Fランク卒業試験
森から戻った3人は、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
ソーマの背中には、今日仕留めた4匹のホーンラビット。
《運搬》と《重量軽減》のおかげで何とか持てているものの、さすがにそれなりの重量だった。
「ようやく着いた……」
ギルドへ入るなり、ソーマは背負っていた荷物をゆっくり下ろす。
受付にいたエレナが、4匹のホーンラビットを見て少し目を丸くした。
「4匹ですか?」
「依頼は3匹だったんですけど、最後にもう1匹だけ」
「もう1匹だけ、ね」
横でリナが笑う。
「何?」
「何でもない」
絶対何かある顔だった。
エレナは依頼書を確認すると、解体担当の職員を呼んだ。
「では、状態を確認しますね。依頼条件は3匹以上なので、すでに達成です。4匹目も状態に問題がなければ買い取り対象になります」
「お願いします」
4匹を奥へ運んでもらう。
待っている間、ソーマは少し落ち着かなかった。
今回は、ただレオンたちについて行ったわけではない。
最初の1匹こそ逃げられたものの、その後は自分で追い、仕留めた。
4匹目に至っては、《仕分け》で痕跡を選びながら追い、見つけるところから自分でやった。
だからこそ。
いくらになるのか、少し楽しみだった。
しばらくして、担当の職員が戻ってくる。
「4匹とも状態は良好です。角の欠けも少なく、毛皮にも大きな損傷はありません」
「おお」
思わず声が出た。
「特にこちらの2匹は、肉への傷も少ないですね」
ソーマは少し嬉しくなる。
《仕分け》で状態を確認した感覚は間違っていなかったらしい。
エレナが査定表へ目を落とした。
「ホーンラビットは1匹につき銅貨50枚です」
「50枚?」
ソーマが聞き返す。
「はい。今回は4匹ですので、合計で銅貨200枚になります」
「200枚……」
思っていたより高い。
もちろん、捕まえるのは大変だった。
最初の1匹には普通に逃げられたし、追い詰めれば角で反撃もしてくる。
それでも、ゴブリンのように最初から殺しに来る魔物ではない。
狩り方さえ覚えれば、危険度の割にはかなり悪くない報酬に思えた。
その時、ソーマはふと思い出した。
「あ、肉って少しもらえます?」
「持ち帰りですか?」
「はい。せっかく自分で狩ったんで、食べてみたくて」
エレナが小さく笑う。
「もちろん構いません。1匹分の肉を持ち帰る場合は、その分を買い取り額から差し引きます」
「いくらですか?」
「銅貨35枚分ですね」
エレナが計算する。
「ですので、最終的な受取額は銅貨165枚になります」
「165枚……」
レオンが革袋を受け取り、中身を確認する。
「3人で割れば55枚ずつだな」
「今回はちゃんと分けるの?」
ソーマが聞く。
「今日は普通にパーティで狩りしてるだろ」
レオンが答える。
「追い込みもしてるし、痕跡も教えたしな」
リナも頷く。
「私も一応周囲見てたしね」
「じゃあ55枚ずつか」
ソーマは自分の取り分を受け取る。
銅貨55枚。
宿代は30枚。
払っても25枚残る。
「……これ、結構割よくない?」
「何が?」
リナが聞く。
「ホーンラビット。危険少ない割にちゃんと稼げるじゃん」
レオンが笑う。
「捕まえるのが難しいからEランクなんだよ」
「でも俺、《軽歩》と《仕分け》あるし」
ソーマは少し真剣に考える。
痕跡を《仕分け》で見分ける。
《軽歩》で追う。
《警戒》で反撃を避ける。
仕留めたあとは《運搬》と《重量軽減》で持ち帰る。
今の自分のスキルと、妙に噛み合っている。
「……冒険者やめて狩人やろうかな」
一瞬。
レオンが吹き出した。
「早すぎるだろ!」
リナも笑う。
「冒険者のまま狩猟依頼を受ければいいでしょ」
「……確かに」
「今気づいたの?」
ソーマは銅貨55枚を革袋へしまった。
「やっぱ狩り、ありだな」
「単純ね」
「生活かかってるんで」
◇
肉を受け取り、ギルドを出ようとしたところで。
レオンがふと立ち止まった。
「そういやソーマ」
「何?」
「お前、何か忘れてないか?」
「何を?」
「俺たちのこと」
ソーマはレオンを見る。
その隣にはリナ。
2人とも、なぜかこちらを見ている。
「……何?」
「俺、Cランク」
レオンが自分を指差す。
続いてリナも言った。
「私はDランク」
「ああ」
ソーマは頷く。
「知ってる」
「反応薄くない?」
「前におめでとうって言ったじゃん」
「それは結果見た時でしょ」
リナが言う。
レオンは持っていた肉の包みを見る。
それから少し笑った。
「ちょうどいい。これ焼くか」
「今?」
「昇級祝い」
「また祝うの?」
「昇級なんて毎週するもんじゃないだろ」
「まあ、それはそうか」
結局。
その日の夕方。
3人は街外れにある、冒険者たちが簡単な野外調理に使っている場所へ向かった。
石で囲まれた火床に薪を入れ、火を起こす。
その上に鉄網を置き、薄く切ったホーンラビットの肉を並べる。
じゅう、と脂が落ちる音。
香草と塩を振ると、香ばしい匂いが広がった。
「……これ、普通にうまそうだな」
ソーマが肉を裏返す。
「自分で狩った補正入ってない?」
リナが言う。
「入っててもいいだろ」
「私は食べられれば何でもいいけど」
「それ、焼いてる側が一番傷つくやつだぞ」
レオンが笑いながら酒を注いだ。
「ほら。今日はちゃんと祝い直すぞ」
ソーマも杯を受け取る。
「じゃあ改めて」
少しだけ笑う。
「レオン、Cランク。リナ、Dランク。昇級おめでとう」
「おう」
「ありがと」
3人の杯が軽くぶつかった。
少し前なら。
自分はFランク。
レオンはD。
リナはE。
それが今は。
レオンがC。
リナがD。
少しずつ、2人が先へ進んでいる。
「なんか、どんどん離されてるな」
ソーマが言うと、レオンがニヤッと笑った。
「そうでもないぞ」
「何が?」
「お前にも来てるから」
「何が?」
今度はリナまで笑い始めた。
嫌な予感がする。
「何、その顔」
「いやあ」
レオンが肉を一口食べる。
「いつ言おうかなと思って」
「だから何を?」
「昇級査定」
ソーマの手が止まった。
「……誰の?」
「お前の」
数秒。
ソーマは黙った。
「俺?」
「他に誰がいるのよ」
リナが笑う。
「早くない?」
思わず聞き返す。
冒険者になってから。
まだそんなに時間は経っていない。
自分では、まだ完全に新人のつもりだった。
「俺、Fランクになったばっかだろ」
「普通のFランクならな」
レオンが答える。
「でも、お前短期間で依頼こなしすぎ」
「そんなに?」
「そんなに」
リナが指を折って数える。
「薬草、街の荷運び、倉庫、引越し、森のパーティ依頼、廃村調査、ゴブリン、それに今日のホーンラビット」
「……並べられると結構やってるな」
「こんな短期間でそこまで依頼こなすFランク、ほとんどいないわよ」
「働きすぎってこと?」
「それは前から言ってる」
レオンが笑う。
日本でも働いて。
異世界でも働いて。
その結果。
昇級査定が来た。
なんとも自分らしい。
「じゃあ、受かったらEランク?」
「ああ」
「査定って何すんの?」
何気なく聞いた。
その瞬間。
レオンとリナが顔を見合わせた。
そして。
2人とも笑った。
「……何?」
「いや」
レオンが口元を押さえる。
「ちょうどいいなと思って」
「何が?」
リナが楽しそうに言う。
「ソーマ、最初にこの森で何と会ったっけ?」
嫌な記憶が浮かぶ。
「……ゴブリン」
「何匹?」
「3匹」
レオンが笑顔になる。
「それ」
「は?」
「FからEの査定。森でゴブリン3匹討伐」
ソーマの顔が固まった。
「……3匹?」
「3匹」
初日の記憶が一気に戻る。
棍棒。
脇腹。
息ができなくなった痛み。
「パーティで?」
2人がさらに笑う。
ソーマの背中に冷たいものが流れた。
「……なんで笑ってんの?」
レオンが答える。
「1人だから」
「は?」
「単独討伐」
しばらく何も言えなかった。
「いやいやいや」
「何よ」
「俺、ゴブリンまだ1匹も最後まで1人で倒してないんだけど」
「ホーンラビットは4匹やったじゃない」
「逃げるウサギと武器持って殴りに来るゴブリン一緒にすんなよ!」
レオンが笑う。
「大丈夫だって。前とは違うだろ」
「簡単に言うな」
「短剣ある」
「ある」
「《警戒 Lv2》ある」
「ある」
「《軽歩》ある」
「あるけど!」
「じゃあいける」
「理屈雑すぎるだろ!」
リナまで笑い始めた。
ただ。
最初の時とは違う。
それはソーマ自身もわかっている。
武器もある。
レオンに教わった。
ゴブリンの攻撃を避けたこともある。
《警戒》も《軽歩》もある。
それでも。
怖いものは怖い。
「しかも1人か……」
ソーマは目の前の杯を見る。
レオンが少し笑いながら言った。
「怖い?」
「普通に怖い」
「それでいい」
少し前にも聞いた言葉だった。
「怖くなくなった方が危ない」
「そういう良い話でまとめようとしてるけど、俺1人でゴブリン3匹だからな」
「まだ明日って決まったわけじゃないでしょ」
リナが言う。
「エレナに確認してからよ」
「……そうだった」
ほんの少しだけ安心する。
ソーマは杯を持ち上げた。
「とりあえず飲む」
「急に?」
「考えたら緊張してきた」
そのまま。
一気に飲み干す。
「ちょっと!」
リナが驚く。
レオンまで笑いながら止める。
「そんな飲み方するなって」
「大丈夫」
「全然大丈夫に見えないけど」
喉が熱い。
でも。
少しだけ緊張が和らいだ。
気がする。
「ゴブリン3匹……」
もう一度呟く。
今度は。
初日の恐怖だけではなく。
自分が短剣を構えた感覚も一緒に浮かんだ。
以前とは違う。
たぶん。
その言葉を信じるしかない。
◇
食事を終えたあと。
3人は街へ戻った。
途中でレオンとリナと別れ、ソーマは1人で銀鹿亭へ向かう。
酒が少し回っている。
それでも。
頭の中には、ずっと同じ言葉があった。
ゴブリン3匹。
単独。
「……初日に戻ったみたいだな」
違うのは。
今度は逃げるために森へ入るのではないこと。
自分から。
3匹を倒しに行く。
ソーマは腰の短剣へ触れた。
ガルドにもらったナイフもある。
《警戒 Lv2》。
《軽歩 Lv1》。
レオンに教わった構え。
間合い。
以前とは違う。
そう考えるたびに少し安心して。
その直後に、棍棒で殴られた記憶が戻ってくる。
「……寝よう」
今日はもう考えない。
銀鹿亭へ戻ると、マルタに宿代を払い、そのまま部屋へ向かった。
明日。
受付で聞く。
査定を受けられるなら。
受ける。
そう決めて。
ソーマはベッドへ倒れ込んだ。
◇
翌朝。
いつもより少し早く目が覚めた。
昨日の酒は残っていない。
だが。
緊張はしっかり残っていた。
銀鹿亭で簡単な朝食を済ませ、装備を確認する。
短剣。
ガルドからもらったナイフ。
革袋。
水。
簡単な食料。
いつもより何度も確認してしまう。
「……行くか」
冒険者ギルドへ向かった。
朝のギルドは、すでに多くの冒険者で賑わっていた。
今日は依頼板へ行かない。
そのまま受付へ向かう。
エレナがこちらに気づいた。
「おはようございます、ソーマさん」
「おはようございます」
少し声が硬い。
エレナが首を傾げる。
「どうしました?」
「その……」
ソーマは一度息を吸う。
「俺、昇級査定の対象になってるって聞いたんですけど」
「ああ。その件ですね」
やっぱり。
本当にある。
エレナは書類を取り出す。
「はい。依頼達成数、同行実績、ギルドからの評価。すべて規定を満たしています」
「やっぱり早くないですか?」
「早いですよ」
即答だった。
「ですよね?」
「ですが、短期間でこれだけ依頼をこなすFランクも珍しいので」
昨日と同じことを言われた。
どうやら本当に働きすぎらしい。
エレナが1枚の依頼書をこちらへ向ける。
「FランクからEランクへの昇級査定はこちらです」
ソーマは恐る恐る紙を見る。
【F→Eランク昇級査定】
討伐対象:ゴブリン3体
場所:北側森林区域
条件:単独討伐
同行支援:不可
「……ほんとに3匹」
「はい」
「1人で」
「はい」
「遠くからレオンに見てもらうとか」
「不可です」
「リナも?」
「不可です」
「エレナさんは?」
「私は受付です」
ごもっともだった。
エレナが少し表情を和らげる。
「もちろん、今日受ける必要はありませんよ」
「え?」
「準備不足だと思うなら延期できます。昇級査定は急ぐものではありません」
その言葉に。
少しだけ心が揺れた。
延期。
できる。
もっと練習してからでもいい。
でも。
いつかはやる。
そして。
前の自分ではないことを、自分でも確かめてみたい。
ソーマは依頼書を見たまま少し考える。
「……今日やります」
エレナの表情が真面目になる。
「本当に?」
「はい」
少し声は震えた。
でも。
答えは変えなかった。
「わかりました」
エレナが正式に査定を受理する。
「無理だと思ったら撤退してください。査定失敗より、生きて戻る方が大切です」
「はい」
その言葉は少しありがたかった。
ソーマは依頼書を受け取る。
ギルドを出る。
朝の空気が、いつもより冷たく感じた。
向かう先は。
最初にゴブリン3匹と遭遇した森。
ソーマは腰の短剣へ触れる。
《警戒 Lv2》。
《軽歩 Lv1》。
短剣。
ナイフ。
レオンから教わった構えと間合い。
前とは違う。
そう何度も自分に言い聞かせる。
「……行くか」
そして。
1人で森へ向かって歩き出した。
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