しばらく、2人で組め
翌朝、ソーマは銀鹿亭の固いベッドで目を覚ますと、椅子の背に掛けてある革鎧へ目を向けた。
昨日、ガルドの店で銀貨18枚を払って買ったばかりの軽装鎧だ。胸と腹を中心に守りながら、肩や腕も最低限覆っている。エステルのような重装備と比べれば簡素だが、その分かなり動きやすそうだった。
「……銀貨18枚か」
見るたびに値段を思い出す。
せっかく銀貨26枚まで増えた所持金も、これを買ったことで銀貨8枚まで減った。ただ、ダークウルフやデッドマイナーとの戦いを思い返せば、必要な出費だったことくらいはわかっている。
ソーマは革鎧を身につけ、肩や腰を軽く動かしてみた。ガルドが身体に合わせて調整してくれたおかげで窮屈さはなく、《軽歩》を使って一歩横へ踏み出してもほとんど邪魔にならない。
「これなら大丈夫そうだな」
腰には自分で買った短剣。その反対側には、昨日の洞窟で命を助けてくれたガルドの古いナイフ。
少し前まで武器すら持っていなかったことを考えると、ようやく見た目も冒険者らしくなってきた。
◇
朝食を済ませてギルドへ向かうと、レオンとリナはすでに奥のテーブルにいた。
ソーマを見るなり、リナの視線が新しい革鎧へ向く。
「やっと冒険者っぽくなった」
「やっぱ今まで違った?」
「武器持った荷物運びの人」
「昨日も似たようなこと言われたんだけど」
レオンも笑いながら、ソーマの胸元を軽く叩いた。
「動きは?」
「朝試した。《軽歩》も問題ない」
「ならそれでいい。お前は重い鎧着て正面から殴り合うタイプじゃないからな」
そこはソーマ自身も理解していた。危険を見つけ、避け、必要な時だけ前へ出る。今の自分には、そのくらいの防具が合っている。
「今日は何受けるの?」
リナに聞かれ、ソーマは依頼板を見る。
「普通のEランク依頼」
レオンが吹き出した。
「まだ言ってんのか、それ」
「昨日が普通じゃなさすぎたんだよ」
Eランクの欄には、ゴブリン討伐や街道巡回、採取、荷物運搬などが並んでいる。
どれにしようか眺めていると、レオンがふと思い出したように言った。
「そうだ。お前、しばらくエステルと組めば?」
「なんで?」
「2人ともEだろ。俺やリナとばっかり組んでたら、自分たちだけでどこまでやれるかわかりにくい」
レオンの言葉に、リナも頷いた。
「エステルは前衛。ソーマは《警戒》や《危険察知》《追跡》がある。相性は悪くないと思う」
「それにDランクを目指すなら、そろそろ自分の役割を固めてもいい頃だ」
「もうDの話?」
「すぐ上がれって意味じゃない。目標としてだよ」
確かに、同じEランク同士で経験を積むのは悪くない。
そう思ったところで、ちょうどギルドへエステルが入ってきた。
レオンが少し楽しそうに笑う。
「ほら、誘ってこい」
「その顔やめろよ」
「半分くらいは真面目な話だから」
「半分しかないのかよ」
◇
話してみると、エステルは意外なほどあっさり了承した。
「私もDランクは目指したいですし、ソーマとは昨日組んでみて動きにくくなかったので」
「じゃあ、しばらくよろしく」
「はい」
こうして2人でEランク依頼を回ることになった。
最初に選んだのは、農地周辺に出たゴブリン5体の討伐だった。
エステルが盾を構えて前へ立ち、ソーマが少し後ろから周囲を見る。《警戒 Lv3》で回り込もうとする1体へ早めに気づき、声をかける。
「右から1体!」
エステルが正面の敵を押さえている間に、ソーマが横へ回る。《危険察知》で攻撃の強さを見ながら《軽歩》で棍棒を外し、短剣を入れた。
少し前なら、ゴブリン1体でも緊張していた。
今は周囲を見る余裕がある。
5体を倒し終える頃には、エステルもソーマの動き方をかなり理解していた。
「後ろを見てもらえるの、思っていたより楽ですね」
「俺も前を任せられるの楽だよ」
「全部任せないでください」
「そこは頑張って」
「頑張るところが違います」
そんな会話をしながら街へ戻る。
ここまでは、普通だった。
依頼を報告して報酬を受け取ると、エステルは昼食にするつもりだったらしい。
ソーマはそのまま依頼板へ向かった。
「……何をしてるんですか?」
「午後の依頼探してる」
「もう1件?」
「まだ昼だし」
エステルは少し黙った。
午後は街道巡回。その依頼も問題なく終わったが、夕方前に街へ戻ると、ソーマはまた依頼板へ目を向けた。
今度はエステルが先に止める。
「まだ働くんですか?」
「短いやつなら」
「朝からゴブリンを倒して、そのあと街道を歩き回ったんですよ?」
「まあ、そうだけど」
「普通はそろそろ休みます」
正論だった。
それでも、空いた時間があると仕事を入れたくなる。
日本でもずっとそうだった。
ただし、その理由を説明するつもりはない。大学も単発バイトも、毎週現れる扉のことも、まだ誰にも話していなかった。
「昔から、時間が空くと仕事入れる癖があって」
それだけ答えると、エステルは少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上は聞かなかった。
結局その日は、夕方に短い薬草採取を1件追加した。
◇
翌朝。
ソーマがギルドへ行くと、エステルは普通に依頼板の前で待っていた。
「今日も一緒に行く?」
「そのつもりです」
「昨日、結構引いてなかった?」
「仕事量には今も引いてます。でも、一緒に依頼を受けることとは別です」
どうやら本当に引いてはいるらしい。
それでも。
何だかんだでついてくる。
その日も朝は小型魔物の討伐、昼前には村への荷物運搬を受けた。《運搬》《重量軽減》《収納》を使うソーマの作業は早く、エステルは途中から荷物を渡す役に回っていた。
「本当にこういう仕事得意ですね」
「戦うより長くやってるからな」
「冒険者になる前も?」
少しだけ返事に詰まる。
「まあ、似たようなことは結構やってた」
「色々やっていたんですね」
「色々ね」
エステルはそれ以上踏み込んでこなかった。
ソーマも彼女の神聖魔法について無理に聞いていない。お互い、話したくなさそうなところには踏み込まない。それくらいの距離感が、今はちょうどよかった。
荷運びが早く終わると、ソーマは当然のように3件目の依頼へ手を伸ばした。
そこでエステルが腕を止める。
「今日、何件目ですか?」
「次で3件目」
「昨日も3件でしたよね?」
「そうだっけ?」
「覚えてます」
しばらく見つめられたあと、エステルは少しだけ呆れた顔になった。
「ソーマって、依頼を探してるんじゃなくて、空いてる時間を仕事で埋めてません?」
核心だった。
「……そうかも」
「そうかも、じゃないです」
「やっぱり引いてる?」
「かなり」
そう言いながらも。
結局、その護衛依頼にもついてきた。
◇
2人で依頼を回しているうちに、仕事以外の話も少しずつ増えていった。
好きな食べ物。
苦手な依頼。
冒険者になって驚いたこと。
そして、将来のこと。
「エステルって、なんでそんなに騎士になりたいの?」
護衛の帰り道、ソーマが尋ねた。
エステルは少し考えてから答える。
「小さい頃から憧れていたんです。剣を持って、誰かを守れる人になりたくて」
「だからその装備なんだ」
「どういう意味ですか?」
「最初に見た時、新人冒険者には見えなかった。どこかの騎士かと思った」
「今はソーマもちゃんと冒険者に見えますよ」
「今は、って付けた?」
「気のせいです」
少し笑う。
神聖魔法については聞かなかった。
騎士の話をするエステルは楽しそうだったし、今はそれで十分だった。
逆にエステルから家族のことを聞かれた時も、ソーマは「遠くにいる」とだけ答えた。
嘘ではない。
今いる場所から考えれば、とてつもなく遠い。
エステルも、それ以上は聞かなかった。
◇
その日の夕方、護衛を終えて街へ戻ると、ソーマは反射的に依頼板へ目を向けた。
隣のエステルが先に言う。
「今日は終わりです」
「まだ何も言ってないけど」
「顔でわかります」
「最近みんなそれ言うな……」
「明日もあるんですから休んでください」
その言葉で、ソーマは少しだけ黙った。
エステルにとっては明日も続きがある。
だが。
自分にとっては、今夜。
これまで通りなら帰還の扉が現れる。
日本側では日曜日の夜。
翌日は月曜日で、大学は1限からだ。
もちろん、それを説明することはできない。
「明日はちょっと予定あるかも」
「そうなんですか?」
「まあ、そんな感じ」
エステルは首を傾げたが、やはり深くは聞かなかった。
「では、次に会った時ですね」
「うん。また組もう」
「約束ですよ」
少し歩いたところで、エステルが振り返った。
「それと、次に来た時も朝から3件とか入れないでくださいね」
「それは約束できない」
「やっぱり引きます」
そう言いながら。
エステルは笑っていた。
◇
夜になり、銀鹿亭で夕食を済ませたソーマは、1人でいつもの路地へ向かった。
今回はエステルと2人で何件もの依頼を回した。
最初はレオンに勧められたから誘っただけだったが、気づけば依頼以外のことまで普通に話すようになっている。
仕事量にはかなり引かれた。
それでも。
何だかんだで、毎回ついてきた。
「変なやつ……いや、人のこと言えないか」
自分の方がよほど変だ。
毎週突然現れ、数日間だけ朝から晩まで働き、また突然いなくなる。
そんなことを考えているうちに、いつもの路地へ着いた。
石壁の一角には、見慣れた木製の扉が現れている。
前回は祝日の影響なのか、いつもの夜に出なかった。
今回は日本側に連休はない。
だからなのか。
予想通りのタイミングで扉が現れた。
ソーマは少しだけ街の方を振り返った。
最初は、生きて日本へ帰ることだけを考えていた。
今は違う。
次に来た時。
またレオンやリナに会う。
ガルドの店へ行く。
そして。
エステルと依頼を受ける。
そんなことを当たり前のように考えている。
ソーマは扉を開き、向こう側のワンルームへ足を踏み入れた。
境界を越えると、腰の短剣もナイフも革鎧も見えなくなり、代わりにスマホや財布、鍵が戻ってくる。
画面を点ける。
10月18日、日曜日。
23時台。
「予想通りか」
明日は月曜日。
大学は1限から3限まで。
そして。
その後には、すでにバイトも入っている。
ソーマは予定表を見ながら、エステルの顔を思い出した。
――毎日こんなに働くんですか?
異世界でも依頼を詰め込み。
日本へ戻れば、大学のあとにまた働く。
全部話したら。
たぶん。
「引く」では済まない。
「……絶対もっと引かれるな」
少し笑いながらスマホを充電器へ挿す。
数時間前まで冒険者だった。
明日の朝には。
また普通の大学生へ戻る。
そして金曜日になれば。
きっとまた。
あの扉が現れる。
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