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平日は単発バイト、週末は異世界冒険者 ~働いた経験が全部スキルになる苦学生の成り上がり~  作者: ばけつプリン


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エステルがDランクを目指す理由

ギルドを出ると、空はすでに赤く染まり始めていた。


朝から護衛依頼をこなし、そのまま森へ入って行方不明者を捜索。


フォレストボアとも戦い、最後は怪我をしたバルドを街まで連れ帰った。


さすがに身体が重い。


ソーマは大きく肩を回した。


「……今日はもう無理だな」


隣を歩いていたエステルが、少し呆れた顔を向ける。


「今からもう1件受けるって言ったら、さすがに止めてたわよ」


「俺だってそこまで働かねえよ」


「本当に?」


「……たぶん」


「ほら」


即座に返され、ソーマは何も言えなくなった。


自分でも、この世界へ来てから少し働きすぎている自覚はある。


現代では生活費のため。


異世界では生きていくため。


結局どちらへ行っても働いている。


「異世界まで来て過労になったら笑えないな……」


「何?」


「こっちの話」


そう答えたところで、後ろから声が飛んできた。


「ソーマさん、エステルさん!」


振り返る。


ギルドの入口から、受付嬢がこちらへ手を振っていた。


「少しだけいいですか?」


2人は顔を見合わせ、そのままギルドへ戻った。


◇


受付嬢の前には、今日受けた依頼の記録が並べられていた。


商品輸送の護衛。


野営。


Eランク魔物との戦闘。


そして、薬草採取者の捜索と救助。


受付嬢は書類を確認しながら口を開く。


「今回の2件も、Dランク昇級に向けた実績として正式に記録されました」


ソーマの顔が少し明るくなる。


「じゃあ、もしかしてもうDランク?」


「まだです」


「早いな、答え」


期待する時間すらなかった。


隣でエステルが笑っている。


受付嬢も少しだけ笑ってから説明を続けた。


「ただ、かなり実績は揃ってきていますよ」


「あと何が必要なんです?」


「依頼の数だけで決まるわけではないんです」


受付嬢が指を折る。


護衛。


依頼人の保護。


魔物への対応。


救助。


野営を伴う依頼の完遂。


今日の2人は、そのあたりをかなり高く評価されているらしい。


「Dランクになると、依頼の内容もかなり広がります。現場へ行ってみないと何が起きているか分からない仕事も増えます」


「調査とか?」


「そうですね」


受付嬢は頷いた。


「誰かから細かく指示されなくても、自分たちで状況を確認して、戦うのか、戻るのか、それとも別の方法を選ぶのか。そういった判断も必要になります」


ソーマは少し考える。


確かに、今日までの仕事には目的がはっきりしていた。


荷物を届ける。


人を探す。


魔物が出れば守る。


何をすれば依頼達成なのか、最初から分かっていた。


「明日の朝、昇級候補向けの調査依頼が何件か追加される予定です」


「明日か」


「興味があれば見てみてください」


ソーマがエステルを見る。


返事を聞くまでもなかった。


「行くんだろ?」


「もちろん」


「だと思った」


これで明日の予定も決まった。


今度こそギルドを出る。


その直後だった。


「ソーマ」


エステルが立ち止まった。


「ん?」


「肩」


「肩?」


言われて思い出した。


フォレストボアにぶつかられた場所だ。


戦っている間は気にならなかったが、言われると鈍い痛みが残っている。


「まだ痛むでしょう?」


「まあ、少し」


「こっち来て」


エステルは大通りではなく、人通りの少ない路地へ入っていった。


ソーマも後を追う。


周囲に人がいないことを確認すると、エステルはソーマの肩へ手を伸ばした。


淡い光が生まれる。


「あ……」


温かい。


肩の奥に残っていた痛みが、ゆっくりと引いていく。


治癒魔法。


以前にも見た力だ。


数十秒ほどすると、痛みはほとんど消えていた。


「どう?」


「もう大丈夫そう」


肩を動かしてみる。


問題ない。


「相変わらず便利だな、それ」


「便利って言わないで」


「俺も散々便利屋って言われたから、おあいこだろ」


「全然違うわよ」


エステルが手を離す。


そこでソーマは、ふと思った。


「そういえば」


「何?」


「バルドさんには使わなかったな」


エステルの表情が止まった。


「治癒魔法」


短い沈黙。


ソーマは続ける。


「別に責めてるわけじゃないぞ。ただ、足かなり痛そうだったから」


「……そうね」


エステルは少し考えてから、周囲を確認した。


それから小さく息を吐く。


「食事、まだでしょう?」


「食ってないけど」


「じゃあ行きましょう」


「話そらした?」


「そこで話すから」


いつもより少し真剣な声だった。


ソーマはそれ以上聞かなかった。


◇


入ったのは、冒険者らしい客が多い食堂だった。


木製の机が並び、店内には肉を焼く匂いが漂っている。


2人は向かい合って座り、それぞれ食事を頼んだ。


料理が運ばれてくるまでは、今日の依頼について話した。


「あのフォレストボア、普通に怖かったな」


「正面から受けようとするからよ」


「受けてないだろ。避けたって」


「肩ぶつけられてたじゃない」


「今治ったからいいんだよ」


そんな話をしているうちに料理が届く。


ソーマが肉を口へ運んだところで、エステルが静かに言った。


「さっきの話だけど」


ソーマは顔を上げた。


「治癒魔法?」


「ええ」


エステルは少し声を落とす。


「この国ではね、治癒魔法を使える人間って、かなり少ないの」


「リナの魔法より?」


「種類が違うけど、珍しいのは確かね」


治癒魔法を使えることが分かれば、多くの場合は教会か治療院へ入る。


本人にとっても安定した仕事になる。


怪我人や病人を救える以上、社会から必要とされるのも当然だった。


「だったら、別に隠さなくてもいいんじゃないか?」


ソーマが聞く。


「普通ならね」


「普通なら?」


エステルは少し迷った。


それから意を決したように口を開く。


「私、貴族の家に生まれたの」


ソーマの手が止まる。


「……マジで?」


「そんなに驚く?」


「いや、だって普通に冒険者やってるし」


「だからよ」


エステルは苦笑した。


貴族の娘。


それだけでも自由に生きられるわけではない。


そこへ治癒魔法の才能まで加われば、話はさらに変わる。


「家にいた頃は、治癒魔法を使えると分かってから、教会へ通うように言われたわ」


「毎日?」


「ほとんどね」


教会。


治療院。


家。


その繰り返し。


勝手に遠くへ出ることも許されない。


誰を治療するのかも、自分だけでは決められない。


「それで年齢が来たら、たぶん結婚」


「たぶん?」


「相手を選ぶのは私じゃないもの」


家にとって価値のある相手。


治癒魔法を使える娘との縁を求める家。


そういう話はいくらでも来るのだという。


ソーマは少しだけ箸を止めた。


「……それ嫌だったんだ」


「嫌よ」


即答だった。


「私は騎士になりたかった」


エステルの声が少しだけ強くなる。


「剣を持って戦いたかったし、色んな場所へ行ってみたかった。森も、遺跡も、ダンジョンも。知らない街だって見たかった」


屋敷と教会と治療院。


そこだけで一生を終える。


エステルには耐えられなかった。


「だから家を出た」


ソーマが言う。


エステルが頷く。


「そう」


「家出か」


「……言い方」


「いや、でも家出だろ?」


「自立よ」


「連絡してないなら家出だろ」


「自立!」


少し強めに言われた。


ソーマは笑う。


「分かった分かった。自立な」


重くなりかけていた空気が少しだけ軽くなる。


エステルも呆れたように息を吐いた。


「だから、治癒魔法はあまり使いたくないの」


「噂になるから?」


「ええ」


冒険者は色々な場所へ行く。


噂も広がりやすい。


治癒魔法を使える女騎士。


しかも貴族の家からいなくなった娘。


条件が重なれば、いずれ家にも伝わる。


「バルドさんは街まで連れて帰れたから使わなかった」


「なるほど」


「でも」


エステルが少し真剣な顔になる。


「本当に命が危ないなら使うわ」


ソーマはエステルを見る。


「そのせいで家に見つかっても?」


「その時はその時よ。目の前で死にそうな人を見捨てる方が嫌」


ソーマは少し笑った。


「エステルらしいな」


「そう?」


「たぶん」


そして、もう1つ気になることがあった。


「じゃあ俺には使っていいの?」


エステルが黙る。


ほんの少しだけ。


「あなたは言わないでしょう?」


「まあ、言わないけど」


「ならいいの」


それだけだった。


でも、自分は信用されているらしい。


ソーマはそれ以上聞かず、残っていた肉を口へ運んだ。


少しだけ、悪くない気分だった。


◇


食事も終盤になった頃。


ソーマはふと、受付嬢の話を思い出した。


Dランク。


エステルはかなり急いで実績を積もうとしている。


「もしかしてさ」


「何?」


「お前がDランク急いでるのも、それ関係?」


エステルは少し驚いたあと、頷いた。


「そうね。それもある」


今はまだEランク。


無名の冒険者。


家の人間からすれば、連れ戻せば終わる存在でしかない。


けれど。


D。


C。


さらにその上。


冒険者として実績を積み、名前が知られるようになれば。


ギルドや依頼人との関係も増える。


「有名な冒険者になれば、少しは違うと思ってるの」


「違う?」


「治癒魔法を使えることが知られても、簡単に家へ戻せなくなるくらいには」


貴族の娘ではなく。


1人の冒険者として。


自分の人生を自分で選べる立場を作りたい。


それがエステルの目的だった。


「だから、できるだけ早く上へ行きたい」


エステルは少しだけ不安そうに笑った。


「変だと思う?」


「いや」


ソーマは水を一口飲む。


「じゃあ、とりあえずDにならないとな」


エステルが瞬きをする。


「……それだけ?」


「そのために組んでるんだろ?」


「そうだけど」


「なら俺も手伝うよ」


ソーマは残った料理へ手を伸ばす。


「俺もランク上がった方が報酬増えるし」


「結局お金なのね」


「大事だろ」


「せっかく少し良いこと言ったと思ったのに」


「あとさ」


「何?」


ソーマは少し笑う。


「有名になったら、便利屋の相方として知られるかもしれないぞ」


「それは嫌ね」


「即答すんなよ」


エステルが笑った。


ソーマもつられて笑う。


明日もまた依頼がある。


Dランクまでは、あと少し。


少なくとも、もう1人で目指しているわけではなかった。

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