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平日は単発バイト、週末は異世界冒険者 ~働いた経験が全部スキルになる苦学生の成り上がり~  作者: ばけつプリン


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スキル、来い!

扉を抜けると、悠真の視界いっぱいに朝の光が広がった。


石造りの建物。


まだ人通りの少ない通り。


日本では金曜の夜だったはずなのに、こちらはやはり朝らしい。


そして、この世界へ足を踏み入れた瞬間。


相馬悠真はソーマへ戻る。


腰へ手を伸ばすと、そこにはガルドからもらった古いナイフがあった。革袋も戻っている。中を確認すれば、前回残していた銀貨2枚と銅貨45枚もそのままだ。


「よし……」


金も装備も問題ない。


だが、今日一番確認したいのはそこではなかった。


ソーマは人通りの少ない路地の端へ移動すると、すぐに自分のスキルを確認する。


月曜日。


清掃5時間。


火曜から金曜。


警備20時間。


特に清掃は、前の週にも5時間働いている。


引越しの時と同じなら。


「頼む……なんか来い」


祈るような気持ちで意識を集中する。


《運搬 Lv1》


《仕分け Lv1》


《警戒 Lv2》


《重量軽減 Lv1》


《浄化 Lv1》


数秒。


ソーマは黙って一覧を見つめた。


「……来た!」


思わず声が出る。


慌てて周囲を見る。


幸い、こちらを見る者はいなかった。


もう一度確認する。


間違いない。


《浄化 Lv1》


新しいスキルだ。


「清掃だろ。これ絶対清掃だろ」


名前だけを見ると、清掃バイトから生まれたスキルとは思えない。


むしろ聖職者か何かが持っていそうな名前だ。


だが、今回新しくやった仕事の中で思い当たるのは清掃くらいだった。


しかも。


先週5時間。


今週5時間。


合計10時間。


引越しも同じだった。


5時間を2回。


合計10時間で《重量軽減 Lv1》が増えた。


「……10時間?」


口に出した瞬間、妙にしっくりきた。


まだ偶然かもしれない。


飲食もイベント設営も、今のところ5時間ずつしかやっていない。


もし次にどちらかをもう5時間やってスキルが出れば、かなり可能性は高くなる。


「いや、まだ決めつけるのは早いか」


そう呟いてから、今度は《浄化》へ意識を向ける。


問題は、何ができるのかだ。


スキル名だけなら何となく想像はつくが、いきなり自分へ使うのは少し怖い。


周囲を見回していると、自分の袖に茶色い汚れが付いていることに気づいた。


以前の依頼でついた泥だろう。


「これで試すか」


袖を見ながら、《浄化》を意識する。


すると、ほんの一瞬だけ布の表面が淡く光った。


「お?」


泥汚れが薄くなる。


もう一度使う。


今度はほとんど見えなくなった。


ソーマは袖を擦ってみた。


汚れが落ちている。


「……普通に便利だな」


派手さはない。


攻撃力が上がるわけでもなければ、魔物を倒せるわけでもない。


だが、異世界で服を洗うのは思っていた以上に面倒だった。


銀鹿亭に風呂はないし、洗濯だって日本のように洗濯機へ放り込めば終わりではない。


そこで、もう少し目立つ汚れを探してみる。


ズボンの膝に、以前ついた薄い染みが残っていた。


《浄化》。


一度では消えない。


もう一度。


少し薄くなる。


さらに使うと、ようやくほとんど見えなくなった。


「Lv1だと、何でも一発ってわけじゃないのか」


泥や埃程度なら簡単。


時間の経った染みは何度か必要。


今のところ、そのくらいの能力らしい。


それでも十分だった。


「清掃バイト5時間を2回やって、服の染みが落とせるようになるとは……」


自分で言うと、ますます意味がわからない。


ただし。


使い道はありそうだ。


そして、もう1つ。


《警戒 Lv2》。


こちらも見逃せない。


「上がってるな……」


Lv1だったものが、いつの間にかLv2になっている。


今週は警備の仕事を20時間続けた。


だからレベルが上がった。


そう考えるのが一番自然だ。


ただ。


「何が変わったんだ?」


今ここで試そうにも、危険がなければ《警戒》は反応しない。


感知できる距離が広がったのか。


反応が早くなったのか。


方向がより正確にわかるようになったのか。


それとも、全く別の変化なのか。


「まあ……これは今度でいいか」


できれば試すような状況には遭遇したくない。


ソーマはスキル確認を終えると、ひとまず冒険者ギルドへ向かうことにした。


気になることは、もう1つある。


レオンとリナ。


前回来た時には、それぞれ昇級査定の日程が決まっていた。


こちらで何日経っているのかはわからないが、もう結果が出ている可能性は高い。


◇


ギルドの扉を開けると、朝からそれなりの数の冒険者が集まっていた。


依頼板の前。


受付。


奥のテーブル。


すっかり見慣れてきた光景だ。


ソーマは中へ入りながら、レオンたちを探す。


その必要はなかった。


「いた!」


聞き覚えのある声がした。


次の瞬間、奥のテーブルからリナが立ち上がった。


「ソーマ!」


「あ、おは――」


言い終わる前に、リナがずかずかとこちらへ歩いてくる。


その後ろから、レオンも来た。


なぜか2人とも少し不満そうだ。


「どこ行ってたのよ!」


「え?」


「え? じゃない!」


いきなり怒られた。


ソーマには心当たりがない。


「何かした?」


「何かしたっていうか、いなかっただろ」


レオンが言う。


「俺らの査定が終わって、結果教えてやろうと思ってたのに」


「ああ」


そういうことか。


ソーマにとっては日本で1週間。


だが、この2人からすれば、途中で突然姿が見えなくなったようなものなのだろう。


「ちょっと用事があって」


「何日も?」


リナが怪しむ。


「まあ……いろいろ」


さすがに、


別の世界で大学に行って、清掃と警備のバイトをしていました。


とは言えない。


「それより」


ソーマは2人のギルドカードへ目を向けた。


「結果どうだった?」


その瞬間。


レオンが笑った。


「見たい?」


「聞いてるんだけど」


「じゃあ見ろ」


レオンがカードを見せる。


そこに記されていた文字は、


C。


「おお……!」


次にリナも、自分のカードを見せた。


D。


「2人とも受かったんだ!」


「当然」


リナはそう言いながらも、かなり嬉しそうだった。


レオンはDランクからCランクへ。


リナはEランクからDランクへ。


前回来た時には、2人ともそれぞれのランクの上位だった。


それが今は正式に1つ上へ進んでいる。


「おめでとう」


ソーマが言うと、レオンが笑う。


「ありがとな」


「だから教えてやろうと思ってたのに、お前いないし」


リナがまだ少し根に持っている。


「ごめんって」


「しかも飲んだ次の日からいなくなるし」


「別に逃げたわけじゃないから」


「じゃあどこ行ってたの?」


「……仕事?」


リナが眉を寄せる。


「また?」


「また」


レオンが吹き出した。


「お前、本当に働いてばっかりだな」


異世界から消えていた間も働いていたと言っているのだから、そうなる。


ソーマは適当に笑ってごまかした。


「そういえば」


レオンの視線が、ソーマの腰へ落ちた。


そこにはガルドからもらったナイフがある。


「お前、それ」


「ナイフ?」


「ガルドさんにちゃんと礼言ったのか?」


一瞬。


ソーマは黙った。


「……一応、もらった時には」


「それは礼っていうか、その場でありがとうって言っただけだろ」


「まあ」


リナもナイフを見る。


「あれ、ガルドさんが昔使ってた物なんでしょ?」


「そう聞いてる」


「だったら一度くらい改めて顔出しなさいよ」


言われてみれば、その通りだった。


最初の頃。


金がなくて武器も買えなかった自分へ、ガルドは昔使っていたナイフをタダでくれた。


そのナイフがなければ。


森へ入る度に、もっと怖かったはずだ。


実際に魔物を倒すために使ったわけではない。


それでも腰に武器があるだけで、最初とは安心感が違う。


「……確かに」


「だろ?」


レオンが頷く。


「ちょうどいいし、行くか」


「今?」


「今」


「俺、ギルド来たばっかりなんだけど」


「今日は何か急ぎの依頼あるの?」


リナが聞く。


「ないけど」


「じゃあ決まり」


なぜか2人に予定を決められた。


「いや、俺1人で行けるって」


「ついでだよ」


レオンが言う。


「俺もガルドさんに用事あるし」


「私も行く」


完全に決まっているらしい。


ソーマは小さく息を吐いた。


「わかったよ」


3人でギルドを出る。


通りを歩きながら、ソーマは腰のナイフへ軽く触れた。


そういえば。


あの怖い顔の武器屋に会うのも、少し久しぶりだ。


そして。


Cランクになったレオン。


Dランクになったリナ。


《浄化 Lv1》を覚え、《警戒》がLv2になった自分。


知らない間に。


少しずつ、いろいろなものが変わっている。


ただ。


ソーマだけは、まだFランクだった。


「……俺もそろそろ上がりたいな」


思わず漏らす。


前を歩いていたレオンが振り返る。


「何か言った?」


「何でもない」


まずは。


ガルドに礼を言いに行こう。


ランクの話は、そのあとでいい。


◇


3人で武器屋へ向かう。


通りをいくつか曲がると、見覚えのある看板が見えてきた。


初めて来た時。


金がなくて。


一番安いナイフすら買えず。


それでも丸腰で森へ戻ろうとしていた自分に、ガルドは何も言わず昔使っていたナイフを渡してくれた。


あの時は。


ただ、助かった。


その気持ちが一番大きかった。


でも今になって考えると。


あれは、簡単に人へ渡せるような物だったのだろうか。


ソーマは店の前で一度立ち止まった。


「どうした?」


レオンが振り返る。


「いや」


ソーマは腰のナイフへ触れた。


「ちゃんと礼言ってなかったなって思って」


リナが少し笑う。


「だから来たんでしょ」


「まあ、そうなんだけど」


ソーマは扉を開けた。


カラン、と小さな鐘が鳴る。


店の中には、相変わらず剣や槍、短剣が所狭しと並んでいた。


金属と油。


革。


どこか独特な匂いがする。


カウンターの奥では、ガルドが何かの刃を布で磨いていた。


大きな身体。


禿げた頭。


左頬の古い傷。


相変わらず、初対面ならちょっと帰りたくなる顔だ。


ガルドが顔を上げる。


「……なんだ、お前らか」


ソーマを見る。


それから腰のナイフへ視線を落とした。


「まだ持ってたか」


「もちろん」


ソーマは少しだけ姿勢を正した。


「それで、今日はそのことで来ました」


ガルドが眉を上げる。


「そのこと?」


「ちゃんとお礼言ってなかったなって」


「礼なら聞いたぞ」


「いや、その場で言っただけだったし」


ソーマは腰からナイフを外す。


鞘ごと両手で持った。


「これ、本当に助かってます」


ガルドは黙る。


「まだこれで魔物を倒したとか、そういうのはないけど」


ソーマは続ける。


「最初、何も持ってない状態で森に行って。ゴブリンに追われて。あの時は本当に何もできなかったから」


少しだけ笑う。


「これが腰にあるだけでも、全然違います」


ガルドは何も言わない。


ソーマは少しだけ頭を下げた。


「ありがとうございました」


短い沈黙。


そのあと。


ガルドは顔を逸らした。


「……大げさなんだよ」


声が少しだけ低い。


レオンが横でニヤつく。


「ガルドさん、照れてます?」


「うるせえ」


即答だった。


リナまで口元を押さえている。


ガルドは明らかに機嫌が悪くなったような顔をしたが、耳が少し赤い。


「別に、そんな大したもんじゃねえ」


「でも、昔使ってたって」


ソーマが言う。


ガルドの手が止まった。


「……ああ」


少しだけ空気が変わる。


ガルドはカウンターへ肘をつくと、ソーマの持つナイフを見る。


「俺がまだ冒険者だった頃にな」


今までより少しだけ静かな声だった。


「最初にちゃんと金貯めて買った武器だ」


「最初の?」


「ああ」


ソーマはナイフを見る。


鞘には細かな傷。


柄にも使い込まれた跡がある。


「最初からそれ1本で戦ってたんですか?」


「いや。剣が本命だった」


ガルドが言う。


「こいつは予備だ。剣を落とした時とか、狭い場所とか、獣に組みつかれた時とか。そういう時に使ってた」


そう言いながら、ガルドは自分の腰辺りへ手をやる。


昔そこにナイフがあったことを、身体が覚えているみたいだった。


「何年くらい?」


「……7、8年は使ったな」


ソーマは思わずナイフを見直す。


「そんなに?」


「丈夫なもんは手入れすりゃ長く使える」


ガルドは少しだけ笑う。


「何度か命も拾われた」


その言葉に、ソーマは黙った。


ガルドは続ける。


「洞窟で剣が岩に引っかかって抜けなくなった時もあったし、森で狼型の魔物に押し倒された時もあった」


「その時に?」


「ああ」


ガルドがナイフを見る目が、少しだけ昔を見ているようだった。


「こいつがなかったら、今ここで店やってなかったかもしれん」


ソーマは何も言えなかった。


思っていた以上に。


重い物だった。


「……そんなの、俺がもらってよかったんですか?」


思わず聞く。


ガルドはすぐに答えなかった。


少しだけ考える。


それから鼻を鳴らした。


「だから渡したんだよ」


「え?」


「使わなくなってから、ずっと店の奥に置いてた」


ガルドが言う。


「売ろうと思ったこともある。だが、値段つける気にならなくてな」


レオンもリナも、今は何も言わない。


ガルドは少しだけソーマを見る。


「そんな時に、お前が来た」


「俺?」


「金もない。武器もない。なのに森へ行く」


ソーマは気まずくなる。


「あれは……」


「馬鹿だったな」


「それはもう言われました」


「今でも馬鹿だと思ってる」


ひどい。


だが。


ガルドの口元には少しだけ笑みがあった。


「ただな」


ガルドが続ける。


「昔の俺も似たようなもんだった」


ソーマが顔を上げる。


「金がないくせに、強くなりゃ何とかなると思ってた。装備もろくに揃えず、無茶して」


一度だけ、小さく息を吐く。


「何度も死にかけた」


その声には、少しだけ懐かしさが混じっていた。


「だから、あの時のお前見てると腹立ってな」


「腹立ってたんですか」


「当たり前だ」


ガルドはソーマを睨む。


「昔の自分見てるみたいで」


一瞬。


店の中が静かになった。


ソーマは手元のナイフを見る。


ただの中古品だと思っていた。


でも。


ガルドにとっては、冒険者だった頃をずっと一緒に過ごした武器だった。


それを。


自分に渡してくれた。


「……大事に使います」


ソーマが言う。


ガルドは少しだけ目を細めた。


「大事に使うんじゃねえ」


「え?」


「武器なんだから使え」


ガルドがぶっきらぼうに言う。


「傷つけるのを怖がるな。必要なら使え。壊れたら持ってこい。直せるうちは直してやる」


「はい」


「それと」


ガルドがソーマを指差す。


「前にも言ったが、金貯まったら今度は自分の武器を買え」


「覚えてます」


「忘れてる顔してたぞ」


「忘れてないですって」


レオンが横から笑う。


「じゃあ次はソーマの武器選びだな」


「まだそんな金ないって」


「朝から働きまくってるんだろ?」


リナが言う。


「それとこれは別」


「何が別なのよ」


3人が話している横で。


ガルドはまた少しだけ笑った。


ほんの一瞬だったが。


ソーマには見えた。


怖い顔の武器屋。


元Cランク冒険者。


そして。


昔、自分と同じように無茶をしていた男。


腰のナイフが。


少しだけ前より重く感じた。


もちろん。


《重量軽減》では軽くできない種類の重さだった。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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