痕跡を追え
「……これ、どうだ?」
ソーマの手が、1枚の依頼書へ伸びた。
エステルも横から内容を覗き込む。
依頼書には、Dランク昇級の評価対象を示す印が付いていた。
内容は、街の近くにある森へ入った薬草採取者の捜索。
朝から森へ入ったまま、予定時間を過ぎても戻ってきていないらしい。
依頼対象はEランク以上。
報酬は1人銀貨12枚。
依頼人の生存が確認できた場合は、救助を最優先。
魔物の討伐は必須ではない。
エステルが依頼書を読み終え、顔を上げる。
「捜索依頼ね」
「ああ。場所も近いみたいだし、今からなら暗くなる前に戻れるんじゃないか?」
「そうね」
2人はそのまま受付へ向かった。
受付嬢は依頼書を見ると、少し表情を引き締めた。
「こちらを受けられるんですね」
「何か気になることあります?」
ソーマが聞く。
受付嬢は頷いた。
「行方不明になっている方は、この辺りの森にはかなり慣れています。普段から薬草採取で何度も入っている方なので、単純に道に迷った可能性は低いと思います」
「じゃあ、怪我か魔物か」
エステルが呟く。
「その可能性があります」
受付嬢は森の簡単な地図を広げた。
「普段はこの辺りまで行くことが多いそうです。ただ、今日はもう少し奥へ行くと話していたそうで」
ソーマは地図を見る。
街から森の入口までは、それほど遠くない。
ただし、森自体はかなり広い。
「名前は?」
「バルドさん。40代の男性です」
「特徴は?」
「茶色の上着に、背負い籠。薬草採取用の小さな鎌を持っています」
ソーマは頷いた。
「分かりました」
受付嬢が少し迷ってから付け加える。
「日が落ちる前に見つからなければ、無理に奥へ入りすぎないでください」
「分かってます」
無理をして捜索する側まで遭難したら意味がない。
依頼を正式に受け、ソーマとエステルはすぐに街を出た。
◇
森の入口までは歩いて1時間もかからなかった。
昼を少し過ぎた頃には、2人は木々の間へ入っていた。
「広いな」
ソーマは周囲を見回す。
街道から見ていた時とは違い、中へ入ると視界が一気に狭くなる。
高い木々。
生い茂った草。
足元には枯れ葉が積もっている。
「ここから探すの?」
エステルが聞く。
「まず、普段使ってる道から見よう」
受付嬢にもらった地図を確認しながら進む。
しばらくすると、人が何度も通ったらしい細い道が見えてきた。
ただ、そこから先は複数に枝分かれしている。
「このまま全部探してたら時間かかるな」
「手分けする?」
「いや、森で離れるのはやめとこう」
ソーマは地面へ視線を落とした。
足跡。
草。
落ちている枝。
何かないか探しながら進む。
《追跡》が勝手に答えを教えてくれるわけではない。
最初の痕跡は、自分で見つけなければならない。
しばらく歩いたところで、ソーマは足を止めた。
「待って」
「何かあった?」
ソーマはしゃがみ込む。
地面に残っている足跡。
森を歩く人間のものに見える。
ただ、それだけなら珍しくない。
その近くに、切られたばかりの草があった。
さらに少し先。
枝が不自然に折れている。
「これ……」
ソーマは折れた枝を見る。
完全に乾いていない。
折れてから、それほど時間が経っていない。
さらに地面を見ると、背負い籠か何かが擦れたような跡も残っている。
「行けそう?」
エステルが聞く。
「たぶん」
ソーマは意識を集中させた。
《追跡 Lv1》
それまで別々に見えていた痕跡が、少しだけつながる。
足跡。
折れた枝。
踏み倒された草。
土の擦れた跡。
どれも単体なら見落としそうなものだ。
だが1つ見つけると、その次が追いやすくなる。
「こっちだ」
ソーマは道から外れた方向を指した。
「分かるの?」
「完全には。でも、痕跡が続いてる」
「便利ね、そのスキル」
「便利屋って言うなよ?」
「言ってないわよ」
エステルが少し笑う。
「先に自分で言ってるじゃない」
「……昨日から引きずってるんだよ」
2人は森の奥へ進んだ。
◇
最初のうちは、痕跡も比較的分かりやすかった。
だが森が深くなるにつれて、足元の状態も変わっていく。
落ち葉が多い場所では足跡が消える。
岩場では地面に跡が残らない。
《追跡 Lv1》があっても、完全に見失わないわけではなかった。
「ここで途切れたな」
ソーマは周囲を見る。
正面。
右。
左。
どこにも分かりやすい足跡はない。
エステルも地面を見ながら首を傾げる。
「戻る?」
「いや」
ソーマはその場を少し歩いた。
何かないか探す。
数分後。
木の根元で、緑色の葉が何枚か落ちているのを見つけた。
自然に落ちたものではない。
根元が綺麗に切られている。
「薬草?」
エステルが拾い上げる。
「たぶん。採取したあとに落としたんじゃないか?」
その先を見る。
今度は低い枝に布が引っかかっていた。
茶色。
受付嬢が言っていた上着と同じ色だ。
「こっちで合ってる」
再び《追跡》が働く。
痕跡は森のさらに奥へ続いていた。
ソーマは歩きながら《警戒》も広げる。
森に入ってから、ずっと続けていた。
行方不明者だけを探していればいいわけではない。
自分たちも魔物に襲われる可能性がある。
しばらく進んだ時だった。
ソーマの足が止まる。
《危機察知》。
胸の奥に嫌な感覚が走った。
「……まずい」
エステルがすぐに反応する。
「何?」
「この先、かなり危ない」
「魔物?」
「分からない」
《危機察知》が教えてくれるのは、危機の結果だ。
どこに何がいるのかまでは分からない。
ただし、はっきりしていることが1つある。
この先にいる誰かが、放っておけば大きな怪我をする。
あるいは、それ以上。
「急ごう」
ソーマが走り出す。
エステルも後を追った。
◇
「助けてくれ!」
声が聞こえた。
2人は木々の間を抜ける。
そこは少し開けた場所だった。
倒れた木のそばに、1人の男が座り込んでいる。
茶色の上着。
背負い籠。
受付嬢の説明と一致する。
「バルドさん!」
ソーマが叫ぶ。
男が顔を上げた。
「冒険者か!」
生きている。
だが、様子がおかしい。
左足を押さえたまま動けない。
そして、その前には2体の魔物がいた。
大きな猪に似た姿。
普通の猪よりも一回り以上大きく、口元から太い牙が突き出している。
エステルが剣を抜く。
「フォレストボア」
Eランクの魔物。
2体。
フォレストボアも2人に気づいた。
低い唸り声を上げ、地面を蹴る。
「私がやる!」
エステルが前へ出た。
「ソーマはあの人を!」
「分かった!」
2人が分かれる。
エステルが1体を引きつける。
もう1体もそちらへ向かおうとしたが、ソーマは構わずバルドのもとへ走った。
「大丈夫ですか?」
「足をやった……」
見ると、足首が大きく腫れている。
血も出ていた。
「立てます?」
「無理だ」
「じゃあ動かします」
「おい、待て! 魔物が――」
「だから動かすんです」
ソーマはバルドの腕を自分の肩へ回した。
《運搬》。
人間を荷物扱いするのは少し違う気もしたが、重さを支える感覚は同じだった。
身体を近づける。
重心を安定させる。
無理に腕だけで持ち上げない。
「うおっ」
バルドの身体が浮く。
「お前、力あるな……」
「引っ越しバイトやってたんで」
「ひっこし……?」
「気にしないでください」
ソーマはバルドを安全な場所へ運ぼうとする。
その時だった。
《危機察知》。
今度は自分。
直撃すれば、重傷。
「来る!」
ソーマが振り返る。
エステルを避けるように、もう1体のフォレストボアがこちらへ突進していた。
「ソーマ!」
「分かってる!」
バルドを地面へ下ろす。
ソーマは前へ出た。
正面から受けるのは無理だ。
体格が違いすぎる。
フォレストボアが一直線に突っ込んでくる。
《危機察知》が結果を知らせる。
正面。
危険。
左へ避けても、牙が掠める。
右。
まだ危険。
ソーマはギリギリまで引きつけた。
「今!」
身体を横へ投げる。
巨大な身体が目の前を通過する。
完全には避けきれなかった。
肩へ強い衝撃が走る。
だが、致命傷ではない。
地面を転がりながら、ソーマはすぐに起き上がった。
フォレストボアが方向転換する。
「もう1回来るぞ!」
バルドが叫ぶ。
分かっている。
ソーマは短剣を抜いた。
だが、倒す必要はない。
守ればいい。
時間を稼げばいい。
フォレストボアが再び突進する。
ソーマは横へ動く。
今度は余裕を持って避けた。
魔物が近くの木へぶつかる。
「今だ!」
その瞬間。
横からエステルが飛び込んできた。
剣が振り下ろされる。
フォレストボアの首元へ刃が食い込んだ。
巨体が地面へ倒れる。
少し離れた場所には、もう1体も倒れていた。
「無事?」
エステルが息を整えながら聞く。
「肩ぶつけた」
「見せて」
「あとでいい。先にこっち」
ソーマはバルドを見る。
意識はある。
ただし足では歩けそうにない。
エステルも確認して頷いた。
「街まで運ぶしかないわね」
バルドが申し訳なさそうに言う。
「悪いな」
「それが依頼なんで」
ソーマはもう1度、バルドを担ぎ上げた。
「……やっぱりお前、力あるな」
「だから引っ越し――」
「それ何なんだ?」
「俺も説明しづらいんで忘れてください」
エステルが後ろで笑った。
◇
帰り道。
ソーマとエステルは交代しながらバルドを運んだ。
ソーマが疲れればエステル。
エステルが前を確認する時はソーマ。
途中で何度か休憩を挟みながら、来た道を戻っていく。
《追跡》のおかげで、帰りは迷わなかった。
自分たちが来た痕跡も残っている。
行きよりもずっと早く森を抜けることができた。
街が見え始めた頃には、空が少し赤くなっていた。
「間に合ったな」
ソーマが息を吐く。
「ええ」
バルドも安心したように笑った。
「本当に助かった」
その言葉を聞いて、ソーマは少しだけ疲れが軽くなった気がした。
◇
ギルドへ戻ると、受付嬢がすぐにこちらへ走ってきた。
「バルドさん!」
「なんとか生きてるよ」
ギルドの職員がすぐに治療院へ連れていく。
ソーマとエステルは、その場で依頼の報告を行った。
足跡。
折れた枝。
落ちていた薬草。
布切れ。
それらを辿って発見したこと。
バルドが足を負傷していたこと。
フォレストボア2体に襲われていたこと。
2人で救助して戻ったこと。
受付嬢は話を聞きながら記録を取っていく。
「無事に救助できたのは大きいですね」
「間に合ってよかったです」
「今回も、Dランク昇級の評価対象になります」
ソーマは少し笑った。
「また1個ですね」
「はい」
受付嬢は報酬を用意する。
「報酬は1人銀貨12枚です」
銀貨を受け取る。
さっきの護衛依頼と合わせれば、今日だけでもかなり稼いだ。
ただ、それ以上に。
ソーマは今回の依頼を振り返る。
《追跡》。
《危機察知》。
《運搬》。
どれも、魔物を倒すための能力ではない。
それでも、人を助けるためには全部役に立った。
「どうしたの?」
エステルが聞く。
「いや」
ソーマは銀貨を革袋へしまう。
「ちゃんと冒険者っぽい仕事したなって」
「昨日もしてたでしょう?」
「昨日は半分、便利屋だったから」
「今日も人を運んでたけど」
「それ言うな」
エステルが笑う。
ギルドの外を見る。
もう夕方だ。
さすがに、今からもう1件受ける時間はない。
ソーマは大きく伸びをした。
「今日はここまでだな」
「そうね」
2人はギルドを出る。
護衛。
野営。
魔物との戦闘。
そして捜索と救助。
Dランクへ向けた実績は、確実に積み上がっている。
あとは、どれだけ必要なのか。
ソーマはまだ知らなかった。




