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平日は単発バイト、週末は異世界冒険者 ~働いた経験が全部スキルになる苦学生の成り上がり~  作者: ばけつプリン


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12/52

リナの判断

村の奥から現れたそれを見て、ソーマは息を止めた。


大きい。


最初に浮かんだのは、それだけだった。


人間より頭ひとつ以上高い身体。くすんだ緑色の皮膚に、太い腕。腰には獣皮を巻き、右手には刃こぼれした大きな鉈のような武器を持っている。


そして左手には、血の付いた獣の後ろ脚。


先ほどから聞こえていた音は、それを地面に引きずる音だったらしい。


「……あれ、何?」


ソーマが声を落として聞く。


「オーク」


リナが答えた。


その声から、さっきまでの軽さが消えている。


「強い?」


「1体なら私たちで倒せる」


そこで一度、言葉を切った。


「でも、普通は1体でいる魔物じゃない」


オークがこちらを見た。


小さな目が3人を捉える。


次の瞬間、引きずっていた獣を投げ捨てた。


「グオォォッ!」


腹に響くような声。


同時に、ソーマの《警戒》が強く反応する。


来る。


「正面!」


叫ぶより早く、オークが駆け出した。


「レオン!」


リナの声が飛ぶ。


「任せろ!」


レオンが前へ出る。


オークが大きな鉈を振り下ろす。


レオンはそれを真正面から受け止めず、剣を斜めに当てて横へ流した。


金属同士がぶつかる音。


レオンの身体が半歩だけ沈む。


「重っ」


そう言いながらも、表情にはまだ余裕がある。


オークが再び腕を振り上げた。


「レオン、離れて!」


その声に反応して、レオンが横へ跳ぶ。


直後。


リナの杖の先に赤い光が集まった。


「《ファイアボール》!」


拳より一回り大きな火球が飛ぶ。


オークの胸へ直撃した。


炎が弾け、獣皮が燃える。


「グァァァッ!」


それでも倒れない。


燃えた胸を腕で叩きながら、オークがリナを見る。


「怒った!」


ソーマが叫ぶ。


「見ればわかる!」


リナが返す。


オークが今度はリナへ向かって走った。


だが、その進路へレオンが割り込む。


「そっちは行かせない」


一閃。


剣がオークの太腿を斬った。


巨体が大きく傾く。


そこへもう一度、リナが杖を向ける。


今度の火球は小さい。


だが、狙いは正確だった。


「《ファイアボール》!」


顔の横で炎が弾ける。


オークが反射的に顔を庇った。


その瞬間。


レオンが懐へ入った。


剣先がオークの脇腹へ深く突き刺さる。


「グ……ォ……」


巨体が揺れた。


レオンが剣を引き抜き、そのまま距離を取る。


オークは数歩よろめいたあと、地面へ倒れ込んだ。


重い音が廃村に響いた。


しばらく誰も動かなかった。


「……終わった?」


ソーマが聞く。


レオンは剣を構えたまま答える。


「こいつはな」


こいつは。


その言葉に、ソーマも周囲を見る。


そうだった。


リナは言っていた。


オークは普通、1体ではいない。


「ソーマ。《警戒》は?」


リナが聞く。


ソーマは意識を集中する。


嫌な感覚はない。


「今は何も」


「今は、ね」


リナは倒れたオークへ近づかず、村の奥へ視線を向けた。


「レオン。どう思う?」


「俺に聞く?」


「意見くらいはいいでしょ」


「そうだな」


レオンは剣についた血を払った。


「少なくとも、あいつがここに住み着いてた可能性はある」


「1体だけ?」


「それを確かめるのが今回の仕事だろ」


リナは少し考える。


ソーマは黙って2人を見ていた。


いつもなら、ここでレオンが判断するのだろう。


だが今日は違う。


レオンはそれ以上何も言わない。


決めるのはリナだ。


「……先にオークの周りだけ確認する」


リナが言った。


「村の奥にはまだ入らない。ソーマは後ろを見てて」


「わかった」


「レオンは?」


「俺は?」


「前」


「はいはい」


3人は倒れたオークへ慎重に近づいた。


◇


近くで見ると、さらに大きかった。


ソーマが横に立てば、完全に見下ろされる高さだ。


腕も、自分の太腿くらいありそうに見える。


「これ、どのくらいの強さなの?」


「普通のオークなら、Eランクでも複数人なら討伐対象になるわ」


リナが答えた。


「ただし油断はできない。力だけならかなり強いから」


「じゃあD推奨の今回の依頼で出ても、おかしくはない?」


「1体ならね」


そこが問題らしい。


ソーマはオークが引きずっていた獣を見る。


鹿に似た魔物だった。


首元に大きな傷がある。


《仕分け》が反応するような感覚はない。


当然だ。


何の基準も教わっていない。


ソーマは周囲へ視線を動かした。


その時。


「ん?」


オークが出てきた家屋の近く。


地面の草が何本も倒れている。


さっき見つけた足跡と似たものが、いくつも残っていた。


「リナ」


「何?」


「あそこ」


2人を呼ぶ。


3人で確認すると、地面には大きな足跡が複数あった。


同じ方向へ伸びている。


「これ……全部こいつの?」


ソーマが聞く。


リナはしゃがみ込む。


「たぶん違う」


「なんで?」


「大きさが少し違う」


言われて見ると、確かにわずかに差がある。


ソーマには見比べなければわからない程度だ。


レオンも足跡を見る。


「3……いや、4か?」


「やっぱり複数いる?」


「可能性は高いな」


リナの表情が変わった。


「戻る」


即答だった。


ソーマは思わず聞く。


「え? もう?」


「もう、じゃない」


リナは立ち上がった。


「依頼は廃村周辺の魔物調査と街道の安全確認。オークを全部倒せなんて書いてない」


「でも数を調べるんだろ?」


「だから、オークが複数いる可能性があるってわかった。これ以上、何体いるか確認するためだけに村の中へ入る方が危ない」


なるほど。


ソーマは村の奥を見る。


確かに。


4体なのか、5体なのか。


あるいは10体いるのか。


わからない。


レオンが笑った。


「いい判断だと思うぞ」


リナが振り返る。


「今のは口出し?」


「終わってから感想言っただけ」


「ならいい」


少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


しかし、ソーマには1つ気になることがあった。


「でも帰ったら、調査不足って言われない?」


リナは首を横に振る。


「冒険者の仕事は、依頼を達成すること。でも死ぬまで調べることじゃないわ」


「……なるほど」


「確認できた情報を持ち帰るのも調査よ」


レオンが続ける。


「特に今回みたいな依頼で一番やっちゃいけないのは、欲張って奥まで行って帰ってこないことだな」


ソーマは少し驚いた。


冒険者という仕事に、もっと単純なイメージを持っていた。


魔物を見つける。


倒す。


報酬をもらう。


けれど実際は違うらしい。


戦わない判断。


引き返す判断。


それも実力のうちだ。


「じゃあ帰る?」


「あとは村の外から確認できる範囲を回る」


リナが答える。


「街道側に足跡が向かってないか、それだけ見たい」


「了解」


今度はソーマもすぐに頷いた。


◇


村の東側。


崩れた柵に沿って歩いていると、再び《警戒》が反応した。


弱い。


だが確かに何かいる。


「止まって」


ソーマが言う。


前を歩いていた2人が足を止めた。


「どこ?」


「左奥。村の中」


3人とも視線を向ける。


家屋と家屋の隙間。


何かが動いた。


一瞬だけ。


緑色の腕が見えた。


「……いた」


ソーマが呟く。


リナも確認したらしい。


「戻る」


今度は迷わなかった。


「追わないの?」


「追わない」


「レオンは?」


ソーマが聞く。


「今日はリナがリーダー」


笑いながら答える。


それで十分だった。


3人は村から距離を取った。


◇


帰り道。


ソーマの背中には、行きより少しだけ荷物が増えていた。


倒したオークから回収した討伐証明用の部位と、依頼の証拠として持ち帰るものが入っている。


本来ならレオンも持つと言ったのだが。


「まだいける」


と答えた結果、ほとんどソーマが持つことになった。


「やっぱおかしいって」


後ろからレオンが言う。


「何が?」


「荷物」


「持ててるんだからいいだろ」


「オークの素材まで追加して、なんで行きと同じ速度なんだよ」


リナも横からソーマの荷物を見る。


「本当に《重量軽減 Lv1》?」


「そうだけど」


「Lv1って、そんなに効くもの?」


「多分《運搬》も一緒に使ってるからじゃない?」


実際、ソーマ自身にも正確にはわからない。


《重量軽減》で少しだけ負担を減らし、《運搬》で持ちやすい位置へ荷物をまとめる。


2つを合わせると、単独で使うよりかなり楽だった。


「荷物関係だけ妙に充実していくな、お前」


レオンが笑う。


「好きでこうなったわけじゃない」


「次は何が生えるんだろうな」


「やめてくれ」


今のところ、《収納》あたりなら大歓迎だ。


そう思いながら歩いていると、リナがふと足を緩めた。


「でも、今日は助かった」


「荷物?」


「それもあるけど」


リナがソーマを見る。


「最初に音がおかしいって言ったことと、《警戒》で気づいてくれたこと」


「別に俺は感じたこと言っただけだけど」


「それでいいのよ」


少しだけ笑う。


「パーティなんだから」


ソーマは返事をするまで少し時間がかかった。


「……そっか」


初めて森へ入った時。


ソーマは1人だった。


ゴブリン3匹から逃げることしかできず、レオンとリナが来なければ死んでいたかもしれない。


それが今は。


2人と一緒に歩き、自分の役割を持っている。


荷物持ち。


仕分け。


警戒。


地味なものばかりだ。


それでも。


役に立つなら、それでいい気がした。


◇


街へ戻った頃には、日が傾き始めていた。


3人はそのまま冒険者ギルドへ向かった。


受付嬢へ依頼書を渡すと、リナが今回確認した内容を順番に報告する。


廃村周辺にオークが出現。


1体を討伐。


足跡から、少なくとも複数体が存在する可能性が高い。


村の内部にも別個体を確認。


街道側には今のところ明確な足跡なし。


危険を考え、村内部への深入りは避けた。


受付嬢は何度か確認しながら紙へ書き込んでいった。


「わかりました。追加調査が必要ですね」


「討伐依頼に変わる?」


レオンが聞く。


「おそらく。ただ、数を確認してからになると思います。Dランク以上のパーティか、場合によっては複数パーティを出します」


ソーマは少し驚いた。


「そんなに?」


受付嬢がこちらを見る。


「オークは単体なら極端に危険な魔物ではありません。ただ、集団になると話が変わります」


やはり戻った判断は正しかったらしい。


受付嬢は報告書をまとめると、今度はリナを見る。


「今回の規定依頼についてですが」


リナの背筋が少し伸びる。


ソーマもなぜか緊張した。


「現時点で確認できる内容に問題はありません。依頼達成として処理します」


「……よし」


リナが小さく呟いた。


「正式な確認後、Dランク昇級査定を受けられるようになります。明日以降、受付で日程を確認してください」


「ありがとうございます」


リナの顔が一気に明るくなる。


ソーマは思わず笑った。


「おめでとう」


「まだ昇級したわけじゃないから」


そう言いながらも、明らかに嬉しそうだ。


レオンがその頭を軽く叩いた。


「とりあえず規定依頼クリアだな」


「ちょっと、髪崩れる!」


「いいじゃん」


「よくない!」


いつもの2人に戻ったところで、受付嬢が小さな革袋を取り出した。


中で硬貨の触れ合う音がする。


「それと、今回の報酬です。依頼達成分が銀貨12枚。オークの証明部位と回収素材の買い取り分が銀貨3枚。合計で銀貨15枚になります」


「銀貨15枚……」


ソーマは革袋を見つめた。


Dランク推奨の依頼と聞いていたため、想像していたより少ない。


「……あれ?」


「何?」


リナが首を傾げる。


「Dランクの依頼なら、もっと高いのかと思ってた」


受付嬢が穏やかに笑った。


「今回は調査が主目的ですから。廃村周辺の魔物の増減と、街道への影響を確認して報告する依頼でした。討伐や長期の護衛が目的ではありません」


「だから、報酬も抑えめなんですね」


「はい。拘束時間も半日程度で、危険度もDランク帯の中では低めです。オークとの遭遇は予定外でしたが、その分は買い取りとは別に、討伐報酬として依頼額へ加算されています」


「なるほど」


ソーマは納得した。


同じDランクでも、依頼の内容や危険度によって報酬は変わるらしい。


「討伐が主目的だったり、数日かかる護衛や探索だったりすれば、報酬はもっと上がるぞ」


レオンが横から補足する。


「その代わり、危険も増えるけどな」


「やっぱり、そこはセットなんだな……」


「当然でしょ」


リナが頷く。


レオンは革袋を受け取ると、中身を確認した。


「3人で分けて、銀貨5枚ずつだな」


そう言って、ソーマに5枚渡す。


手のひらに乗った銀貨は、銅貨より少しだけ重かった。


「短時間の調査で銀貨5枚なら、悪くないのか」


ソーマが呟く。


自分の感覚では、銀貨1枚は千円前後。


5枚なら5,000円くらいだ。


日本なら、半日弱の単発バイトとして考えれば、そこまで悪くない。


今回は荷物持ちと警戒が中心だったこともあり、なおさらそう思えた。


もちろん、オークが出てきた時点で普通のバイトと比べる意味はないのだが。


「そういうことだ」


レオンが笑う。


「調査依頼は、何も起きなければ短時間で終わるから人気がある」


「何も起きなければ、ね」


リナが付け加えた。


ソーマは今日のオークを思い出す。


「その言い方だと、急に割に合わなく感じるな……」


3人は顔を見合わせ、笑った。


◇


ギルドを出る頃には、空が赤く染まり始めていた。


ソーマは革袋の中の銀貨を指先で確認する。


銀貨5枚。


Fランクの街仕事で銅貨を何十枚も数えていた頃を思えば、報酬の桁が少し変わった。


とはいえ。


自分がDランクになったわけではない。


今回はレオンとリナの依頼に同行させてもらっただけだ。


「なんか……冒険者って、思ってたよりちゃんと仕事なんだな」


ソーマが何となく口にすると、隣を歩いていたリナが振り返った。


「何だと思ってたのよ」


「魔物倒して金もらう仕事」


「間違ってはいないけど」


レオンが笑う。


「それだけで生き残れるほど簡単じゃないってことだな」


今日のリナを見て、それはよくわかった。


戦えるから奥へ進むのではない。


依頼で必要な情報を集めたら、引き返す。


危険が増えれば、無理をしない。


全員で帰ってくる。


それも冒険者の仕事だ。


日本でやってきた単発バイトとは、まるで違うようで。


少しだけ似ている。


言われた以上のことをすればいいわけではない。


必要なことを、必要なところまで。


事故を起こさず終わらせる。


それが仕事だ。


「じゃあ明日はリナの昇級査定?」


ソーマが聞く。


「日程次第ね」


「緊張する?」


「しない」


「絶対するだろ」


レオンが横から言う。


「しないって言ってるでしょ」


また始まった。


ソーマは2人のやり取りを聞きながら歩く。


自分はまだFランク。


リナはDランクへの昇級査定。


レオンはCランクへの昇級査定を控えている。


まだ差は大きい。


それでも。


薬草を集めることしかできなかった最初の日と比べれば、自分にもできることは増えている。


《運搬》。


《仕分け》。


《警戒》。


《重量軽減》。


戦うためのスキルは、1つもない。


なのに今日も、生きて帰ってこられた。


それどころか。


少しは役に立てた。


ソーマは革袋の中で鳴る銀貨の音を聞きながら、小さく笑った。


冒険者という仕事にも。


少しずつ慣れてきた気がした。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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