程度しかなく、
身体の大きな冒険者は、
横向きで進む必要がある。
「これじゃ戦えないな」
前方の剣士が呟いた。
その通りだった。
敵が正面から来ても、
剣を大きく振ることすらできない。
後ろへ下がろうとしても、
1列に並んでいればすぐ動けない。
ソーマは《危機察知》へ、
意識を向けてみる。
弱い。
だが、ずっと嫌な感覚がある。
「ディーンさん」
「何だ?」
「この先、
あんまり行かない方がいいです」
「敵か?」
「分かりません。
でも何かあった時に、
戻れなくなる気がします」
ディーンは前方を見つめた。
しばらく黙ったあと、
先頭へ向かって声をかける。
「止まれ」
隊列が止まった。
「戻るぞ」
近くにいた冒険者が、
少し驚いた顔をする。
「もうですか?」
「この人数で入る道じゃない」
ディーンは狭い坑道を見る。
「前から何か来れば、
後ろの奴は何もできない。
崩落でも起きれば終わりだ」
ソーマは少しだけ驚いた。
ディーン1人なら、
もっと先まで進めるかもしれない。
それでも行かない。
強ければ、
どこまでも進むわけではないらしい。
調査隊は大きな空間まで戻った。
◇
次に入った道は、
先ほどより広かった。
ただし途中から、
地面が大きく下へ傾いている。
魔物の痕跡も多い。
《索敵》へ意識を向けると、
かなりの数が通っていると分かる。
「こっちは最近、
よく使われてます」
ソーマが報告する。
「どっち向きだ?」
ディーンが聞いた。
ソーマは少し集中する。
「奥へ行ってる方が多いです」
「戻っている跡は?」
「……少ないですね」
昨日と似ている。
その言葉を聞いた瞬間、
周囲の表情が少し変わった。
魔法使いが壁へ手を当てる。
「魔力も強くなっています」
エステルも奥を見た。
「昨日感じたものより、
濃くなってる気がする」
さらに少し進む。
そして調査隊は、
また足を止めることになった。
目の前で坑道が、
さらに3本へ分かれていた。
「またかよ……」
誰かが呟く。
ソーマも同じ気持ちだった。
旧鉱山。
そう聞いていた。
だが、ここまで来ると、
本当に鉱山なのか怪しくなってくる。
人間が掘った道と、
元から存在した洞窟。
それらが複雑につながり、
どこまで続くのか見当もつかない。
ディーンが地図を開いた。
ギルドから渡された、
古い鉱山の見取り図だった。
しばらく確認したあと、
ディーンが地図を閉じる。
「載ってないな」
「ここから先が?」
Bランク冒険者が聞く。
「ああ。この図では、
さっきの広間より先はない」
ソーマは目の前を見る。
「でも普通に続いてますよね」
「見れば分かる」
「ですよね」
つまり。
昔この鉱山を使っていた人間も、
奥の全容を知らなかった可能性がある。
◇
その後も調査隊は、
無理のない範囲だけを確認した。
新しい魔物の足跡。
古い爪痕。
自然にできた横穴。
魔力が濃くなっている場所。
調べれば調べるほど、
情報は増えていった。
だが同時に、
調査すべき範囲まで増えていく。
1本確認すると、
その先でまた道が分かれる。
その先を少し調べれば、
さらに横穴が見つかる。
終わりがない。
ソーマが《索敵》を使っても、
拾える反応は複数方向に存在する。
「これ……
今日中に終わらないですよね」
誰に言うでもなく呟いた。
「今日どころか、
数日でも無理かもしれないな」
Bランク冒険者が答える。
その時だった。
「ここまでだ」
ディーンが言った。
全員が足を止める。
大きな戦闘があったわけではない。
まだ体力も残っている。
時間も、
まったくないわけではなかった。
それでもディーンは、
奥へ進もうとはしなかった。
「戻るぞ」
Cランク冒険者の1人が、
少し納得できないように聞く。
「まだ調べられますよ」
「ああ」
「なら、もう少しだけでも」
「調べられることと、
調べるべきかは別だ」
ディーンは静かに答えた。
そして周囲を見回す。
「道が狭すぎる。
人数を活かせない場所も多い。
分岐も予想以上だ。
この編成で全部調べる場所じゃない」
誰も言葉を返さない。
ディーンはさらに続ける。
「今日は入口からここまでの構造と、
魔物の動きを確認できた。
奥へ行くほど魔力が濃くなることも、
古い地図にない区域があることも分かった」
そこで一度、
暗い坑道の奥へ目を向けた。
「十分だ」
ソーマはその言葉を聞きながら、
前に自分が撤退した時を思い出した。
あの時も、
全部を調べたわけではなかった。
原因が奥にあると分かっても、
そこから先へは進まなかった。
Aランクでも同じだった。
違うのは、
どこまで進めるかだけ。
無理だと判断したら戻る。
それは弱いからではない。
「……冒険者って、
結構引き返すんだな」
ソーマが小さく呟く。
エステルが横を見る。
「何?」
「いや。もっとこう、
どんどん奥へ行くものかと思ってた」
「死にたいなら、
それでもいいんじゃない?」
「嫌だよ」
即答すると、
エステルが少し笑った。
◇
帰り道。
ソーマは《索敵》を広げながら、
来た道を確認していった。
行きに見つけた痕跡。
自分たちが歩いた跡。
魔物の反応。
それらを確認しながら進む。
途中で小型の魔物が現れたが、
Cランクの前衛がすぐに処理した。
それ以外に、
大きな問題は起きなかった。
崩落地点へ戻る。
応急的に入れた支柱も、
まだ問題なく残っていた。
ソーマはその横を通りながら、
少しだけ安心する。
自分が考えた補強だ。
本職の鉱夫でもない。
それでも役に立った。
坑道をさらに戻る。
そして。
外の光が見えた。
調査隊が1人ずつ、
旧鉱山の外へ出ていく。
最後にソーマも外へ出た。
明るい。
たった数時間、
暗い坑道にいただけなのに、
外の光がやけに眩しく感じた。
「終わった……」
思わず息を吐く。
隣ではエステルも、
大きく身体を伸ばしていた。
少し離れた場所で、
ディーンたちが話している。
今回確認した区域。
魔物の痕跡。
高まる魔力。
地図にない坑道。
集めた情報は多い。
ただ。
ソーマは旧鉱山の入口を見る。
まだ、その奥には、
今日調べていない道がいくつもある。
「広すぎるだろ」
昨日までは、
ただの古い鉱山だと思っていた。
今は違う。
あの奥には、
まだ何かがある。
それだけは間違いなかった。
◇
ギルドへ戻った頃には、
夕方になっていた。
負傷した冒険者も、
すでに治療を受けているらしい。
命に別状はないと聞き、
ソーマも安心した。
調査隊はそのまま、
ギルドへ報告を行った。
ディーンが中心となり、
確認した内容を順番に伝えていく。
古い地図にはない坑道。
大量の魔物の痕跡。
奥へ行くほど濃くなる魔力。
複雑すぎる分岐。
集団での戦闘に向かない、
狭い通路が多いこと。
ギルドの職員たちは、
次々と内容を書き留めていった。
報告を聞き終えた受付嬢が、
少し困ったような表情をする。
「想定していたより、
かなり大きそうですね」
「鉱山というより、
奥に別の洞窟がつながってる」
ディーンが答えた。
「今日の人数で、
無理に進む場所じゃない」
受付嬢が頷く。
「分かりました。
旧鉱山周辺は当面、
立入制限をかけることになると思います」
「それがいい」
ディーンの返事は短かった。
これで調査は終わり。
少なくとも今は。
ソーマはそう思った。
◇
報告を終えたあと、
ディーンがソーマたちの前に来た。
「2人とも」
「はい」
「案内、ご苦労だった」
それだけ言うと、
ディーンは去ろうとする。
ソーマは思わず呼び止めた。
「あの」
ディーンが振り返る。
「何だ?」
「結局、あの奥って
何なんですかね?」
ディーンは少しだけ考えた。
それから旧鉱山の方角を見る。
「分からん」
Aランクでも、
分からないものは分からないらしい。
「ただ」
ディーンが続ける。
「あれだけ広くて、
魔物が集まり続けている。
普通の廃鉱で終わる話では、
ないかもしれないな」
それだけ言って、
今度こそ歩いていった。
ソーマはその背中を見送る。
「普通の廃鉱じゃない、か」
エステルが隣で呟く。
「また行くことになるかもね」
「もっと強くなってからにしよう」
「珍しく慎重ね」
「今日の見て慎重にならない方が、
どうかしてるだろ」
エステルが笑う。
今回の調査で、
旧鉱山の全ては分からなかった。
むしろ。
奥へ進んだことで、
分からないことの方が増えた。
それでも今は、
これ以上調べる必要はない。
ソーマたちには、
まだ次にやることがある。
Dランク。
そこへ辿り着くまで、
あと少しだった。




