パーティの信用
薬草20束と、ゴブリン5体分の討伐証明。
それらを持った3人は、そのまま受付へ向かった。
カウンターの向こうにいたのはエレナだった。
ソーマたちの姿を見るなり、エレナが顔を上げる。
「お帰りなさい。薬草採取でしたよね?」
「はい」
ソーマは背負っていた袋を下ろした。
「20束あります。あと、途中でゴブリンが出て」
「ゴブリン?」
エレナの手が止まる。
レオンが横から答えた。
「5匹です」
数秒。
エレナがゆっくりソーマを見る。
「……5匹?」
「はい」
「薬草採取で?」
「出てきたんです。こっちから探したわけじゃないです」
ソーマはすぐに付け加えた。
嫌な予感がする。
以前、丸腰で森へ入り、ゴブリン3匹に襲われた時。
エレナにはかなり怒られた。
今回も何か言われそうだ。
エレナは何も言わず、レオンとリナを見る。
Cランクのレオン。
Dランクのリナ。
2人とも平然としていた。
「討伐証明はありますか?」
「あります」
レオンが回収していた証明部位をカウンターへ置く。
エレナは1つずつ確認していった。
「5体分、確認しました」
そして。
やはりというべきか。
エレナが顔を上げる。
「ソーマさん」
「はい」
「前にも言いましたよね?」
「何をでしょう」
「森では無茶をしないように、と」
来た。
「今回は武器も持ってましたし……」
「そういう問題ではありません」
エレナの笑顔が少し怖い。
「Fランクで、ゴブリン5体と遭遇しているんですよ?」
「でも俺が相手したのは1匹だけで――」
「1匹ならいい、という話でもありません」
正論だった。
ソーマは黙る。
横を見ると、リナが少し笑っている。
「笑ってるだろ」
「笑ってない」
完全に笑っている。
エレナはさらに何か言おうとしたが、その視線がもう一度レオンとリナへ向いた。
しばらく考えたあと、小さく息を吐く。
「……まあ、今回はいいでしょう」
「いいんですか?」
思わず聞き返す。
「レオンさんがCランク。リナさんがDランクですから」
エレナは少しだけ表情を緩めた。
「ソーマさんを前衛として扱っていたわけでもありませんし、この2人と一緒ならゴブリン5体程度で大きな問題になる可能性は低いでしょう」
「助かった……」
ソーマが小さく呟く。
「何か?」
「何でもないです」
ただし。
という顔を、エレナがした。
「ソーマさん」
「はい」
「1人では絶対に同じことをしないでくださいね」
「はい」
「絶対ですよ?」
「はい」
「今の返事、少し軽くありません?」
「ちゃんと聞いてますって」
エレナはまだ疑うような目でソーマを見る。
「本当に1人で森へ入って、ゴブリンを探したりしないでくださいね」
「しないです。俺だって好きでゴブリンと戦いたいわけじゃないし」
「前回は丸腰で入ってましたけど」
「それはもう反省してます」
「本当に?」
「本当に」
そこへリナが横から口を挟んだ。
「この人、今回も最初は薬草だけ採って帰るつもりだったわよ」
「ほんと?」
「ほんとです」
レオンも頷く。
「ゴブリンは向こうから出てきました。ソーマには一番弱そうなのを1匹だけ任せて、残りは俺たちで処理してます」
エレナはそこでようやく納得したようだった。
「それなら今回は問題ありません」
少し間を置く。
「このパーティなら、まあ……大丈夫でしょう」
ソーマが眉を上げる。
「俺じゃなくてパーティへの信用なんですね」
「もちろんです」
即答だった。
「そこ迷わないんだ」
「ソーマさん単独の実績を考えれば、当然です」
「ひどくない?」
「丸腰で森へ行った人が何を言ってるんですか」
何も言い返せなかった。
◇
報告が終わると、今度は薬草の確認に移った。
ソーマが集めた20束をカウンターへ出す。
エレナが奥の職員へ渡し、品質を確認してもらう。
以前に比べれば、採取はかなり楽になっていた。
《仕分け》のおかげで、教わった基準に合うものだけを自然に選べる。
葉が傷んでいるもの。
変色しているもの。
使えない部分。
そういったものを、採取する段階である程度外せるようになった。
しばらくして、職員が戻ってくる。
「20束、すべて問題ありません」
「全部?」
ソーマが思わず聞く。
「はい。状態も良好です」
少し嬉しい。
初めてこの依頼を受けた時は、使える薬草と使えないものを何度も確認しながら集めていた。
今は、それほど迷わない。
目立たないが。
《仕分け》も確実に役に立っている。
エレナが報酬表を確認する。
「薬草採取の基本報酬が銅貨40枚です」
「よし」
これで宿代は確保できた。
少なくとも今夜、路上で寝る必要はない。
「それと、ゴブリン5体分の討伐報酬が加算されます」
ソーマが顔を上げる。
「いくら?」
「1体につき銅貨6枚なので、5体で銅貨30枚です」
「思ったより出る」
「低級とはいえ、正式な討伐対象ですから」
薬草40枚。
ゴブリン30枚。
合計70枚。
エレナが硬貨を用意する。
「今回の報酬は、合計で銅貨70枚になります」
「おお……」
今の所持金は銅貨10枚。
これで合計80枚。
宿代が30枚。
それを払っても50枚残る。
夕食も食べられる。
「今日はちゃんと肉食えるな……」
思わず本音が漏れた。
レオンが笑う。
「ゴブリンと戦った感想がそれかよ」
「ほとんど倒したの2人だけどな」
そこまで言って。
ソーマは少し止まった。
そういえば。
ゴブリン5体の討伐報酬。
自分が戦ったのは1匹だけ。
しかも最後に倒したのはレオンだ。
「これ、俺が全部もらっていいの?」
エレナが答える。
「今回の薬草依頼の受注者はソーマさんですが、討伐報酬の分配についてはパーティ内で決めていただいて構いません」
ソーマはレオンを見る。
「どうする?」
「いらない」
即答だった。
リナを見る。
「私もいらない」
こっちも早い。
「いや、4匹ほぼ2人が倒したじゃん」
「俺ら、今日はお前の付き添いだろ」
レオンが言う。
「宿代稼ぐために森まで来たんじゃなかったのか?」
「そうだけど」
「じゃあ取っとけ」
リナも頷いた。
「私はDランクになったばかりとはいえ、ゴブリン数匹分の報酬をFランクから取らないわよ」
「その言い方、ちょっと傷つくな」
「事実でしょ」
結局、2人とも受け取る気はないらしい。
ソーマは銅貨70枚を受け取った。
硬貨を革袋へ入れると、さっきまでほとんど空だった袋が一気に重くなる。
「……ありがとう」
「次にちゃんと稼げるようになったら飯でも奢れ」
レオンが言う。
「それ前も言ってなかった?」
「じゃあ2回奢れ」
「増やすなよ」
リナが笑う。
◇
受付を離れた3人は、ギルドの端にある空いたテーブルへ移動した。
ソーマは椅子へ座るなり、もう一度革袋を確認する。
銅貨80枚。
宿代を払って。
食事をして。
それでも多少は残る。
「やっと普通に泊まれる……」
心の底から安心した。
向かいへ座ったリナが呆れたように見る。
「そんなに嬉しい?」
「さっきまで銅貨10枚しかなかったんだぞ」
「自分で武器に使ったんでしょ」
「必要経費」
「だったら文句言わないの」
その通りではある。
今日は短剣を買った。
レオンに基礎を教わった。
初めて模擬戦もした。
ゴブリンとも戦った。
さらに《運搬》と《重量軽減》を組み合わせて、《軽歩 Lv1》まで生まれた。
考えてみれば、かなり濃い1日だ。
「そういえば」
レオンが椅子へ座りながら言った。
「初めて自分で戦ってみてどうだった?」
「怖かった」
即答した。
レオンが少し意外そうな顔をする。
「そこ即答なんだな」
「怖いものは怖いだろ」
前に棍棒で殴られた痛み。
息ができなくなった感覚。
ゴブリンが向かってきた瞬間、それが一気に戻ってきた。
武器を持っていたからといって。
《警戒》がLv2になったからといって。
恐怖そのものが消えるわけではない。
「でも」
ソーマは腰に差した短剣へ軽く触れる。
「前よりはマシだった」
前回は、ただ逃げることしかできなかった。
今回は違う。
《警戒》で攻撃の方向がわかった。
レオンに教わった構えと間合いも思い出せた。
攻撃を避けた。
短剣を当てた。
そのうえ、《運搬》と《重量軽減》を組み合わせて身体を動かすことまでできた。
最後まで自分で倒すことはできなかった。
それでも。
少しは進んだ。
「次は最後までいけるかもな」
レオンが何気なく言う。
ソーマは少し考える。
「……そうだな」
以前なら、そんなことを言われても想像できなかった。
今なら。
怖い。
でも、できるかもしれない。
そのくらいには思える。
「ただし」
リナが口を挟む。
「調子に乗って1人で森へ行くのは禁止だからね」
「エレナさんと同じこと言うなよ」
「だって絶対そのうちやりそう」
「やらないって」
「ほんと?」
「……たぶん」
「ほら!」
リナの声がギルド内へ響いた。
周囲の冒険者が何事かとこちらを見る。
「冗談だって!」
ソーマが慌てて言った、その時だった。
少し離れた受付から声が飛んでくる。
「ソーマさん!」
反射的に背筋が伸びる。
「はい!」
エレナがこちらを見ていた。
「1人で森へ行かないでくださいね!」
周囲から笑い声が上がった。
ソーマは思わず顔を覆う。
「……信用なさすぎない?」
レオンが肩を震わせながら笑っている。
リナも完全に笑っていた。
それでも。
悪い気はしなかった。
初めてこのギルドへ来た時には、自分のことを知る人間なんて誰もいなかった。
今は。
怒ってくれる人がいる。
笑う仲間もいる。
少しだけ。
この世界にも自分の居場所ができてきた。
ソーマは革袋の重みを確かめながら立ち上がる。
「とりあえず、今日は宿取って飯食おう」
「肉?」
リナが聞く。
「今日は肉」
即答した。
「そこは迷わないのね」
「ゴブリン5匹分だからな」
正確には、ほとんどレオンとリナが倒している。
それでも今日くらいは、少し贅沢してもいいだろう。
ソーマはそんなことを考えながら、2人と一緒にギルドを出た。
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