俺だけ働いてない?
ギルドを出たあと、3人はそのまま近くの食堂へ向かった。
今日はソーマにも少し余裕がある。
薬草採取とゴブリン討伐の報酬を受け取り、宿代を払っても食事代は十分残る。
いつものように硬いパンと薄いスープだけで済ませる必要はない。
「今日は肉にする」
店へ入るなりソーマが言うと、リナが笑った。
「ずいぶん嬉しそうね」
「そりゃそうだろ。やっと普通に食えるんだから」
「この前も肉食べてなかった?」
「奢りだっただろ」
「ああ」
レオンが思い出したように笑う。
「飲み代のために朝5時から働いたのに、結局俺が払ったやつな」
「それ言うなよ」
今思い出しても少し虚しい。
朝5時から宿の配膳を手伝い、そのあと商会で荷物を運び、必死に銅貨を稼いだ。
全部その夜の飲み代のためだった。
結局、1枚も使わなかった。
3人は空いているテーブルへ座った。
ソーマは肉の煮込みとパンを注文する。
レオンはそれに加えて酒。
リナは肉料理と果実水。
料理が届くまでの間、3人は今日の戦闘の話をしていた。
「でも、初めてにしては悪くなかったぞ」
レオンが言う。
「それ褒めてる?」
「褒めてる」
「最後はレオンが倒したけどな」
「最初から全部やれとは言ってないだろ」
リナも頷く。
「むしろ最初から普通に殺せたら、ちょっと怖いわよ」
「それ前も言ってたな」
「だって本当にそう思うもの」
ソーマはテーブルに置かれた水を一口飲んだ。
手にはまだ、ゴブリンを短剣で刺した時の感触が少し残っている気がする。
慣れたいかと言われると、微妙だ。
でも。
この世界で冒険者を続けるなら、いつかは慣れなければならないのだろう。
そんなことを考えていると、料理が運ばれてきた。
湯気の立つ肉の煮込み。
思っていたより大きな肉が入っている。
ソーマは少し嬉しくなった。
「いただきます」
ひと口食べる。
柔らかい。
味も濃い。
「うま……」
「そんなに?」
リナが聞く。
「最近、パンとスープばっかだったから」
「食生活ひどいな」
レオンが笑う。
「金がないんだよ」
「ずっと働いてるのに?」
「働いた分、宿と飯と武器で消える」
自分で言っていて悲しくなってくる。
少しして。
レオンが何気ない調子で言った。
「そういやソーマ」
「ん?」
「お前、依頼か仕事の話ばっかしてるけど」
肉を食べながら顔を上げる。
「うん」
「女の子と遊んだりしないの?」
一瞬。
ソーマの手が止まった。
「……何で急に?」
「いや、ふと思って」
「依頼の話から急に飛びすぎだろ」
レオンは酒を一口飲む。
「同年代だろ? デートとかしないのかなって」
「デート……」
言葉にすると妙に遠いものに感じる。
日本では大学へ行って。
空いた時間に単発バイト。
週末は異世界。
異世界へ来ても依頼。
最近の予定を思い返してみる。
大学。
清掃。
警備。
引越し。
宿の配膳。
荷物運び。
薬草。
ゴブリン。
「……してないな」
「即答ね」
リナが言う。
「する時間ないし」
「時間は作るものだぞ」
レオンが得意げに言う。
ソーマはじっとレオンを見る。
明るい。
背も高い。
剣も強い。
まだ20歳くらいなのにCランク。
訓練場では、他の冒険者から憧れられていた。
普通に考えて。
かなりモテそうだ。
「レオンはするの?」
「何を?」
「デート」
「まあ、誘われることはある」
さらっと答えた。
「やっぱり」
「何だよ、その反応」
「いや、モテそうだなと思って」
実際、ギルドでもレオンを見ている女性冒険者は何人かいた気がする。
本人が気にしていないだけだろう。
ソーマは次にリナを見る。
「何よ」
「いや」
口は悪い。
結構すぐ怒る。
でも。
改めて見ると、普通に顔立ちは整っている。
赤みのある栗色の髪。
淡い緑色の瞳。
小柄だが、冒険者らしく姿勢もいい。
しかも希少な魔術師。
「リナも普通にモテそうだな」
「は?」
「痛っ!」
リナがテーブルの下からソーマの足を蹴った。
「何すんだよ!」
「急に何言ってるのよ」
「褒めただけだろ!」
「言い方が気持ち悪い」
「今日キモいって何回言われるんだ俺」
レオンが笑っている。
「でも、リナも誘われてるだろ」
「レオン!」
「事実じゃん」
「余計なこと言わなくていいの!」
リナが少しだけ顔を赤くする。
ソーマは2人を見比べた。
レオンは明るくて強くて、周囲から一目置かれている。
リナも口は悪いけど見た目はいいし、実戦で魔法まで使える。
一方。
自分は。
「……俺だけ働いてない?」
「は?」
リナが聞き返す。
ソーマは指を折る。
「大学行って、バイトして、こっち来て依頼やって、また帰ってバイトして……」
一度止まる。
「俺、ずっと働いてるな」
レオンが吹き出した。
「今さら気づいたのかよ」
「いや、薄々気づいてたけど」
改めて考えるとひどい。
日本では学費と生活費のために働く。
異世界では宿代と飯代のために働く。
やっと金が貯まったと思えば短剣を買って、また金が減る。
「俺もデートとかした方がいいのかな……」
「したいならすれば?」
リナが言う。
「そんな求人みたいに言うなよ」
「誰も募集してないでしょ」
「余計悲しくなるからやめろ」
レオンが完全に笑っている。
ソーマは肉を食べながら、少しだけ落ち込んだ。
せっかく異世界に来たのに。
やっていることは、日本にいる時とそれほど変わらない。
働く。
食べる。
寝る。
また働く。
「……異世界ってもっとこう、華やかなものじゃなかったっけ」
「何言ってるかわからないけど、冒険者なんてこんなもんだぞ」
レオンが言う。
夢がない。
ソーマは残った肉を口へ運んだ。
せめて今日の飯がうまいことだけが救いだった。
◇
食事を終える頃には、外も少しずつ暗くなり始めていた。
店を出ると、レオンが大きく伸びをする。
「明日はどうする?」
ソーマが聞いた。
「俺?」
「今日の依頼は終わったし。次何かやるなら」
レオンとリナが顔を見合わせた。
「じゃあ、狩り行く?」
リナが言う。
「狩り?」
ソーマは首を傾げる。
「魔物?」
「魔物もいるけど、食用になる獣とかね」
レオンが続ける。
「ちょうどいいEランク依頼があったはずだ」
「俺Fだけど」
「またそれ言うのか」
「ランク大事だろ」
「今回も俺たちと一緒なら問題ない」
特例同行。
前にも使った制度だ。
ただ。
「なんで急に狩り?」
ソーマが聞く。
レオンが少し笑う。
「お前の新しい動き、試せそうだから」
「《軽歩》?」
「ああ」
レオンが言う。
「ゴブリンみたいに向こうから襲ってくる相手なら、待ってりゃ近づいてくるだろ?」
「まあ」
「でも狩りは逆だ」
「逆?」
「獲物が逃げる」
なるほど。
レオンは続ける。
「森にいるホーンラビット覚えてるか?」
ソーマはすぐに思い出した。
以前。
《警戒》で存在に気づいたものの、こちらを見るなり逃げていった角の生えた兎型の魔物。
「あの逃げるやつ?」
「そう」
「戦ったことないな」
「普通はあっちから戦いに来ないからな」
リナが言う。
「でも食用としては人気あるのよ。肉も取れるし、角も素材になる」
「じゃあ簡単そうじゃない?」
襲ってこない。
小さい。
見た目は兎。
ゴブリンよりずっと楽に思える。
しかし。
レオンが首を横に振った。
「だからEランクなんだよ」
「え?」
「ゴブリンより速い」
「……あ」
「しかも小さい。森の中で本気で逃げる獲物を追いかけて、仕留めるのは結構難しいぞ」
言われてみればそうだ。
ゴブリンなら、基本的にこちらへ向かってくる。
攻撃を避けて、間合いへ入ればいい。
でも。
逃げる相手は、自分から追わなければならない。
しかもホーンラビットは小さい。
「弓とか使わないの?」
「使える奴は使う」
レオンが答える。
「でもお前は弓使えないだろ?」
「使えない」
「だから短剣で近づく」
「結構難しくない?」
「だから練習になるんだよ」
嫌な予感がしてきた。
レオンは楽しそうに続ける。
「《警戒》で位置を掴める。《軽歩》で距離を詰める。《仕分け》があれば素材の状態も見分けられる」
「全部試せるじゃん」
「そういうこと」
ソーマは少し考える。
確かに。
今の自分のスキル構成には合っている。
しかも。
「肉も食える?」
一番気になるところを聞く。
リナが呆れたような顔をした。
「結局そこ?」
「大事だろ」
「討伐した分を全部食べられるわけじゃないけど、買い取りに出さず自分たちで引き取れば食べられるわよ」
ソーマの気持ちが少し傾いた。
肉。
しかも自分で狩った肉。
「……やるか」
「決まりだな」
レオンが笑う。
「明日はホーンラビット狩り」
「Eランク依頼なんだよな?」
「そう」
「俺、Fなんだけど」
「それ何回目?」
リナが呆れる。
「確認は大事なんだよ」
そう言いながらも。
少し楽しみだった。
今日は向かってくるゴブリン。
明日は逃げる獲物。
《軽歩》がどこまで使えるのか。
自分にもまだわからない。
「集合は朝?」
「ギルドに朝」
「寝坊しないでよ」
「したことないだろ」
そんなやり取りをしながら、3人は分かれた。
ソーマは1人、銀鹿亭へ向かう。
途中。
通りを歩く男女が目に入った。
仲良さそうに並んで歩いている。
さっきの話を思い出す。
レオンはモテる。
リナもたぶんモテる。
自分は。
朝から晩まで働いている。
「……俺もなんか考えた方がいいのかな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
だが。
明日の予定は、すでに狩り。
その次はおそらくまた仕事。
結局。
「……まあ、今はいいか」
そう言いながら銀鹿亭へ向かう背中には、どこか少しだけ哀愁が漂っていた。
【現在のソーマのスキル】
《運搬 Lv1》
荷物の持ち方や重心を最適化し、効率よく運べる。
《仕分け Lv1》
教わった基準をもとに、物の状態や違いを見分けやすくなる。
《警戒 Lv2》
迫る危険の方向やタイミングを、以前より具体的に察知できる。
《重量軽減 Lv1》
物や自分自身にかかる重さの負担を少し軽くする。
《浄化 Lv1》
服についた泥や埃、軽い染みなどを落とせる。
《軽歩 Lv1》
《運搬》と《重量軽減》の融合スキル。最初の一歩や方向転換が少し速くなる。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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