便利屋のソーマ、ちゃんと冒険者です
出発前。
ソーマとエステルが向かったのは、以前ソーマが仕事をした商業倉庫だった。
大きな扉をくぐった瞬間、積み上げられた木箱と麻袋が目に入る。
その間を何人もの作業員が行き交っていた。
「お、来た来た」
奥から声が飛んできた。
以前ここで働いた時にも見た、体格のいい男だった。
男はソーマの顔を見るなり、笑いながら手を上げる。
「便利屋の兄ちゃん!」
「……誰のことです?」
「お前だよ」
即答だった。
ソーマは隣のエステルを見る。
エステルは口元を押さえている。
「笑ってる?」
「笑ってないわ」
「いや、絶対笑ってるだろ」
「便利屋の兄ちゃん、早く来てくれ!」
別の作業員からも声が飛んできた。
どうやら1人だけが勝手に呼んでいるわけではないらしい。
ソーマは額を押さえた。
「俺、一応冒険者なんだけど……」
「知ってる知ってる。荷物運ぶのがやたら上手い冒険者だろ?」
「それ、便利屋の説明じゃないですか?」
男は豪快に笑った。
「前にお前が入った時、仕事早かったからな。商品の扱いも丁寧だったし、積み込みも上手かった。だから今回もお前を呼んだんだよ」
「それで指名されたのか……」
ギルドで説明は聞いていた。
それでも、実際に倉庫側から言われると複雑な気分になる。
冒険者として強いからではない。
荷物の扱いがうまいから指名された。
横にいたエステルが小さく笑う。
「いいじゃない。頼りにされてるんでしょう?」
「そうなんだけどさ」
「ほら、便利屋。仕事だぞ」
「その呼び方やめてもらえません?」
そう言いながらも、ソーマは荷車へ向かった。
◇
今回使う荷車は2台。
積み込む商品は、高級布、香辛料、薬品、それにガラス製品。
どれも雑に扱える物ではない。
特にガラス製品は、木箱の中に緩衝材を詰めてあるとはいえ、荷崩れすれば簡単に割れる。
ソーマは荷物を1つずつ確認していった。
《仕分け》。
視線を向けるだけで、それぞれの荷物をどう分けるべきか感覚的に分かる。
割れ物。
濡らしたくない物。
重い物。
軽い物。
匂いの強い香辛料。
薬品。
「これ、下じゃない方がいいな」
ガラス製品の木箱を横へ動かす。
重い荷物を下へ。
割れ物は衝撃を受けにくい場所へ。
高級布は雨に備えて荷車の中央へ寄せる。
さらに《運搬》を使いながら、荷崩れしにくいよう隙間を埋めていく。
しばらくすると、後ろで作業を見ていた男が感心したように腕を組んだ。
「やっぱ呼んで正解だったな」
「まだ積んでるだけですよ」
「普通はその積むだけで割ったりするんだよ」
「それは普通じゃない気がしますけど」
「冒険者は荷物の扱い雑な奴多いからな」
男はそう言って笑った。
ソーマは木箱を固定しながら、ふと思う。
もしかすると、自分が冒険者として変わっているのではない。
単発バイトを大量にやってきた結果、普通の冒険者があまりやらないことに慣れすぎているだけなのかもしれない。
「便利屋……」
小さく呟く。
あながち間違っていない気もしてきた。
「似合ってるわよ」
横からエステルが言った。
「聞こえてたのかよ」
「ええ」
「褒めてないだろ、それ」
「褒めてるわ」
どう考えても楽しんでいる。
荷物の確認を終え、ソーマは御者へ声をかけた。
「これで大丈夫です」
「おう。それじゃ出るぞ」
商人と御者、それにソーマとエステル。
2台の荷車がゆっくりと動き始めた。
◇
街を出ると、道はすぐに静かになった。
左右には草原が広がり、その先には森が見える。
舗装された道ではないため、荷車は絶えず小さく揺れていた。
ソーマは時折後ろを振り返り、荷物の状態を確認する。
今のところ荷崩れはない。
《警戒》も周囲へ広げていた。
目的は戦うことではない。
荷物と依頼人を無事に送り届けることだ。
だからこそ、できれば何も起こらない方がいい。
「ずっと周り見てるのね」
並んで歩くエステルが言った。
「護衛だからな」
「少しくらい気を抜いても大丈夫よ」
「それで何かあったら嫌だろ」
「真面目ね」
「高そうな荷物いっぱい積んでるし」
ソーマは荷車を見る。
「ガラス割ったら、俺の報酬より高そうじゃない?」
「そこを気にしてるの?」
「大事だろ」
エステルが呆れたように笑った。
それからしばらくは、何事もなく進んだ。
◇
日が傾き始めた頃。
一行は街道沿いにある野営地へ到着した。
木々が少なく、少し開けた場所になっている。
以前から旅人が使っているのか、焚き火の跡も残っていた。
御者が荷車を止める。
「今日はここだな」
商人も荷車から降りた。
「暗くなる前に準備を済ませよう」
ソーマも頷き、辺りを見回した。
その瞬間だった。
《設営 Lv2》
意識した途端、今までとは違う感覚が頭の中へ流れ込んでくる。
「……おお」
思わず声が漏れた。
ただテントの立て方が分かるだけではない。
地面の傾斜。
風向き。
人が歩く場所。
荷車の位置。
焚き火を置く場所。
見張りやすい方向。
それらを見ているだけで、どこへ何を置けばいいのかが自然に浮かんでくる。
ソーマは周囲を見回した。
「荷車、そこじゃなくてこっちに2台並べません?」
御者が振り返る。
「こっちか?」
「はい。少し角度つけて置けば、荷物側を囲えます」
「なるほど」
荷車を動かしてもらう。
2台を完全に並べるのではなく、少し内側へ向けて配置する。
その間に荷物を置けば、外から直接近づきにくい。
次にテント。
「テントはこっちの方がいいな」
「どうして?」
エステルが聞く。
「そっちは少し地面が低い。雨降ったら水溜まりそうだから」
エステルが地面を見る。
「……よく分かるわね」
「俺も今分かった」
「何それ」
ソーマは自分でも少し驚いていた。
現代でイベント会場を設営していた時も、地面や配置は見ていた。
だが、《設営 Lv2》になると、それがもっと明確に分かる。
焚き火はテントから離しすぎない。
だが、高級布を積んだ荷車からも距離を取る。
荷物への通路を1つに絞る。
見張り位置から荷車と街道の両方を確認できるようにする。
次々と配置を決めていく。
商人が感心したように見回した。
「便利屋って聞いてたが、野営までできるのか」
「その呼び方、ここまで広まってるんですか?」
「倉庫の連中がそう呼んでたぞ」
「最悪だ……」
「褒め言葉だと思うがな」
「もうちょっと冒険者っぽい褒め方ないです?」
商人が笑う。
エステルも隣で笑っていた。
「あなた、本当に何でもできるのね」
「今週ずっとテントとか立ててたからな」
「あなたの世界では、毎週そんなことをしてるの?」
「俺も最近よく分からなくなってきた」
テントの最後の固定を終える。
日が沈む前には、野営の準備がすべて整った。
予定よりかなり早い。
御者が辺りを見回して頷く。
「こりゃ楽だな」
商人も満足そうだった。
「次から野営する時もお前を呼びたいくらいだ」
「いや、俺の本職は冒険者ですからね?」
「分かってる分かってる」
絶対に分かっていない。
ソーマはため息をつきながら、完成した野営地を眺めた。
《設営 Lv2》。
思っていた以上に使える。
戦闘には直接関係しない。
それでも、こういう仕事ではかなり役立つスキルだった。
◇
翌朝。
空が明るくなる頃には、野営地の撤収が始まっていた。
設営ができるなら、当然片付けも早い。
ソーマは荷物をまとめる順番を指示しながら、テントを畳んでいく。
「これ先に荷車へ」
「おう」
「その箱は後です。下に置くと取り出せなくなるんで」
昨日よりさらにスムーズだった。
御者が笑う。
「ほんと便利だな、お前」
「もう諦めた方がいいのかな……」
「便利屋のソーマ」
「名前みたいに言わないでください」
準備を終え、再び出発する。
目的地まではあと少し。
このまま何も起こらなければ、午前中には荷物を届けられる。
そう思っていた。
◇
《警戒》が反応した。
ソーマは足を止める。
「待って」
エステルもすぐに表情を変えた。
「何かいる?」
「いる」
正確な位置まではまだ分からない。
だが、《警戒》に何かが引っかかっている。
そして次の瞬間。
《危機察知》が反応した。
このまま進めば、誰かが負傷する。
軽い傷ではない。
「来る!」
ソーマが叫んだ直後。
街道脇の茂みが大きく揺れた。
灰色の影が飛び出してくる。
「フォレストウルフ!」
エステルが剣を抜いた。
1体。
2体。
さらに奥から続く。
全部で5体。
森に生息するEランクの魔物。
単体でも十分に危険だが、群れで行動することが多い。
「御者さん! 荷車から離れないで!」
ソーマが叫ぶ。
商人と御者が荷車の間へ入る。
エステルはその前へ出た。
「前は私がやる!」
「頼む!」
2体がエステルへ向かう。
剣が振り抜かれ、先頭の1体が弾き飛ばされた。
だが、残りは正面から来なかった。
横へ広がる。
荷車を狙っている。
「そっちか!」
ソーマも短剣を抜いた。
1体が横から飛び込んでくる。
《危機察知》。
直撃すれば、腕を深く噛まれる。
ソーマは身体を引いた。
牙が目の前を通過する。
昔なら、そのまま逃げていたかもしれない。
だが今は違う。
何度も戦闘を経験している。
魔物の動きにも、少しずつ慣れてきた。
着地したフォレストウルフへ踏み込む。
短剣を振る。
刃が前脚を切った。
「ギャウッ!」
魔物が体勢を崩す。
そこへもう1度。
今度は首元。
深く入った。
フォレストウルフが地面へ倒れる。
「……よし!」
しかし、息をつく暇はない。
《危機察知》。
別の危機。
ソーマ自身ではない。
振り返る。
荷車の反対側から1体が回り込んでいる。
狙われているのは商人だった。
「伏せて!」
ソーマが走る。
商人が慌てて身を屈めた。
その頭上をフォレストウルフが飛び越える。
ソーマは横から身体をぶつけた。
「うおっ!」
自分も地面へ転がる。
それでも魔物を商人から引き離せた。
フォレストウルフが起き上がり、こちらへ牙を剥く。
「こっち来い」
短剣を構える。
魔物が地面を蹴った。
《危機察知》。
今度は致命的ではない。
それなら。
完全には避けない。
ソーマは身体を少しだけずらした。
爪が服を掠める。
同時に懐へ入る。
短剣を突き出した。
刃が胴へ深く刺さる。
「グッ……!」
フォレストウルフが崩れ落ちた。
ソーマは荒く息を吐く。
その頃には、エステルも残りを片付けていた。
最後の1体を斬り伏せ、剣を払う。
街道に静けさが戻った。
「怪我は?」
エステルが聞く。
「ちょっと服やられただけ」
「見せて」
「大丈夫だって」
腕には浅い擦り傷がある程度だった。
商人と御者にも怪我はない。
商品も無事。
ソーマはようやく息を吐いた。
「よかった……」
後ろから声がした。
「……お前」
商人だった。
ソーマが振り返る。
商人は倒れたフォレストウルフとソーマを交互に見ている。
「普通に強いんだな」
「……はい?」
「いや」
商人は少し気まずそうに頭を掻いた。
「昨日から荷物運んだり、テント立てたりしてたから」
「俺、最初から冒険者だって言いましたよね?」
「そうなんだが……」
御者も横から頷く。
「正直、便利屋だと思ってた」
「だから俺の職業変えないでもらえます?」
後ろからエステルが歩いてくる。
「一応、この人Eランクだから」
「一応って何だよ」
「便利屋にしては強いってこと」
「お前まで乗っかるな!」
商人たちが笑った。
緊張が解けたのか、エステルまで笑っている。
ソーマはため息をつく。
ただ、悪い気はしなかった。
少なくとも、今ので冒険者だということは証明できたはずだ。
たぶん。
◇
その後は襲撃もなく、荷車は無事に目的地へ到着した。
商品を倉庫へ運び込む。
ガラス製品も破損なし。
高級布も濡れていない。
薬品も問題なし。
すべての荷物が揃っていることを確認すると、商人が大きく頷いた。
「完璧だ」
ソーマもようやく肩の力を抜く。
「これで依頼完了ですか?」
「ああ。助かったよ」
商人は笑って手を差し出した。
「指名して正解だった」
ソーマもその手を握る。
「荷物運びの方です?」
「いや」
商人は少し考えてから答えた。
「荷物も守れる便利屋だった」
「結局そこなんですね」
「冗談だ。いい冒険者だったよ」
最後だけは、少し嬉しかった。
◇
荷物を降ろしたあとの帰り道は早かった。
空になった荷車は行きより軽く、途中で野営する必要もない。
昼頃には、ソーマたちは元の街へ戻っていた。
そのまま冒険者ギルドへ向かう。
受付嬢は2人を見ると、すぐに声をかけてきた。
「おかえりなさい。もう戻られたんですね」
「無事終わりました」
ソーマが依頼書を返す。
「依頼主からも報告が届いていますよ」
「早いですね」
受付嬢は書類を確認する。
「商品損傷なし。依頼人、御者ともに負傷なし。野営時の商品管理も良好。それから、道中でEランク魔物5体の襲撃を受けたものの撃退」
そこまで読んで、受付嬢が顔を上げる。
「かなり高評価です」
「それ、ちゃんと冒険者としての評価です?」
「もちろんです」
「よかった……」
「ただ」
受付嬢が少し笑う。
「依頼主から『荷物管理や野営設営にも非常に優れていた』と書かれています」
「やっぱりそっちもあるのか」
エステルが横で笑う。
受付嬢は報酬を用意した。
「基本報酬と、魔物撃退を含む追加評価を合わせて、1人銀貨25枚です」
「おお」
革袋へ銀貨が入る。
ずしりとした重みがあった。
以前なら、1回の仕事でこれだけの金を稼ぐことなど考えられなかった。
ソーマは銀貨を見ながら呟く。
「荷物運んで、野営して、魔物と戦って銀貨25枚か」
「不満?」
エステルが聞く。
「逆」
ソーマは革袋を閉じた。
「ちゃんと冒険者の給料っぽくなってきたなって」
受付嬢が微笑む。
「今回の依頼は、Dランク昇級に向けた実績にも加算されます」
その言葉に、ソーマとエステルは顔を見合わせた。
また1つ。
Dランクへ近づいた。
◇
ギルドを出る前に、ソーマは窓の外を見た。
太陽はまだ高い。
「まだ昼か」
思ったより早く戻ってこられた。
今日はまだ時間がある。
エステルも同じことを考えたのか、依頼板へ視線を向けた。
「もう1件行く?」
ソーマは少し考える。
身体には戦闘の疲れが残っている。
昨日から護衛もしていた。
普通なら、ここで休んでもいい。
だが。
Dランクを目指す時間は限られている。
現代へ戻れば、次にここへ来られるのはまた来週だ。
「行こう」
ソーマは依頼板へ向かった。
「どうせなら、今日のうちにもう1つ実績作っときたい」
「賛成」
2人で依頼書を眺める。
討伐。
採取。
護衛。
調査。
さまざまな依頼が並んでいる。
ソーマはその中から、Dランク昇級の評価対象を示す印が付いた依頼を探していく。
しばらくして。
「……これ、どうだ?」
ソーマの手が、1枚の依頼書へ伸びた。




