冒険者としての評価
石造りの路地を抜け、ソーマは冒険者ギルドへ向かった。
異世界に戻ってきたばかりだというのに、腰には短剣があり、身体には向こうで買った装備が戻っている。
そして、新しく増えた《設営 Lv2》。
現代で28時間もイベント設営をやった結果だと思えば、納得できなくもない。
「設営か……」
歩きながら、もう1度だけスキル名を思い出す。
《運搬》や《仕分け》も、最初は冒険者らしくないと思っていた。
それでも実際には何度も役に立っている。
今回も、そのうち何かに使えるだろう。
そんなことを考えているうちに、冒険者ギルドへ到着した。
扉を開ける。
朝のギルドはすでに賑わっていた。
依頼板の前には冒険者が集まり、受付には何人かの列ができている。
ソーマもいつものように依頼板へ向かおうとした。
その時だった。
「ソーマさん」
受付から声が飛んできた。
振り返ると、いつもの受付嬢がこちらを見ている。
「おはようございます。ちょうどよかったです」
「おはようございます」
ソーマは受付へ向かう。
受付嬢は机の下から1枚の紙を取り出した。
「ソーマさん宛てに、指名依頼が来ています」
「……俺に?」
思わず聞き返した。
指名依頼。
言葉の意味くらいは分かる。
依頼主が冒険者を指定して仕事を頼むものだ。
ただ、それが自分に来る理由が分からない。
ソーマはまだEランク。
腕の立つ冒険者ならともかく、自分をわざわざ名指しする人物に心当たりがなかった。
「間違いじゃないですか?」
「確認しましたが、ソーマさんで間違いありません」
受付嬢は少し笑いながら依頼書を差し出した。
ソーマは受け取り、内容へ目を通す。
依頼内容は商品輸送。
街から街へ、商人の商品を荷車で運ぶ。
片道だけでも丸1日近くかかるため、途中で1泊する予定になっていた。
荷物の管理と護衛。
依頼期間は2日。
そして依頼書には、確かに自分の名前が書かれている。
「なんで俺なんです?」
「以前、商業倉庫のお仕事を受けましたよね?」
「ああ……」
思い出した。
冒険者になって間もない頃、商業倉庫で商品の整理や搬出を手伝った。
木箱を運び、種類ごとに分け、荷車へ積み込む。
戦闘とはまったく関係のない仕事だった。
むしろ日本でやっていた単発バイトに近い。
「その時の仕事ぶりが、倉庫の方にかなり評判よかったみたいですよ」
「……荷物運んだだけですけど」
「それが大事なんです」
受付嬢が依頼書を指さした。
「今回運ぶ商品の中には、高級な布や香辛料、薬品、それから割れ物も含まれています。依頼主としては、ただ強い冒険者よりも、荷物の扱いに慣れていて、なおかつ護衛もできる人がいいそうです」
「なるほど」
そこまで聞けば、指名された理由は分かった。
分かったのだが。
ソーマは依頼書を見つめる。
荷物の搬出。
積み込み。
運搬。
荷物管理。
そのうえ護衛。
「……俺、冒険者じゃなくて引っ越し作業員として認識されてません?」
受付嬢が吹き出した。
「そんなことありませんよ」
「今、笑いましたよね?」
「笑ってません」
「絶対笑ったでしょ」
受付嬢は口元を押さえながら視線を逸らした。
やっぱり笑っている。
「でも、指名依頼が来るのは立派なことですよ」
「荷物運びでですけどね」
「冒険者の仕事は魔物を倒すことだけではありませんから」
どこかで聞いたような言葉だった。
ソーマは少しだけ笑う。
最近、自分の周囲には同じことを言う人間が多い気がする。
戦うだけが冒険者じゃない。
それはもう、ソーマ自身も少しずつ理解し始めていた。
「それで、これ俺1人ですか?」
「いいえ」
受付嬢が首を横に振った。
「今回の依頼は護衛も含まれています。依頼主からは、ソーマさんを荷物管理担当として指名。そのうえで、もう1人戦闘を担当できる冒険者を同行させてほしいとのことです」
「なるほど」
それなら話は早い。
ちょうど今、一緒にDランクを目指している相手がいる。
「エステルでもいいですか?」
「問題ありません。むしろ今回の依頼は、昇級実績としても評価対象になります」
ソーマが顔を上げる。
「これも?」
「はい」
受付嬢は依頼書の端を指した。
そこには小さく印が付けられている。
以前にも見た、Dランク昇級を目指す冒険者向けの依頼を示す印だった。
「輸送護衛は、戦闘能力だけでは評価できない仕事です。依頼人への対応、荷物の管理、野営、安全確認。それらを含めて依頼を完遂する必要があります」
「なるほどな……」
討伐依頼とは違う。
魔物を倒せば終わりではない。
商品を無事に目的地まで届けて、初めて成功になる。
「うまく達成できれば、Dランクへの評価にも加算されます」
その言葉で、ソーマの気持ちはほぼ決まった。
エステルと組んでDランクを目指している以上、断る理由はあまりない。
しかも今回の依頼なら、新しく手に入った《設営 Lv2》も使えるかもしれない。
1泊する。
つまり野営がある。
テント。
荷物。
荷車。
野営場所。
今週の現代で散々やったことと、少し似ている気がする。
「受ける方向でお願いします」
「分かりました。ではエステルさんにも確認を――」
「その必要はないわ」
後ろから声がした。
ソーマが振り返る。
そこにはエステルが立っていた。
腰には剣。
いつもの装備姿だ。
「いつからいたんだよ」
「あなたが引っ越し作業員として認識されているあたりから」
「ほぼ最初じゃねえか」
エステルは少し笑いながら受付へ近づいた。
「話は聞いたわ。私も受ける」
「即決だな」
「Dランクを目指すなら、実績になる依頼は受けた方がいいでしょう?」
「まあ、それはそうだけど」
エステルはソーマの持っている依頼書を見る。
「それに、指名依頼なんてすごいじゃない」
「荷物運びで指名されてるんだぞ」
「それの何が悪いの?」
「いや、悪くはないけど」
「荷物を安全に扱えて、護衛もできる。依頼主が求めている能力を持っているから指名された。それだけでしょう?」
正論だった。
正論なのだが、ソーマとしては少し複雑だ。
剣の腕を評価されたわけでもない。
魔法が使えるわけでもない。
評価されたのは、倉庫での荷物運び。
「やっぱり俺、こっちでもバイト経験で食っていくことになるのか……」
「何か言った?」
「いや、何でもない」
受付嬢が改めて依頼書を2人の前へ置く。
「では、説明しますね」
輸送するのは荷車2台分の商品。
高級布、香辛料、薬品、ガラス製品など。
目的地は隣町。
途中で街道沿いの野営地を利用し、翌日の昼頃に到着する予定だ。
依頼人である商人と御者が同行する。
ソーマとエステルの役割は、道中の護衛と荷物の管理。
「魔物は出ますか?」
エステルが聞いた。
「可能性はあります。ただ、街道沿いですので大型の魔物が頻繁に出る場所ではありません」
受付嬢が説明を続ける。
「それよりも注意してほしいのは盗賊ですね。最近、街道周辺で荷車を狙った被害が何件か報告されています」
ソーマは少し表情を引き締めた。
魔物だけではない。
人間が相手になる可能性もある。
「盗賊か……」
「もちろん、無理に戦う必要はありません。商品と依頼人を安全に目的地まで届けることが最優先です」
討伐ではない。
護衛。
戦うより、守る仕事だ。
ソーマは依頼書へもう1度目を落とした。
《運搬》。
《仕分け》。
《警戒》。
《危機察知》。
そして、新しく手に入った《設営 Lv2》。
今の自分が持っている能力は、今回の依頼と妙に相性がいい。
「出発は?」
「今日の昼前です」
「結構すぐだな」
「依頼主はすでに準備を進めています。ソーマさんが戻ってくる時期を聞いて、今日に合わせてくれたそうですよ」
そこまで言われると、ますます断れない。
むしろ本当に指名されているらしい。
「分かりました」
ソーマは頷いた。
「準備してきます」
「食料と野営用の道具は、依頼主側でもある程度用意しています。ただ、個人装備は各自でお願いします」
「了解です」
依頼書を正式に受け取る。
その横でエステルも頷いた。
ギルドを出ると、朝の街にはすでに多くの人が行き交っていた。
ソーマは依頼書を見ながら歩く。
「指名依頼か」
冒険者としては少し嬉しい。
ただし、その理由が荷物運びだと思うと、なんとも言えない。
隣を歩いていたエステルがこちらを見る。
「まだ気にしてるの?」
「だってさ。普通、指名依頼って強い冒険者に来るもんじゃないのか?」
「別にいいじゃない」
エステルはあっさり答えた。
「あなたにしかできないことで指名されたんでしょう?」
ソーマは少し黙った。
確かに、その通りだ。
強いだけなら他にもいる。
だが、荷物の扱いに慣れていて、護衛もできる。
その条件で選ばれたのなら、それも1つの評価なのかもしれない。
「……まあ、そう考えれば悪くないか」
「そうよ」
「でも引っ越し作業員扱いは嫌だぞ」
「誰もそんなこと言ってないでしょう」
「受付嬢は笑ってた」
「あれはあなたが自分で言ったからよ」
言い返せない。
ソーマはため息をつきながら歩いた。
今回の依頼は、1泊2日。
目的地まで商品を届ける。
依頼を完遂すれば、Dランク昇級への実績にもなる。
そして夜には、野営が待っている。
ソーマは歩きながら、ステータスに増えたばかりのスキルを思い出した。
《設営 Lv2》。
まさか取得した直後に、使えそうな仕事が来るとは思わなかった。
「ちょうどいいか」
「何が?」
「いや、こっちの話」
現代で28時間。
机を並べ、パネルを組み、テントを立て、配置を考え続けた。
その経験が異世界でどこまで通用するのか。
試す機会は、思っていたより早くやってきたらしい。




