エステルの実力
薬草採取の依頼を終えたあと、ソーマとエステルは予定通りギルド裏の訓練場へ向かった。
先に着いていたレオンは、ソーマが戻ってくるなり木製の短剣を放ってよこした。
「じゃあ、さっきの続きな」
「まだやるの?」
「自分から見てもらうって言ったんだろ」
その通りなので何も言い返せない。
ソーマは短剣を受け取り、午前中の戦闘を思い返しながら構えた。《刃物扱い》を覚えてから、力任せに刺すよりも、刃をどの角度で通すかを意識するようになっている。
レオン相手に何度か踏み込み、避け、短剣を当てる練習を繰り返す。
もちろん、まともに当てさせてもらえる回数は少ない。
それでも以前に比べれば、明らかに動きはよくなっていた。
「やっぱ変わってるな」
何度目かの攻防を終え、レオンが木剣を下ろした。
「《刃物扱い》のおかげ?」
「それもあるだろうけど、それだけじゃない。前より相手を見る余裕が出てる」
ソーマは少し嬉しくなったが、すぐにレオンが続ける。
「まあ、俺に勝つには全然足りないけど」
「そこは言わなくてもいいだろ」
「勘違いすると死ぬからな」
容赦がない。
そのやり取りを少し離れたところで見ていたエステルに、レオンが視線を向けた。
「せっかくだし、エステルもやる?」
「私ですか?」
「ソーマと組んでDランク目指すなら、どういう戦い方するのか見ときたい」
エステルは少し考えたあと、頷いた。
「お願いします」
盾と訓練用の剣を手に取り、レオンの前へ立つ。
ソーマはリナと並んで訓練場の端へ移動した。
「エステルって、どれくらい強いんだろ」
「見ればわかるでしょ」
「それはそうだけど」
リナはなぜか少し楽しそうだった。
◇
「じゃあ行くぞ」
レオンが木剣を構えた。
エステルは盾を身体の前へ置き、剣は少し後ろへ引く。
ソーマが想像していたより、ずっと守りを意識した構えだった。
レオンが最初の一歩を踏み込む。
木剣が横から走った。
エステルは剣で受けず、盾の角度を変えて外へ流す。続けてレオンが反対側から切り返すと、今度は剣を使って軌道をずらした。
「お」
ソーマが思わず声を漏らす。
速い。
レオンの攻撃も速いが、エステルはそれを真正面から全部受け止めようとはしていなかった。
盾。
剣。
足。
身体の向き。
使えるものを全部使いながら、少しずつ攻撃を逸らしている。
レオンがさらに踏み込んだ。
エステルは一歩下がる。
だが、ただ逃げているわけではない。
後ろへ抜かせない。
レオンが左右どちらへ動いても、自分の身体をその進路へ置いている。
「攻撃しないんだな」
ソーマが呟く。
リナが頷いた。
「する必要がない時はね」
「どういうこと?」
「見てればわかるわよ」
レオンが速度を上げた。
連続で木剣が振られる。
さすがにすべては捌ききれず、一撃が盾へまともに当たった。
乾いた大きな音が響き、エステルの身体が後ろへ押される。
それでも倒れない。
すぐに足を戻し、またレオンの正面へ立った。
「硬いな」
レオンが笑った。
「褒め言葉として受け取ります」
「攻めないの?」
「今の想定では、私の後ろに仲間がいるので」
エステルは盾を構えたまま答える。
「私が倒す必要はありません。後ろへ行かせなければ、その間に仲間が攻撃できます」
その言葉で、ソーマはようやく理解した。
勝つための戦い方ではない。
時間を作るための戦い方。
レオンとリナが戦う時、レオンは敵を止めながら自分でも倒しにいく。
だがエステルは違う。
敵の注意を引きつけ、攻撃を受け、流し、後ろへ通さないことを優先している。
さらに。
怪我をしても自分で治癒できる。
「……待てよ」
ソーマは嫌なことに気づいた。
索敵できる。
敵を止められる。
仲間を守れる。
治療までできる。
エステルが前に立ってくれるなら。
自分は後ろで荷物を持っていれば――。
「俺、また荷物持ちに戻るんじゃね?」
「その通りよ」
真横からリナの声がした。
ソーマが勢いよく振り向く。
「考えたこと覗き込むなよ!」
「顔に書いてあったのよ」
「そんなわかりやすい?」
「かなり」
リナが笑う。
訓練を終えたレオンとエステルも、何事かとこちらを見ている。
「何の話?」
レオンが聞く。
「ソーマが自分の役割なくなったって落ち込んでる」
「言い方!」
レオンは一瞬ぽかんとしたあと、笑い出した。
「何言ってんだよ。役割全然違うだろ」
「そう?」
「エステルは目の前の敵を止める。お前は敵がどこから来るか見つける。《警戒》《危険察知》《追跡》まであるんだから、むしろエステルが前に集中できるようにするのがお前の仕事だろ」
言われてみれば、その通りだった。
リナも続ける。
「荷物も持てるしね」
「結局持つんじゃん」
「便利なんだから仕方ないでしょ」
否定できないところが腹立たしい。
それでも、2人で組んだ時の形はかなり見えてきた。
エステルが前で敵を止める。
ソーマが周囲を見て、別方向から来る敵や危険を伝える。
抜けてきた敵には短剣で対応し、必要なら《軽歩》で動く。
そして戦闘以外では、《追跡》《仕分け》《収納》《運搬》も使える。
「……思ったよりバランスいいのかも」
「だから組ませたんだよ」
レオンが少し得意そうに言った。
「半分は面白がってたくせに」
「それはそれ」
◇
訓練を終えたあと、2人はそのまま午後の依頼を探すことにした。
エステルは「今日はもう休んでもいいのでは」と言いたげな顔をしていたが、ソーマが依頼板の前へ立つと、結局隣までついてくる。
「やっぱ来るんだ」
「Dランクを目指すんでしょう?」
「仕事量には引いてるくせに」
「それとこれは別です」
今回選んだのは、近隣の村まで薬師を護衛する仕事だった。
距離はそれほど遠くない。
危険度もEランク相当。
最近、街道沿いでゴブリンや小型魔物が目撃されているため、護衛として2人以上の冒険者が必要らしい。
「ちょうどいいな」
ソーマが依頼書を見る。
「何がですか?」
「さっきの役割分担、実戦で試せる」
エステルも内容を確認し、頷いた。
「では、今度は荷物持ちだけにならないよう頑張ってください」
「もうそれ引っ張る?」
少し笑いながら、2人は依頼を受けた。
◇
護衛対象の薬師は、50代くらいの細身の男だった。
背負った荷物には薬草や薬瓶が詰まっており、近隣の村へ届ける予定らしい。
街道を歩き始めてしばらくは、何も起こらなかった。
ソーマは薬師の少し後ろを歩き、《警戒》を広く使う。エステルは前方を中心に見ながら進む。
午前中の訓練を思い出し、役割を意識してみる。
前は任せる。
その代わり、自分は前だけを見ない。
右。
左。
後方。
森の縁。
そうして歩いていると、《警戒》が弱く反応した。
左後方。
距離はまだある。
「エステル」
声をかけるだけで、彼女がすぐ盾へ手を伸ばした。
「左?」
「左後ろ。何か来る」
薬師を街道の中央へ寄せ、2人で位置を変える。
数秒後、茂みが揺れた。
現れたのはゴブリンが4体。
正面からではなく、少し回り込むようにこちらへ近づいてくる。
「私が受けます」
エステルが迷わず前へ出た。
盾へゴブリンの棍棒が当たる。
1体。
2体。
エステルは倒そうと焦らず、薬師との間へ入って進路を塞ぐ。
訓練で見た通りだった。
「右からもう1体回る!」
ソーマが声を飛ばす。
エステルは前の3体から目を離さない。
「お願いします!」
「了解!」
それでいい。
エステルが前を止めている間に、ソーマが横へ回る1体へ向かう。
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
《警戒》が方向を知らせ、《危険察知》が大した一撃ではないと伝えてくる。それでも受ける理由はない。
《軽歩》で半歩ずれ、短剣を抜く。
《刃物扱い》で刃の角度を意識し、腕へ浅く走らせる。
ゴブリンが怯んだところで踏み込み、今度は胸へ突き込んだ。
1体。
倒す。
前を見ると、エステルはまだ3体を相手にしている。
派手ではない。
でも。
崩れていない。
盾で棍棒を受け、剣で流し、前へ出ようとする敵には身体ごとぶつかって押し戻す。
「すげえな……」
本当に。
壁だ。
ソーマが戻り、横から1体へ短剣を入れる。
敵の数が減れば、エステルにも攻撃へ回る余裕ができる。
剣が振られ。
2体目。
ソーマが3体目の注意を引き。
最後はエステルが仕留めた。
戦闘時間そのものは長くなかった。
薬師にも怪我はない。
「大丈夫ですか?」
エステルが振り返る。
薬師が何度も頷いた。
「いやあ、助かったよ。しっかりした護衛だ」
その言葉に、ソーマとエステルは顔を見合わせた。
少し前まで。
自分たちもFランクだった。
それが今では。
誰かを守る依頼を、2人だけで普通に終えられるようになっている。
「……結構いい感じだったな」
ソーマが言う。
「はい。私も動きやすかったです」
「エステルが前にいると、横だけ見ればいいから楽」
「ソーマが周りを見てくれるので、私も前へ集中できます」
互いに楽になる。
それがパーティなのかもしれない。
◇
その後は特に大きな問題も起こらず、夕方前には村へ到着した。
薬師を無事に届け、依頼完了の証明を受け取る。
帰り道。
ソーマは少しだけ満足していた。
格上の魔物を倒したわけでもない。
新しいスキルを手に入れたわけでもない。
それでも。
今日の依頼は、今までとは違う意味で手応えがあった。
エステルと2人だけで。
自分たちの役割を使って。
普通のEランク依頼を、普通に成功させた。
「こういうのでいいんだよな」
「また言ってますね」
エステルが笑う。
「最近普通じゃないこと多かったから」
「今日は普通でした」
「よかった」
心の底からそう思った。
◇
ギルドへ戻り、報告を終えた頃には夕方になっていた。
レオンとリナはまだ残っていたらしく、2人のところへ戻ると結果を聞かれた。
「どうだった?」
「普通に終わった」
レオンが少し笑う。
「それ報告?」
「俺にとっては大事なんだよ」
エステルが横から説明する。
「護衛中にゴブリン4体が出ましたが、問題なく対処できました。護衛対象も無傷です」
「なら上出来じゃん」
レオンは満足そうに頷いた。
少しだけ間を置いてから、いつもより真面目な顔になる。
「ちょうどいいから、2人に話しとくか」
ソーマとエステルが顔を見る。
「何?」
「お前ら、このまましばらく2人でEランク依頼回れ」
「それはもう聞いたけど」
「その先の話」
レオンは椅子へ座り直した。
「2人ともDランクに上がったら、正式に俺たちと組まないか?」
ソーマは少し目を見開いた。
「正式に?」
「今までも何度か一緒に行ったけど、固定じゃなかっただろ。お前らがDまで来たら、4人でパーティ組んでもいいと思ってる」
ソーマ。
エステル。
レオン。
そして。
ソーマは隣にいるリナを見る。
なぜか。
ものすごく得意そうな顔をしていた。
「……なんでそんな鼻高いの?」
「聞きたい?」
「嫌な予感するけど聞く」
リナは胸を張った。
「私、しばらく貴族の子どもに魔法を教えることになったの」
「魔法を教える?」
「家庭教師みたいなものね。臨時だけど」
ソーマは少し驚いた。
実戦で使える火魔法を安定して扱える魔術師は、それだけで珍しい。
そのリナが教える側になるのは、考えてみればおかしくない。
「すごいじゃん」
「でしょ?」
リナの鼻がさらに高くなった気がした。
「しかも結構報酬いいのよ」
「そこなんだ」
「大事でしょ」
「俺と同じこと言ってる」
レオンが笑う。
「だから、しばらくリナは毎日俺と依頼ってわけにはいかない」
「レオンは?」
ソーマが聞く。
「俺はガレスさんたちとダンジョン潜る」
今度は。
少し空気が変わった。
「ガレスさん?」
以前会ったBランク冒険者。
探索や罠、迷宮攻略を得意とするベテランだ。
「前に言ってただろ。西の迷宮。あれに何度か同行させてもらうことになった」
「Cランクになったから?」
「ああ。前衛として経験積んでこいって」
レオンは軽く言っているが。
Bランクのガレスが参加するダンジョン。
簡単な場所ではないだろう。
「大丈夫なの?」
「たぶんな」
「たぶんって」
「危なくなったら逃げるよ。俺だって死にたくないし」
いつもソーマに言っていることを、自分でも守るつもりらしい。
それなら。
止める理由はない。
レオンはソーマとエステルを見る。
「だから、しばらくはお互い経験積もうぜ。俺はダンジョン。リナは魔法教える。お前らは2人でD目指す」
そして。
少し笑った。
「全員一区切りついたら、4人で正式に組もう」
エステルが先に頷いた。
「私は構いません」
ソーマも。
少しだけ考えて。
答える。
「俺も」
最初。
この世界へ来た時。
1人だった。
ゴブリン3体から逃げ回って。
レオンとリナに助けてもらった。
それが今では。
自分にも。
一緒にDランクを目指す相手がいる。
その先には。
正式なパーティの話まで出ている。
「じゃあ決まりだな」
レオンが言う。
リナも満足そうに頷く。
エステルがソーマを見る。
「まずはDランクですね」
「そうだな」
「そのためにも、明日も朝から依頼を――」
そこでエステルが止まった。
ソーマを見る。
「……ソーマのペースには合わせませんからね」
「まだ何も言ってないけど」
「顔でわかります」
レオンとリナが同時に笑った。
どうやら。
Dランクへ上がるより先に。
仕事を入れすぎる癖を直す方が。
難しいかもしれなかった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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